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noblesse;oblige  作者: 夏桜羅(原案・設定協力)、雪羅(原作・執筆担当)
第2章 接触 -Fate-
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接触 -Fate- 04

 ジンは窓から差し込む光で、目覚めた。寝起きのせいか、いつもの鋭い眼差しはそこにはなく、半目で目元を擦っている。

 いつもなら、窓から光が入ってくるということはまずない。革命団(ネフ・ヴィジオン)の拠点はそういうところにある。

 ついでに言うなら、普段はこんな柔らかいベッドで寝ていない。

 久しぶりにぐっすり眠れた気がする。ここのところ、作戦続きで疲れているのに、気を抜くわけにもいかず、あまり寝れていなかったのだ。

 そんなことを思ったジンは自嘲気味に笑った。レジスタンスに所属するはずの自分が、敵方である貴族の家の方が安心して眠れるなど、なんという皮肉だろうか。


「カルティエにいるんだったな……」

「おはよう、お兄ちゃん」

「クロエ、勝手に入るな」

「ここわたしの家だよ?」


 ドアのすぐ側に立ち、可愛らしく小首をかしげてみせる少女は、クロエ・カルティエ。カルティエ士爵の一人娘であり、ジンにとっては見知った仲だ。

 もうひとつ付け加えて言うなら、レジスタンスのメンバーとしてーーそればかりが原因ではないがーーすっかり人の気配に敏感になってしまったジンが起きた原因のひとつでもある。


「確かにそうだが、客人の部屋にほいほい出入りするな」

「ええー、お兄ちゃんだよ?」


 ジンは疲れたようなため息を吐いた。彼はクロエが苦手なのだ。昔から無邪気に「お兄ちゃん」と慕ってくれることもそうだが、何より、この天然な感じがやり辛い。

 基本的に人を寄せ付けようとしないジンにとって、この相手の距離感を無自覚の間に無視して接してくる少女の性質は、十分に戸惑いを覚えるものなのだ。


「今は俺も他人だ」

「わたしは違うもん」

「それと、いい加減、そのお兄ちゃんってのやめてくれ」

「えー? だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん」


 相も変わらず、人の話を聞きやしない。もう少し、こちらの意図を汲んでくれてもいいものではないだろうか。


「あー、わかったわかった。で、朝からどうした?」

「朝ご飯一緒に食べようと思ったの」

「そんなことのために、わざわざ起こしに来たのか?」

「せっかくお兄ちゃんが来てるのに、一緒に食べなきゃもったいないもん」

「そうか?」

「ご飯はみんなで食べた方が美味しいんだよ」


 むーっと、不満げに頬を膨らませたり、拳を胸の前でぐっと握って力説してみたり、ころころ表情が変わって忙しい。貴族の令嬢としてはもう少し落ち着きを身につけるべきだろうと思うのだが、ジェラルドは気にしていないということは問題ないのだろう。たぶん。


「着替えたら行く」

「外で待ってるからね!」

「…………」


 追い出して放っておこうとしたのがバレたのだろうか。なぜか妙に真剣な表情で言われた。

 ため息をつきながら立ち上がり、持ってきていた荷物から服を取り出そうとしたところに、服が差し出される。


「お着替えはこちらです」

「ああ」


 普通に受け取ってから、寝巻き代わりに着ていたジャージを脱ぎ捨てようとして、ジンはその動きを止めた。

 そして、どこからともなく現れ、ジンの側に控えていた男に尋ねた。


「……いつの間に入った?」

「おお、お忘れになっていたとは、爺やは悲しゅうございます」


 よよっと、泣き崩れる真似をしてみせる白髪の男を、ジンは真紅の瞳を冷え冷えとさせて睨んだ。

 しかし、戦場帰りの眼光は、男に通用しなかったらしい。いや、それどころか、それに何か感慨を覚えすらしたらしい。


「……本当に大きくなられました。爺やは嬉しゅうございます」

「……どうでもいいが出て行け」

「何をおっしゃいますか、客人(・・)の手を煩わせるなど、カルティエ士爵家の執事の名折れにございます」

「…………」


 気配をまったく悟らせない上に、口まで良く回るとは。この執事、昔からのことだが、隙がない。絶対に元は特殊部隊の一員か何かだったに違いない。


「客人として扱わなくていい。めんどうだ」

「おや、よろしいのですか?」


 空惚けて見せる執事に、ジンは苛立たしげに髪を掻き回す。どうも、カルティエ士爵家の人間は苦手だ。


「わかってて言ってるだろ、おまえ」

「はて、なんのことでしょう?」

「それと、世話を焼く必要もない。俺は平民だ」

「その様な瑣末事を気にするような(わたくし)ではございませんが、かしこまりました」


 そう言いつつも、部屋から出て行こうとしない執事に、ジンは呆れを含んだ目を向けた。言いたいことは一つ。出て行け。


「いつまでいるつもりだ?」

「主に言われずとも、望まれることを為すのが、執事の嗜みにございます」

「要するに、見張り、と?」

「はい」

「…………」


 先日の作戦で負った傷は治りきっているわけではない。服を脱げば、痣があることに気付かれてしまう。疑いの種を相手に与えるのはジンにとって望む展開ではなかった。

 しかし、執事は何食わぬ顔で、ジンに告げる。


「お怪我のことなら心配なさらぬよう。お嬢様と旦那様には黙っておきますゆえ」

「……おまえ、本気で何者だ?」

「ただの執事にございます」


 嘘付け。ただの執事が、訓練を積んだ兵士の意識に容易く入り込み、立ち姿を見ただけで負傷していると分かるものか。

 そんな思いが表情に出ていたのか、執事は柔らかく笑みを浮かべた。


「いえいえ、この程度は執事の嗜みにございます」

「……執事は特殊部隊で訓練でも受けるのか?」

「申し訳有りませんが、黙秘させていただきます」


 いたって真面目な口調でそう答えた。執事の表情に嘘や冗談の色は見えなかった。冗談が冗談として処理されなかったという事実に驚愕せざるを得ない。もちろん、表情を読むということにかけて、目の前の男に勝てるとは到底思えないが。

 諦めたジンは、着ていたジャージを脱ぎ捨て、適度な見栄えの服に着替える。清潔さはあるものの、普通の貴族ならば眉を顰めるであろう格好だが、この格好で食卓に座ろうとも、気にも留めないのがカルティエという家である。


「お怪我の治療を致しましょうか?」

「いや、その必要はない。見た目が派手なだけで、大したことはないからな」

「おや、そうでしたか」

「……大したところはすでに治療を受けている」

(わたくし)は何も聞いておりませんが?」

「流石に顔を見たら分かる。いや、顔に出してたらな」

「これはこれは、未熟を恥じ入る思いにございます」

「……おまえ性格悪いな」

「何をおっしゃいますやら、(わたくし)はただの執事にございますゆえ」


 そんな風にダラダラしていたのが良くなかったのだろうか、ドアの向こうからジンを呼ぶ声が聞こえた。


「お兄ちゃん、まだー?」

「今行く」


 答えた後、速やかに着替え終えたジンが、ドアを開けて外に出ると、ぷくっと頬を膨らませ、不満そうなクロエの姿があった。

 一応謝っておくのが筋か、と思ったジンは、すまない、と一言謝罪する。

 クロエはそれだけで満足したのか、鼻歌混じりにジンの手を引っ張る。


「行こっ!」


 目を見開いて固まっていたジンは、その腕に引かれるままに歩き出す。それに影のように付き添う執事に、ジンは小声で尋ねた。


「いつの間に部屋を出た」

「おや、お気付きになりませんでしたか?」


 いや、気付く気付かない以前の問題だ。ジンが着替え終わった時には、すぐ隣にいたのに、ドアを開けて、ジンが、クロエに意識を向けていたわずかの間に、クロエの背後に移動しているとはどういうことなのか。


「…………」

「執事の嗜みですので」

「…………」


 それのどこが執事の嗜みだ。綺麗に45度上半身を傾けて礼を取る執事に対し、ジンは、呆れ気味にため息を吐いた。

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