削除不能
「ちょっと、パソコン、貸してくれ」
「ん? あぁ、まぁ、いいけど?」
戸塚は、やや戸惑いながらも、受け入れた。
「では、早速、『お気に入り』をチェックします」
「ぉぃぉぃぉぃ、何やらかしつつあるんだよ。そういうことなら、男割り、いや、お断わりだよ」
「はぁ? こんなの当然の助動詞『べし』だろう。じゃあ、何考えて許可したんだよ」
「そんなもん、お前が、重要なパスワードをポロッと入力しないかな? っと……」
「ぉぃぉぃぉぃ、そっちこそ、何、タクラマカン砂漠、いや、企んでいるんだよ?」
「とにかく、見るな」
「まぁ、そぅ、言わんと、優良エロ動画サイトの数々を……」
「ねーよ。……懲りた」
瞬間、戸塚がしまった、と言う顔をする。
「『懲りた』?」
俺は、オーバーにリアクションする。
「それは、聞き捨てなりませぬな。あの広島東洋カープのチームの絆より堅いと呼ばれた堅物の君が」
「他に、比較するもの無かったのか?」
「『懲りた』?」
「参ったなー」
「詳しく、お聞かせ下さい」
「まぁ、事の起こりは、ほんの1週間ほど前、ちょっとした出来心で、とあるAV女優の動画をネットで検索していたときのことだ」
「ふ~~~~~~ん。で、誰?」
「ぃゃ、今、そこ、重要じゃないから」
「ぁぃ、解った。先が、聞きたいから、今はスルーしてやろう」
「検索結果の中から、『危なくないんじゃないのかな?』と思われるものを、開けていった」
「そんなのわかるのか?」
「……だから、騙されたという話を、これからするんでしょうが」
「そうでした」
「2つ目か、3つ目を開けた時だった」
「早っ!」
「画面が切り替わったんだろうと思うが、そちらのことは、よく覚えていない。それよりも、その瞬間に、展開されたもう1つの小ウィンドウが、衝撃を与えた」
「どんなものだったんだ?」
「ぃゃ、落ち着いて見れば、それほどのものではないんだ。全体的には、こじんまりした正方形に近いウィンドウで、画面右に、スクール水着で変なポーズをとっている女の縦長の写真。画面左上には、大きく72時間がカウントダウンを始めている時計。画面左下には、何やら私にあてがわれたというIDコード。画面右下には、本登録に進むためにクリックするボタン。その他の部分には、ご大層な文句がびっしり書き込まれている。曰く、この画面は、お客様がご自分の意思でご登録なさったものです。曰く、まだ、契約は完了していません。しかし、一番厄介なのは、画面下4分の1ほどの高さにある赤いボタンだ」
「なんでだ?」
「『削除できない場合はご連絡ください』と書いてある」
「それがどういうことか解るか?」
「つまり、とても削除しにくいと……」
「削除しにくすぎて、音を上げた人々が、助けを求めてくるのを、大口開けて待ってるんだよ」
「そんなに大変だったのか?」
「ぁぁ、まずは、オーソドックスに、ウィルス対策ソフトでクイックスキャンをかけてみた」
「どうだった?」
「全く無反応。『脅威はありません』だとさ」
「クイックスキャンじゃな」
「まぁな、俺もそう思って、次は、全ドライブを検査した」
「どうだった?」
「『どうだった?』以前の問題として、検査中も、例のウィンドウが3分に1回開くんだなぁ」
「え゛?」
「あのウィンドウ、ちゃんと閉じるボタンが付いていて、簡単に閉じられるんだけど、一定時間立つと、また、開くように、プログラムされてたんだ」
「それは鬱陶しいな」
「まぁ、それはともかく、成果はあった」
「やったか? スーパーセキュリティZERO」
「言っちまいやがんの」
「ぁ?」
「そんな簡単に行くわけ無いだろ。スク水女の写真が表示されなくなっただけだよ。代わりに『aaa』の文字が表示されるようになった。一矢報いたってところかね」
「次に、どうしたんだ?」
「とりあえず、スーパーセキュリティのログは保存して、どこの何を削除したか、いつでも見られるようにしておいて、パソコンを復元ポイントまで回復させることにした」
「ぉぅ、人間、あきらめも肝心だ」
「復元ポイントって言っても、1週間かそこら前のことだ。大したこたァない」
「ぉぅ、たった1週間の退化で治るなら安いもんだ」
「そういうこと。で、やってみた」
「む、オチが見えたぞ。さては、ウィルス対策ソフトを停止させずにやって、失敗したな」
「しねーよ。したけどな」
「どっちだよ」
「ウィルス対策ソフトはぬかりなく停止した。しかし、システムの更新は失敗し、考えられる原因として、ウィルス対策ソフトを停止させずにやったのではないか? と、コンピュータは言ってきた」
「どういうことだ? お前、止めたつもりで、止めてなかったんじゃあ……?」
「いや、問題は、もっと重大だったんだ。つまり、問題のウィンドウを表示するプログラム、これが、ウィルス対策ソフトと同じタイプのソフトなんだ。ウィルス対策ソフトを停止させても、例のウィンドウを表示するプログラムが、動いてちゃいけない場所で動きつづけているから、システムの更新も、回復も、できないんだ」
「……マジ?」
「マジ。しかも、もう1度、回復を試みようとしたら、回復ポイントが潰れてなくなってた」
「どっしぇーーーっ。あ、でも、復元ドライブくらい作ってあるんだろう?」
「それ、作ったの、かなり昔だからな。ほぼ、初期設定に戻っちまうし、それに、……、奴が生きてる状態で、復元ドライブつなぐの怖くなってこないか?」
「うっ、た、確かに」
「で、スーパーセキュリティのログにあるファイルが入っていたフォルダをいくつか消してみたりもしたんだが空振りだった」
「ぉぃぉぃ、危ねぇな」
「奴さえ始末できれば、安心して、復旧できるからな」
「しかし、……」
「さて、ここで、1つ言い忘れていたことがある」
「なんだ?」
「実は、今まで話していたパソコン、タブレットなんだ」
「ほぅ? でも、だから、なんだ?」
「いや、タブレットでなければ、解決しなかったから」
「なんで?」
「煮詰まっているときに、『常駐アプリを減らして省電力』というメッセージが出てきた」
「ぅん? 常駐アプリ?」
「『これだーーー!』と思ったね。奴こそまさに、常駐アプリ。ならば、リストの中にあるに違いない。常駐アプリの一覧を表示させると、『あった』、あの、クソ、忌々しい、俺のIDコードとやらと同じ名前のバッチファイルが動いてる。『これだーーー!』」
「で、どうしたの?」
「とりあえず、そのアプリを、停止させてみることにした」
「ぉぉ、とりあえず、3分に1回、閉じる作業からは解放されるし……」
「ぃゃ、ハナから期待はしていなかった」
「へ?」
「案の定、奴は、休眠するどころか、画像が復活して、すこぶる付きで元気に活動した」
「しぶといなぁ」
「しかし、こっちだって、手がかりは掴んだ。早速、さっきのバッチファイルを検索にかける。程なくして1つのファイルが見つかる」
「そいつを、消して一件落着か?」
「それも、甘いと思った。バッチファイルを生成させるのなんて簡単だからね。まぁ、とりあえず、バッチファイルを消して、すぐさま、そのバッチファイルが入っていたathe1というフォルダを開けてみた」
「何が入っていた?」
「いくつかファイルが入っていた。例のIDコードがファイル名のもあったけど、1つ画像ファイルがあったのが目を引いた」
「aaaか?」
「ぃゃ、違ったんだ。開けてみると、例のスク水女がこっち向いてあっかんべーしていた」
「なんじゃそら」
「で、こんなもの、とっとと消すに限ると、消そうとしたら、勝手に消えた」
「っえ?」
「いや、本当に」
「間違って、どっかのフォルダの移動しちゃったんじゃないの?」
「それも考えて、再検索したが、見つからなかった。でまぁ、それはさておき、奴のことだから、1つじゃない可能性大だなと思い、『athe』で検索をかけたところ、5つほど、ファイやフォルダがヒットした」
「それ全部、そうなのか?」
「分からんが、気味が悪いので、全部消すことにしたのだが、うまく消えない。そうこうするうちに、再検索が始まって……」
「始まって……?」
「そんなものは、1つもないという」
「……どういうこと?」
「だから、自分から消えたんだよ」
「なんで?」
「だから、証拠隠滅」
「はぁ?」
「消せない相手にはとことんしつこく、自分たちに調べが及びそうになったら、一瞬にして消えるんだよ」
「スッゲー」