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noblesse;oblige  作者: 夏桜羅(原案・設定協力)、雪羅(原作・執筆担当)
第2章 接触 -Fate-
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prologue

第2章スタート!


 楽園(エデン)ーー

 それは、帝を中心に、貴族達特権階級が長い年月をかけて作り出してきた統治システムであった。

 楽園(エデン)の支配の下、かつて存在した技術のほとんどを貴族の管理下に置き、人々から、牙を、知恵の実を、奪った。

 そして、人々は、アダムとイヴのように無垢でなければならなくなった。

 いや、彼らは無垢などではなかったのだろう。不満、憤怒、苦痛。

 失楽した人々は結局、原罪からは逃れられなかったのだ。しかし、それを溜め込むしかなかった。

 彼らには、禁断の果実を食らえと囁く、誘惑の蛇はいなかったのだ。

 そして、同時にその果実は支配者の手で巧妙に隠されていた。

 そう、今まではーー

 楽園(エデン)は、貴族院、さらにその上にある最高意思決定機関、元老院によって、管理されている。

 元老は、帝直下の三公と通称される三大公爵家と、侯爵、伯爵、子爵、男爵の貴族のなかから数年おきに、各爵位三家ずつ選ばれる筆頭三家の合計、十五の貴族によって構成されていた。

 三公の筆頭であり、元老院の議長であるセレーネ家当主は会議の開始時刻になっても現れず、集まった十四人の当主達は、そのほとんどが、絢爛な衣装と贅肉を纏い、盛り上がった顔の肉で落ち窪んだ瞳を爛々と輝かせ、腹の探り合いに耽っていた。

 すでに、彼らの頭からは会議に召集された理由など消え去っていた。

 しかし、そんな無為な時間も、不意に会議室のドアが開き、集まっている誰よりも豪奢な装飾が施された服を着た男が入ってきたことで終わりを告げる。

 紫水晶(アメシスト)の瞳を鋭く怜悧に輝かせ、集まった十四人を睥睨する。それだけで、彼らは蛇の睨まれた蛙のように動きを止めた。


「ふむ、全員集まっておるようだな。では、元老会議を始める」


 男のその言葉で、ようやく弛緩から解放された当主達は、上座へと悠然と歩いていく男に、媚びへつらうように、立ち上がって頭を下げる。しかし、当の男といえば、そんな当主達に目を向けさえせず、自らの席に着いた。

 男の名は、ルイ・オーギュスト・ル・ヘリオス・ド・デューク・フォン・セレーネ。彼こそが、元老院の議長であり、全ての貴族の頂点に立つ、セレーネ家の当主である。


「今回の議題は先日通達した通り、革命団(ネフ・ヴィジオン)なる反動勢力への対応についてだ」

「その前に、セレーネ公にお聞きしたいことがあります」


 口を挟んだのは、同じ三公であり、翠玉(エメラルド)の瞳を持つ青年だった。数年前に先代から公爵位を継いだばかりで、若くキレ者だと評判の男だ。貴族にしては珍しいすらりとした長身の美丈夫で、貴族子女からの婚約の打診も絶えないと聞く。

 鷹揚にうなずいてみせるセレーネ家当主を待って、男は口を開いた。


「今回の件は、全てセレーネ家の管轄下で起こったことだ。しかも、円卓の騎士を奪われている。貴方の責任は重いでしょう。それを、我々を巻き込んで会議とはどういうおつもりでしょうか?」


 男の言葉は正論ではあったが、セレーネ家当主は若造が、という風に鼻で笑ってみせ、その疑問に答えた。


「エスメラルド公。貴君は先見の明がないようだ。筆頭である我から襲撃するような豪胆さを持ち合わせた反乱分子が、貴君らを狙うことがないとお思いか?」

「なればこそ、その力を付けさせたセレーネ家が責任をもって対処すべきだと、私は言っているのです」

「なるほど、貴君の言うことにも理はあろう。しかし、彼奴らが宣戦布告したのは、貴族院だ。対策を練っておくべきであろう。よもや、自領を脅かされて我が軍の到着を待つほど、愚かではあるまい?」

「無論、我が領の主護は行わせています。しかし、所詮は反乱分子。受け身にはなるべきではないと、閣下に具申したいのです」

「ほう、我に鼠共を狩る猫になれというか」

「ご自分の責任はご自分でとっていただきたいというのが我が家の意向です」


 エスメラルド公、そう呼ばれた青年は、セレーネ家当主が理解を示したことに満足げにうなずいた。

 確かにキレ者だが、青い。付け入る隙は十分にある。先代の如き老獪さはまだ、持ち合わせていないように思われる。とはいえ、評判通りの使える男であるのは間違いない。


「セレーネ公、エスメラルド公、貴方がたは心配性が過ぎるようだ。三公ともあろう方が取り乱してみっともないとは思われぬか」

「フロイス伯、貴公は随分と自信がおありのようだ」

「ええ、我が領の主護たる円卓の騎士は下賤な反動勢力などに遅れをとりませぬ」


 フロイス伯は冷笑を浮かべてそう言ってのける。レジスタンスに敗れたというシェリンドン・ローゼンクロイツを嘲笑っているのだ。そして、彼を重用するセレーネ家にも間接的に嘲笑を向けているのだろう。

 セレーネ家当主は改めて周囲を睥睨した。大半はフロイス伯に同調するように冷笑を浮かべ、三公筆頭であるはずの、セレーネ家を見下していた。

 貴族筆頭にも関わらず、平民のレジスタンスに恐れをなしているのだ、と。

 しかし、彼が抱いた感想は、そのことへの怒りではなかった。彼はその洞察力を十全に発揮し、当主達の考えを読んでいた。

 フロイス伯に同調するものが大半、一部が静観。そして、レジスタンスの到来を明確な危機と判断しているのは若きエスメラルド公のみだった。

 彼は自領の軍に志願し、騎士として訓練を積んでいる。あの映像を見て危機感を感じるのも当然といえば当然だ。

 結局のところ、彼らは知らないのだ。禁断の果実は紐解かれたのだということを、扇動者たる蛇はすでに闇の中で蠢いているのだということを。

 革命団(ネフ・ヴィジオン)という反動勢力は、不満の捌け口を持たず、懊悩とするだけだった者たちに、明確な敵と、振るう刃を用意してみせた。

 その結果がどうなるかなど言うまでもない。


「では、反乱分子への対応はそれぞれの領の責任で行うということで構わない、ということか?」

「ええ、もちろん」

「では、我から話すことはなかろう。これでも忙しいのでな、失礼させてもらおう」


 セレーネ家当主が出て行くと、彼を馬鹿にするような発言が彼らの間に飛び交った。もちろん、反乱分子程度に弱腰なセレーネ家の態度を嗤うものである。

 聞くに堪えないといった様子で、エスメラルド公と呼ばれていた青年が会議室を後にすると、部屋は一層騒がしくなった。

 エスメラルド公は、小さく舌打ちして、老害共が、とつぶやくと歩き去っていく。

 しかし、すぐに前に立ちはだかる男に止められる。立ち塞がったのは先ほど出て行ったばかりのセレーネ家当主である。


「待っておったぞ。エスメラルド公」


 そう言って、男は悪魔めいて歪んだメフィストフェレスの笑みを浮かべた。

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