騎士 -oath of sword- 16
少女は、逃げ惑う人々の中をすり抜けるように歩いていた。想定外の爆発で、事態は混迷化している。そこには、貴族、平民問わず、コロッセウムから脱出しようとする人々が溢れているのだ。
そんな中にあってさえ、彼女の白銀の色彩は異彩を放っていた。
しかし、自身の生命の危機に、少女ーーティナの容姿に目を止めるような余裕のあるものはおらず、簡易解体したライフル放り込んだケースを背負った目立つ風体でありながら、脱出することは難しくなかった。
もっとも、ティナにとっての一番の問題は、貴族も複数いるこの場所で自分を知る人間との遭遇をいかに避けるかであったのだが。
直属の部下であるシェリンドンが知っているということは、当然、あの人も知っているのだろうが、他の誰かに気付かれるのは余計だ。
そればかり意識していたせいで、ファレルに失言をしてしまったが、彼は裏とかは突っ込まないことにしているらしく、気付かないフリをしてくれた。
「これでとりあえず脱出はできたんだけど……どうしよっかな、これ?」
街のあちこちで黒煙が上がり、断続的に続く爆発音が、この騒動がまだ始まったばかりであることを伝えている。
そんな中、ティナは思いっきり顔を顰めながら、そうつぶやいた。
夕日に照らされてその装甲を漆黒に輝かせるのは、銃火器で武装したMC。大半が〈エクエス〉と〈ミセリコルデ〉。
普通のMCなら逃げようもある。なぜなら、彼らは、剣と盾、あっても騎士散銃でしか武装しない。至近距離での決闘を美徳とする騎士にとって、銃火器は無粋だからだ。
しかし、銃火器で武装しているとなれば、話は違う。射程、弾速、弾幕、どれをとっても、中距離以遠での性能は圧倒的。その一方的な攻撃性は、彼女自身、狙撃銃を使うことがあるから分かる。
そしてなにより、剣は素人には扱えないが、銃火器は素人でも弾をばら撒くぐらいならできるのである。まして、本人は小さなトリガーを引くだけで、後は機械が自動で行ってくれるMCならなおさら。
「ファレル? 聞こえる?」
『ああ、聞こえてる。なんだ?』
「あいつらライフル持ってるんだけど」
『は?』
「だから、ライフル持ってるって言ってるの」
『対処できるレベルだろ』
そこでティナは重要なことを伝えるのを忘れていたことに気付く。ファレルは人がライフルを持っていると思っているようだが、事実は全く違う。
「MCが、なんだけど?」
『……マジかよ』
「うん、本当」
『銃火器武装のMCまで出してくるとはな……ヴィクトールって奴は何考えてるんだ……?』
「さあ?」
ティナも別に面識もなければ、興味もないので、ヴィクトール伯爵がどういう人物なのかは知らない。
『考えても仕方ないか……つか、ジンは?』
「いや、わたしは見てないけど?」
『あの野郎……ティナ、今どこにいる?』
「東側のゲートの近くだけど、それがどうかした?」
『ならジンは任せていいか? 状況が変わった。おれは西側だ。こっちの方が発着場に近い。おれがカエデと合流して作戦を立て直す』
「おっけい、ってジンとわたしは?」
『発着場で合流だ。まあ、いざとなったら合流は諦める。おまえら2人でなんとか生き残れ』
「了解。死なないでよ? ファレル」
『当たり前だ。死ぬ気はねーよ』
「ふふっ……だよねー」
『……そろそろ限界距離だ。死ぬなよ』
「もちろん」
ティナは背負っていたケースから分解していたライフルを取り出し、素早い手付きで組み立てる。その動作に一切の遅滞はない。昔、銃の撃ち方を教わった時に幾度となくやらされたせいか、手が覚えている。
曰く、銃の構造を理解してない者に、優れた銃手になることはできない、だそうだ。今思い出しても、彼らしい。
そんな思い出に、くすっと笑みを溢したティナだったが、組み立てたライフルを握ると、その笑みは消え、鋭利な狙撃手としての表情が浮かぶ。
「さてっと、わたし、趣味じゃないんだよねー、そういうの」
ティナが見据えるのは、ジンが現れる可能性があるゲートではない。彼女がその紫水晶の瞳に映すのは、コロッセウムに近付いてくる一機の〈エクエス〉。
その手に握られたライフルの銃口は、ただ試合を観戦していただけの人々に向けられている。
確かに貴族も混じっているだろう。大多数の貴族が、民のことを考えない下衆だということは、身をもって知っている。この騒動の首謀者がヴィクトール伯爵だとすれば、貴族の排除こそが目的であろうと予想されることも。
だが、それが人々を撃つ理由にはならない。
それは、貴族の在り方ではない。
そして、色も気に食わない。漆黒は革命団のカラーなのだ。反動勢力仲間かもしれないが、紛らわしい色を使うのはやめてほしい。
「だから……ぶち抜く!」
その場に膝立ちになり、スコープを覗き込んだティナは、間髪入れず引き金を引いた。狙うは36ミリの暴力をばら撒く銃口のみ。
初速にして秒速1200mで射出された弾丸は、過たず銃口へと吸い込まれ、内部の火薬を誘爆させて、ライフルを内側から食い尽くした。
爆発に巻き込まれて、ライフルを握っていた腕ごと失った〈エクエス〉を見て、ティナは確信した。搭乗する騎士ーー銃弾をばら撒くだけの存在を、このように呼ぶのは、ティナ個人としては全く好みではないがーーは素人だ。
MCの操縦に慣れている人物や、銃火器の扱いを心得ているならば、最初の爆発で即座に銃を手放すだろう。たとえ反応が遅れても、片腕をまるごと失うような愚は犯さない。
(MCは旧型、パイロットは素人……つまり、これはヴィクトール伯爵の正規騎士団じゃない。あれ? じゃあ、私達の見た部隊はなんなんだろ……?)
ティナは思考しつつも、もう一度引き金を引いた。次の狙いは、背部に担架されたランチャーユニット。ミサイルなのかロケットなのかは知らないが、砲口に弾丸を叩き込めば壊れることに変わりはない。
「第二射、ファイア!」
命中。爆発がやはり機体を焼き、漆黒の〈エクエス〉が崩れ落ちる。
「やった!」
しかし、歓声を上げるのはティナだけだった。秩序を失った人々にとっては、MCが起こした爆発の方が目に止まる出来事だったらしい。悲鳴と怒号ばかりが響いた。
「当座の脅威は排除。ジンを探さないと……え?」
ティナはそこでようやく、自分が民衆の注目の的になっていることに気が付いた。視線が突き刺さる。
その目の輝きには生気を感じられず、どこか狂気じみたものがあるように思われた。
冷静さを失い、狂乱した人々の、堕ちた者たちの、昏い熱情に侵された目。
知っている……ティナはその類の目を知っている。
ふと、脳裏にある情景が浮かんだ。
ーー取り囲むようにいる人々
ーーゆらゆらと揺れる、憎悪と憤怒に彩られた光を宿さぬ瞳
ーーつい昨日までは笑いかけてくれたのに……
ーーつい昨日までは一緒に居られたのに……
ーー「おまえのせいだ!」
ーー「死んで贖え!」
ーー浴びせられるのはただ罵声だけ
ーー「死ね!」
ーー「死ね!」
ーー幾度となく叩きつけられる手足
ーー痛み
ーー恐怖
ーー閉じ込められた冷たい牢獄
ーー何度も繰り返される言葉
ーーそれはまるで心を削り取られるようで
ーーそれはまるで精神を侵していくかのようで
ーー崩壊する
ーー絶望する
ーー少女は無力だった。
フラッシュバックーー
それは一気にティナの身体を走り抜け、彼女に内側から襲いかかった。
ーーいやっ……!
ティナは不意に走った痛みに、頭を抑える。脳をナメクジが這いまわっているかのような、じくじくと蝕む不快な痛み。
這いまわっているのは記憶だ。忘れていたかった恐怖が、彼女の脳を侵食する。
一気に息が詰まる。痙攣した口を金魚のようにパクパクとさせるが、うまく入ってこない。ふらふらと足元が覚束なくなる。
記憶の中から追い付いた恐怖はティナの身体を荊のように絡め取り、自由を奪う。
「う……ぁ……」
「銃を持ってるぞ」
ーーお願い……
「あいつらの仲間じゃないのか?」
ーーそんな目で見ないで……
「そうだ! そうに違いない!」
ーー違う……
「テロリストを許すな!」
ー違うのっ!
誰かが言い出したそんな言葉が、じわじわと人々の意識を侵食し、そして、ティナは今そこにいる人々の中で、『敵』になった。事実は関係なく、ただ、その場の空気という曖昧なものによって。
「殺せ!」
誰かが叫んだ。
「そうだ! そうだ!」
誰かの叫びが呼応する。
自分で考えるということを止め、身に秘めた暴力性を解放した人々が、ティナの方へと押し寄せる。
「……ちがうの……わたしじゃないっ!」
逃げないとーー
そう思うのに身体は動かなかった。
ぺたりとその場にへたり込んで動けなくなる。カタンと軽い音を立てて、銃が地面に落ちた。
ーー怖い怖い怖い怖いっ怖いっ怖いっ恐い!
人々の悪意を突き付けられたティナは鳥肌の浮いた腕をさすり、自分を抱き締めるようにして震えるしかできない。
そうだ。怖い。人は恐いのだ。あの人の言っていた通りにーー
それを思い出した。
「いやっ……」
へたり込んだまま動けないティナのもとに、フードを被った誰かが近付いてくるのが見えた。
恐怖で震えた喉からかすれた声が漏れる。
現実と来るであろう痛みから逃げ出そうとぎゅっと目を瞑る。
「やめてっ……」
しかし、そんな彼女はふわりと身体が浮いた感触に薄っすらと目を開いた。
人相を隠していたフードの下の真紅の瞳と目が合う。
「えっ……?」
「こんな状況下で無駄なことをするな」
「……ふぇっ? じん……?」
「他に誰がいる」
「え? ジン!? なんで!?」
「うるさい。騒ぐな。落とされたいか?」
煩わしげな口調でそんなことを言う。いつも通りのジンだ。
「助けて、くれたの?」
「おまえが死ぬと不利益が大きい」
「うう……」
助けてもらった身で悪いとは思うが、なにもそんな言い方しなくてもいいと思うのだが。
「どうでもいい文句言ってる暇があったら、降りて自分で走るか、掴まれ。重い上に走り辛い」
ーーこいつ!
女の子に向かって重いとは何事か。いや、確かにヒト一人分の体重が軽いとは言えないだろうが、それを面と向かって言うのはデリカシーが無さ過ぎるだろう。
「分かったわよ! 降りるからちょっと止まって!」
「…………」
ジンは一瞬振り返り、次にティナに視線を向けた後、
「いや、掴まれ。時間が惜しい」
「うっ……」
表情一つ変えないままだったが、視線で分かった。ジンは気付いたのだろう、ティナの肩がまだ震えていることに。だからこそ、ジンはティナが走れないと判断した。
ティナはその気遣いに感謝することにして、ジンにきゅっと抱き着く。これで少しは軽くなるだろうか。
「……優しくしないでよ……ジンのバカ……」
か細い声が口から漏れた。
ーーだめだ。
ちらつく記憶が、ティナを未だに絡め取っている。ジンとの会話は、普段の調子に装ったつもりだったが、全然だめだった。
彼にとっては、単純に時間の無駄だからなのだろうが、そんな小さな気遣いでさえも、今のティナの心には、優しく響く。
弱気になっている自覚はあった。
戦場では迷わず人を殺している癖に。
その手はもう、血に塗れている癖に。
でも、だめだった。
無辜であるはずの民に、悪意を、敵意を向けられることが、どれほど恐ろしいことなのか、身体に染みて知っているから。
「…………」
ジンは無言のまま、半身になって右腕を後方に向ける。その手にはティナのライフルが握られている。どうやら一緒に拾い上げていたらしい。
「だめっ!」
「うるさい」
ティナの制止も聞かず、ジンは躊躇なく引き金を引いた。撃ってきやがったぞ、やれ、そんな罵声が聞こえる。
「いやっ……」
ティナはジンの肩に顔を埋め、ぎゅっと目を瞑る。
見たくない。聞きたくない。知りたくない。
断続的に銃声が響く。曲がり角を幾度か曲がったのか、幾度か慣性に身体が引っ張られるのを感じた後、ジンは足を止めた。
「巻いたか」
そう呟いたのが聞こえ、またふわりと身体が浮いた。顔を上げて見回すと、追いかけてきていた人々はもういなかった。見えるのはただ、古ぼけたコンクリートの建物だけ。どうやら、どこかの路地裏に逃げ込んだらしい。
「いつまで掴まってる気だ。降りろ」
「あっ……うん、ごめん」
ティナが謝罪と共に手を離すと、ジンはひょいっと、彼女の身体を打ち捨てられた何かしらのケースの上に降ろす。
しかし、ティナは、そのままうつむいて座り込んでしまう。その様子はひどく憔悴していて、まるで、萎れた葉のように元気がない。
まったく、これではどっちが助けに来たのか分からない。
「ティナ」
「なに……?」
「おまえのやったことはいたずらに愚民共を混乱させただけだ。連中に敵視される可能性を想像しなかったのなら、おまえは引き金を引くべきじゃなかった。それはただの自己満足だ」
ジンの言うことはもっともだった。ティナは引き金を引くことで、自分が敵視の対象となることを想像すらしなかった。
そして、自身の行動の結果として、突き付けられた現実から目を逸らした。
そのせいで、ただでさえ混乱していた人々を狂乱させ、ジンに、いやジンだけでなく、革命団のメンバーにまで迷惑をかけた。
「じゃあどうすれば良かったの……?」
「無視していればいい。どうせ、力が無ければ、死ぬ奴は死ぬ」
ジンが冷たくそう言った瞬間、ティナは頭が真っ白になった。直前までの恐怖もなにもかも消え去る。血流が沸騰し、激情が溢れ出すのを感じた。
だって、それは、他の何よりも恐ろしいことだったからーー
ーーねえ、どうして?
よりにもよってーー
よりにもよって、あんたが!
あの日あの場所にいたあんたが!
真紅の瞳に涙を浮かべていたあんたが!
あんたが、それを言うのか!
「ふざっけないでっ!」
激情にままに振るった拳が、ジンの右の頬を捉えた。
ヒロインの設定がどんどん重くなっていくのはきっと僕の悪い癖です。すいません。笑
貴族なんだから色々あったんだろうな、と。
ジンは安定の無神経です。笑
殴った理由とトラウマはティナの中では繋がっていますが、別物だったり。
感想、評価、誤字脱字報告等あれば、よろしくお願いします。




