騎士 -oath of sword- 21
「くっ……」
ダルタニアン・ルヴル・レーヴェルは呻いた。その顔色には憔悴の色が濃く、頰には汗が伝い、オールバックに整えられていた髪は跳ね上がり、ぐしゃぐしゃになっていた。その姿、実にエレガントではない。だが、もはや、己の容姿を気に留める余裕がないほどに、ダルタニアンは戦い続けていた。
たった一人で、MCを発見する度に、その剣を振るい、戦闘能力を奪うだけに留めて撃墜していた。ここまで誰一人として殺したものはいなかった。貴族としての、騎士としての、魂の在り方、実にエレガント。
しかし、故にダルタニアンはおそらくこの戦場にいる他の誰よりも疲弊していた。
機体も、銃火を浴び続けたせいで、装甲はボロボロになり、磨き上げられた美しい金属光沢は見る影もない。武器も予備に両腰に差していたにも関わらず、騎士剣は手に握る一本以外は、戦闘中の劣化で粉々に砕けてしまった。盾に至ってはわずかに数回の交戦で砕け散り、以後は、拾い上げたコンクリートの塊を盾代わりにすることさえ珍しくなかった。
心身、機体ともに満身創痍。しかし、ダルタニアンは後悔しない。己が信念に従ってここまで戦い続けて来たのだ。そこに言い訳することは、恥ずべきことであるからだ。
「ふっ……情けない。あれだけ大口を叩いておきながら、こんな場所で這い蹲るなど……」
騎士としても、貴族としても、友としても、なんたる無様か。ここで倒れるならば、無理を押して戦場に出た意味がない。
騎士として、ダルタニアンを買って戦場に送り出してくれたシャルロットに、友として、この戦場を任せてくれたジンに、何より、貴族として、貴族の矜持を貫き通すと決めた、己に申し訳が立たない。
接近警報。音響センサーが、MCの接近を告げる警告音を響かせる。
「そうとも……まだ終われん!」
すでに外には漆黒の帳が落ち、視界は赤外線カメラが捉えたものに切り替わっている。銃火を潜り抜けた機体は、センサーにもダメージを受けており、その映像は不鮮明なものとなっている。だが、ダルタニアンはまだその膝を折る気はない。
膝を付いていた機体を立ち上がらせ、闇の中、センサーが捉えた機影へと駆ける。
相手は素人だ。センサーの反応を捉えたとしても、的確な対応は難しい。ならば、闇に乗じて攻め入れば、満身創痍のダルタニアンでも討ち取ることはできる。
確かに、戦術としてはエレガントではない。だが、守るべき者を背にした騎士に、エレガントな戦い方をする余裕はない。否、そこでもエレガントであれるほどの高みに、ダルタニアンの技量はなかった。
闇の中から奇襲をかけようとしたダルタニアンは、突然向けられた銃口にたじろいだ。滑らかな動作。迷いなき反応。
「ーーっ!?」
それは極限の疲労の中で生まれたダルタニアンの油断。敵のMCパイロットはみな、素人であり、恐るるに足りない技量しか持っていない、そう思い込んでいた。
だが、この機体のパイロットは違う。銃火器の扱いに長け、MCの操縦訓練もしっかりと積み上げた、真に騎士の脅威と言える存在。
ダルタニアンはそれを見極め損ねた。そのツケは、直後に瞬いた銃口から降り注ぐ無数の弾丸によって支払われた。
(ここまでか……)
そんな思考がダルタニアンを支配する。だが、魂は諦めていなかったらしい。衝動に突き動かされた身体は、勝手に機体を操り、投擲した騎士剣によって、銃弾をそらし、その場でしゃがみこむ位置エネルギーを使って前転。瓦礫の山の影に機体をねじ込むことで、直撃を免れていた。
だが、左半身は銃弾の雨を受けて機能を停止。頭部センサーは破壊。最後の騎士剣は喪失。生き残ったものの、〈ファルシオン〉はもはやその戦闘能力をすべて失っていた。
「ふっ……」
今度こそ終わりだった。もはや、〈ファルシオン〉は立ち上がることすら叶わない。後はできることといえば、機体から降りて、逃げることだけだ。
ダルタニアンの手に武器はない。よしんば持っていたとしても、フードマントの女性のような狙撃技術がなければ、生身でMCを撃墜するなど不可能だ。そして、あれも、敵が銃火器装備の素人だったからできたこと。今の敵には通用すまい。
倒れたまま動かぬダルタニアンの〈ファルシオン〉に、漆黒に染め上げられた〈エクエス〉が握るライフルの銃口が向けられる。
そして、その銃口が火を噴くーー
寸前、一本の騎士剣が、横合いから飛んできた。〈エクエス〉が慌てて回避し、そちらに銃口を向けるが、遅い。
突っ込んできたのは、一機の〈ファルシオン〉。
雷速の踏み込みと共に切り上げられた剣が、銃を両断する。流石は本物と言うべきか、〈エクエス〉は切断された銃を捨て、腰に差していた騎士短剣を抜き放つが、その直後にはその腕は宙を待っていた。そして、反撃を許さぬ剣舞が、〈エクエス〉の残った手と足を斬り飛ばし、ダルマにされた機体は落下した。
その姿、まさに、舞台の中央で輝くプリマ・ドンナの如く。
片方を順手に、もう一方を逆手に構える特徴的な、『二剣』の構え。
間違いない。現れた騎士は、シャルロット・フランソワ。円卓の騎士、ザビーナ・オルレアンの親衛隊隊長にして、ジェラルド・カルティエを師とする、『二剣』の使い手。
『ご無事ですか? レーヴェル卿』
「すまない。借りた機体を壊してしまった。私の力不足だ」
『構いませんよ。レーヴェル卿の命の方が大切ですから』
「……フランソワ卿、改めて今の状況を教えて欲しい」
『ええ、現状、確認された敵勢力のMCは二個大隊規模。うち三分の二を撃破。こちらの被害は親衛隊機が4機撃墜。残りは夜に紛れて、姿を消したものと、この暗闇に乗じて、攻勢に出ているものですか。前者は、民間から引き上げた素人でしょうね。後者は、首謀者に関わりのある玄人でしょう』
シャルロットは、両手両足を失ったMCを踏みつけ、コックピットを開くのを阻害することで、パイロットの逃亡を防いでいる機体を剣で指しながら言った。
「ふむ、首謀者、というのはヴィクトール伯爵かね?」
『おや、聞いていましたか?』
シャルロットはさも驚いたという風に返したが、予測していたらしく、その声音に驚きの色は特に感じられなかった。
『そうですね……アルカンシェル卿辺りからでしょうか? 彼も姿が消してしまったようですが』
「彼は……」
ダルタニアンは少し迷った後、ジンとシャルロットが同門の弟子であったことを思い出し、言葉を続けた。
「彼は自分のやり方でヴィクトール伯爵を討つつもりだと言っていた」
『ふふっ……それならば、あえて追う必要もなさそうですね。ザビーナ様はお怒りですが』
「ところで、オルレアン卿は?」
そうだ。ザビーナ・オルレアンは、ジンとの試合で負傷していたはずだ。
コックピットを掠める剣戟だったのはダルタニアン自身、目にしている。あの一撃を食らっては、無傷ではいられまい。
『少し怪我をしていますが、ご心配には及びませんよ。一先ず、情報交換はこれくらいにしておきましょう。まずは、この者から情報を引き出します』
「そうしよう……?」
ダルタニアンはうなずこうとして、その動きを止めた。小さな声が聞こえた気がしたのだ。視線入力で、ノイズだらけの投影情報に働きかけ、通信音量を最大にする。
『こち……情報……いかな……自爆……』
「フランソワ卿!」
おそらく、接触回線が偶然、通信を傍受したのだろう。倒れた〈エクエス〉のパイロットの通信を漏れ聞いたダルタニアンは、半壊した〈ファルシオン〉を、シャルロットの〈ファルシオン〉に激突させ、押しのける。
『レーヴェル卿!? 何を……?』
「くっ……」
ダルタニアンの〈ファルシオン〉は、もはや自重を支えきれず、〈エクエス〉に覆い被さるように倒れた。
直後、〈エクエス〉が巻き起こした爆炎が、〈ファルシオン〉を包み込んだ。




