騎士-oath of sword- 08
アルカンシェルは、演壇の上に立つ女性を鋭い目付きで見据えていた。凛とした容姿に、珪化木の瞳が映える、美しい女性だ。立ち振る舞いの優雅さからは、高貴なる蒼き血に連なるものであることがありありと理解できた。それと同時に、歴戦の勇士だけが持つ、騎士としての覇気を感じる。
なるほど、確かに、円卓の騎士に名を連ねる騎士である。アルカンシェルは、壇上の女性騎士ーーザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアンをそう評価した。
しかし、同時に、自分の知る領域を逸脱しているわけではないと確信した。本物の化け物はこんなものではない。
「我が名は、ザビーナ・マーシャル・ラ・オルレアン。我が楽園の誇る円卓の騎士が一柱である! まずは、数多くの騎士を打ち破り、ここまで辿り着いた諸君らの武勇を讃えよう。諸君らの戦技に賞賛を送る!」
わーっと、観客席から拍手と歓声が上がる。ただ一人、ダルタニアンは手を振って答えたが、アルカンシェルを含む他の三人は、無表情のまま無視する、目を閉じる、黙礼する、と三者三様の興味無さげな態度を取っていた。
円卓の騎士への敬意も観客への誠意も全く感じられないが、アルカンシェルも人のことは言えない。
ざわめきが収まったところで、ザビーナは再び口を開いた。
「しかし、諸君らもまだその戦技を振るい足りないだろう。最後の一人になるまで、この騎士の祭典の幕を閉じるわけにもいくまい。ならば、その剣を心赴くままに振るい、己が力を証明してみせろ! 己が剣に誓った一人の騎士として! そして、最後の一人となった時ーー」
ザビーナは言葉を切った。
「その者には、私への挑戦権を与える。この円卓の騎士にどこまでその戦技が通用するか、試してやろう」
会場のボルテージは最高潮。戦場に立つことが許されたのは、わずかに四人の騎士のみ。
「では、第一試合、アルカンシェル卿対シャルロット・フランソワ卿の試合を始める! 各自配置に付け!」
その号令を合図に、二人の騎士が戦場に降り立つ。二人は中央で向かい合って騎士の礼を交わす。
「シャルロット・フランソワ、よろしくお願いしますね?」
「……アルカンシェルだ」
アルカンシェルは、目の前の女性騎士ーーシャルロット・フランソワの様子に違和感を感じた。なぜなら、彼女はアルカンシェルの顔をじーっと見つめていたからだ。
「なんだ?」
「愛想のない喋り方に、貴族に敬意を払わない態度……実に下賤ですね。貴方は、ザビーナ様の前に立つに相応しくありません」
「…………」
アルカンシェルは答えなかった。無表情のまま、冷たく、シャルロットを見据えただけだった。
対するシャルロットも、そんな態度に動じた様子はない。むしろ、睨み据えるようにアルカンシェルを見ていた。
「……まだ言いたいことでもあるのか?」
「……興味すら持たれませんか」
「あえて持つ必要もない」
「失礼な方ですね。腕は本物のようですが」
「話は終わりか?」
あくまで眼中にないという態度のアルカンシェルに、シャルロットは唇を噛み締め、苛立ちを押し殺して、ザビーナに命じられたことを尋ねた。
「最後に一つだけ構いませんか?」
「好きにしろ」
「なぜ、よりにもよってヴィクトール伯爵のお抱えをやってるのかを聞いてもいいでしょうか?」
「…………」
正直に言おう。面倒臭い。アルカンシェルは、雇い主であるヴィクトール伯爵が裏でどんな動きをしているかなど一切把握していないのだ。聞かれても答えることはない。
払われた金に応じて働いているだけで、あのいけ好かない男の思惑などどうでもいい。無論、自分の領域に入ってくるようであれば、相応の対応をするが。
「色々事情があるというだけだ」
「ヴィクトール伯爵に付くのは感心できませんよ?」
「アレは、期間限定だ。奴自体はどうでもいい。何より、奴が何をしているかは知らない」
そう答えたアルカンシェルに対し、シャルロットは、眉を下げて、小さなく唸った。
なにやら悩んでいるようだったが、放送で試合開始を急かされ、諦めたように口を開いた。
「……仕方ありません。時間もない以上、後は、剣に尋くことにします」
「まったく、騎士というのは脳筋ばかりだな」
「貴方もむしろそちら側でしょう?」
「……否定はしない」
「まあいいです」
言葉を切ったにも関わらず、シャルロットの視線は、アルカンシェルの顔を見つめたままだ。
「……どうした?」
「……いえ。貴方のその無愛想な紅い眼をどこかで見た気がしただけです」
「そうか」
「まあいいでしょう。まずは勝利をいただくとしましょうか」
そう言ったシャルロットに対し、アルカンシェルは不敵に笑んだ。獲物を前にした獰猛な獣のように。
「勝てるものならな」
「私を甘く見てはいけませんよ?」
「甘く見てはいない。その上で勝てると確信してるだけだ」
「ふふっ、そういう強気な態度、嫌いではありませんがーーその自信へし折って差し上げましょう」
二人はその言葉を最後に、背を向けて、自分の機体に向かう。その背中は互いの自信を間違いなく物語っている。
互いの機体に乗り込むと、剣を向けあう。〈エクエス〉と〈ファルシオン〉。世代違いのMCが向かい合う。
気配が研ぎ澄まされたものへと変わり、張り詰めるような緊張感が、会場を押し包んだ。
『準決勝第一試合、試合開始!』
『円卓の騎士、ザビーナ・オルレアンが親衛隊隊長、シャルロット・フランソワ。推して参ります!』
先手を打ったのは、シャルロットだった。彼女の駆る〈ファルシオン〉は、速やかに数十メートルの距離を縮め、騎士剣を、アルカンシェルの機体に叩きつける。
アルカンシェルはそれを盾を使って受け止めた。ただ、それだけのことに、客席からざわめきが漏れた。
しかし、それも仕方のないことだろう。今までの試合、アルカンシェルは全ての騎士を、一撃の下に沈め、まともな抵抗を許したこともなければ、盾を防御に使ったこともなかったのだから。
「ちっ……」
『甘くないと言ったでしょう?』
しかし、その程度で追い込まれるようなアルカンシェルではない。〈ファルシオン〉の盾に向かって、騎士剣を思いっきり突き出し、その反動を利用して、〈エクエス〉飛び退かせる。
だが、シャルロットの〈ファルシオン〉は、それに追従し、踏み込んで低い姿勢から剣を克ち上げる。
アルカンシェルは、盾を押し付けるようにしてそれを受け止め、反撃の剣を振るう。 盾と剣が正面から追突し、オレンジ色の火花が散った。
さらに、踏み込みながら膝蹴りをいれ、〈ファルシオン〉を弾き飛ばす。
距離が離れるかに見えた二機だが、〈エクエス〉と〈ファルシオン〉は、まるで鏡写しのように、同時に前に出た。
着地から地面を蹴って反作用を利用して加速した〈ファルシオン〉と、突き飛ばした勢いに乗せて加速した〈エクエス〉。二つの刃が、凄まじいまでの勢いでぶつかり合う。
だが、彼らの攻勢は終わらない。
鍔迫り合いの状態のまま、ブースターを蒸し、相手の剣に沿わせて自分の剣を滑らせ、互いの脇に抜けるようにして、すれ違う。すれ違いざまに二機の保持した盾がぶつかり合い、甲高い音を響かせた。
『なるほど……』
「ちっ……」
シャルロットが納得したようにつぶやいたのに対し、アルカンシェルは苛立ち気味の舌打ちを漏らした。今の攻防で、互いの剣がどこから来たものかを互いに理解したのだ。
それぞれにアレンジは入っているが、源流となっているのは一人の騎士の剣技であると、彼らは互いに気付いていた。
『貴方もジェラルド様の教え子ですか』
「さあな」
『どこかで見たと思ってはいましたが、あそこでしたか。なるほど、見るだけでは気付きませんでしたが、実際に打ち合ってみると分かるものですね。ジェラルド様がよく、『剣に尋け』と言っていたのも納得できます』
「…………」
アルカンシェルは答えなかった。だが、同時にその言葉を認めてもいた。シャルロットの技量は本物だ。彼女は、今まで戦ってきた形ばかりの優勝候補ではない。真に自らを鍛え上げ、技を極めた騎士である。もっとも、あのジェラルド・カルティエに見出される騎士が、本物でないはずがないのだが。
『それでは、少し本気でいきましょう。同門の姉弟子として、負けられない理由が増えたようです』
「姉弟子と認識したことはないがな」
『構いませんよ? 今からはっきり教えて差し上げますから』
どこか楽しげに、だが狩人たる肉食獣のしなやかな圧力を失うことなく、シャルロットは笑った。
「ーーっ!」
神速の踏み込み。先ほどよりも速い。いや、疾い。並みの騎士であれば反応すらできないであろう速度だ。しかし、アルカンシェルは反応する。そして剣を受け止めた。半身になりながら、盾ではなく剣で。
衝撃。重い一撃だ。しかし、重いからこそ意味がある。
剣は受け身にぶつけただけ。剣を引くことで、エネルギーを奪いとり、機体を回転させるエネルギーへと変える。
さながら、フィギュアスケートのスピンのように、その場で回転した〈エクエス〉は、加速を乗せた盾を裏拳気味に叩きつける。
轟音が鳴り響き、衝撃で舞い上げられた砂煙が舞う。観客席から歓声と悲鳴が同時に上がった。
あまりに強烈な一撃に、誰もが決着したと思ったその時ーー
息一つ切らしていないシャルロットの声が通信から漏れ出した。
『……常に思考し、同時に直観に従う。思考と直観の融合。これもジェラルド様の教えでしたね』
シャルロットの〈ファルシオン〉の盾が、〈エクエス〉の一撃を阻んでいた。盾は大きく凹み、その衝撃の大きさを如実に語っているが、〈ファルシオン〉は無傷だった。そして、反撃に撃ち放った突きの体勢のまま動きを止めていた。
対するアルカンシェルの〈エクエス〉は、反撃の剣を紙一重で避けたのか、大きく傾ひしいだ体勢で膝をついていた。
そして、煙が晴れると同時に、二機が再び動く。〈ファルシオン〉が突き出した剣をそのままに、唐竹割りに振り下ろし、受け身に回った〈エクエス〉は、盾を挟み、押し潰されるように剣を受け、自らの盾を素早く、〈ファルシオン〉の盾に引っかけた。
そして、ブースターを吹かせて一瞬、機体を浮かせると、〈ファルシオン〉を蹴り上げながら、空中で回転する。
巴投げ。かつて東洋にあったと言われる、古武術の奥義の一つである。
『えっ……!?』
「相手の思考を越えろ、とも教わらなかったか?」
『くっ……!』
今度はアルカンシェルに諭される形になったシャルロットは、唇を噛み締めつつも、頭から飛び込むような体勢で、弾き飛ばされた機体を空中で立て直し、闘技場の地面に剣を突き刺して、回転しながら着地する。
ダメージはない。だが、距離を離され、体勢を崩された。
いやーー
着地した直後、巻き起こった砂塵を貫いて、一本の剣が〈ファルシオン〉へと飛翔する。
危ういところで盾を差し入れて剣を弾くが、シャルロットはすぐにミスに気が付いた。
盾の位置と、メインカメラを擁する頭部の位置が重なっている。これでは、視界が遮られてしまうーー!
瞬時に、視線入力でセンサー情報を拡大表示。しかし、遅い。
すでに、〈エクエス〉は、間合いの内側に入っている。
素早く、脚部スラスターを前方噴射して後退。だが、加速を乗せた〈エクエス〉の方が速い。
「沈め」
『ーーっ!?』
重い金属がぶつかり合う鈍い音が響いた。咄嗟に防御を固めたシャルロットの動きを読み、〈エクエス〉は、剣戟ではなく、跳躍からの蹴りを選択したのだ。
数トンはあるMCの体重を乗せた蹴りを食らえば、どうなるかなど言うまでもない。
すでに凹んでいた盾はひしゃげ、影に隠れていた〈ファルシオン〉は大きく弾き飛ばされることになる。
衝撃は受けたものの、直接的一撃を盾を犠牲に回避できたのはシャルロットの優れた技量故であろう。
しかし、シャルロットも理解している。自分達の戦技の本領が、相手の息継ぎを許さない怒涛の如き連撃にあることを。
同じ戦技を己が頼りにするもの同士、わずかな隙にねじ込まれて連撃を途絶えさせれば、待っているのは相手のターンだということを把握している。
そして、今、シャルロットは、アルカンシェルの奇策を前に、完全に主導権を奪われた。
跳ね飛ばされて体勢を崩した〈ファルシオン〉に〈エクエス〉の刃が迫る。避けることは不可能。剣一本では、初段は防げても、そこから続く盾の一撃は防げない。
『仕方ありませんね……征きます!』
「なっ……!?」
今度はアルカンシェルが驚愕する番だった。シャルロットは、剣を弾いた。左の剣を抜きうちに払って。
そして、切り返しの一撃が、盾を正面から打ち抜き、アルカンシェルの〈エクエス〉を下がらせる。
〈ファルシオン〉は右手に順手に、左手に逆手に剣を持ち、構えを取る。右手に剣を左手に盾を持つ、通常の騎士では、絶対にあり得ない構え。
だが、アルカンシェルもシャルロットもその構えを知っている。そして、それを操る者がなんと呼ばれるのかも。
「双剣……使い……」
驚愕がつぶやきとなって、アルカンシェルの口から漏れた。
準決勝第一試合。
というわけで、同門同士の決闘となりました。
長くなったので分割してます。
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