蜂起 -rebellion- 09
「シェリンドン様、本当に出るのですか?」
「ああ、私が出なければ、〈ガウェイン〉は止められまい」
「そういう問題ではなくてですね。〈ガウェイン〉が奪われたなんて情報は入ってませんよ」
蒼玉の輝きを放つMCのコックピットに座るシェリンドンを、一人の整備士が引き止めていた。彼は、普段から彼の部下として、このMCの整備、調整を請け負っている男だった。
「いいや、来るさ」
(そうでなければ、彼を見逃した意味がない)
シェリンドンは心中でそうつぶやいた。あの少年──おそらく、革命団の騎士であろう彼の真紅の目に、シェリンドンは心を釘付けにされた。
あの歳にして、少年はその眼に憎悪と憤怒の入り混じった復讐の修羅を宿していた。
あの少年が、〈ガウェイン〉を己が刃とした時、見せるものを見たい、そう純粋に思った。
「たとえ奪われたとしても、シェリンドン様が出るほどの敵ではないでしょう」
「いや、先も言ったが止まらんさ。確かに、私の親衛隊は優秀だが、止められんだろう」
あの修羅は、そう心の中で付け足し、シェリンドンは笑む。まったく、愉快だった。
そもそも、〈ガウェイン〉は未だに搭乗者が決まっていない機体だった。理由はその特殊性にある。
まず、盾がない。主装備である騎士双剣『ガラティーン』は、二刀を同時に操る前提の兵装であり、その運用難度は、右手に剣を、左手に盾を持ち、攻撃と防御を明確に分担する一般的なMCに比べて当然高い。
そして、攻守の分担という前提に立った剣術しか納めていない普通の貴族騎士では、その双剣の性能を最大限に発揮できない。
次に、攻め手に特化しているが故に、自らを守る装甲を捨て、機動力に特化していること。あの機体のフレームは複雑に噛み合い、人間に近い動作を再現している。複雑化した機構は、重装甲を許さない。装甲に、硬度の金属を使用しているとはいえ、その防御力は驚くほど低い。
生まれる前から欠点を植え付けられた不遇の円卓の騎士。その性能を極限まで引き出せる騎士は、今、円卓の騎士となれるものには存在しない。
だが、気になる報告があった。革命団には、二刀使いの騎士がいる、と。
それがあの少年だとすれば、彼は〈ガウェイン〉の騎士に相応しい。
そして何より──
「円卓の騎士と本気で死合えるこの僥倖、見逃すわけにもいくまい」
そうだ。円卓の騎士という最高の機体と、本気で戦える。騎士としてこれほどの喜びがあろうか。
もし、少年が〈ガウェイン〉に相応しくないならば、ただ、斬り伏せればいいだけのこと。
シェリンドンはけっして、自信家ではないが、確信はあった。今の少年では、自分には勝てないという確信が。
「なら、もう止めませんよ。存分に壊してきてください」
「ふっ……君達の腕は信頼している」
「聞き飽きましたよ、その台詞。では、シャッターを開きます」
シェリンドンはハッチを閉じ、まだ見ぬ好敵手に向かって獰猛な笑みを浮かべた。
「シェリンドン・ローゼンクロイツ、〈ガラハッド〉、征かせてもらおう」
紅玉と対になる蒼玉を纏う騎士は、威風堂々たる姿で、戦場へと繰り出した。
背後で爆発音が響いた。おそらく、石油資源プラントにティナが狙撃を叩き込んだのだろう。
ジンはそれをわざわざ確認したりはしない。それはティナの仕事であり、彼の仕事ではないからだ。お互いが作戦成功のために動いているなら、信用はできる。
ジン・ルクスハイトによる、〈ガウェイン〉の奪取。作戦の第一段階は成功だ。後は、撤退のための時間を稼ぐのみである。
すでに出撃していた〈ファルシオン〉は、突然現れた〈ガウェイン〉を警戒して近づいてこない。そもそも、敵か味方かすら分かっていないだろう。
すでに彼の心から焦りは消え、残るのは永久凍土のごとき冷徹さのみ。むしろ、余裕すらあった。
「騎士双剣『ガラティーン』か。なるほど、俺好みだ」
両手に保持した双刀を左右に斬り払いながら、ジンはつぶやく。固定武装を含め、他の物は一切ない。双刀のみを装備した近接戦闘特化型円卓の騎士機。それがこの〈ガウェイン〉という機体だった。
双刀であることも、近接戦闘特化であることも、実にジン好みである。操縦への反応も良い。鷹を象徴とする太陽の騎士を、北欧神話の鷹の名を持つ自分が駆ることといい、まるで、自分のために作られたかのようにしっくりくる。
「《フリズスヴェルク》、第二フェイズ開始。目標を駆逐する」
『〈ガウェイン〉のパイロット! 誰だかは知らんが、速やかにその機体から降りろ。それは円卓の騎士のものだ』
「くだらない」
『なんだと……? 貴様何者だ!』
「答える意義を感じない」
『その機体は貴様のような下賤ごときが触れていいものではないぞ!』
「…………」
ジンは答えない。悠長に会話に付き合う気はない。そして、そこはすでに彼の射程内だ。
『最後の警告だ。速やかにその機体から降りろ。さもなければ──』
「おまえたちは敵を前にしてだらだら交渉しろと教えられたのか?」
その言葉を最後に、一方的に通信を切断し、ジンは一気に〈ガウェイン〉を、〈ファルシオン〉の懐に潜り込ませる。
想像以上の加速に息を詰まらせるが、次の行動には遅滞なく移行し、剣を振り抜く。
一閃。
高速振動によって極限まで斬れ味を高められた双剣が、咄嗟に〈ファルシオン〉がかざした騎士盾ごと、機体を斬り伏せる。
「一つ」
続いて、二機一組の分隊を組んでいたのか、すぐ近くにいた〈ファルシオン〉に瞬時に接近し、左足から右肩まで一気に切り抜ける。
「二つ」
瞬時に彼我の距離をゼロにする圧倒的なまでの機動性と瞬発力。そして、盾や装甲の有無に関わらず、一刀のもとに斬り捨てる騎士双剣『ガラティーン』の切断力。
凄まじいまでの性能。なるほど、確かに円卓の騎士だ。
二機目の〈ファルシオン〉が崩れ落ちると、ようやく躊躇いを捨てた〈ファルシオン〉による射撃が始まる。
騎士散銃と呼ばれる、騎士銃槍から銃のみを取り出した武装で、散弾をばら撒く、騎士が持つ数少ない射撃兵装の一つだ。
しかし、遅い。
〈ガウェイン〉の機動性の前では、その弾速は遅すぎる。散弾は虚しく背にしていた倉庫のみを破壊し、真紅の装甲に曇りを入れることさえできない。
「これで精鋭とはな。笑わせる」
散弾を回避した〈ガウェイン〉が地を蹴る。跳躍と同時にブースターを噴射、〈ファルシオン〉の頭上を飛び越え、背後に着地。そして、立ち上がりながら振り返り、左手の『ガラティーン』を振るう。
まるで人の手で行われているかのような滑らかな動き。追いきれない〈ファルシオン〉は無残に両断されるしかできない。
「三つ。で、これで四つだ」
機体を反転させ、騎士剣で対応しようとする〈ファルシオン〉はさすがに精鋭部隊といったところだが、並みの剣では、『ガラティーン』と打ち合うことさえ許されない。その剣の斬れ味は、ただぶつかり合うだけで、一方的に切断するのだから。
それはMCの近接戦闘の常識を覆す能力であるとも言える。盾でも剣でも受け止められない剣が存在するなら、それは避けるしかない。近接戦を重視して開発されたMCにとって、接近戦での択が削られるのは致命的となる。
たとえ回避を選んだとしても、〈ガウェイン〉の運動性を前に、回避という選択はほぼ不可能だ。
とはいえ、ジンは性能頼りのゴリ押しで戦うようなパイロットではない。むしろ、彼にとっては、『ガラティーン』よりも、より精緻な操作を可能とする〈ガウェイン〉の機体そのものの方が恩恵があったと言える。
〈ファルシオン〉が突き出した剣を半身になって回避し、脆い手首の関節のみを切断。続いて、もう一方の『ガラティーン』でコックピットを掠めるように、袈裟懸けに切り裂く。
搭乗者という最も脆弱なパーツを潰された〈ファルシオン〉は、ほぼ無傷のまま、地に伏した。
〈ヴェンジェンス〉の性能では到底できなかった機動。しかし、〈ガウェイン〉ならば可能だ。
「目標の三分の一を撃破」
その時、不意に気配を感じたジンは、〈ガウェイン〉を飛び退かせる。直後、直前まで立っていた場所に黄金に輝く剣が突き刺さった。
投擲された方角を自動で判断したシステムが、拡大したカメラ映像を表示する。
蒼玉の輝きを放つ装甲に、黄金の盾を持つMC。貴族らしい成金趣味といえば、そう見えるが、ただの悪趣味には見えない存在感と力強さがその機体にはあった。
そして、ジンはその機体を知っていた。
〈ガラハッド〉。円卓の騎士筆頭、シェリンドン・レオナール・ラウンズ・ド・フォン・ローゼンクロイツ駆る、最も偉大な聖杯の騎士の名を抱く、円卓の騎士の原点にして頂点である。
「……想定外、だな。さすがに」
〈ガラハッド〉と〈ガウェイン〉。
背負う象徴は、蒼玉と紅玉。
史上初めて、二機の円卓の騎士が、戦場で相対した瞬間だった。




