騎士 -oath of sword- 11
『決勝戦、レーヴェル卿対アルカンシェル卿の試合を始めます。両者、礼』
準決勝の終了からしばしの時が過ぎ、ダルタニアンは、再びコロッセウムの中央に立っていた。
向かい合うのは、大会が始まる前、出会った時から追いかけ続け、圧倒的高みにあると思い知らされた男ーーアルカンシェル。
ダルタニアンにとっては、ここがコロッセウムでの集大成。全てを出し切り、アルカンシェルの背中に触れてみせる。
本音を言ってしまえば、その背中に追い付きたいが、それは今のダルタニアンには叶わぬ夢だ。贅沢を言うべきではない。
淀みないエレガントな所作で騎士の礼を交わしたダルタニアンは、はやる気持ちを抑え、あくまでエレガントに、そうエレガントに、アルカンシェルへ語りかけた。
「さあ、アルカンシェル卿、最高の試合をしよう」
握手を求めたダルタニアンに対し、アルカンシェルはしばらくその手を見つめた後、冷たい表情のまま、
「俺はジン。ジン・ルクスハイトだ」
そう名乗って、手を握り返した。
「ジン・ルクスハイト……」
「おまえは約束を果たした。それだけだ」
「ジン・ルクスハイト。君の名、しかとこの胸に刻んだ。騎士として、蒼き血に連なる者として、私は君に敬意を表する」
「…………」
「そして、その上で私はいずれ、君の見る景色にまで辿り着いてみせる。そしてその先でさえも。だからこそ、君の力が、私の確信に違わぬものだと、証明して欲しい」
そう、ダルタニアンは確信が欲しかった。追いかけるべき、心の底から欲するものが、今はまだ、手の届かぬ場所にあるのだと。
実は家の中に隠された青い鳥などではなく、遥か彼方に輝き落つる流星の如き、乖離した現であることを、彼の全力を以って、示して欲しい。
それでこそ、高き山の先に手を伸ばそうというパッションが湧き上がるというもの。
「……なるほどな」
アルカンシェルーージン・ルクスハイトは、ふっとその冷徹な表情を崩して、思わずといった様子で苦笑を漏らした。
その様子はどうも、何かに呆れているようにも見えた。
「なに……?」
「いや、おまえみたいな貴族もいるんだなと思っただけだ」
「どういう意味かね?」
「さてな……ダルタニアン・ルヴル・レーヴェル。俺はおまえを覚えておく事にする。だから、せいぜいーー」
笑みは蜃気楼か幻だったかのようにかき消え、真紅の瞳が、冷たくダルタニアンを射抜いた。
「俺を失望させるな」
「ーーっ!?」
「おまえみたいな馬鹿は嫌いじゃないが、負ける気で来るなら、俺はおまえを殺す」
そう吐き捨てたアルカンシェルはダルタニアンに背を向け、自らの機体ーー〈エクエス〉へと歩き去っていく。
そうだ。事実を事実として受け止めるのは当然なら、先を見据えそのための糧とするのも当然。だがしかし、そこで勝負を始めから諦めるという選択をとる理由にはならない。
そうだ。誇り高き騎士であるならば、それ以前に一人の人間として、勝ちに足掻かねば、戦場に立つ意義などないというもの。
そう、忘れてはならないのは、立ち向かう意志である。それこそがエレガント。
またしても忘れていた。熱狂に飲まれ騎士としての本懐を見失うとはやはり未熟。
しかし、だからこそ、この試合にも価値がある。
「ふっ……ならば、僕は鋼の意志を以って君に立ち向かおう! そして、我が騎士道を以って君の騎士道を乗り越えてみせよう!」
損傷した〈ファルシオン〉は頭部ユニットのみを差し替えて使用することになっている。素早く機体を立ち上げたダルタニアンは、正面に自然体で立つ、アルカンシェルの〈エクエス〉を見つめた。
その手には既に盾はなく。両の手には二本の騎士剣が握られている。『双剣』。準決勝まで隠し続けてきた、否、使う必要さえなかった、アルカンシェルの本領。
それは、アルカンシェルなりのダルタニアンへの誠意であるように感じられた。一方で、驚異的な双剣と戦わなければならなくなったのも事実。
しかし、ダルタニアンは高揚していた。かのジェラルド・カルティエのみが会得したとされる、疾風怒濤にして迅雷の如き剣技をこの身で直に感じることができるなど、なんと恵まれたことか。
『決勝戦、試合開始!』
その放送を聞いた直後、ダルタニアンは、〈エクエス〉の姿を見失った。
意識を逸らしたのは一瞬。だが、その一瞬の間に、〈エクエス〉は霞のように消え失せ、雷の如き速度を以って、〈ファルシオン〉との距離をゼロにした。
低い姿勢で、前のめりに倒れるかのような動作で接近した〈エクエス〉。一時でも視界にとらえ損ねたダルタニアンでは対応できない。
一閃。
切り上げた騎士剣が、〈ファルシオン〉を叩いた。
しかし、ダルタニアンもさるもの。その鍛え上げた反応によって、その一撃を盾で受け止めていた。
おおっと、どよめきが起きる。アルカンシェルが開始早々に見せた神速の踏み込みと、それに対応してみせたダルタニアン。初撃から今大会最高峰と言って差し支えない攻防に、観客の興奮も最高潮に達していた。
しかし、〈ファルシオン〉のコックピットに座るダルタニアンの顔は晴れない。これは初撃を防いだだけ。アルカンシェルの『双剣』に対しては一時凌ぎにもならない。
着地ど同時、瞬時に〈エクエス〉が身を捻り、回転斬り。さらに続けて、裏拳気味に二本目の剣が叩きつけられる。盾で受けるダルタニアンだが、一撃一撃を受けるたびに、じりじりと押し込まれていく。
「ぐうっ……!」
『この程度か?』
雪崩の如き怒涛の剣舞に、呻くダルタニアン。付け入る隙を見つけられない。そんな彼の耳を退屈そうなアルカンシェルの声が掠めた。
早く、速く、疾く。アルカンシェルの剣は留まるところを知らず振るわれ続ける。しかし、ダルタニアンもなんとか食らいついていた。この速度ならば、まだ追える。
二刀流で振るわれる剣は疾い。だが、その一方で、一発一発の威力は、むしろ軽い。受けることだけに特化していれば、ダメージは最小限に抑えられる。
そう思っていたダルタニアンの考え、いや期待はあっさりと裏切られる。〈エクエス〉が、弓なりに引いた腕から、勢いを乗せた突きを放つ。隙の多い動作だが、左の剣がダルタニアンの抵抗を削ぎ落とし、反撃に出られない。
盾の中心に向けて、渾身の力を込めて放たれた一撃は、轟音と共に、〈ファルシオン〉を弾き飛ばす。さらに、踏み込みながら、左手の剣を捻って逆手に持ち帰ると、離れた距離を瞬時にゼロにし、斬り上げを放つ。
そして、ダルタニアンはそこに活路を見出した。見えたのはわずかな連撃の隙間。吹き荒ぶ剣の嵐に空いた、ほんのわずかな凪の一瞬。
放つは最短最速の突き。斬り上げを繰り出したわずかな隙へとねじ込むつもりで、鋭く、そして素早く。
「ふんっ!」
『……甘い』
しかし、反撃の狼煙となるはずだったダルタニアンの一撃は、こともなげにアルカンシェルに防がれていた。
素早く切り返し、握り込んだ剣の柄を以って〈ファルシオン〉の手首を叩き、騎士剣を取り落とさせたのだ。
その切り返し鋭さは先の試合でダルタニアンが見せたツバメガエシの比ではない。
「なんとっ……!?」
ダルタニアンが驚愕を漏らす。
その間にも、〈エクエス〉の双剣は舞う。
なんとか持ち堪えてはいるものの、予備の剣を抜く間も与えられず、ダルタニアンは防戦一方となっていた。
少しでも気を抜けばその瞬間に、ダルタニアンの身体は両断されている。模擬刀を使っていながら、そう思わせるほどの威圧感と冷たい殺気。まさしく、生き馬の目を抜くがごとき緊張感を前に、頬を冷たい汗が伝った。
試合開始から今に至るまで双剣を降り続けながらも、速度も剣の冴えも衰えぬアルカンシェルの剣舞に、ダルタニアンはただただ圧倒されていた。
これが本物の『双剣』。かのジェラルド・カルティエが極めた、剣術の真髄。この身で感じれば感じるほどに、エレガント。ダルタニアンは己の内から熱く滾るパッションが溢れ出すのを感じていた。同時に、対抗できない自分への、それと同等かそれ以上の不甲斐なさも。
このまま何もできず負ければ、わざわざこの戦場まで勝ち上がってきた意味がない。
(何を防戦一方になっているのだ、私は! そう、騎士ならばーー)
ダルタニアンは溢れ出すパッションに従って叫ぶ。
「騎士ならば、己が身を削ってでも、強敵の前に立ち塞がるもの!」
そう、いかに立ちはだかる敵が強大であっても、背に庇うもののために、生命をかけて立ち向かうのが、騎士としてあるべき姿。
怯え、竦み、盾の陰に隠れるなど以ての外!
「はぁあああ!」
高速で振るわれる双剣の渦中へと、〈ファルシオン〉は自ら飛び込む。狭い壁にその身をねじ込むように、二本の剣から受ける斬撃を最小限に抑える。腕を折り畳んで保持した盾は急所であるコックピットのみを庇う。
自爆覚悟の突然の突撃にも、流石と言うべきか、アルカンシェルは冷静に対応し、剣を使って受け流すかのように、〈ファルシオン〉との位置を入れ替える。
側面に回りこまれる形になったダルタニアンだが、ここまでは想定済み。あのアルカンシェルがこの程度の戦術に対応できないわけがない。
だがーー
「これはどうかな?」
これは次の攻撃のための布石。『双剣』の性質上、後ろに下がることはないのは分かっていた。ならば、背面を取ろうとするはずである。そして、背面に回るには、一度左右どちらかの側面に回らなければならない。そして、アルカンシェルならばそれは可能だ。否、必ず狙ってくる。
おそらく、ダルタニアンは、アルカンシェルの技量をこの会場にいる誰よりも正しく把握し、誰よりも高く買い、その上で、誰よりも信頼していた。
だからこそ、この一撃は届く。ダルタニアンはそう確信できた。
左側面に回り込んだ〈エクエス〉に向けて、一気に盾を振り抜く。両手で抱え込むようにして盾を保持していたのもこのため。どちらかの手に持っているとはっきり明かしてしまえば、あの騎士は、確実に反対側の側面に回り込むことが間違いない。だからこそ、持ち手を両手にした。
一瞬に全てを込め、有効打にするためにあらゆる手を講じた一撃は、遂にアルカンシェルを捉えた。
『…………!』
初めて通信越しに、アルカンシェルの息遣いに動揺が走ったのを聞いた気がした直後、衝撃。
二本の剣をクロスさせて、咄嗟にシールドバッシュを受けた〈エクエス〉が大きく弾き飛ばされる。が、ダメージは大きくない。剣で受けると同時に、自ら飛び退き、衝撃を殺したのだ。
しかし、それは確かな一歩だった。
それは確かに、ダルタニアンがアルカンシェルに手を届かせた瞬間だった。
会場全体がざわめき、アルカンシェルとダルタニアンの攻防を褒め称える。
先のシャルロットの試合でも、有効打と言える一撃をもらうことなく勝利し、ここまで圧倒的強さを見せてきたアルカンシェルに、剣を届かせたという事実に、会場は湧き上がっていた。
とはいえ、喜ぶにはまだ早い。ダルタニアンは警戒を緩めることなく、腰に佩いた予備の騎士剣を抜き放った。
仕切り直しは十分。
ダルタニアンはきつくレバーを握りしめ、双剣を構える〈エクエス〉を見据えた。
「そう、私の挑戦はここから始まるのだ! アルカンシェル卿!」
剣を正中に構え、自ら踏み込む前のめりの姿勢で挑む、〈ファルシオン〉。
逆手と順手、それぞれに剣を構え、あくまで自然体で立つ、〈エクエス〉。
「征くぞ!」
『……来い」
ダルタニアンは気合いを込めて、自ら、前へと踏み出す。同時、アルカンシェルの〈エクエス〉もまた、正面から突っ込んでくる。
互いに吶喊した二機が、コロッセウムの中心で激突する。
三本の剣と盾が交錯し、火花が弾けた。
二人とも、互いに譲らぬ強気の姿勢で、剣を打ち合う。
一瞬に数回の斬撃を差し込むアルカンシェルの双剣を、一撃の重いダルタニアンの剛剣が相殺する。
ダルタニアンが剣を受けることを覚悟で放つ決死の斬撃は、アルカンシェルの迅雷の速度で駆ける双剣が弾きかえす。
互いに、ただ、騎士として。己が戦意の赴くままに剣を振るう。
これこそが決闘。
その姿は、まさしく、古代の剣闘士。
円形闘技場で行われる試合の幕引きには相応しい。
「ふんっ!」
全力で振るう一撃。しかし、大振りな一撃はアルカンシェルには通用しない。滑るように横方向に動くことで、容易く回避される。
だが、ここからが本番。ぐっと踏ん張り、反作用を力に、剣を跳ね上げる。ツバメガエシ。先の準決勝で見せたダルタニアンの切り札の一つである。
しかし、地上すれすれを飛び、瞬時に空へ舞い上がる燕を模した剣技は、アルカンシェルの前に容易く破れ去った。
高速で跳ね上がってきた剣を、側面から弾くという絶技によって。逆手の剣を用いた流し技。シャルロットが見せた『二剣』の如き妙技だ。
『俺に一度見た技が届くとでも?』
「ぐっ……!」
永久凍土めいて冷たい声がダルタニアンの耳を撫で、敗北への焦りに心臓を凍てつかせる。
必殺を期した一撃だが、対応されればその分だけ隙は大きくなってしまう。ダルタニアンはそこを突かれることになってしまった。
〈エクエス〉は、わずかにずらして上に流した剣の間を突くように機体をねじ込み、もう一方の剣で素早い突きを放つ。
こう密着されては盾で防ぐのは不可能に近い。その上、剣を逸らされた〈ファルシオン〉の体勢は不利。だが、ここで素直に負けを認めるのも、騎士らしく、否、ダルタニアンらしくない。
できることはほぼない。だが、強気で、その思いが、ダルタニアンを突き動かした。
剣を弾かれて崩れた体勢を利用する形で、自ら〈エクエス〉の繰り出す剣を迎い入れるように剣尖の前に出たのだ。そして、唯一、至近で自由に動くものーー頭部を、〈エクエス〉へと叩きつけた。
すなわち、ヘッドバット。ダルタニアンが咄嗟に思いついた、反撃の一手である。
コックピットに衝撃が走り、カメラの映像とセンサー情報にノイズが走る。ついで、視界に機体ステータスが表示され、叩きつけた頭部と、剣を受けた胸部の損傷を伝える。
中央のコックピットを逸れて、肩口を削るような形で、〈エクエス〉の騎士剣は抜けたらしい。自分から突っ込んだせいか、損傷が大きくなっているが、敗北に直結する部分にはダメージを負っていない。これならば、試合は続行可能だ。
アルカンシェルの〈エクエス〉は頭部がひしゃげ、右手の剣を失っているもののほぼ無傷。ダルタニアンの不利は変わらない。
体勢を立て直したのは、アルカンシェルの方が早い。再び神速の踏み込み。ダルタニアンの視界から〈エクエス〉が消えるーーその直前、
『そこまで! ダルタニアン卿の〈ファルシオン〉の損傷を致命的なものと判定! この試合の勝者は、アルカンシェル卿とします!』
アナウンスが告げた放送の内容に、観客から野次と歓声が飛ぶ。あっけない幕切れだったが、ここまでの試合の激しさを見て、観客達もある程度満足しているのか、野次の方が少ない。いや、だんだんと野次は掻き消され、声はアルカンシェルの優勝を讃える歓声に変わっていった。
それに気付いたダルタニアンは、ふっと小さく笑みをこぼし、力を抜いた。最後までアルカンシェルと剣を交わし、決着を付けることができなかったのは口惜しいが、判定は判定である。今更覆るものではない。あくまで、引き際もエレガントにあるべきだ。
しかしーー
『待て』
一人だけ納得していない者がいた。当の勝者、アルカンシェルーージン・ルクスハイトである。
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