連鎖 -butterfly effect- 14
どこか祝勝ムードが漂い、浮き足立つ領都内を徒歩で縦断すること数時間、ティナとジンの二人は、目的地である旧倉庫街へと来ていた。
以前は、空輸された物資を保存しておく倉庫街として栄えた区域だったが、ヴィクトール伯爵の、空輸された物資は伯爵直下の特定区域を経由しなければ重税を課すという政策ですっかり廃れてしまったそうだ。
現在では、半ばスラム街と化しており、夜逃げした者達や孤児といった、不法入居者が多く存在する。このため、人の出入りは少なく、そのことが、この区域の衰退にさらなる拍車をかけていた。
とはいえ、基本的には、アウトロー集団である革命団のメンバーにとっては、ある程度の治安の悪さなど、ことさらに気にするようなことでもなく、実際、ティナはのんきに欠伸していた。
彼女は、眦に浮かんだ涙をごしごしと擦りつつ、気怠げにため息をついた。
「ふわぁ……疲れた……」
「泣き言を言っている暇はないが?」
「むぅー、いいでしょ、ちょっとくらい」
「あまり時間を無駄にできない」
「分かってるわよ。でも、なんか気が抜けちゃって。妙に平和だからかな?」
唇を尖らせながらも首をかしげるティナに、ジンは冷たい目を向け、
「おまえの集中力のなさだろう」
「それは絶対、違うと思うけど? 狙撃できるのに集中力ないわけないでしょ」
心外だ、と言わんばかりに形のいい眉をひそめたティナに、ジンは大いに呆れた。
その腑抜けた様子が集中力がないと言うのだ。
「いずれにせよ、この平和は仮初めだ。どんなつもりかは知らないが、借り物の戦力でここを守り続けられるはずもない」
「うん。だから、わたしたちがここにいるんでしょ?」
「接続詞の使い方を間違えているが?」
つまるところ、そんな慈善事業のためにここにいるわけではない、とジンは言いたいらしい。相変わらず冷たい奴である。とはいえ、口ではそう言っていても、結果としては変わらないので、ティナとしてはあまり気にならないかった。
なんだかんだと言っても、ジンは、この仮初めの平和を守るために注力するだろう。それはジンの目的とも一致するからだ。
最近、行動をともにしていて分かったことがある。ジン・ルクスハイトという少年は、その態度や言い草の冷徹さに反して、その実はそんなに冷たくないのだ。
優しさも温かさもきちんと持ち合わせている。ただ、それを本人が厭い、押し隠してしまっているだけで。
「ふふっ……」
「何がおかしい?」
「いーや、なんでもないよー」
ふんふーん、とご機嫌な様子で頬を緩めるティナ。
「…………」
その様子に、無性に苛立ちを感じたジンは、無言で、その額を指で弾いた。
「痛ったぁー! もう、何するのよ!」
痛む額を押さえて抗議するティナに、ジンはいたって平坦な口調で答えた。
「いや、叩いておいた方がいい気がしただけだ」
「むー、そんな理由で人叩かないでよね! ジンは忘れてるかもしれないけど、わたしだって女の子なんだからねっ!」
「何を言っている? 性別は女だと認識しているが……?」
性別を認識しているということと、女の子に対する気づかいがあるか否かというのはまったく違う話である。
最近、同じ部屋に押し込められたりと、性別すら忘れている疑惑があったので、それが晴れたこと自体は良いのだが、性別の認識イコール女の子扱いではないのはさっきも言ったとおりだ。あまり意味がない事実のような気がしてならない。っていうか、ことジンに関して言えば、まったく役に立っていないと思う。
「そもそも女の子だと叩いてはいけないというルールがあった記憶がない」
「やっ、ルールじゃなくて普通のことでしょ。女の子には優しくしなさい、って言われなかった?」
フェミニズムはどこだ。
ジンは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
ティナの普通とジンの普通はずいぶんと違うらしい。まあ、当然ではあるのだが。
「誰彼構わず情をかけるのは優しさとは言わない」
「ん? それ、わたしに優しくする必要がないって言いたいわけ?」
「今はその必要性を感じない」
「今は?」
「ちっ……」
ティナの言い方で裏に含んだことに気付いたのだろう。ジンは小さく舌打ちを漏らし、煩わしげな調子で、
「曲解だ」
「えへへ……」
ジンは口ではそう言っているものの、微妙に目を逸らしている。そんな様子の思わず笑みがこぼれる。
今は、ということは、必要があれば優しくするときもあるということだろう。ここ数日のジンが、ティナに見せた優しさに嘘はない。それだけでティナは満足だった。
無駄にご機嫌になるティナに、ジンは何を言っても無駄だと思ったのか、ため息を吐いた。
「遊びに来たわけじゃないんだが?」
「うんうん、分かってるって」
「……おまえは本当に能天気だな」
「そうかなー? でも、ジンもかわいいとこあるんだねー?」
「なるほど……」
ご機嫌なティナにあてられたかのように、ポニーテールに纏められた彼女の髪がぴょこぴょこと跳ねている。本人曰く、ここ数日、まともに風呂に入っていないからパサついているから纏めているらしいのだが、規則正しく揺れる髪はいたってサラサラに見える。
何が嬉しいのか全く共感できないが、不機嫌でギスギスしているよりは、仕事が楽なので、構いはしないだろう。もっとも、ジン自身がそのギスギスした雰囲気を作る元凶であることを本人は忘却しているようだが。
とはいえ、行き過ぎた評価を押し付けられるのは、少々、気分の良いものではない。
しかし、その評価の訂正を求めるより先に、ジンはある気配に気が付いた。
「ティナ」
「ん? なに?」
そのとき、突然、後ろからティナの肩を、ジンが掴んだ。腕の中に抱き寄せるかのように振り向かされ、ティナは至近でジンと向き合うことになる。
まるで抱き合う恋人同士のような体勢であるが、ジンとティナはそんな甘い関係ではなかったはずだ。
「って、ち、近い、んだけど……」
無言のまま顔を近付けてくるジンに、ティナの動悸はうるさいくらいに激しくなり、頰は茹でダコのように真っ赤に染まった。
「あの……え? やっ……その……人前は……恥ずかしいよ……?」
か細い声で言うティナの声は聞こえなかったかのように無視された。覚悟を決めたティナが目を閉じる。
「……後ろ、見えるか?」
「ふぇっ?」
思わず間の抜けた声が出る。
ジンは、ティナの耳元で続けてささやいた。
「おそらく、付けられている。不審な奴はいないか?」
「…………」
ティナは先ほどとは別の意味で、頰が朱に染まるのを感じた。勝手に勘違いして、勝手に凹んだことへの羞恥である。
「うぅ……ジンのばかぁ……思わせ振りな態度取らないでよね……」
すぐ側のジンにすら聞こえないような小さな声で、口の中でごにょごにょ言っていたティナは、
「聞いてるか?」
と言ったジンの言葉で慌てて正気に戻った。側からみれば、壁際で抱き合う恋人のように見えるせいか、先ほどから視線が集まっている。頰がさらに熱を持った。囃し立てるような野次馬の注目など、ただただ、恥ずかしいだけである。
「えっ、あっ、うん……」
「見つけたか?」
「えーっと……」
ティナの内心は、羞恥とそして何より、彼女を抱き締めてる形になっているジンに怒りをぶつけたい気持ちでいっぱいなのだが、それをいったん押し殺して、ティナは、野次馬以外の視線を探る。
好奇の視線を除外し、それ以外の『敵意』、そしてそれ未満の『悪感情』を探り出す。
その上で、嫉妬、不満そういう具体性に欠ける感情を込めた視線を弾き出し、残ったものを一つずつ洗い出す。
「いた。二つ奥の角。たぶん、あれだと思うけど」
「上出来だ」
そう言って、ジンは抱き込んでいた手を離した。そのタイミングでティナは間髪入れずに、その腹に拳を叩き込んだ。期待させた罰である。
ジンはそんなティナの怨みの籠った一撃に、追跡者への意識と、腕を離すために生じた遅延のせいで、反応し損ねた。
ゴスっと鈍い音が響いた。
常に警戒を絶やさぬ彼にしては、珍しい落ち度であった。
「ぐっ……おい、ティナ……?」
「ジンのばか! あほ! まぬけ! 女の子の純情を弄ぶなんて、さいってい!」
突然に攻撃に、一瞬、恐ろしいほどの殺気を見せたジンだったが、ティナが、紫水晶の瞳に薄っすらと涙の膜を張り付けて、ぽかぽかと肩を叩き出すと、その真紅の瞳に、わかりやすく困惑の色をを浮かべた。
「俺がいつなにをした……?」
「気付かないからばかなの! この朴念仁!」
身を離した途端に口喧嘩を始めた二人に、さらに好奇の視線が集まるが、既にティナはそんなことを気にしてはいなかった。
ジンは呆れたようにため息を吐き、
「……くだらない言い争いをしている時間はない」
「くだらなくないもん!」
「後にしろ。目的を果たすのが先だ」
「うぅ……」
「理由は後で聞いてやる」
わずかに頬を染めたティナは、めんどくさそうにそう言うジンから、すっと目を逸らした。まさか、勝手にありえない展開に期待して暴走していたのを、人のせいにしたとは言えまい。
おそらく、理由を聞けば、ジンは死んだ魚のような胡乱げな目でティナを見るに違いない。
というか、それをわざわざ口にして説明する行為それ自体が恥ずかしかった。
「あっ、うぅっ……聞かなくていいです」
「…………」
実に不審な物を見る目で見られた。
「それで! あれ、どうするの?」
わざと大声を出して、話題を逸らし、すぐに声を潜めて、ジンに尋ねた。
「適当に撒いて捕らえる。俺たちを追う理由があるとも思えないからな。目的は知っておく必要がある」
「ばれてたら話は別なんじゃ……?」
「さあな。いずれにせよ、先に潰しておくに越したことはない」
「まあ、そうだねー。具体的な策は?」
「だから、おまえも頭を使え」
「分かってるわよ。けど、そう言うからにはなんか考えてるんでしょ?」
「否定はしない」
そう言いながら歩き出したジンを、ティナは後ろから追いかける。
「っていうか、今ので気付かれてないかな?」
「気付いていたら、素直に追ってくるとも思えないが……」
ジンは、道脇に取り付けられたミラーを利用して背後に視線を送りながら言った。
確かに、敵意の中に恐怖を交えた視線の持ち主は、挙動不審に二人の後を追ってきている。改めて見ると、ずいぶんと下手な尾行である。気付かなかった自分が恥ずかしいと感じるレベルだ。
「ってか、これ、たぶん、革命団の方だよね?」
「ああ、貴族の隠密にしては手が杜撰過ぎる」
「……なんかばれるようなことしたっけ?」
「記憶にないが」
「……うーん、でも、なんか引っかかるんだよねー」
喉に小骨が引っかかったような気分だ。心当たりがあるような気がするのだが、喉のあたりまで出かかっているのに、思い出せない。
「次の曲がり角で捕らえる。いいな?」
「おっけい」




