騎士 -oath of sword- 14
遠くから歓声が聞こえた。コロッセウム、そう呼ばれる闘技場には多くの人が詰め掛けていたが、試合中となれば、廊下は静かなものだ。当然だ、皆試合に夢中で誰もいないのだから。
そんな誰もいない廊下を、怪しまれない程度に早足で駆けるのは、ファレルだった。
革命団の実働部隊、中でも、対人部隊に属するメンバーの一人で、出不精ゆえに、面倒な任務を押し付けられる隠れ家住まい筆頭の一人でもある。
今回の任務は、メンバーの1人であるジン・ルクスハイト。1人で任務に出た彼の速やかな回収だ。
理由は特に聞かされていないが、貴族騎士の試合を大会形式で行うコロッセウムに送り込まれているのだ、当然、貴族絡みの厄介ごとに決まっている。
『ってか、ジンってどこにいるの?』
「おれが知るか」
通信のぼやくようにして漏らしたのはティナだ。白銀の髪に紫水晶の瞳という、目立つ容姿をした少女も、ジンを探してこのコロッセウムに潜入していた。
本来なら、このオルレアン領に潜入したのは3人なのだが、輸送ヘリパイロット担当のカエデは、脱出用のヘリと空路の確保に、運び屋の発着所で動いている。
このため、潜入しているのは、ファレルとティナのみだ。もっとも、カエデは、無理無理、僕が潜入なんてしたら即バレ即死だよ、との自己申告通り、こういう任務ではなんの役にも立たないのだが。
『むー、わたしだって知らないし……』
「追っかけだろ? なにか知らないのか?」
『誰がストーカーよ! 誰が!』
「誰も言ってないだろ……つか、うるさいぞ。耳元で喚くな……」
『抗議はスルーなの!?』
「いや、だって……な?」
『妙に優しい声なのが腹立つんだけど……』
仕方あるまい。ジンに素っ気なくされているにも関わらず、積極的に関わっていこうとするティナの姿勢は、組織内でも、特に隠れ家で日常を過ごすメンバーの中では有名だ。
まあ、ジンは誰に対しても似たような態度なので、その点、しつこさ故に、そこそこ関わりを持っているティナは、そのあたりの人間関係の潤滑油的な意味では役に立っていると言える。
「それで? 見つかったか?」
『うーん、それらしき人物は下にはいないけど?』
「下?」
『ん? ああ、知らない? コロッセウムってフィールドのすぐ下に、参加する騎士の観戦席があるんだけど』
「いや、むしろなんでそんなことを知ってるんだ、おまえは」
『ふぇっ? いやだって……って、あ……』
ティナはいかにもまずいと言った様子で声を漏らす。ファレルはため息を吐いた。
ーー本当に、ウチの騎士部隊は裏のあるやつしかいないな……
呆れを押し隠し、努めて平静にティナに尋ねる。
「どうした?」
『ふぇっ!? いや、なんでもない! なんでもないから!』
「…………」
いや、そのいかにもまずいことを誤魔化してます、という態度で何がどうすればなんでもないと言えるのだろうか。
もはや、つっこむまい。ファレルはそう決めるとティナの失言を忘れることにした。正直、ティナも、ジンも、レナードも、どいつもこいつも得体の知れないところがあるメンバーなので、今更である。
「……それで? いないんだな?」
『うん』
「くそっ……厄介な……」
『だよねー、出場者の名前にはジンの名前ないし』
そう、厄介なことに、ジンは大会に出場するにあたって、偽名を使ったらしい。個人戦のトーナメント表を表示する電光掲示板を見る限り、ジン・ルクスハイトという名は見つからなかった。
明らかに偽名だと分かる騎士は複数いたが、どれがジンかは結局分からなかった。唯一分かったのが、今、円卓の騎士、ザビーナ・オルレアンと、試合しているのは、アルカンシェルという偽名が靴を履いて歩いているかのような名を名乗る、素性不明の騎士だということだけだ。
彼らがコロッセウムに潜入した時点で、決勝が終わり、個人戦の最後を飾る、円卓の騎士と個人戦優勝者という対戦カードの準備が始まっており、優勝者とやら顔を拝むことはできなかったのだ。
「どうする? 市街地に出ていたら見つけるのは困難だぞ」
『といっても、ジンだよ? そう簡単に負けるとは思えないんだけど……』
確かにそうだ。ジン・ルクスハイトの技量の高さはこの目で何度も目にしている。紛いなりにも、最強の円卓の騎士、シェリンドン・ローゼンクロイツと剣を交わせる騎士である。弱いはずがない。
そこで、ファレルはふと気になったことを尋ねた。ファレルはすぐには確認できないが、コロッセウムのフィールドのすぐ側にいるティナなら確認は容易いはずだ。
「そういえば、試合はどうなってる?」
『ふぇっ?』
ずいぶんと気の抜けた返事が返ってきた。
ーーこいつやる気あるのか?
「アルカンシェルとやらの戦いを見れば、ジンかどうかは分かるだろ」
『あっ……』
どうやらその発想はなかったらしい。ティナは頭は悪くないはずなのだが、どうも腑抜けているというか、天然というか、まあ、詰めが甘いのである。
女の子として見るなら、隙がある方が可愛げがあるのだろうが、彼女が追いかける少年は、可愛げなどという情緒を解さない男である。
それ以前に、任務を共に遂行する者としては、その詰めの甘さは非常に不安である。可愛げいらないから、隙のない任務達成能力を持って欲しい。
とはいえ、ここぞというところでは力を発揮するのも事実なのだが。
『……ねぇ』
ティナの声には妙に疲れた哀愁が漂っていた。
「どうした?」
『二本の剣ぶんぶん振り回して、円卓の騎士の〈パロミデス〉と互角に渡り合ってる〈エクエス〉がいるんだけど』
「あ、ああ……」
『わたしの知り合いの騎士に、二本の剣振り回す人ってほとんどいないんだけど』
「ああ……」
『しかもどっかで見た太刀筋なんだよねー』
「…………」
『…………』
どうやら、いたらしい。それも思ったより近くに。
今までの苦労はなんだったんだろうか。すでに30分近く探し続けていたのだが。
ティナの方から、完全に責任転嫁な怨嗟が聞こえてくる。
『ジンのバカ……後で絶対締めてやるぅ……』
「いや、おまえが悪いんじゃーー」
『うっさい!』
「あまり騒ぐな。見つかったら面倒だろ」
『はーい……』
ーーこいつ、いつにも増して適当だな!
「問題はジンにどうやって撤退を伝えるか、なんだが……」
『踏まれるからやだよ?』
「誰も行けとは行ってないだろうが」
そんな無謀なことは最初から頼まない。
誰がジンと円卓の騎士が削りあう戦場の足元に飛び込んでメッセージを伝えられると言うのか。どんな能力だ。どんな豪運だ。いたらむしろ会ってみたい。
「メッセージだけを伝えればいい。とりあえず、外に出てもらう必要がある。ここで合流するのは危険だからな」
『んー、なんかあったっけ?』
通信の向こうで、ティナは首を傾げているのだろうが、ファレルには心当たりがあった。
「革命団の伝達信号を使う」
『ん? それはいいけど、どうするの? 曳光弾打ち上げるわけにもいかないよ?』
「分かってるさ。だから音を使う。機体に銃弾をぶち当てればいい。MCのサイズだ。上手くやれば気付かれないだろう」
『ならそれはわたしの仕事でしょ? ライフルは持ってきてるよー。組み立てるのに時間かかるけど』
「決まりだな。まずは狙撃ポイントを確保。ティナがメイン。おれがサブだ」
『おっけい』
「目標はジンのMC。コックピット付近を狙撃して音を届かせる。狙撃成功後は、ジンに伝わったことを確認した上で、各自速やかに離脱。合流はコロッセウム外部の指定ポイント。ジンの回収はおれが担当する。失敗した場合は、役を入れ替え。不測の事態の際は、ジンは放置してとにかく逃げる。いいな?」
『うん』
咄嗟ではあるが、できるだけ細かく作戦を立てる。このメンバーで行う作戦は、不確定要素がよく遊びにくるので気が抜けないのだ。
「それじゃ行くぞ、作戦開始だ」
『了解!』
ティナの元気のいい返事が返ってくる。
ファレルは通信を切ると、
「また、ぶっつけ本番かよ……」
ため息を吐いて、自らも作戦のために走り出した。




