和賀堰
一、弟子入
武州日野郷平山村狢谷戸。多摩川は関戸で淺川と合流する。淺川沿い関戸より一里ほど上流に平山村は位置し、八王子より狛江付近まで延びる多摩の横山と呼ばれる長大な丘陵地と淺川に挟まれた狭い平地にあり、戦国時代の武将平山季重の居城のある丘の麓の谷戸の一画を切り開いた耕作地である。里山から下りて来る狢の通り道であったことから、里人が狢谷戸と名付けたと言い伝えられる。江戸より八里ほどで甲州への往還も近いが、山が迫って尾根筋の間に僅かな田畑がある山里だ。温暖な気候故丘陵の斜面に梨などの果樹を植え生計をたてる里人もいて至ってのんびりした、静かな里。谷戸の一番奥まった山の斜面に一際大きな瓦葺きの一軒家があり、屋敷の門に秋猴軒という変った扁額が掲げられている。私塾である。師範の南蛮規矩術師、秋山哲洲は狷介で気難しいと評判な男で、数々の名作の実績がありながら、弟子入りするものも少なく、運営する塾も閑古鳥の鳴く有様。文久元年夏の昼下がり、その塾、秋猴軒を遠く陸奥北上郷、江釣子村から一人の若い男が訪ねて来た。哲洲には目に入れても痛くない絵里という今年十三歳になったばかりの一人娘がいたが、丁度その男が哲洲流規矩術の扁額のかかった塾の門を潜った時、庭先を掃いていて男と目があった。
「お、お嬢様だすか、哲洲先生の?」
「は、はい。どちら様で御座いますか?生憎哲洲は外出しておりますが」
「どこサ、行きなんしたぁ?」
「初対面の貴方様に申しあげる筋合いはございません」
「こりゃ、まっこと失礼サ、遣わしました。おら、奥州は南部藩藩士、陸奥は北上郷和賀郡上江釣子村の伊藤弥ェ門の嫡男、一弥と申します。十八歳になりやす。へいっ。百姓バしとります」
「お百姓が哲洲に何用ですか?」
「へ、へいっ。故郷じゃ飢饉が毎年おこります。新田を開かにゃ、村立ち行かんだす。その新田開発をするは、和賀川ちゅうおらの村流れとる大河に穴堰バあけて、水路作らにゃならん。それは大層難儀な仕事で、普請方を務めます父弥ェ門も匙を投げてしまいよんした。それを息子のわしが、親父の後サ継いで、なんとか、手バつけ、完成させてみべえと発心したんでありあす。すかす、いざ取り掛かろうとすても、悉皆遣り方もわがんねえし、ここは江戸で評判の先生のご指導バ受けんといかんと思い、こちらの門を叩いたのでごんす」「はて、江釣子とは如何なる僻遠の地か存じませぬが、見れば、遠路遥遥いらしたと見え、草鞋も、着物も擦り切れ、埃だらけの有様。父上が帰宅するまで、手足を洗い、着替えをして、そちらでお待ちくださいませ」
「こりゃ、有り難いご親切なこって。早速そうさせて頂き、座敷サ上がらせて貰う。ところで、お嬢様のお名前、聞かせて貰えねえだか?」
「私か。名を絵里と申します」
「江戸広しといえども、絵里様程の美しきおなごは居らぬと存じます。我が北上にも色白き娘もおりますが、斯様な白き美しい肌を持ったおなごはいねえ。眦がヤヤ吊りあがり、まっこと大きな眼をしとらっしゃる。髪もおらの好みの、漆黒でまっつぐ。唇の形も仄かに開いとるごと、お色気むんむんだすな」
「ぶ、ぶ、無礼な!百姓風情が許しませぬぞ」
「ひ、ひらにご容赦ください。おら見てのとおりの田舎者。江戸の風儀は一向にしらんとです」
「江戸とはもうせ、ここは武州日野郷、草深い山里です。一弥殿とか申したな。今受けたる恥辱、絵里決して忘れませんぞ。以後気をつけることじゃな」
「絵里様。失礼致しやした。お許しくださりまし」
まだ少女に過ぎぬ絵里に一弥は何度も畳に頭をこすりつけて謝り続ける。
「左様平謝りされると・・わたくしも言葉が過ぎました」
「おら、ここに至るに、てえへんな難儀バ致しやした。例幣使街道で日光から千住、大川を伝馬船で下って葛西、そんで江戸湾を横断しくさって、羽田まで、そっから船頭雇って、猪牙舟でもって、多摩川を遡ること八里、関戸より浅川サへえって一里、漸うこの日野の渡しに着いたんでごんす。船は揺れるし、途中嵐もあり、七日七晩かかりやした。故郷の江釣子サ出ましたんが、ありゃ、皐月のことでやんしたが、今はもう盂蘭盆。三月と十日も掛かっておりやす。故郷を出た時にゃ、餞に父上が誂えてくれやんした下ろしたての着物も、ご覧の通りのボロになりやんした」
「そんなにご苦労なさって、この塾、秋猴軒までたどり着きましたのか」
「へい。哲洲先生のご盛名は遠く陸奥の果てまで届いておりやす。先生が長崎に遊学、彼のシーボルト先生にお弟子入り、阿蘭陀穿鑿術を会得され、我が国初めての穴堰をバ、完成させたっちゅう話は全国津々浦々まで鳴り響いておりやす。その秘術バ、弟子入りさせて貰って、なんとか、故郷の窮状を救いたいのでありやす」
「弟子などと、そう易々と言うでない。父上はそもそも弟子など取らぬお人。お前の如き田舎者の百姓が許される訳もあるまい」
「そ、そこをなんとか、お嬢様のお力で。ほい、忘れておった。この風呂敷にでえじに包んで江釣子から持って来ましたるは南部鉄瓶と鬼剣舞の面で御座います。これをば絵里様に差し上げとう御座ります」
「わらわが日ごろより陶芸を嗜み、鉄瓶を以前より所望しておること、よもや知るわけもないに。素晴らしき出来栄えの鉄瓶じゃ。さぞかし名工の手によったものであろう。又この面の面付き、なんとも悲哀に充ちたる名品。有り難く頂戴いたします。しかし、このようなモノを貰ったかと言って、父上にお前を取り次いだりはしませぬ。左様心得よ」
「へっ、へい。んだば先生のお帰りなさるまんで、ここで待たして頂きやす」
そういいながらも絵里は訪ねてきた青年の澄んだ瞳やひたむきな気持ちに心を動かしていた。武州日野郷は疎水が屋敷の間を網の目のように張り巡らされた、一種の水郷で名高い。新撰組副長の土方歳三もすぐこの近くの在。清流には緋鯉も泳ぎ、風のある今日のような日は幾分涼しく感じられる。塾門前の榎の大木からは、喧しく蝉の鳴き声が途切れず、蚊遣りをおいた座敷の中まで、否応なく騒がしい。絵里が別室に引っ込んでから、一弥は暫く団扇を使い、出された饅頭を摘まんでいたが、やがて長旅の疲れからか、舟をこぎ始め、そのうち横になって眠ってしまった。
「只今戻った。絵里はおらぬか。濯ぎの水をこれに」
大音声が響き、一弥はビクっとして眠りからさめ、身づくろいを整え正座した。どし、どしと縁側を歩く音がし、一弥のいる座敷の唐紙が開く。
「何ヤツか、こやつは?絵里っ!誰に断ってこのようなむさい男を座敷に招じ入れた。貴様、出て失せろ!見るからに田舎百姓。ここはお前の如き汚れた人間の入る場所ではないっ」
「父上。この男三月もかかって遠い陸奥より、教えを請いにやってきたものです。無碍に追い出すのも如何なものか」
「絵里が左様申すなら、話を聞いてやらんでもないが、庭先に回れ。」
「へっ、へい。と、とんだご無礼を致しました」
一弥は早速の哲洲の厳しい物言いに、恐れ入って庭先で平伏する。
「わしに何か用か。百姓」
「へい。おらイヤ手前は一弥と申す、奥州は和賀の百姓でごぜえます。私がここに参りました訳は先ほどお嬢様にお話させていただきました。」
「な、なんと。絵里。お前この男と二人きりで面談致したのか?」
「はい。左様でございます。見かけは無骨で野蛮な様子ですが、純朴な男と見て、そう致しました。なんでもこの男、地元で新田を開発したい。それには父上に弟子入りして、阿蘭陀穿鑿術を学び、それで穴堰を作り、水利を確保したいと申すのでございます。昨今腑抜けな若者も多い中、見上げた心根ではありませぬか」
「ふむ。一弥とか申したな。規矩とはな、まず建物の絵図を引くことから始まる。貴様、絵図の心得はあるのか」
「へいっ。手前大坂表にて狩野先生の手ほどきを受けております。些かの心得はございます。又江戸にて以前、土工事にも従事した経験があります。なにとぞ先生のお弟子にさせていただきたい。」
「さりとて、我が屋の家計も火の車。弟子をとっても、お前の食い扶持を出す余裕はない」
「哲洲先生。ご心配には及びません。手前生来のれっきとした百姓でございます。米は勿論、野菜など存分にご一家で使用される分、調えて差し上げます」
「わしは弟子は取らぬと決めておる。下僕なら召し使わんでもない」
「良かったわ。一弥殿」
「お嬢様のお陰でごぜえやす。ご恩は決して忘れませぬ」
「今日は、江戸城に出向き、閣老共に築城術の講義をして参った。裃は堅苦しくていかん。着替えを持て」
一弥は座敷に素早く走りこんで、箪笥から着替えの衣服を取り出し、哲洲に差し出す。
「先生。お召し替えを」
「一弥か。いつから貴様下僕になった?」
「へい。只今よりで御座います」
ニ、修行
一番鶏が鳴くより早く起き、淺川より水を汲み、部屋や廊下の隅々まで雑巾がけ、それが済むと朝餉の支度。
「殿様。お嬢様。朝餉の支度整いました。さ、起きて下され。水はその大甕に一杯入れてあります。湯も沸かしてございます。洗顔が済んだら、ゆるりとお寛ぎ下さい。こちらに膳部を用意します」
「さて、今日のメシは何かの?」
「へい。淺川で釣った山女の塩焼き、葱と油揚げの根深汁、それに浅漬けの大根と茄子でございます」
「なに?中々の馳走ではないか、のお、絵里」
「あら、美味しいわ。もしかするとこの米、一弥殿がお持ちのお米?」
「へい。お見通しの通り、手前生国は江釣子の米でございます。こちらにお邪魔した折、大風呂敷を背負って参りました。先生やお嬢様が召し上がる米や野菜を持参したので御座います。不足分は回船にて取り寄せる算段をつけてございます」
「中々気が利く。見上げた心根。哲洲気に入ったぞ。お前も一緒に食せ」
「め、滅相もございません。先生と一緒になんて」
「まあ、いいじゃないの。この家はこの三人だけよ。さ、一緒に食べましょう」
「ほんなら、お言葉に甘えて」
早くも一弥は哲洲と絵里の心をしっかりと掴み、家族同然の暮らしを始めたのである。哲洲は普段、書見をする他は専ら狭い農地で野菜を作っていたが、一弥が見る間に畑を広げ、さらに近隣の農家と話をつけて、水を引き、田圃を作り出したのを見て驚いた。家の中が見事に片付き、隅々までチリひとつなく、三度の飯も一弥が用意する。上衣は勿論下帯に至るまで洗い張りしてくれ、いつもピチっとした着物で過ごすことができる。絵里がそれまで為してきた以上に、一弥は立派に勤めを果たした。
「あやつ。見所がある。下僕としてこき使うだけでなく、そろそろ少し規矩も教えてやるか」
何ヶ月か過ぎた或る日、一弥は哲洲の書院に招じ入れられた。
「お招きにより参上致しました。一弥にござります」
「入りなさい。そこの寺子机に座り、絵図を書いてみようか」
「へ、へい。誠でございますか」
「机の上に広げてあるのは、奥多摩より取り寄せたる雁皮紙榛原の和紙じゃ。貴重なものゆえ、決して仕損じてはならぬ」「へい」
「まず、墨を磨る。こうしてゆるりとな。然らば筆に墨を含ませ、紙の上に一気に線を描くのじゃ。わしが今したようにお前もやって見ろ」
「へい。こ、こうですか?」
「バカッ。腕の運びが遅く線が曲がり、震えておる。駄目だ。もう一度」「へい」
「声が小さい!へいじゃない。はいと答えろ」
「へ、イヤは、はい」
「もう一度!」
「まだだ、もう一度」「はい」
「又声が小さくなった。胸を張り姿勢を正せ。もう一度」「はい」
指先がこわばり、指と指の間に血が滲むまで続いた。やっと線が引けるようになると、今度は字である。楷書の細字で線の脇にきっちりと揃え、寸面を示す数字や、意味を表す言葉を書く。哲洲は青竹を持ち出し、少しでも線や文字が曲がると、容赦なく肩や背を打ち据える。
「違う!そうじゃない。四角だ。それは隅が繋がっていない。間抜け!何度申したら解るンだ」
「もういい。お前には才覚がない。江釣子に帰り百姓をやれ」
ぴしりっ。青竹が唸りを生じて、肩に食い込む。連日稽古が続いた。一弥はじっと耐えた。
「先生。もう一度お願いします」
「お前は愚鈍だ。人様の三倍練習に励め。しかし下僕の勤めは果たさぬと許さん」「はいっ」
「うむ。返事だけは良い。もう一度だ」
一年が過ぎた。厳しい鍛錬により一弥の腕は上がり、今はどのような絵図も素早く書き上げ、文字間違いも皆無。
「一弥。本日より道具を使うのを許す。まず手に取って見よ。わしが長崎遊学の折り買い求めた器具である。渡来物である。心して扱え」
哲洲は阿蘭陀語の押し印の入った黒光りする皮袋を開き、紫紺の別珍地に丁寧に包まれた銀製の貴重な用具を取り出す。
「はいっ」「よいか。定規、ぶん回し、烏口、曲尺、面相筆、文鎮、消し護謨。これが製図七つ道具である。南蛮のもので我が国のものとは異なり、巧みが凝らされておる。この定規を見よ。三角形状をなし、且つ又それが二分され、片方が動く。しかも留め金の螺子を緩めれば、この度数目盛りの如何なる位置にでも固定することが可能だ。称するに勾配定規と申す。これを机下辺に固定された並行の定規と組み合わせれば、思い通りの角度にて線を引くことが可能である。そもそも、水門を形作るのはアーチと称する半円弧形の水道が必須だが、この勾配定規を使用すれば、工作可能な直線の組み合わせにて、円弧が描けるのである」
「は、はあっ。先生!何卒、その技拙者に伝授して下され。石に噛り付いても使いこなせるまで、精進致します」
「良く言った。流石我が弟子である。これよりその術、伝授して使わす。是まで以上に厳しく、辛い修行が待っている。それでも良いのだな」
「無論でございます。この為に今まで耐えて参りました。覚悟は出来ております。厳しくお教えください。お願いします」
「紙は正確に机に平行して置く。素早く文鎮にて紙が動かぬよう二箇所で固定し、並行の定規の上に勾配定規を所定の位置に動かし、片手で固定する。次に墨を含ませた面相筆を真っ直ぐに立て、定規の縁に穿たれた溝に小指を曲げ嵌め込んでずらしながら、線を引く。仕損じた場合、護謨で丁寧にその部分を取り除く。こうだ」
「す、凄い。まっすぐな平行な斜線が全く等間隔に引けている」
「試みてみよ」「は、はい」
始めの内は上手くいかなかったが、道具を使わぬ手書き図に慣れているから、次第に正確に書くようになる。
「そうだ。今度はこの阿蘭陀商館の絵図を見、この通りに線を引いて見よ。斜め線は特に難しい。しかし、速度を遅くすると、線が死んでしまう。手早く正確に引けるまで、繰り返し鍛錬せよ」
製図は早朝より深更まで、食事を挟んで連日続けられた。哲洲の懇切丁寧な教えと一弥のひたむきな向上心と熱意が相俟って、道具遣いの上達は早く、半年もすると使いこなせるようになった。一年後の今では精緻で見事な絵図を哲洲同様手早く、正確に書くことが出来るようになった。修行を始めて三年、月日は光陰の如く流れていった。文久三年、桜咲く春三月、一弥は普段学習する書院ではなく、客間である正座敷に呼ばれた。座敷には紋付羽織袴に威儀を正した哲洲と煌びやかな緋色の小紋を身につけた絵里が正面に座っている。床の間には大ぶりの古伊万里の花瓶に、庭先で咲いた桃の小枝が花を一杯につけ、無造作に投げ入れられている。掛け軸には哲洲自ら筆を取った骨太の墨書、「精神一統何事不成」が懸けてある。
「一弥。今まで良く学んだ。厳しい教えを守り絵図に熟達、又下僕としての努め、よう果たしてくれた。哲洲、礼をいうぞ」
「そ、そんなもったいなきお言葉、私の如き田舎者がやってこれたのは、ひとえに先生の暖かいお人柄と、手取り足取り教えて下さった懇切なご指導のお陰にございます」
「うむ。本日そちに哲洲流規矩術免許皆伝の免状と秘伝の仔細を記した巻物をとらせる。心して受けよ」
「はっ、はあっ」
哲洲おもむろに朱色の袱紗に包んだ巻物を取り出す。象牙の太軸に雁皮紙で表装された奉書の巻紙、金泥、銀泥を散りばめた飾り縁、金糸の房がついている。一弥は恭しく平伏してこれを受ける。
「一弥さん。良かったね。故郷を離れ三年。辛かったでしょう。わたしね、一弥の為に糸を紡いで機を織り、着物を仕立てました。紬ですよ。きっと似合うと思うわ。着てみて」
絵里がたとう紙に包んだ衣服を差し出した。紺と濃灰の縞柄で見事に仕上がっている。
「こ、こ、こんな絹の着物、もったいのうございます。しかもお嬢様お手づからお仕立てあそばされた、かくも貴重な着物、私の如き下賎なものが身に付けるわけには参りません」
「貴方は最早、哲洲流の師範代です。さ、私が着させてあげます。袖を通して。ほら、ちゃんと立ちなさい。膝が振るえておりますよ」
「先生っ!お嬢様っ!嬉しゅうございます。ありがてえ。ぐすん。埃が眼に入った。涙が止まらねえ。生涯この日のことは忘れません」
「今日は目出度い。絵里。祝いの膳を用意してくれい。そうだ、私の道具、爾後全てお前が持ちなさい」
「へっ、へい。重ね重ねの有り難きお言葉。一弥身に余る光栄でございます」
絵里がしつらえた箱膳にはお頭付きの鯛、煮物、吸い物、燗のついた銚子などが並んでいる。頂戴した着物を身に着けた一弥は、哲洲父子に囲まれ、我が身の幸せと、三年に渡る修行をやり遂げた喜びで感涙に咽んでいた。
三、桜花
かねて哲洲のもとには短期間の修行に身を寄せるものも多かったが、哲洲と一弥の描いた常陸龍ヶ崎若柴の窮民救護院欅の絵図が、水戸藩主高取昭ノ守公の眼にとまったのは、文久四年のことである。そのあまりに精密な図の見事な出来栄えに藩主から異例のお褒めの言葉と金子を賜った。たちまち哲洲流規矩術の名は否が応に高まって、全国から評判を聞いた若者が哲洲のもとを訪れ入門を請うようになる。哲洲の広い屋敷も手狭になって、新たに道場を建て増し、一弥は師範代として新たに一室を与えられた。新たな弟子は、難波豪商の跡取森井健悟衛門、江戸十条王子の古物商手代石山博乃丞、尾張藩藩士石原佳乃輔、京都禁裏守護衛士勝又俊兵衛、武蔵溝口呉服商娘大坂由紀などで、皆一弥と同世代のつわもの揃いだ。絵図の依頼も急増し、欅救護院に引き続き、博多経済瓦版出版所、戸田伝馬船収蔵庫、岩城国大学校、浅草六区大店、馬場先門御住宅、常陸機械工作所、水戸公北竜湖山荘等、仕事は日本全国の主要な建物ばかり。目白押しに繁多な業務が舞い込み、大童。弟子達は哲洲を筆頭に日夜懸命に大量に絵図を引き、それを手直ししたりして、寝る暇もない有様だ。中でも師範代一弥の働きぶりは目覚しく、他の弟子を率いて指導するだけでなく、自らも他人の三倍以上の精緻な絵図を作って、哲洲を感激させた。哲洲も時折弟子達を招き、豊富な経験より生まれた、作図の極意を教え、難しい箇所は直々に下絵を書いたり、弟子の傍らに座して、付ききりで指導もした。仕事が一段落すると、必ず一弥に故郷の思い出話をさせ、それを聞いて楽しむのが日課。一弥は哲洲に心酔し、哲洲はまた一弥に全幅の信頼を置く。弟子達は和気藹々と仕事に精を出し、時に喧喧諤諤の議論をし、方針を決める。困難で過酷な絵図を完成させていった。絵図通りに建物が完成すると一弥は哲洲の代理で検分に出向き、興奮冷め遣らぬまま、師匠に報告するのであった。水戸藩主高取公から再び一弥に声が掛かったのは年号が改まった元治元年暮。藩主は一弥の腕を見込み、明年夏の御前試合選抜試験に合格すれば、藩士に取り立て召抱えるというのである。一弥は迷っていた。ここで下手に合格してしまえば、江釣子に戻り故郷の新田を開発する夢は破れてしまう。相談相手もないまま悶々と時を過ごしていた。絵里はそんな一弥のことが気がかりで、弟子達が年中届けてくる郷里の産物を分け与えたり、仕事で疲れた一弥の肩を揉んだり、優しく話し掛けたりしていた。久しぶりの二日続きの休日となった或る日、一弥は絵里より大川端土手の花見に誘われた。
「いつも、お仕事ご苦労様。一弥さんが初めてこの日野郷に現れてから、もう四年になるわね。私最初に見たときから、他の人と眼の輝きが違うと思っていた。一昨年師範代に昇格されてからは、ますます偉丈夫になられて、素敵な男におなりになりました。つかぬ事を伺いますが、一弥殿には郷里江釣子に言い交わした女子はおられるのですか?」
「滅相もございません。女子など生まれてこの方口を利いた事もござりませぬ。百姓は近在の同じ百姓の娘を親同士が決め、娶るのが常でございます」
「そうですか。ではわたくしにも一弥殿のお嫁さんになる資格があるのですね」
一弥は絵里の思い切った言葉に赤面、狼狽し慌てた。一弥も又絵里を密かに想い、強く思慕していたからである。
「え、え、絵里様。左様なことは、決して人前で口にしてはなりませぬ。特に親父様の前では」
「あら、どうして?」
「身分がまるで違います。絵里様は何あろう高名な哲洲先生の一人娘。私は一介の田舎百姓です。そのような者同士が付き合うことなど出来る訳も御座いますまい」
「へんよ。今はね、好き合ったものが身分を超えて結ばれるなんて当たり前の世の中よ。私一弥様のことが好きでございます。貴方は絵里のことどうお思いになって?」
「ど、ど、ど、どうって・・・言えません。そんなこと申しあげられません」
「あら、どうしたの?一弥真っ赤よ。それに震えている。春だというのに」
歓喜と興奮で震えの止まらぬ一弥も、明日の花見の約束をし、恥ずかしさで逃げ帰るように部屋に戻った。
「やったぁ!お嬢様と二人きりで花見じゃぁ!な、なに話そうかな。いつもの村の話ばかりでは飽きてしまう。そだ。先生からこないだ小遣い頂戴したし、水戸の殿様からご褒美の褒賞金もある。あれで、お嬢様に革草履でも買って差し上げるか。簪や帯止めも買おう。俺、何着て行くべえ。やはり以前お嬢様がお手縫いなされた着物がよかんべさな。飯はどこぞで食ったらええのか?花見のあと深川の出会い茶屋かなんか、行ってよ。しっぽりと一杯ェやりながら、〈お嬢様。お酔いになられましたか?少し横になってお休みなさいまし。私膝枕してさしあげますよ〉〈あら、少し酔ったのかしら。じゃオコトバに甘えて〉そんでよ、お嬢様の背中なんかヨ、さすっているうちに、何時しか口を吸っちまう。〈あっしはずっとお嬢様のことが好きでござんした〉な、なぁ〜んてね」夢想しているうちに一弥の想いは膨らんで行く。〈お、お嬢様。今夜はもう日野へはたどり着けません。この茶屋の女将に寝屋の用意をさせます。泊まって行きましょう〉〈泊まるなんて、お父上に叱られます〉〈父上には花見の混雑で言問橋が落ちたとか、なんとか言い繕えます。あっしはお嬢様が欲しいンでごぜえます〉〈身体なんて、恥ずかしいわ。胸小さくってヨ〉〈胸の良し悪しは大きさで決まるわけではありませぬ。形の美しさが最も尊いんでござんす〉』
哲洲に鍛えられた一弥の想像力は何処までも続いた。次の日はカラリと晴れた絶好の花見日より。絵里は朝早く起きて、弁当を作り、着替えて門前で待つ。
「お、お嬢様。素晴らしいお召し物じゃないですか」
絵里は桜色の振袖。裾は幾分濃い色になり、そこに一面の桜花が抜き紋で浮き出した、まことに艶やかな姿。
「う、美しいです。見違えました」
「あら、いつもは綺麗じゃないって言うの。でも一弥さんも素敵よ。私が見立てて仕立げた着物、とってもお似合い。男ぶりがますます上がっているわ」
「とんでもございません。あっ、籠が来たようです。おいっ、ひとっ走り言問橋までやってくんな。酒手は弾む」
チャリーンと小判を放り投げ、颯爽と二人が籠に乗り組んだのは、明け六半刻。府中、角筈で籠を乗り継ぎ、言問の墨提に着いたが、時分時の九つ。桜は満開とあってすでに大変な人ごみだ。
「綺麗ねえ。この堤、風情がある。ここまで来た甲斐があるわ」
「絵里ちゃん。ここはどうですか。ここに毛氈敷いて、花を眺めましょう」
「ほら、あそこ、まだ赤い蕾。可愛いなぁ」
「まるで絵里ちゃんのよう」
「お上手ネ。私お弁当作って来たの。召し上がって」
三段重ねの黒い漆塗りの重箱には、ぎっしりと美味そうなおかずが詰まっている。
「一弥はまず、お酒よね。冷で良いかしら」
「美味い。五臓六腑に染み渡ります。絵里ちゃん料理上手ですね。里芋も人参も牛蒡も程よく焚けて味付けも良いから、美味しいです」
「あら、嬉しいわ。大好きな一弥に褒めてもらって」
「絵里ちゃんもお食べなさい。私が食べさせてあげようか」
「はい。今日は絵里、一弥に思いっきり甘えます」
「ちゅうしていい?」
「うん。人に見られていて、刺激的ですわ」
一弥は絵里を抱いて唇を合わせる。唇の先端だけを合わせる仏蘭西式だ。長い髪の毛を掻き揚げ、先ほど出店で買った簪をさすと、後れ毛を僅かに残して真っ白なうなじが現れる。抱きしめてしまいたくなる可憐さ。
「素敵な簪、ありがと。桜って本当に綺麗」
「ここの桜も見事ですが、我が古里にも展勝地と申す半里にも及ぶ見事な桜並木がございます。わたくしが開削しようと思っております和賀川の本流、北上の大川沿いの高台にあり、こちらとは咲き始めるのが十日ほど遅れまするが、一斉に花開くため、近郷より多くの村人が訪れます。川には藩から多数の帆掛け舟が出ます。桜花の向うに遠く栗駒の白き頂きが望め、その前方は見渡す限りの水田が広がっています。田植え時期には村中の娘達が白い被り物をつけ、赤い襷で並び、次々と苗を植えていくのです。絵里にも見せてあげたい。素晴らしきところですよ」
「本当?一弥、お話が上手だから、見たくなりました」
「話だけでなく、実際に素晴らしい。特に絵里ちゃんのような、可愛い女子と連れ立って歩けたら、幸せ一杯になります」
「でもネ、父上が決して許して下さらないわ。もう還暦を過ぎた年寄りで、もし私が遠くへ行ってしまったら、生きていけません。父は図面を作る他、家事は無論のこと、生活のことは一切出来ないんです」
「先生なら大丈夫です。まだまだ若い者に負けぬほど壮健であられます。それにですね、ここだけの内緒話ですが、先生は莉奈様と申すお武家様の奥方と、十年もの永きに渡り、極親しいお付き合いをなされております。手前一度だけ拝見したことがありますが、非常な美人の上、上品なお色気があり、それはそれは優しい人とお見受けしました。近頃はちょくちょくお二人で、高名な茶屋に出入りし、莉奈様の着物やら足袋草履、手提げ袋などお召し物全てを買って差し上げていると小耳に挟みました」
「まぁ、父上がそんな・・母上は私を産んで直ぐ亡くなりました。以来ずっと独り身とばかり思っていましたのに。父がそのようなお方と懇ろだなんて。信じられません」「でも事実です。だから、絵里さんが家を出られても大丈夫なのです」
驚きで胸が一杯になった絵里は、一弥に抱かれ、そっと背中を撫でてもらうと、なにかほっとして、このままずっとこうしていてもらいたい気持ちになった。
四、旅立
一弥は高取公から推挙された選抜試験を、受けることは受けたが、本気で取り組まず、落第した。真顔で哲洲に願い事があると申し出たのは、すぐその後のことである。
「先生。我が北上は日本書記に書かれた日高見国を名前の語源とする、由緒正しき地域でございます。そのほぼ中央を流れる北上川は岩手郡御堂を源とし、石巻に流れ込む延長六十二里にも及ぶ大河で、鷹鳥羽付近で和賀川と併せます。和賀は北上の支流ですが、十九里に達する最大の支流で、和賀岳、栗駒岳などの北上山地の山麓に膨大な流域面積を有して、水量も多く、水質も良いことで知られております。私の実家のある上江釣子は本流と支流に挟まれた扇状地で、広大な平地でありますが、古来水利に乏しく、五千町歩にも及ぶ平地も流域付近に僅かな田が開墾されているのみで、あとは荒撫地や僅かな畑があり放置されておるのでございます。今この地に和賀川より水を引き込むことが出来らば、一万五千石もの米が収穫できるのです。しかるに和賀川沿岸は岩盤で極めて強固なるが故、開削は出来ず、専らずい道を穿つしか方法がございません。先祖代々これを試みんとするが、そのあまりの困難な工事のため、皆途中で投げ出したもの。私の夢はなんとか、そのトバ口を見出し、父上の無念を晴らしたく、この塾に入門したのでございます。幸い先生初め皆様のお力添えにより今日まで楽しく仕事をさせて頂きました。初心を貫徹するため、最後にこの水門の絵図を先生のご指導のもとに完成させ、故郷にもどり事業を完成させたいと思います」
「うむ。あい解った。阿蘭陀流水門の絵図、共に作ろうぞ」
「は、はっ。有り難きお言葉、痛み入ります」
その日から、二人は蘭学書を紐解き、工夫に工夫を重ね本邦初の水門及びずい道の絵図を完成させた。時に慶応二年、霜月。
「先生っ!出来ました!完成いたしました。有難うございます。有難うございます。最早一刻の猶予もありませぬ。これより奥州北上に旅立ちます。支度は既に整えてございます」
「手回しの良いことじゃ。淋しくなるノオ。絵里のやつ泣いてしまうだろうよ」
「じ、実は、以前より申しあげたき儀がございました。絵里様を江釣子にお連れ申し、かの地で晴れて夫婦となる約定をしておるのでございます」
「な、なにっ!それは幾ら愛弟子の貴様の願いとあっても、聞き届けるわけには参らぬ。絵里はわしのひとり娘。この世でたった一人の肉親である。それを極寒の僻地に旅立たせることなど、出来るわけがない。この話、無かったことにせよ。もう聞く耳は持たぬ」
部屋の中で哲洲と一弥、互いにそっぽを向き、不穏な空気が流れる。静まりかえった気まずい雰囲気の座敷。
「父上。一弥殿。お茶が入りました」
この険悪な状況を知ってか知らずか、哲洲の溺愛してやまぬ絵里が、微笑みを浮かべて、入ってきた。
「まあ、二人ともどうなすったの?口もきかず。普段はあんなに仲がお宜しいのに」
「絵里。こやつ、とんでもないことを言い出しよった。絵里を連れて陸奥の奥地に行きたいと申すのだ。呆れて開いた口が塞がらん」
「あら、そのことなら、絵里、承知しておりますよ。父上は是より莉奈様に身の回りの世話をしていただきなさい。私寒さは平気です。かの地で共に一弥殿の夢、果たしとうございます」
「お、お前、何時の間にか、莉奈のことを・・・一体だ、誰に聞いた」
「うろたえておいでですね。皆知っています。それに一弥殿の如き、眉目秀麗、背もお高く、身が引き締まり、勉学に熱心で俊優、優しく慈愛に満ちたお方など、広い江戸でもそうそうにいるわけもございません。なによりも私は一弥殿を愛しております」
「むっ。いつのまに。親のわしに内緒で。ゆ、許さぬ。わしは許さんぞ」
「勝負あった。絵里様の気持ちは決まっております。父上がなんと言おうが、絵里様は江釣子にまいります」
「くゎぁ、か、一弥め。我が娘ながら斯様に美しき女子はこの世には居るまい。しょうがない。誠に辛いことであるが、絵里はお前が連れて行け。しかし少しでも辛い目に合わせることがあったならば、絵里、直ぐ戻って参れ。父は如何なる時も暖かく迎えようぞ」
別れの宴は三日三晩続いた。父子は泣いて別れを惜しみ、師弟も又泣いた。哀しい別れの朝が来た。
「一弥よ。五年の間、良く辛抱し努めてくれた。お前の絵図、大事に保管するぞ。立派になった」
哲洲は目をしばたかせ、絵里を抱きしめた。
「絵里。絵里。わしが悪かった。お前が一弥のことを好きで、このようなことになるとは、少しも気づかなかった。わしは父親失格だ」
「父上。決してそのようなことはございません。今まで何不自由なく、お育てくだされ、誠に有難う御座いました。是より僻遠の地に旅立ちますが、父上のことは、片時も忘れません」
三人とも号泣している。見送る大勢の弟子達も皆貰い泣き。酣の秋である。門前の榎も欅も一斉に色付き、紅葉を散らしている。麒麟草や小菊も可憐な花で一弥、絵里の門出を祝福しているようだ。御正体山の向うに冠に早くも新雪を纏った冨士の高根、空には雁の群れが高い声を上げて飛んでゆく。
「百五十両ある。百両は路銀に、残りの五十両は江釣子でお待ちのご両親に」
「こんなに沢山の金子、受け取るわけに参りません」
「持っていけ。今まで尽くしてくれた、せめてもの謝礼である」
餞別に貰った路銀、衣服、書物、今日まで作成した絵図の山。長持ちや挟み箱に納め、二頭の駄馬の背に振り分けで積む。哲洲から頂戴した大事な道具は油紙で何重にも包み、風呂敷包みに厳重に包んで、一弥が肩から袈裟懸けに吊る。絵里は馬、一弥は徒歩である。共に菅笠、手甲、脚半、道中合羽、股引、革草履姿で凛々しい。
「達者でなぁ〜」
「先生こそご壮健で、健康に充分留意し、お達者で暮らしてください。こちらでの五年間、誠に楽しく、充実した日々でございました。古里で水門を完成させた暁には、この秋猴軒にきっと戻ってまいります。それまで元気でいてください。先生にはこの江戸表において、正に父親以上に慈しんでいただきました」
「か、一弥。何という優しい言葉を掛けてくれるんだ。お前は息子同然。わしはこのような立派な弟子をもって、誇りに思う。哀しいが又嬉しいぞ。絵里、この男に付いて行くんだ。きっと、幸せになれる。江釣子のご両親を大切にするんだ。真心を込めて尽くせよ」
「はいっ。父上。行って参ります」
五、道中
一弥、絵里の二人は旅を急いでいた。日野の庵を七つに出で、淺川、多摩川沿いに是政まで。是政の渡しを渡って、甲州道。内藤新宿で昼食。中仙道で千住、ここで第一夜。初めて二人で泊まる。
「いらっしゃいまし。お二人さん、御案内。へい、いいお部屋、ございます。荒川を望むお部屋です。お風呂もございます。無論お二人だけの貸切にもなります。お食事は自慢の川魚料理です。今仲居に案内させましょう」
「まあ、可愛らしいご新造サンですね」
「きょ、今日が初夜なのです。宜しく頼みます」
「左様でございますか。明日のお立ちは遅くて宜しいですよ。ゆっくり夜をお楽しみになられませ」
「うむ。では早速風呂にいくとするか。絵里」
「はい。わたくし湯文字の持ち合わせがないのですが」
「なに、二人は夫婦同然。裸体で良いではないか」
「まぁ、一弥さんったら。恥ずかしいわ」
「お女中。浴衣など御座らんか?」
「はい。はい。何種類も用意してございます。ご新造サンはこちらの紺地に小菊のモノなどお似合いかと思います」
「ふむ。良い見立てだ。手拭、しゃぼん、桶など借りるぞ」
「はい。こちらでございます。貸切に致しましたので、他のお客様はいらっしゃいません。ごゆっくり」
「ここが脱衣所か。湯殿も広そうだし、荒川も見える。岩組みで温泉のようだ。わしは褌もとり全くの裸形だ。絵里もけだしを取り、裸で入りなさい。あれっ、素晴らしい身体じゃないか。胸も思ったよりハリがあるし、手足がすらっと伸びてつやつや。お尻も持ち上がって素敵だ」
「一弥サン。抱き上げてくださらない。絵里、殿方に抱きかかえられて入浴するの夢だったのよ」
初夜を迎えいちゃいちゃしどうしの二人。女中も気を利かせ、二人だけの夜を存分に楽しむ。一弥は厳しい修行を終え、絵里は親元を離れ開放感で一杯。第一夜はかくして明けた。
日光道中を、千住から宇都宮と辿って、宇都宮よりは奥洲道中、宇都宮よりは鬼柳迄、全行程は八十七次、百五十余里にも及ぶ長丁場。途中那須越堀や黒石野の坂、座頭転がしなどの難所がある。二人は宇都宮より日光街道を直進、ニ荒山神社、日光山東照宮に詣で、裏見の滝や含満ヶ淵を見に行った。俳人松尾芭蕉の旅に倣ったのである。今市より大田原で奥州街道に戻り、那須に入る。道中最大の難所。急坂が多く、道幅も狭く屈曲している。早、木枯らしも舞い、寒さが厳しく、疲れ切った二人。人家はとうに途絶え、人っ子一人通らぬ。折から鍋掛峠の山道。昼尚暗き鬱蒼とした杉の大木、ごつごつした根や滑りやすい巨岩が連なり、歩きにくいこと夥しい。馬は使えず、徒歩である。
「一弥殿、恐ろしいところですね」
「うむ。学問ばかりで武術の心得はなきに等しい。早くここを抜けねば」
屈折する曲がり角で前方も後方も見通せぬ場所で、太い大木の陰から、人相の悪い毛むくじゃらの男が数人ぬっと顔をだす。
「へっ、へっ、へっ。お二人さんよ。身包み脱いでおいていきな」
「な、何ヤツ?」
「言わずと知れた追剥よオ。黙って金子残らず差し出せば、命だけは取らずに勘弁してもいいが。さもなくば、そこの姉さんの身体、おいらたちが弄んだ上、仙台あたりの女郎屋に売り飛ばす。兄さんは青っちろい顔してやがるから、陰間がよかんべさ」
「言わしておけば、無礼千万。私は奥州は南部藩普請方頭取、伊藤弥ェ門が嫡男、一弥である。このほど武州日野の高名な蘭学者、秋山哲洲先生のもとでの厳しい修行を終え、故郷江釣子に戻り、水門を造るのである。このような場所で愚図愚図する訳には参らぬ」
「こっちに用があるんですぜ。センセイよオ。野郎共、かまわねえ。たたき切っちまえ。オタカラは死んだほうがとり易い」
「抜かしたな。絵里。我が後ろに回れ。このようなヤツバラ、わしが成敗してくりょう」一弥は哲洲から頂戴した、大刀を抜き放つと先頭の男に切りつける。男は猿のように身を翻し、木立に隠れる。多勢に無勢。次第に追い詰められ、散々殴られ、ぐるぐる巻きに縛られた上、大事な金子を奪われてしまう。絵里は山賊達に連れ去られた。一人杉の大木に縛り付けられ、絵里をかどわかされた一弥は無念の涙にくれ、一時は舌を噛み切っての自害を考えたのである。
「無念である。行程の半ばに達しながら、斯様な悲惨な目にあうとは」
寒気に苛まされ、追剥に打ちのめされた一弥は気を失った。夜露に濡れ、激しい冷気に一弥は目が覚めた。相変わらず、深閑とした人里離れた山中に、一人縛り付けられたまま。狐の鳴く声が聞こえる。
「く、くそっ。絵里はもう奴等に犯されてしまっただろうか。もう駄目だ。先生に何と言ってお詫びすれば良いのだろう。おらの帰りをクニで今や遅しと待ちわびているおっとうやおっかあに、再び相見えることは、もうあるまい」
その時、下のほうから幽かな明かりが見え、やがて苦しげな掛け声が聞こえてくる。
「一体この夜中に、山中深くやってくるのは何者。又追剥か」
「えっほ、えっほ、えっほ」「か、籠かき?」
松明がはっきり見える。
「えっほ、えっほ、えっほ」
「もうおいらにゃ取られるもの残っちゃいねえ。まさか命奪うつもりじゃないだろうが」
すぐ傍で声が聞こえる。
「おいっ!駕籠屋。止めろ。そこに人が縛られておる」
夢にまで見た懐かしい声。な、なんと哲洲!
「か、か、一弥ではないか。お前何故斯様な場所で縛り上げられているんじゃ」
「せ、先生こそ。一体どうしてこんなところへ」
「わしはお前達のことが心配で心配で、後を追って参った。え、絵里がおらん。絵里はどうしたんじゃ」
「なんとも申し訳次第も御座いませぬ。頂戴した金子全て奪われた上、絵里は山賊共に連れ去られてござります」
「き、貴様。何故易々と絵里を。バカ者。戒めを解く。詳しく話しを聞かせろ」
一弥が泣きながらしどろもどろに話をする。夜がしらじらと明けてくる。
「こうしてはおられぬ。山賊共を草の根わけても探し出し、絵里を取り戻すのだ」
「先生。私の不甲斐なさ故、大事なお嬢様を連れ去られました。この上は腹断ち切ってお詫びいたします」
「許さぬ。まず、絵里の行方を探す。腹切りはそれからにせよ」
哲洲についてきた小者の永井、小女のチエ加えて総勢四人。
「峠を越え暫く行ったあたりに芦野という湯治場がある。そこまでは集落も無き故、キ奴らはそこへ行ったに違いあるまい。急げ。出立だ」
四人は脱兎の如き勢いで峠を越え、芦野へ。
「先生。山賊共は五人。何れも風体良からぬ屈強の男。我らが寝込みを襲うには心もとない気がいたします」
「ワシに考えがある。者共、この面をつけよ」
「やっ、これは私が絵里様に差し上げた鬼剣舞の面。ど、どうしてこれを」「こんなこともあろうかと考えておったのよ。静かに進め。何やら山賊共、湯に浸かり、その後酒を飲んで騒いでおる様子。ぬかるな。面をつけい!」
一同解らぬままに、面を付け恐る恐る、湯治場の小屋に忍び寄って板戸をこじ開ける。その時、哲洲の例の大音声が響き渡った。
「山賊共、よ〜く聞け。我こそは那須、殺生ヶ原に千年の昔より住んでおる天狗一党。見れば、金品を盗んだ上妙齢な女子をかどわかし、酒をくらっておる。呪い殺してくれる。かぁっ!」
「ひっ。て、天狗。イヤ天狗様。お許しくだせえ。盗んだ品全部お返しいたしやす。そ、それにこの見目麗しき女子には、小指一本触れてはおりませんぬ。ひいっ。野郎共、に、逃げろ。逃げるんだ」
山賊達はこけつまろびつ逃げ去った。
「え、絵里。無事か」
「大丈夫でございます。私は山賊に大事に遇せられておりました」「良かった。絵里。良かったぞ」
「あら、そちらに面を付けておられるのは、もしやして、父上ではありませんか?」
「いかにも哲洲である。ソチたちが気がかりで後を追って参ったが、案の定この有様。もう大丈夫じゃ。一弥。早く絵里の戒めを解かんか。それにしても情けない男よのお。ワシが通り懸からなければ、自害して果てる算段をしてよった。心配じゃ。この先の道中、付いてまいる」
「も、申し訳ございませぬ。父上が一緒に来てくだされば心強いことで御座います」
「ふむ。貴様、旅の途中ワシがいては、今までのように、絵里といちゃつけないであろう。その無念さが顔に書いてある。わっはっはぁ」
「全てお見通し、恐れ入りました」
六、帰村
一行は仙台、塩釜、松嶋と奥の細道を辿り、金主哲洲が一緒で、これまでとは打って変わり、温泉や名所旧跡を巡る優雅な旅となり年を越した。早春、平泉中尊寺に詣でたあとは、奥の細道とは異なり、ひたすら奥州街道を北上、鬼柳番所についたのは丁度春分。北上の河原の土手に早咲きの桜が蕾を開いている。鬼柳より険路で和賀川を遡ること一里半、和賀の渡し場。それより目指す江釣子村にもう一里。広大な荒地が広がる。
「先生。この川の上手に隧道を掘れば、水位の関係で上江釣子の隅々まで水が行き渡ります。なんとしてもやり遂げねばならぬのです」
「うむ。その通りだ。しかし見たところ、川の沿岸は強固な岩盤で埋め尽くされ、隧道構築には多大な困難が待っている。それに思いのほか流れが速い。水門構築も大変だろう」
「もとより覚悟の上です。艱難あれば克服した時必ずや大きな喜びが待っております」「良く言った。褒めてつかわす」
川沿いの田圃の畦道を暫く下り、地蔵尊のある角を鳩岡崎方面に抜ける道に入る。道は次第に広がって、両脇にぶなの並木、白玉砂利で覆われている。彼方に豪壮な屋敷が見えてくる。切妻本瓦葺き、腰を海鼠壁で覆った総漆喰塗りの武家屋敷門がある。門前に巨木が立ち並び、植え込みは丁寧に刈り込まれ、主の勢力の高さが伺える。門番を訪う。番人は驚愕し屋敷に走り、柴犬が二頭走りよって、一弥を迎える。
「か、か、一弥様、お帰りに御座いますゥ!」
「なにっ!一弥とな」
「まぁ、一弥さんがお帰りになった。皆の者、玄関先で出迎えるのじゃ。濯ぎの湯、手拭、はたき等即刻用意せよ。ど、どう致しましょう。うめ、かめ!はよう着替えを持て!旦那様もそんなところに突っ立っておらず、裃をつけて。そ、そんな普段お召しになる着物ではなく、殿様にお目通りする時の、余所行きを着てください。何しろ五年ぶりに、戻られたのですよ」
一弥は懐かしの我が家の表玄関を潜り、三間幅の式台前に立った。「父上。母上。姉上、弟。それに尽してくれる郎党、女中衆。伊藤一弥只今帰参致しました。故郷を離れること五有余年。武州日野秋山哲洲先生に入門を許され、日夜勉学に励み、免許皆伝、師範代の誉を受け、ここ江釣子に戻りました」
「でかしたぞ。一弥。見たところ壮健そうだ。手足を濯ぎ、座敷に通れ。連れのものが多数おるではないか。そちら方にも濯いで貰いなさい」
「一弥さん。元気でなにより。あら、そちらにおいでのお嬢様。大層お綺麗で聡明そうなお方。又そのご老人は?」
「紹介は座敷で致します。母上。案内をお頼み申す」
「そうでしたわね。こちらで御座います」
四十畳の座敷も家族郎党女中、それに一弥一行四名で一杯だ。正面に一弥。右となり絵里。左に哲洲。小者の永井とチエは別室で控える。
「父上。母上。ご壮健にてなによりでございます。懐かしさで少し胸が一杯になりました。姉上、お元気そうですね。書家としてご精進なされていると聞いております。弟よ。北上の酒問屋の手代として奉公しているそうではないか」
「一弥が戻ったからには、わしはそろそろ隠居致そうか」
「なにを仰られますか。父上には是まで以上にご尽力願わねばなりません。申し送れましたが、こちらに居られますお方、なにを隠そう、稀代の碩学、秋山哲洲先生でございます」「な、なにっ!彼の高名な哲洲先生が。か、斯様な僻村に良くぞお越しくださいました。弥ェ門、一生の思い出になりまする。早速殿にお目通り願い、お引き合わせしたく存じます」
「又こちらの眉目秀麗なお方様は先生の愛娘、絵里様でございます。父上、母上のお許しを得た上、この絵里様と夫婦の契りを結びたく、お願い申しあげます」
「驚いた。芯から驚いたぞ。一弥」
「一弥さん。こんな吃驚したのは、和江初めてです。天下の大学者をこちらまでお連れ申したのも、驚きましたが、こともあろうにその方のお嬢様と夫婦になりたいなど、たわけたことを。哲洲先生。絵里様。田舎者の戯言でございます。どうかお忘れくださいませ」
「母者。戯言ではございません。先生は勿論、お嬢様ご自身からも、お許しを頂いておるのでございます」
「あ、呆れた。呆れ果てたるバカ者だ。お前のごとき無骨者に聡明なお嬢様の婿が勤まるわけが無い。しかも何という美貌。姫君のようだ。貴様、手前の面体を良く考えろ」
「お父上。絵里はそのような高邁な女子ではございませぬ。住まいは武州日野郷。こちらと何も変わらぬ田舎にございます。父の哲洲も今でこそ、少しは人に知られるようになりましたが、一弥殿が塾を訪れる以前は、誰からも見向きもされぬ閑古鳥が鳴く塾でございました。一弥殿は塾を盛り立てた恩人に御座います」
「弥ェ門殿と申されたかな。哲洲でござる。今娘が申した事、事実です。一弥君は見上げた男。我が娘などもったいないほどの優れた才能や実力を有す。我が門人達も皆慕っていた。それに大した偉丈夫。男前でござる。ワシ達父子など足元にも及ばぬ。弥ェ門殿。ワシからもお願い申す。絵里をこの家の嫁として迎えてくだされ」
「哲洲先生。あまりに勿体無きお言葉。弥ェ門痛み入ります。解りました。絵里様は伊藤の家に迎えたく存じます。和江。お受けして良いな。大事に大事に致します。又何不自由なくお暮らし頂けるよう、女中達や郎党に申しつけます」
「父上。母上。お願いを聞き入れていただき有難う存じます。然し乍、そうとばかりは参りますまい。わたくしが江釣子に戻って参りましたのは、他でもございませぬ。和賀川を堰き止め、水門や随道を築き、水路を穿って、この上江釣子に水を引く工事に着手したいからでございます。父上や祖父、曽祖父までもが代々成そうと試みて、成せなかった大事業。この哲洲先生のお力添えを得、死ぬ気で取り組む所存です。さすればこの地より二里半ほど上流の石羽根付近が適地と考えますれば、その地に小屋がけし、そこで詳細な絵図を引き、工事の指図、監督をせねばなりません。絵里はそちらに詰めてもらいます」「なに。それでは土方、人足どもと共に暮らそうと言うのか」
「左様でございます。現場に入りてこそ、困難な事業は成し遂げられる。これは哲洲先生の教えにございます」
「ふうむ。し、しかし・・」
「哲洲様。絵里様。婚礼だけはこの家で行わせてください。伊藤家の面子に関わります」
「和江殿。その通りじゃ。婚礼諸道具は回船にて江戸より取り寄せよう。じゃが一弥は明日よりワシと共に川の検分に参る。しかと心得よ」「は、はぁ」
七、吉沢陣屋
翌朝、一弥は哲洲を連れ、昨日の和賀の渡しで対岸に。それより山道で二里半。暫くは川沿いの平坦な道で、沢内街道と呼ぶ秋田藩への間道。横川目集落を過ぎると、岩石累々たる沢道となり、厳しい登りで歩きなれた二人も息を切らし、喘ぎどおし。所々に石を積んだ目印がなければ、どこを行けばいいのかわからない。蒼い清流を湛えた淵を巡ると、道は高巻いて水流は眼下数百尺。踏み跡も定かでない道は、カモシカの糞が散らばる。足がかりを探し、慎重に辿らねば、忽ち転がり落ちてしまう、危険な獣道。恐らく岩魚取りの漁師以外足を踏み入れぬ秘境。僅かに生える草の根や樹の根に身体を支えながら、恐る恐る歩を進める。やがて眼前に広がりを持ったカヤトに出る。
「ふうつ。難儀であった。そろそろ昼飯にせぬか」
「はい。私も疲れました。一休み致しましょう」
「想像以上の難所であるな。この地に水門を造るのは苛酷な仕事になろう。人夫が集まるかな」
「はい。父の力で小作人を駆り集めましょう。命知らずの若者が沢山おります」
二人は母の和江と絵里が初めて協力し、丹精込めた弁当のむすびを頬ばった。手作りの牛蒡の味噌漬や小茄子の糠漬けが添えられている。
「うまいっ。一弥よ。絵里は良い嫁に成れるかな?」
「はい。その点は全く心配しておりません。料理はこの通り上手いし、母とも仲良くやれそうです」
「そうか。大事にしてやってくれ。ところで一弥。この地に水門を設けるには、石垣の堰が必要だの。江戸で想像して描いた絵図は、大分手直しせねばならぬ」
「先生。私はあちらに見える両岸が巨大な巌で、岩戸のような場所、あそこが良いと思います。あの両岸の岩を利用し堰を造ったら如何でしょう」
「うむ。良いところに眼をつけた。ワシもあのあたりが良かろうと睨んでおった」
二人はその地に目印の石を積み、早速測量に入るべく、家路を急いだ。帰ると和江と絵里が襷姿で忙しく台所に出入りし、七人いる女中達に指図している。
「今日は、江戸の大先生と一弥様の歓迎の宴を催すのです。永井に早駕籠で取りに行かせた釜石のマグロ、ヒラメ、タコ、ほや、イセエビ、烏賊、帆立、鮑、さざえなどは届きましたか?うめ。お前に裏の畑で野菜を沢山取ってくるよう申したはず。あれ、牛蒡を忘れている。一弥の大好物です。取りに行って。かめや、かめはどこぞいますか。先生は蘭学者。肉が必要と言ったでしょう。水沢より牛肉手に入れましたか。葱、白滝、豆腐、椎茸、春菊も、早く切りなさい。南部名産の鍋にて鋤焼を作りましょう。一弥さんは寄せ鍋が宜しいでしょう。お酒、上等のもの燗を付け初めてくださいな」
「お母様。磁器や漆器の食器は土蔵より出して参りました。盛り付けは私にさせてください。それに塗箸は揃えました。お二人は祝い箸のほうが宜しいかしら。もうこんな時刻。待ちかねておられるわ。お前達。早くお刺身運びなさい。煮物や焼き物も冷めない内に早く。いけない。お吸い物。お酒が先でした。直ぐにお持ちして」
五基ある竈も一斉に火が焚かれ、火事場のような大騒ぎ。座敷には金屏風、百目蝋燭が二十本。床を背に一弥、哲洲、絵里。脇に弥ェ門、和江。姉、弟。向かいは親戚一同。総勢二十名。次々に酒、料理が運び込まれる。圧巻は五尺の大皿に盛り付けられた三陸の魚介の刺身。岩手の銘酒、南部美人、あさ開、月の輪など処狭しと並ぶ。
「先生。おひとつどうぞ」
「うむ。ワシは不調法での。あまり嗜まんのだか。今日は門出の祝い。一杯だけ頂くとするか」
「一弥はこのぐい飲みでやりなさい」
「絵里様は杯が宜しいかな」
座は和み、わいわいがやがやの大宴会。
「先生。私は獣肉を喰らうのは初めてですが、中々美味いものですな」
「やはり我が家の寄せ鍋一番だ。絵里ちゃん食べている?」
「うん。絵里こんなご馳走初めてよ。皆美味しいわ」
「みなの衆。聞いて下され。我が息子一弥は、江戸にて厳しい修行を終え、この江釣子に戻りました。帰宅早々、和賀川上流、石羽根の難所を踏査、かの地付近に水門を設け、この上江釣子まで水路を引いて、新田を開発しようと誓ったのでございます。この上は一弥、哲洲先生共々藩主にお目通りを賜り、開発の下知を願い出、着手したいと存じます。お集まりのご親戚一同にも何卒ご協力の程宜しくお願いいたします」
普請方頭取を仰せ付かる弥ェ門の挨拶は堂に入り、完結で伊藤家に連なる一同の結束を固めたのである。宴は華やかな内に終わり、酣での一弥自身による舞も喝采をあび、成功裏に幕を閉じた。次の日弥ェ門は盛岡城に出仕、執政の楢山佐渡を通じ、藩主南部利剛公への目通りを願い出たのである。時に慶応三年、春五月。五月晴れのこの日、麻裃で身を固めた、哲洲、一弥、弥ェ門父子は北上川を帆掛け舟で遡り、盛岡に向かい、鎮護の早池峰大権現に詣でた後、大手門より盛岡城本丸表御殿、殿の居住する御座所に罷り越した。
「殿のご来臨に御座ります」
「一同、苦しゅうない。面を上げい。もそっと近こう寄れ」
「は、はっ」
三人は殿の面前に罷り出る。
「楢山佐渡の申し上によれば、其方ら上江釣子に灌漑用水路を開削、然り而して新田五千町歩の新田を開くと言う。天晴れな心がけ。利剛、誇りに思うぞ」
「は、はっ。勿体無きお言葉、骨身に沁みまして御座います。此処に控えましたるは、武州日野郷より遥遥罷り越しましたる、秋山哲洲で御座います。秋山は南蛮規矩術の心得があり、一弥の師匠にございます。師が申すには和賀川上流に堰堤を築き、水門を設え、随道を穿ち、而して清冽な水を導けば、上江釣子は遍く、豊潤な水に恵まれると言う話にございます。願わくば殿の御裁可を賜りたく存じます」
「あい解った。藩を推しての大事業としようぞ。弥ェ門父子には資金五千両を与えよ。又本日より嫡男一弥に二百石を給ずると共に、和賀水門普請方取締に任ずる」
「は、はぁっ。有り難きお言葉、畏り候。即座に江釣子に立ち戻り、測量に取り掛かりまする」
南部公への面会は思った以上の大成果で、藩侯より激励の言葉と、藩金五千両のご下賜金を賜り、次日の内に江釣子村に帰ることが出来た。話は瞬く間に藩全土に知れ渡り、一弥のもとには続々と有意の士が集まってきた。杣人、猟師、石工、大工、鳶、土方、鍛冶などの専門の職人や百姓、商人、武士など雑多に五百人以上が集まり、二人は選別に忙殺された。工事に必要で能力ややる気の高い人物中心に百名ほどに絞り、あと三百人を工夫として雇い入れた。中には伊能流測量術の心得のあるもの、藤堂流の城壁術の達人、穴太衆の石工等が含まれていて二人は喜び、専門別の集団に区分け、夫々に肝いりをおくことにした。綿密な測量の結果、水門、堰堤は和賀横川目の大岩戸付近、随道はそれより一丁ほど下った吉沢に設けるのが至当という結果となり、早速地質の検分を行い、玄武岩質の強固な岩盤で強度は充分だが、掘削には甚だ困難を伴うことが判明した。一弥は吉沢に鍛冶場を設け、そこで鋭利な鏨を鍛えることにした。沿岸の上部より水面までは凡そ百二十尺。水面上部百尺の堰堤を築かねばならぬ。まず付近の岩盤を崩し、岩の塊を多数つくって、木杭を頼りに徐々に積み上げる。膨大な人工と厳しい労苦が予想される。まず氷のように冷たい川底に潜り、底の砂を取り除き、五十尺の長杭を打ち込む。
「陣屋を設けねばならぬ。樵、大工、土工などを動員し、陣屋造りを初めよ。吉沢には幸い千坪ほどの平場がある。わしや一弥、図工、取締りなどが詰める本陣を中心に職人共の小屋十棟、材料置き場、加工場、飯炊き場、洗濯場、馬小屋などこれも十棟。空いた土地には野菜畑、鶏小屋、豚小屋など食料用に使う」
樵が山から原生林を切り出し、馬で運んで、大工はそれを刻んで組み立て徐々に準備が整っていく。二ヶ月後、陣屋が完成、それまで通いや仮小屋住まいの職人達もやっと人心地ついた。
「どうだ。一弥。骨休みに北上に繰り出そうか。これからが堰堤造りの本番だ。英気を養っておく必要がある」
「喜んでお供致します」
「駕籠を呼んでくれい」
「先生。ここは江釣子。江戸じゃありません。駕籠などある訳ない。おい。馬を二頭用意してくれ。馬子は田吾作と茂平、お前達だ」
「へい。今からだすと、夕方には着くんべ。今日はお泊りで?」「そうなる。お前達。我々が居なくとも、しっかり準備作業は続けるのだ」
農耕馬にゆったり揺られ、北上の新開地に着く。
「ほお。田舎なれど中々賑わっておるではないか」
「はい。ここいらは奥州街道の中継地でございますれば、昔より盛り場です。遊び女も酌婦、芸者も大勢おります。先生、どうですか。父親が贔屓にしております、この川岸という茶屋は?」
「うむ。中々凝った造りじゃ。良かろう」
「いらっしゃいませ。お二人様御案内」
「ご主人。川が見える静かな離れ座敷を所望する」
「へい。丁度よい小座敷がございます。これ、みどり。お武家様を離れに御案内して」
色っぽい婀娜な若い女を呼ぶ。半襟を大きく抜いて、胸元をはだけ、歩く度裾から見事な真っ白な太ももを覗かせる。お色気たっぷりの女である。
「仲居のみどりと申します」
「ふむ。鄙には稀な美形じゃの」
「旦那様、お上手ね。ありゃ!びっくらこいた。おめ、一弥でねえの。立派になってえ」
「み、みどりィ。ちっちゃいとき近所にいた子じゃねえか。どえろうべっぴんになっちまったのお」
「これも何かの縁。芸者はいらぬ。今夜はこのみどりを借り切った。よいな」
離れ座敷で寛ぐ。みどりは甲斐甲斐しく料理や酒を運んで、酌をしたり、三味に合わせて踊ったり。一弥の横にぴたっと座り、いちゃいちゃと戯れる。
「ん〜ん。一弥のだんな。今夜はゆっくりしていって」
「ふむ。泊まりの積りで出て参った。先生。誠に申し訳ございませんが、今夜は我が家にお泊りいただき、絵里に言い繕ってくれませんか。私はこの女、幼少よりの知り合いで、ちょっと訳有りなのでございます」
「師をなんと心得る。だらしなく鼻の下を伸ばして。許さんと申したいが、今日は一弥の骨休め。仕方あるまい」
「正に我が師。気を利かせて頂き有り難く存じます」
「お前、絵里といういいなづけを持ちながら、そんな女に浮気するのではあるまいな。じゃが待てよ。一弥。わしはこの日までお前と絵里が口付けしたり、同衾するのを見たことがない。よもや夫婦の契りを未だ結んで居らぬのではあるまいな」
「せ、先生。実はまだ結ばれては居りません。絵里は婚礼も済まぬ内に同衾はせぬと、生娘らしく申すのです。ですから、私は日夜自らの欲望を押えるのに苦労を重ねて辛くて堪りません。今宵はこのみどりに我が精を注ぎ込んで、僅かに慰めを得んと欲するのでございます。何卒お見逃しを」
「バカな。父親であるワシがそのような事許す訳も無かろう。絶対そのようなことはしてはならんぞ。心配であるが、わしには相方がおらぬ。帰る事としよう」
哲洲は田吾作の引く馬に乗り、一人夜道を辿り、弥ェ門宅に向かった。
「ふうっ。やっと帰りやがった。みどりちゃん。しっぽり濡れようぜ」
八、修羅場
次の日の昼過ぎ、一弥は茂作の引く馬の上で舟を漕ぎながら我が家に到着した。
「一弥。只今戻りました」
「まぁ、一弥殿。哲洲先生は昨晩遅くお着きになられました。お前今まで何処で何をしていたのですか?」
「母上。心配には及びません。北上で古くからの知り合いと偶然出会い、飲み明かした迄のこと」
「左様か。絵里殿。旦那様のお戻りじゃ。出迎えに出なされ」
「はいっ。今参ります。どうやらひどくお疲れのご様子。直ぐに床をのべます。暫しお休みなされ」
昨夜一晩中みどりと情を交わし一睡もしていない。ぐっすり眠り込んで目が覚めたのは夕刻。
「ふぁ〜。よう寝た。絵里。絵里は居らぬか。茶を持て」
絵里が濃い渋茶を淹れ、一弥に飲ます。
「し、渋いな」
「昨晩ご一緒した知り合いとはどなたですか。嫁となる身。主人の友人知己は知っておく必要がございます」
「お前に伝える必要はない」
「何故でございますか。可笑しいではありませんか。夫婦同士何事も隠さず伝えようと仰ったのは、貴方ですよ」
「し、しかし」
「しかしもかかしもありません。白状なさい。女と一緒だったことは、明白です。着物に長い髪の毛は付いているし、白粉の匂いもプンプンします。それに裾についた沁み、貴方の精ではありませんか」
「め、め、面目ない。お前の言う通り、昔馴染みのみどりと一緒であった。絵里が口付けさえ許してくれぬから、欲望の捌け口としたまでのこと。お前を想う気持ちに変化はない」
「許しませぬ。この上は我が父、弥ェ門殿、和江殿に訴え、裁きを受けていただきます。今夜の夕食は取りやめ、家族会議と致します」
「む、無茶な」
「何が無茶です。無茶苦茶なのは貴方の行動。わたくし絶対許しませんからね」
「おい。勘弁してくれよ。たった一度の過ちだ。ほれ、この通り。許してくれ。ワシが悪かった」
「駄目でございます。ことと次第によりましては、殿に腹をお切り頂けなければなりません」
「大げさな。ほんの火遊び。一夜だけの関係」
「戯けたことを申されます。浮気は厳罰の法度。父哲洲は厳しいお人です。成敗するやも」
「お、脅かすなよ」
その夜の一弥は悲惨であった。一弥の周りに膝を屈して哲洲、弥ェ門、和江、そして絵里が取り囲む。真中の一弥は大きな身体を縮こめ、頭を下げ、平伏したままだ。ぴしっ!ぴしっ!久しぶりに哲洲の青竹が唸る。
「せ、先生っ!許しを得たんでねえか?」
ぼかっ!今度は弥ェ門の拳が腹を強かと打つ。ぱぁ〜ん。和江の張り手が大きな音をたて頬を引っ叩く。今度は絵里が渾身の力を込め、背中を蹴りあげる。
「ぐ、ぐ、げえっ。助けてけろ。おら、死んじまうだ。」
「死んで貰うと家族、皆安心致す。もう一丁」
「まだまだ。半殺しになるまで痛めつけろ。こやつの性根を直す。手加減してはならぬ」
「この上は水責めに致しましょう」
「茂平、田吾作!簀と荒縄を持って来い」
裸体で簀巻きにされ、荒縄でぐるぐる巻きになって、古井戸に投げ込まれる。
「ひいっ!ちゅめてえ!凍えちまう!死んじゃう」
「ウルサイ!おめえはこれ位の目に合わされて当然」
「んごオっ。んごオっ。お、溺れる。た、助けてけろ。おらが・・ンもごオ・・・おらが悪がった。ンもごオ・・・ン・・もおしねえ。絵里だけだ。絵里を大切にする。浮気は絶対しねえ・・げほっ。ごぼっ」
「一弥。少しは反省したか?」「・・・・」
「懲りたろう。もう、沢山か?」「・・・」
「返事がねえ。どした?おっちんじまったか?」「・・・」
「ま、まずい。引き上げろ」
釣瓶で引き上げられた一弥。目を閉じ顔面蒼白、下帯だけの縮みきった身体、全く動かず息もしていない。
「まずいぞ。一弥が死んでしまったら、随道は出来なくなる。折角取り掛かったばかりなのに」
「大事な跡取の長男を殺したとあれば、わしも自害せねばなるまい」
「え〜ん。一弥ぁ。死んじゃあイヤ。好きなのよ。生き返って。私が悪かった」
「田吾作。急ぎ玄庵先生を呼んで来い。皆の衆、ぼさっとしていないで、心の臓を摩るのだ。絵里は裸になって一弥の上に乗り、身体を温めよ。そ、その前に口を吸い、飲んだ水を吸い取るのじゃ」
哲洲の大声に、周りにいた全員が寄ってたかって、胸を摩ったり、頬を張ったり、身体を温めたり、口を吸ったり、懸命に蘇生を試みる。医師の玄庵が到着した。早速脈を診る。聴診器を当てる。胸に手を当てる。いきなり一弥の腹に全体重をかけ、押し込む。一弥の口から水が流れ出る。「もう一丁」
更に玄庵が腹を圧すと、大量な水を吐いて一弥が蘇生した。思い切り頬を引っ叩くと、薄っすら目を開く。
「こ、ここは何処?閻魔様?」
「馬鹿者。わしじゃ。哲洲だ。師の顔を忘れる奴がおるか」
「どうやら助かったようだの。私が来るのが今少し遅れていれば、この男の命は失われていた」
「有難う存じます」
一弥は絵里の肩に掴まり半身を起こす。
「絵里。相済まぬ。みどりとはすっぱり縁を切り、金輪際会わぬと誓う。哲洲先生、父上、母上。大層面倒を掛けました。お詫び申しあげます。この上は一心に随道建設に邁進致し、他のことは考えぬことにします」
「一弥もこの程武士に取り上げられた。然るべき服装、身だしなみに整え、きちんとすれば、やがて絵里の嫉妬の気持ちもおさまり、一弥を慕う気持ちが是まで以上に高まるのは必定。わしも気づかなんだ。許せ」
「先生。勿体無きお言葉。肝に沁みます」
「絵里。一弥が癒えたら、早速月代を剃りあげ、無精ひげを当たり、新しい下着、着物、草履など二百石取りの武士に相応しい形にしてあげなさい。のお、弥ェ門殿。身繕いの為、金子十両ほど用立ててくれぬか。着物は和江殿、縫って下さらんか。殿様にお目通り願うにも、斯様なむさいなりでは困るのじゃ」
「おやすい御用です。早速出入りの呉服屋を呼び、反物を選びます。渡り床も呼びましょう。そうだ。絵里。風呂で一弥の身体をぴかぴかに磨いて下され。手足を念入りに。爪の垢一つも残さず、見違えるよう磨き上げるのだ。先生に頂いた阿蘭陀渡りのシャボンがある。あれで洗いなさい」
若い一弥はニ三日も休むと、元の頑健な身体を取り戻した。文字通り怪我の功名であろうか、身体を丹念に洗い、新しい着物を着、青々と剃り上げた月代と髷で、凛々しくも雄雄しい若武者に変身した。弥ェ門から譲られた大小の立派な刀を腰に挿すと、江戸の由緒ある大名の子弟にも劣らぬ、青年武士。嫁、父母は勿論、師の哲洲も眼を細めその立派ぶりを瞠る。
「一弥さん。素敵です。惚れ直しました」
「余は出かけるぞ。別れの口付けを頼む」
「仏蘭西式なら宜しゅうございますが、深い口合わせは未だ許しませぬ。舌絡みなどもってのほか」
「左様か。致し方あるまい。婚儀が済むまでもそっとの辛抱じゃ。余は耐えられるぞ」
「一弥。良く成長した。でかしたぞ。やりたいであろうがここを我慢すれば、婚姻後はし放題である。耐えよ」
褒められた一弥は調子にのって洗いざらいぶちまけてしまおうと思った。
「この際、全てを白状します。寺子屋時代、その門前にて夜半、幼馴染の女子と待ち合わせました。私は紅と白の段だら縞の浴衣で、その女子は浅黄の浴衣。寺子屋の庭は静まり返り、聞こえまするのは、私とその女子との囁きのみでございます。私は肩を抱き、女子の唇を吸いました。それから襟に手を差し入れ、胸を存分に弄び、更に下腹に手を伸ばして狼藉に及び、やがて本能の赴くままやり遂げてしまいました。その女子こそみどりなのでございます」
「な、な、なんという下品な話。ふしだらなお振舞い。今惚れ直したと申しましたが、撤回いたします。このような下品で犬猫に変らぬ畜生のような男の妻になるは、ご免蒙ります」
「その通りだ。絵里。一弥は好色に過ぎる。我が娘を嫁にやることは出来ぬ。この話無かったことにしたい。弥ェ門殿、和江殿。それで宜しゅうござるな」
「へっ、へい。もとより先生のお嬢様を娶るなどは、其方様のお申し出があったればこそ。斯様な馬鹿息子には勿体無さ過ぎるお話で御座った。わしは初めから無理と思っておりました」
「惜しかったな。一弥。ワシら父子はもうここには用がないようじゃ。江戸に帰参いたす」
「そ、そりゃまずいでごんす。殿様より冥加金五千両も頂戴し、陣屋を開設し、職人五百人も集めております。今更辞めるなど言えるわけがない」
「なにも堰、随道の工事まで辞めることは無かろう。一弥、お前一人でやれ」
「そんなこと出来る訳なかんべえ。でけるなら初めから一人でやってたし、絵里がいねえ江釣子など考えられねえ。おらが悪がった。又古井戸でも何でも吊るしてくれ。裁きは甘んじて受ける。打擲し懲らしめてください。お願ェします」
「幾ら痛めつけようとも、貴様の不行跡は消えまい。頭を丸め、僧籍に入るか」
「おらみてえな生臭は坊主にはなれん。何よりおなごが好きなんじゃ」
「呆れ返った大馬鹿者だ。つける薬もない。しからばこうしよう。暫く工事を中断、気持ちが昔のような相思相愛になるまで絵里に尽して尽くし捲れ。それで気持ちが元通りになったら、今回のみ眼を瞑ろう。しかし再び斯様な不行跡が発覚したら、ただちに離縁。その方は切腹申し付ける。それで良いか」
「否と言えるわけも御座いません。初心に戻り、只今よりそのように致します」
「一弥は昔から返事だけは良かったのです。芯からそう思うのであれば、試してみなされ。昔の貴方に戻るなら私、異存はございません」
絵里は一弥が哲洲の館を訪れ、緊張して弟子入りを願い出た、素朴な姿を思い起こした。熱心に修行に勤しむ一弥を陰になり日向になって支えてきた日々。隅田川の土手で満開の桜を見、初めて口付けした甘く切ない日のことを。もしもあの時の一弥に戻るなら、一度の過ちを犯した一弥を許してやっても良い気持ちになった。自らの非を認め、心より謝罪したくなって一弥は師、両親に向け頭を下げた。
「先生。父上。母上。一弥心を入れ替え精進いたします。絵里殿。もう決して他の女に目を呉れることは致しませぬ。お前のことだけを愛し慈しもうぞ」
凛々しく装った青年武士から、そう謂われると、絵里は先ほどの不埒な行為を忘れ、ぽっと頬を赤らめるのであった。一弥は師の言われた通り、当分工事監督を哲洲に任せ、自分は家で絵里の機嫌が直るまで何でもやる積りである。
「今日はそちの寝所に参る。よいな」「は、はい」
婚儀が未だであるため、二人は別々に休む慣わしである。しかし一弥が絵里の寝所に忍ぼうというのであるから、異例な事。胸を高まらせ期待と不安で一杯になる。「心配には及ばぬ。優しく扱うぞ」
座所に入った一弥。書見をするがどうも落ち着かない。小者の永井を呼び、機嫌をとるため絵里の好む、櫛や簪を購うよう命じたり、今晩忍んで行く衣類をどうしようか、鬢付け油はどうしようか、等と思い悩んで時の経つのを待っている。
「夕餉の支度整いました」
「うむ。今より其方にまいる」
給仕する絵里と顔が合わせられない。愈々今晩初めて同衾に及ぼうとするのであるから、飯の味も全くわからず夢中で掻き込んで、上の空。
「殿。如何されたのですか。気分が悪いのではありませぬか」
「ち、違う。そ、そのそちとのこれからの行動を思うての。はっ、はっ、はっ。て、照れるでないか」
「そのようにお照れ遊ばされては。絵里は大丈夫でございます。この日の来るのを待ち望んでおりました」
夜が更け、家人が寝静まった頃、一弥は忍び足で絵里の寝所に向かった。
「絵里。ワシじゃ。入るぞ」
寝所には床が伸べられ、傍らに髪を解いて端座する真っ赤な襦袢の絵里の姿。緊張からか僅かに震え、両拳を握り締めている。一弥も殊のほか声が上ずり、着ていた寝着の裾が乱れ、太ももが丸出しになって、慌てて前を繕う。
「え、絵里殿。傍に行って宜しいか」
「いえ、は、はい」
並んで座ると、絵里の震えが伝わって何も出来ず暫く時を過ごす。
「ど、どうかな。手を握っても宜しいかな」
黙って絵里が両手を差し出すと、震えながらそれを包む。ひんやりした体温が伝わってくる。
「さ、さむゥござるナ。もそっと近ゥよって」
二人は肩を寄せる。一弥は勇気を振り絞って、肩を抱こうと試みるが、腕が硬直し中々できぬ。突然絵里は自らを投げ出すようにして、一弥の膝に倒れこむ。
「え、え、絵里のお口、吸って下さい」
「そ、そ、それではお主の口、す、吸わせて頂きます」
膝に身を投げ出した絵里を上向きにさせ、唇を合わせるのに四半時を要する。そっと、口を吸うと、柔らかな唇の感触で戦慄くほどの興奮を覚える。
「し、し、舌を差し入れてはいかんか?」
絵里が頷く。甘酸っぱい唾液に噎せながら、舌を跳梁させる。襟から腕を差し込んで小ぶりな胸を弄うと、興奮は極点に達し一弥はそのまま果ててしまった。夜が白白と明けて一番鶏が鳴き始める。
「絵里ちゃん。ごめんよ。結ばれぬ内に夜が明けてしまった。明日は必ず成就するよ」
「貴方は女好きで沢山の女と交わったと自慢していましたが、このようなうぶな作法。本当は誰ともしてはいなかったのでしょう」
「そ、その通りでござる。面目ない」
「何が面目ないですか。貴方は純粋、素朴で遊びなど決してしないお人だと信じておりました。そんな一弥殿が好きでございます」
「わ、わしもそなたの如きオボコが好きじゃ」
今度こそひしと抱き合って激しい口付けを交わす。二人は昨日の言い争いも忘れ、抱き合ったまま朝を迎えた。朝餉は家族全員、弥ェ門の座所に集まり摂る決まりとなっている。
「父上っ。母上っ。おはよう御座いますっ!」
「ほお、どうした。朝より機嫌が良いようだノ。哲洲先生は先に食事を取られ、現場に向かった。お前達二人も仲直り出来たようだ。して、首尾はどうだの?わしらの寝間にはその方達の喜びの声は届かなんだが」
「首尾とは?」
「解りきったことを聞くな。ほれ、契りは無事済ませたかだ」
「は、はい。わたくしも絵里も初めて故、極度に緊張致し、こちこちになった上、興奮のあまり契りを結ぶ前に果ててしまいました。面目次第も御座いませぬ」
「情けないこと。一弥。お前は散々麗奈とした。みどりとやった。絵里と結ばれたなどとわらわに吹聴していたではないか」
「母上。あれは皆虚言でございました。八百石取りの大旗本の長男である私が、二十五歳になる今日まで、女子と交わっておらぬなど、恥ずかしくて申せませんでした」
「それであのような虚言を吐いていたと申すのか」
「左様でございます。私恥ずかしながら、未だ女子とは満足に口も聞けず、まして手を握ることさえ難しいのでございます」
「まあ、良いではないか。伊藤家の嫡男として、そちは立派に勤めを果たしておる。江戸にて四年の修行の後、故郷に戻り、一大灌漑事業を始めた。伊藤家の誉れ。わしには自慢の息子である。一度の寝屋での失策など恥じることはない。そうだ、今日は上々の天気、展勝地へ花見でも行ったらどうか。今見頃じゃぞ」
「はい。そのつもりでおります。母上。弁当を作って下され。供を連れず二人のみで行きたいと存じます」
「おお、おお。いいとも。二人睦まじくするのが何よりの親孝行。和江。飛び切りの弁当を持たせてやれ」
「絵里殿。今日は以前話して聞かせた、見事な桜と、田植えを見ようぞ」
「嬉しゅうございます。一弥殿はとてもお優しく、感激でございます。昨晩も・・」
「い、いや、ナニ。此方のことで御座る。わたくしと絵里とは、清らかで純粋な愛を育みます」
「雨降って地固まるとはこのような事を申すのであろう。目出度い、目出度い」
九、展勝地
皐月晴れ。青空には白い雲が浮かび、ひばりの囀りがのどかに聞こえる。二人は飾りつけた農耕馬に、大き目の鞍をおき、絵里は落馬せぬようしっかりと一弥の腰を掴んでいる。馬は馬子の田吾作に引かれ、のんびりと広大な薄原の荒撫地や狭い田の畦道を進んで行く。やがて緩やかな上り坂となり、小高い丘に達すると眼前に淘々と流れる和賀の清流が蛇行している姿が見えてくる。
「絵里。このあたりはカムイヘチリコホと申してな、今より千年あまりの昔、蝦夷の英雄アテルイが、朝廷に歯向かい反乱を起こした古跡だ。良いところであろう」
「一面のお花畑。小川が網の目のように流れ、湿地帯になっているのですね。小鳥があんなに沢山群れている。一面の草原と湿地。あちこちにぶなの大木がたって、爽やかな風が吹き抜ける。桃源郷のようです。素晴らしいわ」
「無数の小さい池が点在し、その水に雪を抱いた栗駒の霊山が映る。もう少しすると水芭蕉の白い花で被われる。日本国何処を探しても、斯様な爽やかな光景は見られぬであろう。早くこの風景を見せたかった」
「一弥殿はこのような素晴らしい地で生まれ育ったのでございますね。羨ましいわ」
「私が今計画している堰と随道、用水路が完成すれば、今通ってきたところは全て水田となる。葦や薄ばかりが繁茂する荒撫地が、見渡す限り、青々と稲を育てる田圃だ。そうすれば我が故郷は、このエチリコホと同様、水に溢れる緑豊かな地に生まれ変わる」
「素敵なお話。尊敬してしまいます」
青年武士の語る実現しつつある夢、理想。遠くを見つめる澄んだ眼差しに、絵里は心からこの青年を好きになって良かったと思う。自然と一体になった生活。自分が幼少から抱いていた憧れ。一弥が好きという感情が湧きあがり、痺れる。今まで一弥と唇を合わせても形だけの真心の篭らないものだったと強く思う。一弥に抱かれたい。身も心も、その全てを捧げたい。和賀川に沿って少し東に下ると川岸という集落。もう北上本流の堂々とした流れだ。北に折れ二子。これより対岸の黒岩までは尻引きの渡し場である。年老いた船頭が操るひらたと言う平底舟で北上川を横断、更に川を下った小高い土手の巨大な平場。数千本の桜の巨木が川沿い半里に渡って植えられ、桜花の並木は随道のように上部が繋がった円弧になっている。展勝地である。絵里は空に浮かぶ雲を連想した。
「墨堤の桜も見事でしたが、こちらのものは比べ物にならぬほど素晴らしい。桜の木の下では空が見えぬほど花が連なっております。桜花の色が真っ白で可憐だわ」
「そろそろ昼時だ。飯にしようではないか。この茶店の軒先を借りよう。ばぁさん。借りるぞ。茶と茶受けを持ってきてくれ」
ふたりが床几に腰を下ろすと老婆が朱塗りの盆に大ぶりの湯呑と茄子の漬物を載せてだす。竹皮に包んだ母手作りの握り飯。漬物、車海老の塩焼き、煮鮑、若布と筍の土佐煮、じゃが芋と南瓜の煮付け、出汁巻き卵等々が竹篭にぎっしり。
「美味そうだ。さ、食そう」
「こうして、外で食べますと格別美味しく感じられます」
笛と小太鼓の軽妙な調子に合わせ、桜の樹の向うの田圃では、数十人の早乙女達が揃いの紺絣の法被、赤い帯、襷に白い被り物姿で横一列に並んで、一斉に田植えを始める。のんびりした田植え歌も聞こえる。水が満々と張られた田には、次々に薄緑色の苗が娘達の手で植え込まれ、地表の色が変化して行く。
「貴方の仰っていた通り。素晴らしいわ。田園の幸せとは、こういう光景を指していたのですね」
「灌漑用水が完成すれば、このような田園の光景が我が家の庭先から地平線まで連なる。武者震い致す」
「一弥様。素敵でございます。人前ではありますが、お口合わせしたく存じます」
絵里は感動し、上気して頬が桜色に染まり、極めて愛らしい。昨晩は逡巡し、ぎこちなかった抱擁が、いとも容易くできる。
「絵里殿。涙が浮かんでおります。この懐紙で拭って差し上げよう。紅が少し滲んだ。私が付け直して進ぜる」
「そんな、女子の口紅を殿方が塗るなど、可笑しいですよ」
「この小筆に紅をつけ塗るのだな。絵里殿の唇、受け口でとっても魅力的だ。ほら、動いちゃ駄目です。くすぐったくても我慢しなさい」「はい」
顔を仰向けにさせ、上から一心不乱に紅を塗る。艶やかに濡れたように光って、美しい。首に当てた腕にほんの少しだけ力を加えると、絵里の顔が一弥の顔に接近してくる。
「吸います」
一陣の風が吹き通って、一面の花吹雪。熱い口付けを交わす二人の姿は、花の中に埋もれ霞んでしまう。
『「願わくば花の下で春死なん その如月の望月の頃」西行辞世の句だ。絵里。ずっと一緒に過ごそう。わしの嫁になって欲しい』
「無論その積りでこの地へ参ったのでございます。一弥様。お婿さん。大好きでございます」
「私も絵里のこと大好きです。ずっとこのまま抱いていたい」
繰り返し唇を合わせ、舌を差し入れると、極僅か、触れるか触れないか解らない程、幽かに先端を柔らかく合わせてくる。絵里の控え目の優しさに、一弥は泣きたい。イトオシイ。
十、投渡堰
翌々日一弥は夜も明けぬうちに起き、陣屋に急いだ。
「先生。昨日は申し訳ありませんでした。もう大丈夫でございます。絵里との契りこそ未だでございますが、心と心がすっかり通じ合い、夫婦の約束をしてまいりました」
「それは、良かった。絵里を大事にしてくれ。ところで昨日迄に川底を掘らせ、木杭三百本を打ち込んだ。極めて難儀な工事であった。職人達を労ってくれ。今日は二重に打ち込んだ縦杭に横木を渡し、更に井桁に組んだ鉄桁を差し込む。鉄桁には枯れ枝、松葉、砂利を詰める。洪水の時、上部に渡す桟道から、井桁を引き抜いて、水を流す仕掛けだ。投げ渡し堰と申す。これにより豪雨時、下手が洪水にならずとも済む」
「凄い仕掛けでございますな。先生のご考案ですか」
「阿蘭陀国で考案された方法と聞く。無論本邦では初めての試み。可能な限り頑丈に作ろう。堰が出来れば、水を貯め、下流の水を抜いて、愈々穴堰と呼ぶ随道を掘りぬく。二十五間にも及ぶ玄武岩の岩を掘りぬくのであるから、生半可な気持ちで取り組んだら、多量の死人が出る。岩盤が崩れたり、水が出る恐れもある」
「堰が完成するまで、吉沢側の随道を掘り進めます。又上江釣子までの用水路にも着手いたします。早速職人達に下知します。そうだ、報奨金を出しましょう。早く掘りぬいた組に一両の賞金を出します。皆競ってやり始めるでしょう。組毎の創意工夫も期待できます」「うむ。良い考えだ」
その夜から三日三晩罹り測量師に引かせた巨大な江釣子全図の上に、堰、随道、水門、用水路の計画図を何度も引き直して、漸く全体像を描く。次の日の早朝、一弥と哲洲は陣屋前に設けられた演壇に登り、大声で今日からの作業内容、組分け、褒賞を伝達。「皆の衆。良く聞け。本日より作業を四班に分ける。一斑は石羽根側よりの随道掘削、二班は吉沢側より同断。三班は吉沢より上江釣子に達する用水路の建設。四班は堰の完成だ。上江釣子の水下で海抜三百三十尺、吉沢口の水上で四百六十尺。直線勾配は約ニ百五十分の一。末端部では凡そ五百分の一。極めて緩勾配であるゆえ、綿密な測量、正確な掘削、綿密な工事を要する。更なる困難は随道である。石羽根、吉沢双方より強固な岩盤を同時に掘り抜いて行くのであるから、合場でぴたりと照合せねばならぬ。一々天測を行い、高精度の測量を随時行いつつ、掘り始めよ。尚、各班共夫々三組に分け、昼夜交代で事に当たれ。一斑は一間、ニ、三班は百間掘りぬく度に、四班は二間堰き止めが出来たら、我ら取締りよりご褒美を取らせる。班内で一番早かった組には、賃金とは別に各人に報奨金一両を下賜致す」
二人の話を聞き職人達は沸きあがった。班分け、組分け、組長、班長の選別は難題ではあったが、意気燃える職人達が自ら志願することも手伝って、その日の内に決定。材料や道具の調達、作業に取り掛かった。
「ふう。一段落か。これからが正念場。共に頑張らなくてならぬ」
がんがんと岩を突き崩す者、鏨を打ち込む金属音、氷のように冷たい激流に身を投じ、堰に小枝を差し込む者、鍬を振るって水路の開削を始める者など全員が一斉に工事に取り掛かる。飯炊き婆が女中を率いて竈に火をくべ、煮炊きを始める。騒然とした光景だ。この地方では滅多に見ることのない、豪奢な大名籠が共侍、大勢の女中達に続いて、混乱の中乗り付けられる。
「な、なんだべ。誰ぞ来た?」
簾が年嵩の奥女中に厳かに引かれると、駕籠の中から眼にも鮮やかな金襴の衣装に身を包んだ、うら若き美女が手を引かれ出てくる。
「げっ、すんげえ美人。この汚ちゃない工事現場に似つかわしくない。どなたなんだべ」
「一弥様。お待ちしているのがとても辛く、こうして出てまいりました。お邪魔かとは思いますが、貴方様とご一緒に過ごしたいのでございます」
「おお、絵里か。良く参った。何、邪魔なことなどあるものか。仕事は幾らでもあるし、大勢の女達を差配する者がいなくて困っていたところだ」
「わたくしなどに勤まりますか、解りませぬが精一杯お手伝いさせて頂きます」
「皆の衆。今ここに参ったのは、私の婚約者である。名を絵里と申す。お見知りおきくだされ」
「さっすが、和賀水門普請方取締。嫁御も素晴らしい。若殿も美丈夫だが、絵里様も美貌。美男美女か」
「絵里は暫くこの陣屋に泊まる。直ぐに部屋を作れ。厠、風呂、化粧部屋、座敷、縁側、台所、女中部屋などだ。仕切りは頑丈な板戸、壁は荒壁ではなく漆喰を塗る。最高級な材料を惜しみ無く使い、姫君に相応しい部屋とせよ」
ふんだんにある材料と、腕利きの職人揃い。夕刻にはあらかたの工事が終わり、上江釣子から運ばせた衣類や布団、日用品が運び込まれる。
「絵里。どうやら間に合ったな。ゆるりとしてくれ」
「殿。わたくしは遊びに参ったのではございませぬ。明朝よりは殿様のお側でお手伝いを致します。何事も一緒ですよ」
「あい解った。埃だらけの陣屋である。身体も汚れたことであろう。風呂につかってくれ。木の風呂ではなく五右衛門風呂だが。こんな場所だ。勘弁してくれ」
「一弥様。一緒に入りませんか。絵里の身体洗って欲しいのです」
「そ、そうか。嬉しいことを言う。もう何日もそちに合わぬ気がする。恋しくて堪らぬ思いをしていたところだ」
「まあ、お花見に行って、初めて舌を入れての口付けを交わしたのはたった四日前のことですよ」
「さ、左様か。さ、こっちに来なさい。わたしが着物を脱がして進ぜる」
昼間の威厳に満ちた指図と打って変わり、優しさ溢れる恋する若者だ。脱衣場は真新しいすのここそ敷かれているが、板張りの殺風景な部屋。
「ここで裸になるのですか?」
覚悟は決めていたものの、躊躇いが出る。人前で裸身を曝すのも、殿方に着衣を脱がせて貰うのも初めてだ。
「絵里。昨年江戸をたって此方へ旅立った初めての夜、千住の宿でお前の裸を見て以来だ。覚えていますか」
「貴方に横抱きにして頂いて湯船に浸かりました。はっきりと覚えております」
「あれから、絵里にはご苦労をかけました。少し痩せられましたか?」
「いえ、一弥様に愛されておりますので、殊のほか肌艶も宜しく、胸も張り、腰も引き締まってまいりました。この日の為、毎日糠袋で身体を磨き、日に当たらぬよう気をつけています。口には紅の他蜂蜜を塗って輝かせ、白粉も南蛮渡来の上級品を使用、肌着、着物共父から最上等のものを買ってもらって、身に付けております。今日の腰巻は白絹でございます。腋や手足その他の無駄毛も剃っております。女は初めての時、斯様に気をつけよとは父上の教え」
「そうであったか。では脱がしますぞ」
一弥はぶるぶる震えながら、帯を解く。羽織り、小袖、肌着と脱がしていくたびに、絵里は恥ずかしさのあまり身を捩ってしまう。二人して狭い浴槽に浸かると、どうしても肌が触れ合う。
「お、お、お尻が私の腿に触れております。もそっと離れて下さいませんと」
「む、済まぬ。そなたの胸が、背中に付いています。後ろ向きでなく、向き合ってみたら如何であるか」
「恥ずかしゅうございます。絵里の胸や腿が見えてしまいます」
「良いではないか。お互い夫婦になれば裸体を曝すのは必定。さ、こちらを向きなさい」
・・・・その夜二人は結ばれた。
絵里は次の日から菅笠に手甲、脚半、襷十字で甲斐甲斐しく職人達に混じって働き始めた。取締役の奥方のそんな姿で、皆奮い立って夫々の労務に勢を出す。賞金も魅力だ。予想以上に捗って、二ヵ月後に堰は一間半、随道は二間、用水路は二十五間の進捗を見た。真夏になった。汗まみれで川に飛び込む者は、幾ら禁じても跡を絶たぬ。段々工事の進み具合も落ちてゆく。
その年は幸い空梅雨で雨が少なかったが、九月に入ると台風の襲来が怖い。九月十日のことである。朝方は晴天でひどく蒸し暑かったが、午後に入ると俄かに強風がふき出し、一転掻き曇ったかと思うと、大粒の雨。雷光が光って強風が吹き募る。激しい豪雨で目も開けられぬ。
「野分けじゃあ。引き上げろ。皆小屋に入れ。吹き飛ばされぬよう身体を柱に縛り付けろ」ごおっ、ごおっと猛烈な豪雨が叩きつけるように降りはじめる。忽ち小屋の周りが川の流れのようになる。和賀川の穏やかな清流が泡立ち、どす黒い土砂混じりの濁流となると、上流から大量の倒木や巨岩が流れ落ちてくる。
「土石流だ。逃げろ。山の方へ逃げるんだ。早くしろ。流れに巻き込まれたら助からんぞ」
堰堤より水面まで普段は百二十尺もあるが、今はそれを遥かに超え、濁流の幅も陣屋全域を覆い尽くすほどに拡がって、次々と小屋を潰し、或いは流しさって行く。目の前で苦心惨憺しここまで築いてきた、一抱えもある堰の木杭がめきめきと音をたて、流れ下る巨岩に打ちのめされ、折れ始める。一本の杭が折れると次々に三百本の杭が折れ曲がり、瞬く間に流失する。
「山が崩れるぞオっ」
見張りの声で我に返った哲洲、一弥はじめ全員は間一髪のところで危うく難を逃れ、黒山嶽方面に落ち延びた。
「皆、散るな!一塊になっていろ!必ず嵐は去る」
一弥と哲洲は大声で触れ回り、職人達がばらけてしまわないよう、必死に走り回った。豪雨は次の日の明け方まで降り続いた。濁流は更に広がって竪川目、新井屋、佐野、澤田、長出などの集落を押し流して消し去った。石垣に囲まれ堅牢を誇った鬼柳の大番所も流されたと聞く。
「皆無事か。居ないものは居らぬか」
「へい、十七人ほどが流れに巻き込まれ、命を落としました。他に四十六人が行方知れず。ただ事ではねえ。こんな激しい嵐と洪水、聞いたこともねえ」
水がすっかり引いたのは十日あまりたってからのことである。工事現場に戻った面々が目にしたのは、驚くべき光景だ。堰は跡形も無く流され、掘り進んだ随道や用水路も土砂に埋まった。陣屋跡は倒木や岩石で埋め尽くされ、目を覆いたくなる惨状。言葉を失った。それでも残された人々は力を合わせて、岩を運び、倒木を切り、土砂を取り除いていった。家族を失ったり、仲間が死んでしまった者も多数いる。頭が下がった。一弥と哲洲は生き延びた馬に乗って、和賀川流域の視察に向かった。上流に遡るには、土砂、流木の堆積がひどく大きく迂回しながら、辿らざるを得ぬ。川が大きく屈曲する和賀仙人部落付近で決壊が始まったと見え、蛇行している筈の川が、流れをほぼ直線状に変えていることが伺えた。巨大な岩石が累々と積み重なり、土砂に埋め尽くされ、かって一目千両と歌われた渓谷美が惨たらしく、荒れ果てた地獄の様相となっている。信じられぬ。衝撃を受けた二人は下流域に足を伸ばした。北上との合流地点では、普段百間程の川幅が半里ほどが洪水に浸かって、一面土気色にそまり、和賀が誇る流域の美田も跡形も無く、夥しい流木、土砂、岩石で被われ、草木一本生えていない、泥の海。そこかしこに家畜や動物の死骸が転がって、異臭を放っている。
「無惨だ。何百人もの人命が失われたのだろう。今年は作物の収穫はまるで望めまい。一弥。お前父上に救恤米の放出をお願いして来い。絵里は実家に戻せ。絵里だけでなく女達は仮小屋が出来、工事再開の見通しがつくまで、村に帰らせろ」
「はい。そう致します。先生。こんな洪水は何十年かに一回、襲ってきます。堰を石垣とし、頑丈で強固にすれば、大水の時水を貯め、土砂崩れも防げるのではありませんか」
「左様。堰堤は用水の確保だけでなく、砂防や洪水調節の役目も果たす。私は工事を急ぐばかり、木杭の投渡堰としたのだが、お前の言う通り石堰とすれば、この程度の台風で斯様な被害を出さずに済むであろう。しかし是まで以上、膨大な人工と資金を要する。殿様より頂いた五千両では到底完成できぬ」
「承知しております。飢餓に苦しむこの江釣子村のため、父共々伊藤の全財産を拠出、命に変えてこの村の将来のため働きたく存じます」
「良くぞ言った。その言葉、哲洲、しかと受け止めた。わしも老齢に鞭打って、全く新たに絵図を引きなおす。力を合わせ頑張れば、きっと何とかなる」
「はいっ。先生。私たちはとても良い師弟でございますね」
「うむ。良い弟子を持った。誇りに思う」「有難う存じます」
絵里を連れ、哲洲と一弥はひとまず実家に戻り、態勢を立て直すことになった。両親が心配し地蔵堂まで出迎える。
「まあ、絵里殿。斯様に泥だらけになって。着物もぼろぼろですよ。直ぐお風呂で身を清め、着替えなさってください」
「父上。このたびの水害、大変な被害です。先日先生と和賀川流域を歩き、あまりの惨状に驚嘆いたしました」
「左様。南部公も心痛しておる。お蔵米三千俵を賜った。これからが大変じゃ」
幸い実家付近はさして被害も無く、救恤米を求める村人達でごったがえしている。一弥は弥ェ門に師に話したこれからの計画を説き、感動させた。弥ェ門は早速、三千余の小作人に下知し、村人総出、全力で一弥を支え、石堰工事の協力を求めた。復興工事が開始された。和賀川流域には数千の村人有志による夥しい俄か人夫が集結。流木や土砂を取り除き、田圃や番所、陣屋の修復に当たった。弥ェ門は五万両にも及ぶ資金を提供、遠野、宮古、平泉、水沢、釜石、石鳥谷など藩土全域から人手を集めた。慶応三年暮、村はほぼ旧状に復し、陣屋が再開、石堰工事、随道工事、用水路工事も再開された。
十一、天覧
同年十一月、時の将軍徳川慶喜が大政を奉還、王制復古、幕府に忠誠を誓う奥州諸藩は列藩同盟を結成、官軍と戦ったが、抗しきれず、翌年九月、明治天皇が即位、明治と改元された。これまで大きな戦争に巻き込まれることもなく、平穏に過ごしてきた江釣子もこの政変の大嵐に翻弄され、民心も不安定、動揺し石堰工事も中断を余儀なくされた。明治二年になると、少しずつ落ち着きを取り戻して、工事が再開。新たに盛岡県知事を拝命した南部公が改めて施主となり、一弥、哲洲は和賀堰工事取締掛に任ぜられた。工事開始より足掛け六年余、明治五年春五月、工事は完成した。時に一弥三十歳、絵里二十五歳、哲洲六十八歳。弥ェ門は既に亡く、和江は五十五歳となっていた。隆盛を誇った伊藤家も、工事費が嵩んで零落し、当主を継いだ一弥も、今は小さい小屋のような家に四人暮らし。使用人や郎党、家来など一人も残っていない。然し、村人の一弥を見る眼は畏敬そのもので、かっての小作人の態度そのままに接してくれる。毎日哲洲と共に堰の工事監督を続けている。高十七間、幅底部十一間、上部五間半、長三十五間にも及ぶ全体が頑丈な岩石で被われた壮大な堰、鉄枠で補強された、巨大な水門、二十五間玄武岩を掘り抜いた随道、延々と上江釣子まで伸びる三間幅の用水路などを検分、目を細める。
「一弥。良くやった。明日は放水初め。村人共と祝おうぞ」
「はい。ここまでやってこれたのは先生のお蔭にございます。それと絵里はじめ家族、村人の絶大な協力があったればこそ。あの世の父上も喜んでおられましょう」
「その通りだ。一弥。決して奢り昂ぶることはならんぞ。皆の力が為した」
翌朝早く、神社から大太鼓が引っ張り出され、激しく打ち鳴らされる。村人は精一杯余所行きの衣装で身を包み、三々五々石堰や用水路に集まってくる。用水路には堆肥をふんだんにつぎ込まれた田圃が開削され、既に代掻きを済ませ、新苗を用意し、水が来るのを待っている。極彩色の幟が数十本、長い竹竿の先端に取り付けられてはためく。
「どお〜ん!」
腹に響く強烈な大太鼓。ぴいっ、ぴいっと高音の笛の響き、かんかんかん、打ち鳴らす鉦。一斉に寺が梵鐘を鳴らす。村人は老いも若きも全員外に出ている。数百人の踊り手が鬼剣舞を舞う。村中、興奮と喧騒の坩堝である。一弥が石堰の頂上に一人立って、メガホンを使い大声で喉も枯れよと叫ぶ。
「水門を開くぞ〜!」
この日の為選び抜かれた屈強の若者達が、巨大な巻き取り機の横木を回すと、歯車の働きで水門上部に固定した二の腕程もある十本の太い縒麻縄を引き絞る。
「よお〜い!よお〜い!引け、引き捲れ!」
ぎ、ぎい。ぎ、ぎい。全くびくともしなかった巨大な水門がゆっくりせり上がって行く。堰に堰き止められていた、深百尺、幅三十間、長半里の膨大な水が、僅かな隙間を見出して猛烈に噴出する。
「水だ。水が来た。水だ」
狂喜する村人。大歓声が上がる。水門から噴出した大量の水は忽ち随道を満たし、用水路に流れ込む。恐るべき勢いだ。
「水が走るぞ〜。凄え」
二里半の主用水路、枝水路は瞬く間に清流が溢れる。勢い良く新設の田に水を満たしていく。
「どお〜ん。どお〜ん」
再び一際高く大太鼓が響き渡る。村人の叫びは悲鳴に近い。
「か、一弥様!神じゃ。一弥様は神様じゃぁ!」
「どお〜ん!」「ごお〜ん」
太鼓に負けぬとばかり、村中の寺が一斉に鐘を打ち鳴らし、耳を塞がねば耐えられぬ。綿密な計画と工事が相俟って、少しの淀みも溜りもなくとうとうと流れ下る。玉石を積み上げた長い土手が濡れて光る。半刻もしないうちに上江釣子五千町歩の新田に満々と水が張られ、きらきらと輝く。田圃に転がって泥まみれの村人、狂ったように鬼剣舞を踊る人、笛や太鼓の狂騒は夜遅くまで続いた。
十年が過ぎ、明治十四年九月、一弥は四十歳の誕生日を迎えていた。連れ添う絵里は三十五歳の女盛り。二男、二女に恵まれ、弥兵衛、弥次郎、やえ、えりこという六人家族。母親の和江は六十五で健在。離れに住まう哲洲は今年七十八だがまだ壮健で、毎日畑に出る。江戸表より莉奈を呼び寄せ睦まじく暮らす。用水路は今日も満々と水を湛え、清らかな和賀の水を運んで流れている。一弥は以前の弥ェ門の邸宅を凌ぐ、壮大な家作を構えている。若年のころ夢見た通り、家の前は地平線まで壮麗な美田が広がり稲穂を垂れている。静かである。毎年のように起こった飢饉、米騒動、打ちこわし、一揆などは全く影をひそめ、平和で豊かな村となった。一弥は大地主で小作人三千世帯を抱える身でありながら、少しも奢ることなく、新政府からの再三の出仕要請を断り、一介の農民として田を耕し、畑で野菜を作り、慎ましく暮らしている。
「静かだな。絵里、最近とみに美しくなったね。色っぽくて堪らぬ」
「いやですわ。一弥さん。もう三十五。大年増ですよ」
「そんなことはない。若々しく水も滴るいい女とは、君のような人を言う」「お上手ね。でも貴方の浮気の虫がすっかり息を潜めたのは嬉しいことですよ」
先年南部公のあとを継いだ、盛岡県令島惟精より至急電報が届いたのは朝方二人が他愛の無い会話を交わしていた時。
「県令から?何事だ・・なになに・・「シキュウ メンダンノヨウ アリ。キタクニ コンユウ ウカガウ。」
「何事ですか。至急電報だなんて」
「解らん。県令が今晩ここへ来るそうだ」
夕刻、伊藤家前の玉砂利がかつかつとなって、二頭立ての黒塗りの馬車が門前で停車、御者が飛び降り伊藤家門番に開門を依頼する。馬車は門より玄関前の馬回しに入り、車内より顎鬚を垂らした恰幅の良い、いかにも顕官らしい男が正装で降り立った。
「県令島である。伊藤一弥殿に面談仕る。案内をたのむ」
応対に出た書生はあたふたと主人のいる表座敷に県令をおつれする。島は直立不動で畏まって用件を切り出した。
「伊藤殿であるか?島である。大変なことが出来した。畏くも、天佑を具有する明治天皇睦仁陛下が、おりから東北地方を御巡幸あらせられる。伊藤殿ご尽力のこの和賀堰の難事業と新田開発が、恐れ多くも天聴に達し、来る十一月三日の天長節にこの、え、え、江釣子村、ゴホン、に御幸されるという内聞の旨、今朝木戸公爵よりお達しがあった。天地がひっくり返る未曾有の出来事。盛岡県、いや陸奥国開闢以来の大事件である。和賀堰、随道、用水路を天覧遊ばされる。ご奏上は伊藤殿をご指名である。伊藤殿には顕彰の上、叙勲される」
「げっ。お、お、おらが?無理だす。おらぁ、只の百姓でがんす。天子様にご説明など出来る訳ねェ」
「急に岩手弁を使うな。天命である。いかなる事由があろうとも、逆らうことは出来ぬ」「はっ、はぁ」
「ご休息はこの伊藤家にて行うの御意もござる。県も格別な助力を行うが、イヤ、大変なことだ」
「ひいっ。絵里っ。絵里。ちょっとこっちへ来てくれ。非常事態発生」
「影でちらっと伺っておりました。仰天しております。行在所、玉座は如何したら良いのか見当もつきませぬ。神器など万が一傷でも付きましたら、県令や私どもの罪が如何ほどになるやか、想像だに恐ろしきことでございます。然しながらその栄誉は計り知れぬ大きさ。一弥殿。断れぬものをウダウダうろたえても致し方ありませぬ。精一杯やり遂げましょう」
「奥方殿。流石碩学哲洲殿の娘子だけのことはある。肝が据わっている」
「何でも確か、青森では、ご視察のお後に舞踏会が開かれたと聞いております」
「内聞では、伊藤殿に叙勲の後、勲功を愛でた舞踏会が開かれる」
「し、し、しかし、こんな田舎でござる。何を着れば良いのでしょう」
「奏上、御案内はシルクハットに燕尾服。奥方は留袖である。舞踏会及び晩餐会ではタキシード、ホワイトタイ。奥方はティアラにローブデコルテで御座ろう。横浜に宮内庁御用達の英国テエラーが御座る。その者を差し向けよう」
「ば、場所は?」
「欧羅巴式の建物が必要だ。横浜の清水喜助に命じ、工事に取り掛かる。行在所は当家屋敷となるが、壁、天井、床、造作は全て最高のものに作り変えなければならぬ。伊勢の宮大工に手配だ。玉座は宮内省からご持参なさる。」
「ご随行は?」
「伊藤博文内務卿、大隈重信大蔵卿、大久保利光内務卿、西郷従道海軍卿、侍従長徳大寺實則公爵ら錚々たる面々である。何れも日本国を代表する枢要な人物であるからして、一人として疎かには出来ぬ。だから大変なことが起きたと申した」
「では天子様以外の方々にはお椅子とテエブルのご用意が?」
「左様。仏蘭西海軍の軍艦が神戸に停泊中だ。そちらに掛け合ってみよう」
「道路の整備、見苦しい家作や樹木、雑草の撤去、浮浪者などの追放、隔離。やることは山ほど。たった二ヶ月しかねえ。確かに未曾有の驚天動地の出来事」
「勿論盛岡全県での応援は致す。東北六県が力を合わせ、成功裏に導かねばならぬ。奉迎の宴は県令である私が主催することになろう。陛下は軍艦扶桑で宮古までご乗船。其の後はお馬車にて遠野郷を経て北上にご動座遊ばされる。道中沿道は周辺の郷村から有志による奉迎で宜しかろうが、この村に入ったならば村人全員が並んで陛下をお迎えせねばならぬ。新調の正装だ。平民男は黒無地の紋付羽折袴。女は振袖」
「げ、ばあさんまで振袖?」
「そうだ。士族以上の者は洋装。モーニングを着ていただく」
その日から村中は、蜂の巣をつついたような大騒ぎ。奉祝の準備に追われた。大庄屋である一弥は自分のことだけでなく、村人全員の面倒を見なければならぬ。毎晩徹夜状態が続く。月日は矢のように流れ去った。
天長節は抜けるような蒼穹が広がり、正に日本晴れ。天皇御座乗艦の装甲コルベット艦扶桑は、旭日晴天の海軍軍艦旗と紫紺に金刺繍の大元帥旗を掲げ、午前七時三陸宮古神林港にご投錨。燦然と輝く陸軍大元帥のご正服姿。選び抜かれた白馬二十四頭立て特別馬車にて遠野より北上へ。供奉する要人達の騎乗する十二頭立て、六頭立て馬車十二が続く。先導は近衛師団儀仗兵三百騎。錦の御旗を高々と掲げている。続くは、陸海軍合同軍楽隊五十騎。警護の陸軍正規兵千五百騎。計二千騎に及ぶ大騎馬集団が土煙をあげ、北上の大地を疾駆していく。沿道には切れ目無く、奉迎の村民達が小旗を振っている。陸軍工兵隊が夜を徹して作り上げた展勝地の壮麗な仮橋を渡ると、江釣子だ。大歓声が沸きあがる。先に着いた軍楽隊が勇壮な行進曲を奏でる中、金無垢の巨大な馬車が到着。ここよりご休憩所の伊藤家までは、延々半里に及んで緋毛氈が敷き詰められている。ここよりは天子のみお馬車。供奉する面々は徒歩にて粛々と進む。午前十一時、先触れが高声で休憩所ご到着を知らせる。新たに設置された数十本の高竿竿に金擬宝珠、日章旗が翩翻と翻る。出迎えるは緊張で顔面蒼白、震えの止まらぬ伊藤家当主、一弥が着慣れぬハイカーラー白絹シャツ、ホワイトタイ、黒燕尾服にシルクハットを持ち、辛うじて直立している。真後ろで夫を支える気丈な絵里夫人。黒五紋付き留袖、裾に大柄の鮮やかな牡丹を散らし、金襴の帯を腰高に締め、奴島田に髪を結って、艶やかである。軍楽隊が一際高く行進曲、「雪の進軍」を奏でる。陛下はゆっくりと下車され、三重に敷いた毛氈の上を自らお歩きあそばされ、長屋門を潜り玄関式台から長靴のまま、表座敷に設えた御座所玉座にお着きになる。
「い、い、い、伊藤にござりまする。このたびはま、誠に麗しき御竜顔を拝し奉り、こ、この上無き名誉、子孫代々に伝えまする」
一弥は最敬礼したまま震え声で申し述べる。
「伊藤か。よい、よい。そのように緊張してはならぬ。朕は伊藤の話を聞きに参ったのである」
「伊藤殿、もそっと至尊の近く寄って顔を上げ話してなさい」
伊藤博文侯爵が小声で口添えする。天皇は出された茶とお茶受けの漬物を召される。
「美味である。どちらの産か」
「はっ。我が伊藤の家で累代作って来たものでございます」
「伊藤の母、嫁が拵えたものか。母、嫁を大事にせよ。そちは良き嫁御を娶ったと見ゆる」
「はっ。有り難くも賢きお言葉」一弥は感涙に咽ぶ。。
「是より、和賀の堰のご視察に参られる。至尊のお立ちである」
徳大寺侍従長が奏上し天皇は、再び馬車に乗って一路、堰に向かう。用水路に沿って、広い白玉砂利敷きの幅三間の道路がこの日のため新たに設けられている。頑丈な巨岩を積み上げた石堰で堰き止められた、和賀の清流は満々と蒼い水を貯めた人造湖となり、後背の山の紅葉と青空を映し出している。堰下に立つ人間と比較すると驚くべき高さと幅、長さである。瀝青で黒く塗った巨大水門がせりあがって、白く泡立つ奔流が盛大な音をたて黒々と滑った玄武岩を穿った随道に吸い込まれて行く。吉沢口では、三間幅の総延長五里に及ぶ玉石垣で護岸した用水路に、一枚岩を刳り貫いた三口の吐水口から滝になって奔出している。土木工事が天覧の栄誉に輝いたのはこの堰を嚆矢とする。
「見事である。是より功労のあった伊藤の名に因み、この堰を佳寿弥堰と呼べ」「はっ、はぁっ」
「積み上げた石、掘り抜いた岩の一つ一つにも惨憺とした労苦が忍ばれる」
「はっ。工事着手後、強大な台風がこの地を襲い、工事に携わっていた工夫六十三名が命を失いました。其の後も難工事の連続で累計三百五十余人を失ってしまいました・・」
途中涙声になり続かない。一弥は説明しながら当時の苦労を思い起こし、天皇の前にも関わらず嗚咽を繰り返し、やがて号泣してしまう。人民は天皇の赤子。一弥は工事で已む無く命を落とした工夫一人一人の顔を思い出して、これは天子に対する侵犯ではなかろうかと、悔悟し泣いたのだ。英明な天子が気づかぬ訳はない。天皇は一弥に近寄ってその肩を抱き、目に涙を浮かべていた。供奉する大勢の顕官も皆貰い泣きしたのである。全く異例のことで、絶後の事。廻りで見守る県令初め、村人全てが、驚きの声を発し、改めて一弥の苦難を知り感動し泣いた。
「伊藤。良く努力した。格別の功労により勲一等旭日桐花大綬章を授けると共に、男爵位、永代年貢免除、慰労金一万五千円を授ける」
群集から歓声が沸きあがる。口々に「バロン伊藤、万歳」と叫ぶ。軍楽隊が奉祝の軍艦行進曲を奏で始める。一弥は胸をそらすこともなく、静かに項垂れたまま。それが更なる感動の渦となって、湖一面に拡がって行く。
「万歳。万歳。天皇陛下万歳。伊藤一弥男爵閣下万歳」
こだまが聞こえる。深閑とした山水も嬉しい悲鳴で満ちた。一弥は愛妻絵里と抱き合って再び号泣する。天皇から更に灌漑され新田となった広大な田圃をも賀して、お言葉があった。
「良き田である。これだけ一面に続いた田を朕は知らぬ。民百姓の飢えを救った」
県令、村長は泥水にひれ伏した。
「父弥ェ門が存命していたら、どんなにお喜びのことか」
暫しご休息。昼食は創建した繰り型礎盤、柱頭、等の細部装飾のついた擬洋風の瓦葺き、漆喰塗り、総二階建ての洋館「一弥館」で召し上がる。吉沢陣屋跡に建てられたのである。内は五百畳大の磨き板張りの大広間となっていて、天井からはヴェニチュア国より急遽輸入された五基のシャンデリアが下がる。広間には麻布を掛けた長テーブルと椅子。白磁器の器と銀食器には金の菊御紋章の刻印。テーブル上の花器に秋の野花が山のように盛り上がって生けてある。天皇の真向かいが一弥。隣に絵里。一弥は黒タキシードに蝶ネクタイ、絵里は白い艶やかなローブデコルテ。額には燦然と輝くティアラを着けている。宮中内膳部が仏蘭西式の料理を盛り付けシャンパンをグラスに注いで回る。一月前から食事マナーの特訓は受けたが、本番となると沢山のナイフ、フォーク、スプーンなどどれを使えばいいのか解らない。まず酒だろうと見当をつけグラスを持とうとする。どの部分を掴めば良いのだろう。すっかりあがってしまう。隣の絵里からまずナプキンだと小声。真っ赤になって、震える。陛下が絵里に話し掛ける。
「貴女は哲洲の娘子と聞いた。哲洲はどうしている」
「は、はい。馬齢を重ね七十八に相成りましたが、いたって壮健にて今も畑に出ております」
「それは重畳。伊藤。師を大切に致せ」
「はっ。師は本日も私がお上に拝謁すると聞き、我が事の如く喜びまして御座います」
「そうであったか。さ、伊藤もご夫人も食せ。口に合わぬか」
「と、とんでもなきことで御座います。只マ、マナーを心得ませぬ」
「はっ、はっ、はっ。そんなものどうでも良い。おい。侍従長。前の二人に箸を持って参れ」
二人は震えながら料理に箸をつけた。宴も酣になったころ、管弦楽団が入場してワルツの調べを奏で始める。随行の要人たちは婦人や女性を伴って、競って席をたち、ダンスを踊り始める。
「伊藤候。どうだ、貴公もご夫人と踊ってみたら宜しかろう」
大隈公、大久保公が頻りに薦める。
「一弥様。踊りましょう」
絵里は笑顔で立ち上がり、躊躇し嫌がる一弥の手を引いて広間中央に進み出る。ウィンナワルツの軽快な調べ。絵里にリードされつつおぼつかぬ足取りでダンスを始めるが、よろめいて絵里の足を踏むこと暫し。その時天子面前に膝を屈する正式な礼でまかりでたるは、白髯銀髪、長身を細身縞柄のタキシードに身を包んだ老紳士が、総身に阿古屋貝の小片を無数に散りばめ、胸元を大きく広げ胸を露わに出した純白のドレス姿、艶やかでセクシーな美女と腕を組んで登場。見事な舞を見せる。
「何者だ?」
「哲洲殿だ。組んでおるのは愛妾の莉奈殿。七十八にもなってあのような若き美女と暮らしているらしい。羨ましい男」
曲調は軽やかなフォックストロットに変る。難しい踊りで踊れる者が減る中、哲洲と莉奈は大広間狭しと大きく回りながらステップを刻む。華麗だ。時折莉奈をくるっと回転させたり、仰け反らせたりして、身体同士をつけたり離したり、脚を上げたり、腕を組んだりしながら軽やかに舞う。踊って居るもの、見ているもの皆唖然としてしまう。曲が終わり二人玉座に座ったまま端然と見守る天子前に罷り出、再び膝を屈して一礼する。
「哲洲か。壮健にて何よりである。共に踊りたる女子は何と申す」
「は、はっ。我が愛妾にて莉奈と申します。」
「莉奈とな。何者であるか」
「伊藤男爵が私の弟子。莉奈は男爵の妻絵里殿の師でございます。絵里殿の服装、髪型、化粧、マナーその他生活全般の指導をしております」
「大変な美貌である。大切にせよ。哲洲、莉奈に夫々永代年金五千円を遣わす」「は、はっ。有り難き思し召し。痛み入りまして御座います」
二人は古風に跪いて平伏した。天皇は最後に立ち上がり尊き勅語を下された。
「勅令!一念発起以来日夜励精今日ノ成業ニ到ルモ汝一弥功居多ナリ依テ親臨シテ其功労ヲ謝ス」
一弥初め参列の一同、遍く皇恩を謝して会見は終わった。天皇、随行の要人、警護の部隊その他一同は次の目的地、仙台に向かった。一弥はどっと疲労を感じ、呆けたようにその場に立ち尽くしたまま。哲洲は優しく一弥の肩をだき多大であった労を労う。
「良くやった。実に立派であったぞ。お上が斯様な僻地にお出ましになられたのは、精魂傾けての、この和賀堰建設の困難さと、完成後の救国の精華であろう。男爵位は相応しいぞ。天子様おん自ら名付けられた佳寿弥堰とは誠に目出度き、且つ記念すべき名である。わしが老骨に鞭打って、碑文を書こう。碑を掘るに相応しい岩石を探してくれ」
「先生。先生は何時までも我が師でございます。爵位を得ました今後とも宜しくご指導賜ります」
「男爵からも農業の指導宜しく願います」
「まあ、まあ。お二人とも仲良しでございますね。二人して涙を流し手を取り合っておりますよ」
「莉奈様。本当に左様なのです。殆ど毎日長々と会話しておるのです。実の親子のようでございます」
「絵里様。私達は姉妹のようですね。でも哲洲は最近トミにアチラの方が衰えまして、夜毎淋しい思いをしております。一弥様をまだまだお盛んでしょう?」
「それはもう。大変でございます。今も日に三度も四度もお召しになられます」
「それはお羨ましい。今度一弥殿をお貸しくださいませんか。ほっ、ほっ、ほっ。冗談でございますよ。貴女がそのようなことなさるわけもありません」
「ふ、ふっ、そうでもないのです。いつでもお貸しして差し上げますよ」
「おい、おい。絵里。冗談もいい加減にせよ。じゃが、たまには莉奈殿を抱いてみるのもよいナ」
十二、江釣子
平成十七年六月、今は一弥の曾孫が家を継ぎ、三代目一弥を名乗っている。座敷の硝子戸を開けると、眼前には新苗が植えられたばかりの田圃が細かい霧雨に漣を立てているのが見える。百三十年間、田植えの時期になると休まず、清らかな水を供給しつづけてくれる、玉石積みの用水路。この地域で産する「ひとめぼれ」は、「江釣子ひとめ」と言う通称で美味いと評判で、京阪神の有名料亭や鮨店に引っ張りだこの常に品薄となる貴重品。今日も朝早くから仲買人が訪れ、なんとか少しでいいから回してくれと懇願された。一弥は昨晩東京のA山という男から来た分厚い封筒を開き、その男が彼の秋山哲洲の曾孫だと冒頭に書いてあるのを見、びっくりして座りなおした。手紙は古風な便箋に几帳面な細字でびっしり書いてあり、凡そ四十五枚の長さ。題して「和賀堰」。読み進むうちに内容に引き込まれ、その夜は徹して読んでしまった。「佳寿弥堰か・・。俺のひい爺さんも偉かったもんだ。そうか、あの堰の前に五メートルもある自然石の碑が立っている。確か佳寿弥堰と書いてある。俺の名と同じだから、不思議な気がしてた。あれはひい爺さんの名前なのかぁ」一弥は思い出したように仏間に入り、古い重厚な仏壇の前に正座して扉を開けた。上部に変色し赤茶けた写真の入った額がある。取り出して明るいところへ持ってきて、眺める。そこには白髯銀髪の老人と精悍な男盛りの男性がタキシードにキラ星の如く勲章をつけ、正面を見据え直立。老人の脇にはうら若き美女、男性の隣は可憐で貞淑そうな、これも美人の女性が寄り添っている。
「老人は多分、哲洲先生。隣は莉奈様。中央の男性こそ我が曽祖父の一弥様と絵里様に違いない。きっと堰天覧のあと、随行の御用写真師に撮らせたのだろう。しかしなぁ、明治天皇がこの江釣子にご巡幸されたとは、今の今まで知らなかった」
「あなたぁ、どうなさったの?仏間などにお入りになって」
「絵里。この手紙を読んで不思議な因縁を感じた。お前も読んでみなさい。私の曽祖父は同じ一弥を名乗って居られたが、その妻はキミと同じ絵里と言う名だった。手紙を送ってくれたのはA山さんという、曽祖父が大層お世話になった師匠格の哲洲の曾孫にあたる人だ。A山さんは自宅の倉を掃除していて、曽祖父哲洲の故記録を見つけ、丹念に事跡を復元して文に纏め、送って下さった。ひい爺さんの知らなかった出来事が明らかになるよ。面白い」
「そう。貴方のお爺様のことが書いてあるの?読ませて」
一弥の新妻の絵里はその場にしゃがみ、壁に寄りかかって長い手紙を読み始めた。
あとがき
二十代前半より自宅付近の多摩川散策に興味をいだき、ほぼ毎週流域を歩くことを繰り返してきた。源流域から河口まで、支流を含めその殆どを踏破したと思う。
歩き回るうちに、川は流域に住む人々の生活と昔から深い関わりのあることが実感出来た。平地の流域では、両岸に田畑が多く、川の水を利用して耕作を続けている。田圃は水耕の為、川の上流に取水口を設け、それを用水路で田に導く。用水路は縦横に設置されるが、必要最小限に止められているのが解る。取水口付近の広い水路の多くは、堅固な石組みで、川原石を利用した玉石の護岸がなされているところも多い。それらは長い歳月、田畑に水を供給し、今は古び、苔むして風格もあり、田園の点景にもなっている。
多摩川流域の羽村市には、玉川兄弟が建設した取水堰があり、今も滔滔と玉川上水に水を流している。堰の付近に郷土博物館があって、取水堰建設の遺品や、工事の様子などが紹介されている。玉川兄弟の労苦は小説等でも紹介されているので、ご存知の方も多いと思うが、驚くべき短時間で、長大な上水路の計画や工事監督をした苦労は計り知れぬものがある。
延宝四年(一六七六)奥寺八左衛門が北上川に上堰、下堰を設け、江釣子その他の灌漑を行い、正徳一年(一七一一)及川長兵衛が同じく二子に谷地路堰を設けたが、上江釣子付近は荒撫地のまま残されて来た。新渡戸伝、十次郎父子の、新田開発が着手されたのは、漸く弘化四年(一八四七)のことである。そのあたりの事跡を参考に、伊藤氏を主人公とする物語としました。
伊藤一弥氏と共に過ごしたのは、僅か一年半に過ぎなかったが、年齢の違う彼とは、妙にウマが合い、語り合うこと暫しであった。彼が訥々と話す故郷、江釣子村の歴史や風光に惹かれた。彼が故郷に戻り、家業の農業を継ぎ日夜奮闘している、今日も、毎日メールを遣り取りして、彼の日常の恋愛や生活の報告を受けてきた。物語の背景はその殆ど全てが彼の実際経験した実話が基となっている。
目次
一、弟子入 一
二、修行 四
三、桜花 七
四、旅立 十
五、道中 十三
六、帰村 十六
七、吉沢陣屋 十八
八、修羅場 二十二
九、展勝地 二十八
十、投渡堰 三十
十一、天覧 三十四
十二、江釣子 四十二
あとがき