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noblesse;oblige  作者: 夏桜羅(原案・設定協力)、雪羅(原作・執筆担当)
第4章 連鎖 -butterfly effect-
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連鎖 -butterfly effect- 08

「ふーん、それで逃げられたんだー」


 銀髪の少女ーーティナはじとーっとした視線を、目の前にいる青年に向けた。紫水晶の瞳は非難の色を宿している。


「待て、おまえ、おれのせいみたいな言い方してるけど、まったく仕事してねーわけじゃないからな! おれだって、狙撃銃は壊したし、手傷は負わせたぞ! つか、あの狙撃手を過剰にビビらせたのおまえだろうが!」

「え? いや、ちょっと腹立ったから1発撃っただけだよ?」

「それであんなに慌てて逃げ出すか! ティナ、おまえ、何をした?」

「えっと、勝った、みたいな雰囲気にいらっときたから、狙撃弾を狙撃弾で迎撃しただけだけど?」

「「「…………」」」


 ティナ以外のメンバーに沈黙が落ちた。

 ティナは至って真面目な顔で、神業としか言いようがないことを、なんでもないことのように言ってのけたのだ。さすがに何も言えない。

 こてん、と首を傾げて不思議そうにするティナに、ファレルは呆れを隠さぬため息をつくと、


「それが気軽にできるのおまえだけだから」

「えへへ……」

「褒めてねーよ」

「え? いやいや、難しいんだからね、これ。ちゃんと見てないとできないから、いつでもできるわけじゃないし」

「なお悪いだろうが!」

「ふぇっ?」

「一人でも死んでみろ、総合戦力半減なんだよ! おまえ以外全員特化型だから!」

「わたし、別になんでもはできないけど?」

「もういい、おまえに何を言っても無駄な気がする」

「事実、無駄だがな」


 ジンがぼそりと溢すと、ティナはふくれっ面でジンを睨んだ。しかし、当の本人は、ティナに視線すら向けず、どこからか買ってきた領内の簡易地図にペンを使って、何かを書き込んでいた。

 相変わらず、冷たい奴である。

 そんな時、窓際にもたれかかっていた少年ーーカエデがティナに尋ねた。


「それで、相手が誰かは分からなかったわけだね?」

「んー、捕らえ損ねたし、顔も見えなかったしね」


 そう答えたティナの耳に、ベッドの中から、小さな声が届く。それは負傷してベッドで寝ているセレナのものだ。


「……どうせ撃つなら腕とか」

「うっ……ごめん、でも、ちょっとプライドが」

「そんなもん犬にでも食わせとけ」

「むぅ……」


 ファレルの至極真っ当な言葉に、ティナは顔を俯かせ、気まずげに目を逸らす。

 あの《テルミドール》の偽者が、演説を終えると共に姿を消し、ティナが引き付けていたスナイパーが、ファレルを振り切って姿を消したことで、一旦、作戦の立て直しを迫られた三人は、新たに用意した拠点へと移動していた。

 すでに時間は夜。相手側の動きもないだろうということで、休息も兼ねてのことだった。

 新しく確保したといっても、街の中心部の領主ーーヴィクトール伯爵の搾取が特に酷かった地区にあった廃屋を不法占拠しているだけの話なのだが。

 圧政を敷く領主がいると、税を納められず、夜逃げ同然に打ち捨てられる家屋は珍しくない。特に、ヴィクトール伯爵はその圧政に定評がある領主だった。領民の不満が爆発しなかったのは一重に彼の徹底した統制によるものであり、昼の騒動からも相当不満を抱えていた領民が多いのは間違いない。

 もちろん、劣化はあるが、普段から非番の時は、掃除や屋敷の補修をしている革命団(ネフ・ヴィジオン)のメンバーにとっては、そこを拠点に変えることなど、児戯にも等しい。

 ちなみに、布団はジンの強硬な主張によって他の空き家から十分な数が集められた。


「それで、これからどうするの? 唯一の手がかりには逃げられちゃったし、レジスタンスは潰そうにも潰せないし」

「とりあえず、あの自称テルミドール(ボケ)を殺させないのは確定だろ」

「難しいんじゃないかな、それ」

「つーか、どの程度狙われてんのかも分からねーからな」

「……情報不足」

「ってか、セレナは何か知らないの?」


 実働部隊であるティナ達はともかくとして、諜報部隊であるセレナなら何か聞いていてもおかしくはない。


「……ヴィクトールの動きが怪しいから、証拠隠滅しろ、としか」

「ほんとに?」

「……革命団(ネフ・ヴィジオン)擬きがいるとは聞いた」

「知ってんじゃねーか!」


 ファレルの突っ込みに慌てたように、セレナが被った布団がパタパタと揺れた。


「……うぇいとうぇいと。もあかーむ」

「はあ……それで?」

「……調査中。担当じゃない」

「…………」


 ファレルは、微妙な表情をしているティナとカエデと視線を合わせ、疲れたようにため息を吐いた。


「役に立たねぇ……」

「……心外」

「結局、何もないってわけだね。粗探しでもする?」

「ええー、めんどくさいんだけど」

「……いや、働けよ」

「わたし、昨日からずっと働いてるもん」


 むくれたように頬を膨らませるティナを、ふとジンが呼んだ。


「ティナ」

「ん? なに?」

「おまえが使った合流地点までの大まかな移動経路と、狙撃手の位置を書き込め」

「ふぇっ?」

「人の話を聞いていなかったのか?」


 いや、普通は、いきなり地図とペンを指差して、命令口調でそんなことを言われたら、意図を計りかねてもおかしくはないと思うのだが。

 ジンは、早くしろ、とだけ言って、座っていた椅子を空ける。ティナは困惑しつつも、ジンに空けた席に座り、地図を見る。

 地図には、《テルミドール》、《フリズスヴェルク》、《フェンリル》、といったコードネームを筆頭に、番号を振った拠点推定地、現在地などといった記述が書き込まれていた。

 どうやら、終始なにか書いていると思ったら、こんなものを作っていたらしい。合流が一番遅かったが、もしかして、情報を集めていたのだろうか。


「いやっ、なにこれ?」

「地図だが?」

「それは見たらわかるからっ!」

「説明は後だ」

「はいはい、分かりました。細くはないけどいい?」

「ああ、方向性が分かればそれで問題ない」

「じゃあ、適当に矢印書いとくね」

「ああ」


 屋根の上を移動していたとはいえ、地図と生で見た街の感覚は全然別物だ。正確には書けないが、ティナは持ち前の記憶力と、狙撃手として目印にしていた幾つかの建物の位置を基準にして、狙撃ポイントと移動経路を書き込んでいく。


「ってか、これ、なんの役に立つわけ?」

「少なくとも一つは使える」

「ええー、なにそれ?」


 不満げにしてみせるティナを、ジンは完全に無視した。


「つか、ジン。おまえいつの間に地図なんか買ったんだ?」

「…………」


 微妙に目を逸らすジン。


「あっ、もしかして騒ぎに紛れて奪ってきたとかじゃない?」


 カエデが冗談めかして言うが、ジンは無言のまま宙空に視線を向けている。


「……窃盗犯」

「え? いや、冗談のつもりだったんだけど……え? 冗談抜きで?」

「ジン、おまえなぁ……」

「金は置いてきた」

「真顔で言うなよ……」


 どうやら、革命団(ネフ・ヴィジオン)騒ぎのせいで、店主がいなかったらしい。それにしたってやり方がアレだと思われるが。無人販売ではないのだから。

 頼まれたことを書き終えたティナは、笑みを隠さずに、


「できたよ、窃盗犯さん(ジン)

「ファレル、今度はおまえだ。狙撃手の逃走経路もわかる限り頼む」

「いや待て、明らかに悪い顔してたティナはスルーなのか?」

「どうでもいい」

「おい、おまえ後ろ見ろ、くだらないにも程がある渾身の冗談をスルーされてめちゃくちゃ拗ねてんぞ」

「いや、この場合は突っ込まないほうが優しさなんじゃない?」


 直後、ドスッという鈍い音が部屋に響いた。


「なんで……おれだけ、なんだよ……」

「手の届く範囲にいたからだけど?」


 何か文句でも、と言いたげなティナの表情にファレルは抗議を諦めるほうが賢明だと判断した。


「……自業自得」


 布団の塊が何か言ったような気がするが気のせいだろう。そうだ。きっとそうに違いない。


「それにジンなら掴み上げて腕捻るくらいはやりかねないし……」


 ぼそっとつぶやいたティナの言葉に、ファレルはひっそりと同意した。敵意や殺意には後ろに目が付いているかのような反応を見せるジンのことだ。背後からの強襲も意味をなさないだろう。


「分かってないね、ファレルは。こういう火遊びは自分が安全圏にいるのを確かめた上でやるものだよ?」


 やれやれ、という風にカエデが言う。


「……学習しない」


 また何か布団の塊が喋った。直後、ヒュンっという風を切る音が、小さく鳴った。


「安全圏ってどこのこと? わたしにも教えて欲しいんだけど?」

「……ははっ、嫌だなあ、僕は自分が安全圏にいるとは、一言も言ってないよ?」


 もたれかかかっていた窓枠に突き刺さっているペンを横目に見つつ、カエデは冷や汗を垂らした。

 にっこりと黒い笑みを浮かべるティナだったが、突然、伸びてきた手に頭を軽く叩かれて悲鳴を上げる。


「ひゃっ!?」

「一本しかないのに投げるな。壊れたら面倒だ」

「うっ……ごめん」


 そういえば、適当に投げていいものではなかった。ティナは素直に謝った。


「……おい、ジンとおれ達で扱いが違い過ぎないか?」

「まあ、ティナがジンを特別扱いしてるのは今に始まったことじゃないけどね」

「いや、それにしたってどうなんだ、アレ?」

「でも、やっぱりスルーが正解だったとは思うね。首をつっこむからダメなんだよ」


 ひそひそと語り合うファレルとカエデ。しかし、


「ファレル?」

「な、なんだ!?」

「自分で分からない?」

「お、おう……」


 ファレルを身代わりに、こっそり逃げ出そうとしたカエデを、ティナが呼び止めた。


「カエデ?」

「くっ……」

「ペンとって?」

「あっ、はい」


 カエデがペンを引き抜き、近くまで逃げてきていたファレルに渡す。


「待て待て待て! なんでおれに渡した!?」

「いや、だって、なんか書くって言ってたじゃないか」

「そこだけ拾うなよ!」

「僕は地雷原に踏み入る趣味はないからね」

「おい」

「まあ、人を突っ込ませる趣味はなきにしもあらずだけど」

「そっちはあんのかよ!」

「嫌だなぁ、冗談に決まってるじゃないか」

「つい最近同じフレーズ言ったよな!? しかも、危うく冗談を有言実行しかかったよな!?」

「さて、なんのことかな?」

「おまえな……」


 ファレルが抗議の意味を込めてカエデを睨むが、当の本人はどこ吹く風とばかりの飄々と受け流している。


「ちっ……テメェ、ちょっと表出ろ」

「え? いやいやいや、そんな肉体言語なんて僕に似合わないよ。ほら、僕はもっとスマートな頭脳労働がーー」

「おまえ、頭脳労働してたことあるか?」

「……ないね」

「じゃ、行くぞ」


 ファレルがカエデの胸倉を掴み上げ、引きずって歩き出すと同時、ファレルとカエデの顔面に、枕が直撃した。枕がぼすっと床に落ちる。

 片方は布団の下から飛んできたらしく、白い布団の塊から一本だけ腕が出ていたが、もう一方は全力投球したらしく、思いっきり振り切った体勢のティナが、二人をにこやかな笑顔で見ていた。ただし、その目は全く笑っていない。


「うっさい」

「……睡眠妨害」

「どうでもいいが早くしろ」


 三人揃って見事な連携である。心底どうでも良さげなジンはともかく、にこにこしているティナと、布団の下から伸ばした手をふらふらさせているセレナの殺意は本気だった。

 ファレルとカエデは速やかに、互いを掴んでいた手を離し、頭を下げた。


「「すいませんでした!」」

「茶番はいい。早くしろ」


 ジンにとってはファレルとカエデの馬鹿騒ぎや、ティナとセレナが飛ばす少女とは思えないほどにアレな気配も大して気に留めるべきことではないらしい。地図を指差して催促するだけだった。


「オーケー、狙撃手の逃走経路とおれの移動経路だったか?」

「ああ」


 地図がある机はティナのすぐ横である。ファレルがびくびくしながら横を通り抜けると、ティナはそんな態度が気に食わなかったのか、軽く、ただし音は大きく鳴るように、机を叩いた。


「うおっ!?」

「いい加減にしろ。俺たちは遊びに来たわけじゃない」


 ジンの冷たい言葉に、さすがにティナもやり過ぎたと反省したのか、バツが悪そうに顔をしかめ、素直にうなずいた。

 ファレルはその間に、覚えている限りの経路を記入する。元より迂回路をいくつか使ったものの、基本的には単調に進んでいる。こと細かに記されているわけではない地図上に経路を書き込むのはそう難しくはない。

 しかし、実際に書いてみると、他の二人に比べて見栄えのしない記入跡になってしまった。もっとも、ジンの記述も量は多いものの、一つ一つはそう細かくないので、ファレルが特別適当というわけではないのだが、ティナの書き込みが異様に細かく、字が驚くほど綺麗なせいで、数段見劣りして見えた。

 まあ、気にしても仕方がない。ファレルはただの平民であり、そんなにランクの高い学校を出ているわけではないし、記憶力も特別よくはないのだから。


「これでいいか?」


 ジンは一通り書き込みを見た後、


「狙撃手の逃走経路はこれで確かか?」

「ああ、間違いねーよ。街の外に出た後は、突然消えたから、別働隊もいたんじゃねーか?」

「街に戻った可能性は?」

「たぶんねーな。一応、建物の少ない方に追い立ててったっつーのもあるんだが、明らかになんか目的地がある逃げ方だったからな」

「……なるほどな」


 転がしていたペンを拾ったジンは、狙撃手の大まかな経路の先に、『別働隊あり?』と記した。微妙に几帳面な奴である。


「で、結局、この地図が何になるの? さっきは、少なくとも一つは使えるとか言ってたけど」

「今後の行動のための指針だな」

「へー、ってなんか分かるの?」

「……偽革命団(バカ)共の大まかな動向と、可能性が一番高い黒幕」


 ジンは、いつもと変わらぬ調子で、そう言うと、部屋に沈黙が落ちた。

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