近藤勇 鬼のフリして甘やかす
お腹がすいてるお疲れ総司 荒ぶってしまいました
その日は、最初からおかしかった。
「……うるさいなぁ」
通りすがりの隊士が、ほんの少し視線を向けただけで、そう吐き捨てた。
近藤が眉をひそめる。
「総司、どうした?」
「別に」
――嘘だ。
こいつは、燃料が切れかけると
一番最初に理性から焼け落ちる。
そのまま稽古に入り、案の定だった。
「遅い!」
木刀が、必要以上に強く打ち込まれる。
相手の隊士がよろけるほどの力。
「総司、やりすぎだ!」
「本気じゃない稽古に意味あります?」
その瞬間。
「――総司!」
雷が落ちた。
近藤勇が、間合いに踏み込む。
「てめぇ、何様のつもりだ」
沖田は肩で息をしながら睨み返す。
「いちいちうるさ――」
言い切る前に、
土方の手が胸倉を掴んだ。
ぐっと引き寄せ、額に手を当てる。
「熱はないな……だが」
一瞬の沈黙。
「おまえ、食ってないのか?」
沖田は目を逸らす。
「部屋戻れ」
「稽古は――」
「命令だ」
ぴしゃり。
沖田は半ば押し込まれるように部屋へ戻され、畳に座らされた。
近藤は無言。
土方が奥から粥を持ってきて、どんと置く。
「食え」
睨まれ、沖田は箸を握る。
ゆっくりと口に運ぶ。
体の奥に、燃料が落ちていく感覚。
少しずつ、指先の震えが収まる。
「……落ち着いたか」
土方が腕を組む。
「お前、永倉や原田に釣られすぎだ。
違うイキモンだろう」
「……」
わかっている。
そんなこと。
だけど。
沖田総司は、強い。
誰よりも。
そう思いたかった。
「総司」
近藤の声は、穏やかだった。
「永倉の真似をするな」
沖田は顔を上げない。
ずっと、手の中の粥を見ている。
「お前は強いよ。剣の腕なら、誰にも負けん」
静かな間。
「だがな。一度にたくさん食えん。身体も細い。
永倉や原田と同じ体力はない」
言葉は優しいが、逃げ道はない。
「お前は、お前のやり方を見つけねばならん」
粥の湯気が揺れる。
沖田は、小さく息を吐いた。
「……はい」
悔しさは消えない。
だが、少しだけ熱は引いた。
⸻
道場から沖田が消えたあと、
平隊士たちは少しざわついた。
だが、すぐにいつもの稽古に戻る。
「ほらほら、構えが甘いぞ!」
原田の声が響く。
横では永倉が豪快に笑いながら木刀を振るっている。
戸がすっと開く。
「……あれ? 総司は」
涼しい顔で現れたのは斎藤。
「ああ、燃料切れで荒ぶってな。副長が回収した」
「……ああ、あれか」
口元が、わずかに歪む。
「じゃあ俺らも休憩か」
「おう、任せた」
あっさりと斎藤に道場を押しつけ、
永倉と原田は縁側へ。
春の陽がやわらかい。
「……俺ら、飛ばしすぎたか?」
永倉が笑う。
「だな。総司、負けず嫌いだからな」
「意地張るからなあ」
けらけらと笑う声。
そこへ、足音。
「ほれ」
差し出されたのは豆と塩昆布。
井上が穏やかに言う。
「総司が迷惑をかけたな。
あんた方と総司じゃ、体力が違う」
「まあ、おいおい覚えるだろうさ」
道場からは、斎藤の低い声。
「左が空いている」
ぴしゃり、と静かな打ち込み。
⸻
その頃、奥の部屋では。
「ちょっとだけ 寝ます……」
「夕刻の巡察には出ろ」
「はい」
畳に横になり、丸くなる
あっという間に 寝息にかわり
近藤が苦笑する。
「まったく」
「甘やかすなよ、トシ」
そう言いながら、自分の羽織を総司にかけている近藤。
土方はニヤリと笑った。
「あんたもな」
近藤は、少しだけ視線を逸らす。
「……こいつは、すぐ風邪をひくから」
土方が肩をすくめる。
「はいはい」
畳の上では、総司の寝息が浅く、静かに続いている




