近藤勇 春は麗らか 花粉は地獄
麗らかな春――しかし花粉は地獄だった。
「……へくしょい!!」
大きなくしゃみが、廊下に響いた。
「今日は休んでいた方がいいんじゃないですかね」
井上源三郎が心配そうに言う。
近藤は鼻を押さえた。
「違う、これは風邪ではない」
「誰も風邪とは言っておりませんよ」
横から覗き込むのは沖田総司。
「先生、それ完全に花粉ですよ」
「花粉などに俺は負けん!」
「目、真っ赤ですよ?」
言い返そうとして――
「……へくしょい!!」
⸻
「今日はまさに花見日和だなあ」
その一言で、沖田の目がぱっと明るくなる。
「行きましょうよ、清水寺。今ちょうどいい頃ですよ」
「この状態でか?」
井上が近藤を見る。
近藤は涙目のまま、きっぱり言った。
「行く」
⸻
清水寺の門前は、春の人で賑わっていた。
風が吹くたび、桜がゆっくりと舞う。
「ほら、綺麗でしょう」
近藤は目を細める。
……細めているのか、かゆいのか分からない。
「……悪くないな」
その直後。
「へくしょい!!」
盛大なくしゃみが桜の下に響いた。
近くの町人がびくっと振り向く。
沖田はもう隠そうともせず笑っている。
「大丈夫ですか?先生、風情が台無しですねえ」
「うるさい!!」
井上がため息をつく。
「だからやめておけと……」
しかし近藤は、鼻をすすりながら、それでも桜を見上げた。
風が吹く。花びらが肩に落ちる。
目はかゆいし、涙も止まらない。くしゃみも出る。
それでも、ほんの一瞬だけ静かになる。
「……春だな」
その一言に、沖田がふっと笑う。
「でしょう?」
甘い香りが風に乗る。
「団子、いかがですかー」
店の声に、沖田総司がぴたりと足を止めた。
「先生、あれ食べましょうよ」
指さした先には、きなこをたっぷりまぶした団子。
近藤勇は一瞬ためらい――しかしすぐにうなずいた。
「うむ、花見には団子だな」
「……やめたほうがいいですよ、先生」
横から低い声が入る。井上源三郎だった。
「きなこですよ」
「それがどうした」
沖田が口元を押さえた。
「……あ」
近藤は気にせず団子にかぶりつく。
ふわり、と粉が舞う。
一拍。
「――へくしょい!!」
きなこが、見事に散った。
「うわーー」
沖田が飛びのく。
井上が目を閉じて顔を背ける。
「だから言ったでしょう!!」
近藤は目を真っ赤にしながら、さらに追撃。
「へくしょい!! へくしょい!!」
涙とくしゃみが止まらない。
沖田は笑いをこらえきれず、肩を震わせた。
「先生、とりあえずお茶です」
「てぬぐいで、鼻と口を覆うといいそうですよ」
だが、近藤勇の持ってきた手ぬぐいは緋色の地に墨で大きく「誠」の文字が書いてある。
近藤はそれを粉だらけにするのは気が引けるようで、使えない。
手ぬぐいとしては、役立たずではある。
「へくしょい!!」
井上は黙って、自分の手ぬぐいを差し出す。
白地に紺の縞。沖田が子供の頃から、井上はその手ぬぐいを大事に使っている。
近藤はありがたく受け取り、空を見上げる。
「……桜は、美しいなあ」
「へくしょい!!」
周囲の町人が、そっと距離を取った。
沖田がぽつり。
「……くしゃみ、もう武器ですね」
「武器ではない!!」
風が吹く。花びらが三人の間に落ちた。
「風情が全部飛んじゃいますねえ」
春はやっぱり、少し騒がしかった。




