連鎖 -butterfly effect- 幕間3
マレルシャン子爵領。
その領都にある、子爵家にしては控えめなサイズの邸宅。
その一室に、一人の少女がいた。
ウェーブがかった豪奢な金髪に、薄っすらと翡翠の輝きを見せる碧眼を持つ少女は、ゆったりとソファに腰掛け、複数の駒が並んだボードを前にして、上品に笑んでいた。
そのお淑やかな雰囲気は、まさしく貴族令嬢そのものと言って良いだろう。実にエレガントである。
その時、部屋をノックする音が響き、少女は、ボードを見つめていた顔を上げ、
「どうぞ」
「失礼いたします」
ぺこりと頭を下げながら入室したのは、侍女服に身を包んだ、少女とそう変わらない年頃に見える黒い髪の女性だった。
そして、少女は、自分に仕える侍女が、妙に息を切らせているのに眉を潜め、
「あら? 珍しいわね、トウカ。あなたがそんなに慌てているなんて。あなたも淑女ならば、そのようなみっともない姿を人様に見せてはだめよ?」
「お嬢様、私は淑女ではなく一介の侍女にございます。それよりーー」
しかし、トウカと呼ばれた侍女が次の言葉を口にするより先に、少女は口を開いた。
「ええ、もちろん分かっているわ。事情を話しなさいな」
「本家様の代理人よりご連絡をいただきました」
「あら? ふふっ、あの方もずいぶんと人使いの荒いお方ですこと」
驚いたように声をあげてみせるが、どこか泰然自若とした姿からは、そんな風には思っているようにはとても見えない。
そして、ひとしきり笑った後、ふと思い出したように一つの駒を動かして、言う。
「それで、本家様からのご依頼がなんなのか聞かせてもらっていいかしら? 革命団と戦えというのならお断りせざるを得ないのだけれど」
「お嬢様、先回りするような言動はお控えください。私の仕事がなくなってしまいます」
侍女ーートウカが呆れたように言うと、少女は柔らかに笑んで、
「あら、正解だったかしら。なら、お父様にご連絡して、本家様にお断りしていただきましょう」
トウカは、さっさと結論を出して、興じていたゲームに戻ろうとする自らの主に対して、微妙な視線を向けて、勝手に話し出した。
聞く気のない人間には無理やり聞かせてやればよいという判断らしい。
「本家様からの依頼は、ヴィクトール領領都に潜む、伯爵を殺した反動勢力を殲滅せよ、とのことでしたが」
少女はそこで初めて、興味をゲームから外したらしく、トウカの方を見て、真面目な顔になった。
「革命団ではないのね?」
「ええ、そうおっしゃっていましたが……」
肯定するトウカではあるが、その口調は実に懐疑的であった。主が口に出さずとも覗かせた心情に答えた形だろうか。
「良いように利用されるのは面白くないのだけれど」
「徹底的に潰せ、ともおっしゃっていました」
「ふふっ……」
その言葉を聞いて、何かを察したらしく、少女は黒い笑みを浮かべた。
「……このわたくし、ルイーズ・マルグリット・ラ・マレルシャンを、マレルシャン子爵家を、ご自分の尻拭いにお使いになるとは良い度胸ですわね」
「私に言われましても」
「ええ、分かっているわ、トウカ。断らないと思っていらっしゃる辺りが、実に男根主義に侵されているとしか言いようがないのだけれど。実際、それを断れないわたくしたちは、まさしく笑劇の登場人物なのでしょうけれど」
「お嬢様」
「あら、ごめんなさい」
嗜めるようなトウカの言葉を受け、少女ーールイーズは、何事もなかったかのように笑みを引っ込め、お淑やかな雰囲気を纏う。素晴らしい変わり身である。
「そのような態度だから、このお年になられても、婚約者の一人も見つからないのです。旦那様もお困りですよ」
「あら、あれはお父様が悪いのよ? 連れてくるのはどれもこれも、訓練もまともに受けていない名ばかりの貴族騎士。女は男に付き従うものだと信じて疑わない根っからの男性優位主義者。その癖、矜持ばかり高い。さしたる権勢もない子爵家だから足下を見られているのでしょうけれど、そんな暗愚にマレルシャンの名を継がせては、あっという間に没落してしまうわ」
矢継ぎ早な言葉で今まで連れてこられた婚約者候補を暗愚と断じたルイーズの態度に、トウカは気圧されたようで、
「そ、そうですか……」
とだけ、返した。
「そうよ。愚鈍な男はいらないもの。ただでさえお父様は不器用で日に日に財政は厳しくなっているのよ? その上で無駄飯くらいを夫として飼ってあげるほど、わたくしは優しくないわ」
「……お嬢様。聞いた私が悪かったので、話を進めてください」
「あら、大丈夫よ。作戦プランは立てているわ」
「はぁ……やっぱり、ご自分で行くおつもりですか」
「もちろん、トウカ、あなたもよ」
さらっと言ったルイーズの言葉に、トウカは心底嫌そうな表情で、
「私は戦場には向いておりませんから。お断りします」
「そうは言っても、わたくしが行くのならあなたも来るのでしょう? わたくしの愛しいお姉様」
「……そう呼んでいただいたのは昔の話です」
「あら、今でもわたくしは、トウカお姉ちゃん、と呼びたいと思っているわよ?」
「重ねて言いますが、私は一介の侍女にございます」
「そう、残念ね。でも、来てはくれるのでしょう?」
「はぁ……お嬢様を一人にすればそれは職務を放棄したことになりますから」
「決まりね」
あからさまに嬉しそうに顔を綻ばせたルイーズに、侍女であるトウカはため息を隠せない。
「トウカ、わたくしの足を用意しなさい。騎士団長に連絡を、一個大隊と精鋭一個中隊を準備しなさい、と」
「お伝えします」
「明日には出立するわ。今日中に準備を整えなさい」
「承知いたしました」
「目標はヴィクトール領領都、アガメムノン。そうね、ついでに名目を立てて統治権をいただいてしまいましょう。領地を毟り取るのも悪くないかもしれないわね」
「……お嬢様。欲をかいてはいけませんよ」
「分かっているわよ、トウカ。帝都のお父様には、一報を入れるようにわたくしからお願いしておくわ」
「では、私はこれで」
「ええ、お願いね。お姉ちゃん」
「…………」
トウカは何も言わず部屋を出て行った。ルイーズとしては非常に残念だった。せっかくお姉ちゃん呼びしたのに何の反応も返してくれないとは。
不満げなふくれっ面をしていた彼女だったが、ふと表情を消すと、彼女の手は置きっ放しになっていたボードへと伸びた。
白と黒の駒を交互に動かすことを繰り返し、少女はくすりと笑むと、最後の一手を打った。
「ふふっ、チェックメイト」
そして、ルイーズは、詰みとなった黒のキングを指で弾いて倒した。
「さあ、行きましょう。あなたの思惑通りに踊ってさしあげますわ。演目は円舞でよろしいかしら?」
彼女が見据えるのは、ヴィクトール領領都アガメムノン。そして、その先に姿を潜める脚本家。
向かう先は戦場ーー
始まるのは闘争ーー
一つの火種は新たな火種を生み、連鎖を繰り返して秩序を混沌へと導く。
状況は確実にただ一つの場所に収束しようとしていたーー




