近藤勇の絵心
正月明け、
いつもの安全入浴講座は、今日もご長寿さんたちでにぎわっていた。
「あけましておめでとうございます」
近藤勇が丁寧に頭を下げると、
周りのご長寿のみなさんの顔が、ぱっと明るくなった。
「あらまあ、ご丁寧に」
「あけましておめでとう。今年も元気そうだねえ」
正月明けの講座前、まだ席に着く前の、ほんのひととき。
「お正月はどうだったい?」
「忙しかったでしょう」
「ええ、少し慌ただしかったですが、お雑煮はちゃんといただきました」
近藤が穏やかに答えると、
「それはよかった。どうだい、京の雑煮? はじめてでしょう?」
と、すぐに話が続く。
「ああ……私の弟子が武州多摩の出身でして。雑煮もそちらのもので、京都のは、まだいただいていないんですよ」
「あら、残念ねえ。うちはね──」
そこから自然に、各家の雑煮自慢大会が始まった。
「私は孫が来ましてね」
「うちは静かなお正月だったよ」
次々に語られる話に、近藤は一つ一つ相づちを打ちながら、丁寧に耳を傾ける。
「正月は寒いから、ヒートショック、気をつけましょうねえ」
そう言われて、近藤は少し笑った。
「はい。そんなことになったら、講師の先生に申し訳ありませんから」
場が、ふっと和む。
少し離れたところで沖田総司が静かに座っていると、
「ほら、あなたも。体を冷やしちゃだめだよ」
と声がかかる。
沖田は照れたように、
「ありがとうございます」
と小さく頭を下げた。
新年の挨拶と、ささやかな近況報告。
刀も緊張もないこの時間が、近藤にとっては正月の続きのように、心をゆっくりほどいてくれる。
「ところでさ」
お茶をすすりながら、ご長寿の一人がにこにこ尋ねた。
「どんな年越しだったんだい?」
近藤が少し言葉を探していると、沖田総司が先に、穏やかに口を開いた。
「実は蕎麦屋さんで少し……言い合いがありまして。成り行きで、僕、間に立ったんです」
「まあまあ、大晦日に?」
「ご苦労様だったねえ」
「いえいえ」
沖田は慌てず、声を落ち着けたままだ。
「お互い疲れていたんでしょうね。ささやかなことだったんですが、放ってもおけなくて。
あっちの話を聞いて、こっちの話を聞いて……」
「気持ちを整理してもらっているうちに、気づいたら年が明けていました」
──本当は、かなりの修羅場だった。
だが、ここで語られると、それは饅頭のお茶請けのように、ふんわりとした話になる。
「それで、年越し蕎麦は?」
「ふふ。サービスしてもらっちゃいましたよ。天ぷらも揚げてもらって、ちゃんと食べました」
その答えに、
「あらあら」
「それは大変だったけど、無事おさまったなら何よりだねえ」
と、皆が頷く。
「今年は、穏やかな年だといいですね」
そうつぶやき、近藤は小さく笑った。
「まずは、健康第一だな」
「ええ。でも師匠さんは、お嫁さん探しよね」
「えっ。先生、奥さんも娘もいるんですよ」
近藤は照れたように笑い、財布から一枚の絵姿を取り出した。
「いや……これは、少し滲んでしまってな。
実物は、もっとこう……可愛らしくて……」
そう言いながら、近藤は筆を取った。
「この辺りがな、ふっくらして……」
頬のあたりを指で示すたび、
近藤の表情はとろけるように緩んでいく。
だが、筆先が描き出した線は――
丸い。
どう見ても、丸い。
顔も、体も、迷いなく丸い。
近藤はその絵をじっと見つめ、満足げにうなずいた。
「……うん。よく描けた」
「まあまあ」
後ろにいた御隠居が、穏やかに笑った。
「たいそう縁起のよいお姿ですな」
近藤は一瞬きょとんとし、
それから、少し照れたように笑った。
——近藤勇は、絵心はない。
だが、愛情だけは、たっぷりあった。
それで十分だと、誰もが思った。
なお、近藤勇の娘の絵が、
だるまさんに見えたことは……内緒です。




