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魔術がある世界(同一世界観の話)

兄は愚痴を聞いてほしい(「婚約の撤回は承りますが」後日談)

作者: もち米
掲載日:2025/10/27

この話は前作「婚約の撤回は承りますが」の続きの後日談です。

また、内容に過去作「転生先が猫だった私の話」のネタバレになるものを含みますのでご注意ください。


ふわっとご覧頂ければ幸いです。





 市井の一介の商家の娘である妹のマルケータが、王城にある魔術師団の研究室に出入りするようになって三か月ほどが過ぎた。


 夏の終わりのあのパーティーから、エドムントたち兄妹の周囲は目まぐるしく変わった。いろいろあったが、全体的にはいいことのほうが圧倒的に多い。エドムントの仕事は増えてしまったが、商会関係は両親が本店から人員を寄越してくれたし、魔術師団から依頼されている件だって、大変ではあるがやりがいを感じている。

 つまり順風満帆ではあるのだ。あるのだが、ここ最近のエドムントの心中は穏やかではない。


 マルケータに彼氏ができたのだ。


 エドムントは妹の幸せを願う者であるので、婚約の撤回なんてものをされたマルケータが、嬉しそうに恋人同士のやり取りをしていることはたいへんに良いと思う。身元もはっきりしていて、手に職もあり、性格も良さそうな相手だからなおさらだ。

 よかったと、心からそう思ってはいるのだが。



「あの人、なんであんなにでかいんですかねえぇぇ」

「筋肉をちょっと上手に育てすぎたんだろうね」


 王城の城下町の繁華街、人気の居酒屋でくだをまくことになってしまった。







 もともと飲みに行く予定があったわけではなかった。今日は兄妹揃って王城で仕事があったので、妹と一緒に帰宅するつもりで研究室に顔を出したところ、彼氏が迎えに来て一緒に帰ったと言われたのだ。そういえば今朝、「夕食はいらない」と言っていなかったか。そりゃ「夕食いらない」イコール「彼と一緒に食べに行く」だよね、そうだよね。

 そんな感じで、愕然としてしまったエドムントを、研究室の副室長が連れ出してくれたのだ。


 この副室長、若くてチャラくてダルいお兄さん、といった雰囲気を持っているのだが、精鋭揃いの魔術師団で新設部署の実質トップを任されるだけあって、大変に仕事ができる。他人への気配りの勘所を的確に押さえている感じがとてもする人である。

 メシ食いに行こうよ、と言って副室長が連れてきてくれたのは、値段の割に酒の質が悪くなくて、食事の味が良いと庶民の間で評判の店だった。しかも個室だ。この店には何度も来ているエドムントだが、個室があるのははじめて知った。

 聞けば、王城の医療系の部署では騎士や魔術師たちのお悩み相談にこういった市井の店を使うことが割とあり、個室のある店の情報は部署内で共有されているのだという。副室長はもともと魔術師団の医療技官だそうなので、心の健康維持を図るのも仕事のうちだったのだろう。


「一気に環境が変わっちゃって、君たち兄妹は大変だろうし、エドムント君には面倒な仕事も頼んじゃってるからね、憂さ晴らししてくといいよ。防音はちゃんとかけるし、安心して吐き出してくれていいから」


 副室長は袋から小さな金属板を取り出して見せてくれた。表面にはなんとなく見覚えのある模様が刻まれている。


「その板に魔術載せてるんですか」

「そうそう。結界系の術式は道具にするのが地味に難しくて、妹さんに手伝って貰ってるとこなんだよね。これは試作品」

「範囲広げて持続させるのが難しいんでしたっけ」

「よく知ってるねぇ」

「おもしろそうなんで理論だけは勉強したんですよね。実践は妹任せですけど」


 個室のドアがノックされて、大きな木のジョッキに注がれたエールと、表面を脂で焦がした芋やソーセージ、ハーブを練り込んだパン、煮込みの入った鍋が運び込まれた。モツと野菜の煮込み料理はこの店の名物だ。

 食事も酒も副室長が奢ってくれるという。一瞬、コンプライアンスに引っかかるか? なんてことが頭をよぎったが、今のエドムントは前世のような公務員ではないし、現在のこの国の法や慣例で咎められるようなことでもない。関係者の心のケアの一環ってことになっていると副室長も言っていたので、ありがたく頂くことにした。


「しっかし、君ら兄妹ほんとに仲いいよね。君が妹さんを絶賛してるのはもう飽きるほど聞いてるけど、妹さんのほうもお兄ちゃんの評価高いのがすごいよなあ」

「妹は実際天才なので……。マルケータが俺の話してるのってほとんど聞いたことないんですけど、本当ですか?」

「うちの姫様と喋ってる時に、結構しょっちゅう『兄』って言ってるよ」

「そんなに?」

「そんなに。まあほら、実際エドムント君優秀なんだもん、気持ちはわかるよ。うちの団の上のほうって考え方が戦闘バカみたいな奴も多いから、法務の文官連中に相談するにしても支障があってさあ……。ほんと助かってます」

「お役に立っているならよかったですけど……」

「エドムント君に最初に目ぇつけたのってうちの師団長なんだけど、その話を姫様がしたら『見る目ありますね』って、妹さんが」


 王宮のパーティーの招待状が両親ではなくエドムント宛で届けられたのは、あの催しが若者向けだったというほかに、スラニナ商会で一番招きたい相手がエドムントだった、という理由もあったのだそうだ。商会長夫妻は王都から離れた本店にいる、ということは知られていたので、王都にいるエドムントが代理で会合に呼ばれることはよくあった。そのせいで、宛名が自分になっていても違和感はなく、そんな意図とは気付けなかった。

 マルケータについては、当時の婚約者との同伴での参加が見込まれていたそうだ。そりゃそうだよねとエドムントも思う。


 このあたりの事情は、何回聞いても自分の評価が高すぎて座りが悪いのだが、妹までそんなことを言っているとは思わなかった。

 というか、師団長に対してなんでそんなに上から目線なんだうちの妹は。


 額をおさえるエドムントを見て、わはは、と笑った副室長が、エールのおかわりを頼んでくれた。この個室に店員は常駐していないのだが、呼び鈴の紐を引くとまずエールを持った店員が現れることになっているようだ。飲ませる気満々のシステムである。

 この国の市井で出回るエールはアルコールが弱めで、気兼ねなく杯を重ねやすいので気を付けねばならない。


「いやー、でも、妹さんはいい相手見つけたと思うよ。そっちでも一通り調べてはいるんでしょ?」

「調べました。前のアレで反省したので、できる限り念入りに。本人も早々に挨拶に来てくれまして、話した感じではいかにも実直そうでした」


 マルケータの彼氏は近衛隊所属で、王女殿下の護衛を務めている青年だ。侯爵家の四男だという。

 エドムントとマルケータは王城の城下町の屋敷に住んでいるが、商会の支店と棟続きの建物なので、場所は完全に商人街である。王城や貴族の邸宅がある地区からは少し離れているのだが、彼は先週、そこまでわざわざ挨拶に来てくれた。王都は冬が長めで、既に雪が舞うような季節にも関わらず、防寒を二の次にしたしゃっきりとした装いでの訪問だった。比較的温かい地方で育ったエドムントからすれば、それだけで既にすごい。

 誠実そうで実直そうな上にマルケータへの態度も好ましくて、二人のやり取りは見ていてなんだか微笑ましい。本当にいいご縁を得たと思う。


 そう思うんだけど、この彼氏、とにかくでかいのだ。

 身長も結構なものだが横幅もでかい。全身筋肉でムッキムキなのである。


「正直なところ、ものすごくありがたいご縁だなって思うんですけど、それはそれとしてあの人でかすぎません?」


 副室長が遠くを見る目になった。


「リヒャルト ・ツレクはねえ、近衛の中でも飛びぬけてでかいんだよね……。あの家は元々筋肉質な人が多いんだけど、俺が知ってる範囲だとあいつが一番でかい。近衛に配属された直後はあそこまでじゃなかったはずだけど、感化されて育てちゃったんだろうな、筋肉」

「近衛隊の皆様、お見掛けした限りではなんか異様に筋肉質な人が多いような気がするんですけど、そういう伝統なんですか?」

「そんなもんはなかったと思うよ。今の隊長なんておそろしく強いけどほっそりした人だしね。ただ、この先伝統になっちゃう可能性はある、発端が王弟殿下だから」


 研究室で頻繁に行き会う王女殿下とは違い、王弟殿下とは例の王宮のパーティーの時に挨拶させて頂いたことしかないのだが、若くて柔和そうな顔立ちの美形で、すごくモテそうだな、という印象が強い。ただ、言われてみれば体形はガッシリしていたかもしれない。


「王弟殿下は体術がお好きでね。うちの姫様が『筋肉の信者』って言ってるぐらいには鍛えてるんだけど、その影響を護衛の連中が受けて、そこから近衛全体の流行になった感じ」

「……意外な流行発信源ですね」

「本人は流行らせる気はなさそうなんだけど、筋肉好き同士で楽しそうに話してたりするからね。近衛は盾の役割を求められることが多いから理にかなってるし、悪いことじゃない。けど、さすがに数集まってると暑そうだなと俺も思う」


 あいつら固まってると、盾っつーより城壁だもんなあ、と言って副室長が苦笑する。

 エドムントはエドムントで、うちの国の王族ってもしかして面白い人が多いのでは、と疑いはじめている。筋肉好き同士の会話って何を話すんだろう。立派な上腕二頭筋ですね、とかだろうか。筋肉に詳しくないエドムントには想像がつきにくい世界だ。


「見た目は暑苦しいけど、害はないから。リヒャルト ・ツレクなんかは特に善良なほうだと思うよ」

「そこは疑ってないです。むしろ、うちみたいな田舎の庶民の家には申し訳ないぐらいの良縁だと思ってます」

「どんだけ高位の家でも、三男四男となると継ぐ家も爵位もないことのが多いんだよね。良家のお嬢さん方には敬遠されちゃうことも多いし、彼にとっても良縁なんじゃないかな」


 そのあたりは先週、本人から聞いている。

 貴族の生まれであっても、特に継ぐものがない場合は、成人してしまえば市井の庶民と大差のない立場になるのだという。彼はこのまま、騎士として身を立てるつもりだと言っていた。


「近衛隊は基本王都の勤務だそうなので、妹がそちらの研究室に通っていることを考えれば、結婚後も二人で王都に住めばいいですし、それなら商会としても助かりますし。条件的にも本当にちょうどよくてありがたいです」

「近衛を除隊したとしても、経験者はそのまま王城勤務に回されることが多いんだよね。リヒャルトが勤め上げるなら、ずっと王都に職場がある感じになると思うよ」

「……本当に、あらゆる意味でいい人なんですよね。ちょっと大きすぎることだけ目をつぶれば最高です」

「そんなに筋肉盛ってんのダメなの? 妹さんは筋肉たっぷりな男性が好みっぽい雰囲気だったけど」

「うちの地元は鉱山ですからね。でかい奴はそこら辺に普通にいたし、妹も重いハンマー振り回してみせるような連中をキラキラしながら見てたのは知ってるんで、それ自体はいいんですよ。いいんですけど」


 エドムントはジョッキに残っていたエールを勢いよく煽る。空になったジョッキと机がガン、と大きな音を立てた。


「俺達が今住んでる家がですね、狭いんですよ」


 目を見開いてぽかんとした副室長は、一拍置いて笑い出した。ウケを狙ったわけではないので、エドムントとしては誠に遺憾である。


「えっ、えっなんだそれ。そんな理由で渋い顔してたのか? さすがに予想外なんだけどホントにそれが理由?」

「俺と妹が今住んでる建物は商会の支店と従業員寮の棟続きでしてね。家として狭いって訳じゃないんですけど、中が完全に庶民向けの作りなんですよ。王城の建物とか、貴族の方の邸宅とか、みんなもっと天井高くて間口も広いじゃないですか? 庶民にそういうのはないんです。冬の王都なんてくっそ寒いのに、そんな暖房効率悪いことやってられません」

「いやいやいやいや。そりゃわかるけど、いやいや」


 家主が庶民な家ではあるが、商会で応接に使う場所については十分な広さを確保してある。これまでスラニナ家の王都邸に来る賓客はすべて商会の関係だったので、商会の区画のほうで対応していたのだ。マルケータの以前の婚約も商会が絡んだ契約だったので、相手方が訪ねて来た時に案内したのは商会の応接室だった。

 ただ、妹とリヒャルト君の関係は完全に私的なものだ。公私混同は避けたいと思っているエドムントは、彼を建物の私邸側で迎えることにした。商会の応接用の区画には劣るが、自宅部分だって市井の商人にしては十分に立派と言える作りになっており、個人的な来客への対応はできるようになっている。

 なっているのだ。さほど問題はないのだ。本来なら。


「さっきからすっごい笑っておられますけどね、わかりますか? 見るからに善良で実直そうな若者が、寒い中を折り目正しい服装で背筋伸ばして来てくれたのに、我が家に入る時にものっすごく狭そうに縮こまるんですよ? 部屋の中でも、なんかこう、狭い檻に詰め込まれた熊みたいな感じに見えちゃうんですよ? ほんっと申し訳ないしかわいそうすぎていたたまれない!」

「ごめん無理、本当に無理、おもしろすぎる腹痛ぇ無理」

「俺は本当に困ってるんですよ」


 ヒィヒィ言いながら自分の横っ腹を押さえている副室長を、エドムントがじっとり睨むが、効果は全くないようだ。


「これから寒いじゃないですか。聞いた感じ、王都だと冬の間に互いの家に行き来して愛を深めて結婚に至るとか、そういうパターンが多いらしいじゃないですか。先方は独身寮住まいだって言うし、そうすると我が家しかないじゃないですか。でも俺んちは狭いんですよ! 愛を深める前に天井高くして間口広げるべきなんだけどそんな時間はないし暖房効率を下げたくないし」

「ほんと無理、もう無理なんで一旦止まってお願いたすけて」


 懇願を聞き入れたエドムントが口を噤む。

 笑いすぎて呼吸が怪しい副室長は、それでもどうにか息を整えると、残っていた自分のエールを飲み干して、再度二人分を追加した。この店のエールおかわりシステムは本当によくできている。


「……はー、ごめんちょっと面白すぎた」

「こっちは本気で困ってるんですよ」

「ごめんごめん。とりあえずこの冬はどうにもならないとして、妹さんの結婚後は別に新居を構えれば済む気がするんだけど、どうなの」

「それは、まあ、その通りですし、前の時には妹は家を出る予定だったんですけど。せっかく融通が利く立場に戻ったことだし、今の支店の建物はマルケータに任せてもいいなって思ってたんですよ。俺は最終的に本店のほうに行くと思うので」

「本店を王都に持ってくるとかはしないんだ」

「うちはあくまで鉱山から派生した商会ですからね。本店移すと支障が出るものがあるんです」

「堅実だなあ」

「そこが強みなんで」

「やっぱり妹さんは新居から通いってのが現実的なんじゃない?」

「……ですよね」


 エドムントとてそのあたりはわかっている。わかっているがゴネたい時だってある。


「なんであんなにでかいんでしょうね……」


 副室長が生暖かい視線を投げてくるので、エドムントは逃げるようにエールのジョッキを抱え込んだ。


 わかっているのだ。ようするに寂しいのである。


 妹の前の婚約は完全に契約で、相手が領地持ち貴族の後継であったので、嫁ぐマルケータが先方の家に入る以外の選択肢ははじめからなかった。

 でも今回の話は全く違って、可能な選択肢はいくつもある。今兄妹で住んでいる家だって部屋数はあるから、結婚後に同居も可能だしなんならエドムントは隣の従業員寮に移ってもいい。そういう選択肢もあったのだ、彼があんなにでかくなければ。


 でかくなければ……!


 どうしようもない嘆きを四回繰り返したところで、副室長がまたエールのおかわりを頼んでくれた。


「……まあ、あれだ。少なくともこの冬はまだ今まで通りなんだろ」

「そうなりますね。結婚前に両親に直接挨拶したいって言われてるんで、移動しやすくなる春先に一度地元に顔出して、その後ですかねえ」

「めでたい話なんだし、前向きにね」

「……がんばります」


 どうにもしおれた様子のエドムントを見かねたのか、副室長が話を変えた。


「そういやうちの姫様がそっちの本店見に行きたいって言ってたやつ、どうも本気っぽいんだけど大丈夫そうかな」

「妹から軽く聞いてます。時々領主様や取引先の視察が来るので、受け入れ自体はできると思うんですが、……念のため聞いておきますけど、あくまで研究室の枠組みでの視察ってことですよね? たまたま王族の方がいるってだけで」

「そうそう、たまたま王族が含まれてるってだけで」

「そういう感じでしたら、領主様の協力も頂ける前提でよければ、まあ、なんとかなるんじゃないかと……。本店に本格的に打診しても構いませんか」

「お願い」

「承りました」


 マルケータの近況は両親にも伝えているが、返信を見る限りだと、自分たちの娘が王族と仲良くなったという話を今一つ信じていないフシがある。妹と王女殿下は業務外でお茶しながら恋バナするぐらいには親密なようなので、それも伝えているのだが、話を盛っていると思われているようだ。妹からも話は行っているはずなのだが、普通に考えればあり得ない事態ではあるので、割り引かれているのだろう。慎重な両親らしいといえばらしい。

 王女殿下を目の前にしたら、うちの家族は腰抜かすんじゃないの、とエドムントは明後日の方向の心配をしてしまう。


「そっちの領主家と途中の領主には団のほうから話すから、とりあえず商会のほうだけ調整お願い。姫様が行けば護衛にリヒャルト付けられるから、うちの団の経費で結婚の挨拶に行けるよ。あ、もちろん現地で自由時間は取るから大丈夫」

「……わかりました。お気遣いありがとうございます」


 両親と祖父母の腰が抜けるぐらいで済めばいいが。

 とりあえず、そういう予定だから驚くなと言い聞かせる手紙を忘れずに添えなければならない。


「あとさ。妹さんはいいとして、エドムント君もお嫁さん探さなくていいの?」

「今までも探してはいたんですよ一応。妹の件が優先で後回し気味だったのと、俺がモテないのとで見つかってないだけです。状況も変わってますし、ちょっと真剣に探さないと駄目かなと思ってはいます」


 この国の制度上、商会の跡継ぎは血縁者のほうが楽なのは確かだが、スラニナ商会は堅実経営が第一であって世襲にそこまで拘りはないとは言われたことがある。つまり、エドムントの結婚はどうしても必須というわけではない。これまでは、他に優先すべきこともあったので、ある程度の差配ができそうな性格で、最終的に鉱山の麓まで来てもいいという女性がもしいたら紹介してね、ぐらいの緩さで探していた。後半は都会住まいの若い女性には嫌気されがちな条件なので、当然見つかっていない。

 三か月前までの計画では、商会の経営そのものはエドムントが、貴族社会の情報収集をマルケータが担う予定だった。それからずいぶん環境が変わって、今の状況ならマルケータには技術関係だけに集中して貰ったほうがいい。そうするとエドムントが頑張らねばならないのだが、貴族家の周囲の噂話を拾う作業は不得手というか、向いていない上に伝手も薄い。なのでその辺をフォローできる人が身内としていて欲しいと考えてはいた。

 ただ、その条件で鉱山まで来てくれそうな人の心当たりは一切ない。ただでさえ来ない縁談がもっと来なくなる気しかしないので、もう普通に雇用する方向にしようかなと思っていたところである。


 エドムントがモテない、と言ったところで、副室長がニヤリと笑うのがわかった。


「君はあんまり自覚なさそうだけど、この冬が終わったら大人気になると思うよ。縁談の申し込みもいっぱい来るんじゃないかな」

「そうですか……?」

「例のパーティーで君ら結構いろんな人と話したし、付き合い増えたでしょ? そこから話がじわじわ回ってね、王城で働いてる令嬢たちの中では最近の有望株扱いになってるらしいよ」

「からかってます?」

「いやいや、本当だから。姫様付きの女性陣からの情報だよ。あの人たち、こういう話集めるのものすごいうまいんだよね」

「そうなんですか? そういうの得意な方を今まさに探したいと思ってたとこなんですけど、うちの商会に引き抜いてもいいですか?」

「引き抜かれるのは困るなあ」


 副室長はケタケタと笑っているが、エドムントとしては切実である。


「駄目なら近いタイプの特技をお持ちの方を紹介してほしいです……」

「お? お見合いするなら伝手使って探すけど」

「いや、商会員として就業してくれるのでいいんですけど」

「お嫁さん候補のが探しやすいと思うんだよね」

「……うちの地元まで付いてきてくれる人で貴族関係の情報通とか、確実に存在しない人材じゃないですか」


 これまで打診があった話では、鉱山の麓に住むようになる可能性があると伝えると難色を示された。地元からの縁談では逆に、王都に出ることが嫌がられるパターンだった。この国における交通や通信の状態は、エドムントの記憶にある世界と比べてかなり遅れているので、単身赴任は避けたいのだが、うまくいかないものである。

 条件面のデメリットを度外視できるぐらいの恋愛結婚ならば話は早いが、そんなことが可能な性格ではないことは、エドムント自身がよく知っている。


「今まで話があったお相手に貴族の家の出の人っていた? 貴族で跡目には関わらないぐらいの人をお嫁さん候補で探すのが向いてると思うんだよね。領地は王都の近くとは限らないからねえ。領地育ちのご令嬢だって、言っちゃえば田舎育ちの娘さんだよ」

「ああ、なるほど。貴族の方は領地と王都を行き来されてることが多いですもんね」

「そうそう。ご令嬢たちだって、みんながみんな同格以上の家の後継ぎに嫁げる訳じゃないからね、市井に嫁いだり働いて自活する人も多いよ。堅実な商会の跡継ぎで、専門教育も受けてないのに法務とちゃんと話ができる好青年なんて、お嬢さん方の垂涎の的なんだよねえ」


 だから、社交が始まる春に縁談がいっぱい来ると思うよ、と副室長は続けた。

 本人を目の前に「好青年」とか言っちゃうあたりがアレだが、これはたぶん褒めなんだろう。エドムントだってさすがにそこまで自己評価は低くない。座りは悪いが。


「……理由は納得できました」

「たださあ。君は春から本格的に商会のほうが忙しくなるよね? 立場上断りにくい縁談もいっぱい来そうでしょ? その点うちの団の関係で探し中、ってことにしといたら躱わしやすいと思うんだよねー。オススメ」

「その案ちょっといいかも、って思い始めた自分がチョロくて嫌ですね」

「結婚相手でも商会員でもいいけど、人材は欲しいんでしょ? そんで面倒な縁談来そうってのもなんとなくわかってるよね君。それならうちの団経由で探そうよ、悪いようにはしないから」

「言い回しが胡散臭すぎません? というか、もしかして俺ら兄妹は囲い込まれてますか」

「囲い込みってほどでもないけど、エドムント君には個人的に恩を売っておきたい。君はうちの姫様にとって必要な人材だから」


 企むような笑顔で言い切られ、エドムントは面食らった。普段のやり取りで意識することはまずないが、王女殿下を「うちの姫様」呼ばわりしがちなこの副室長は、王女殿下の婚約者だ。


「……なんですか。俺の周囲は恋人とイチャイチャしてる人ばっか揃ってんですか」

「拗ねない拗ねない。あらゆる伝手使ってちゃんとした人探すからさ、エドムント君も仲間になろうよ」

「……はあ。俺は今ちょっと酔ってますし、そういうときに決断しちゃダメって昔っから言われてるんですけど、でも、前向きに検討するんでお願いしてもいいですか。ちゃんと妹を祝福したいんですよ……」


 寂しいとか、いろいろ思うところはあるが、一番は祝いたい気持ちが強いのだ。エドムントの中で幼児のようにグズグズ言っている何かを、うまく捩じ伏せられなかっただけで。


「君はほんとにいいお兄ちゃんだねえ」


 さすがにこれで酒は打ち止めね、と言いつつ副室長がまたエールのおかわりを頼んでくれた。空になったジョッキが机上を圧迫していて、ダメな飲み会の典型例のような光景になっている。


「君は急いではなさそうだし、本格的に探すのは夏以降かな。仕事の関係でうちの団経由で探してるって言いふらす分には明日からしてくれていいよ」

「どう聞いても囲い込みじゃないですか」

「そこは後ろ盾って言ってくれない?」

「いや、まあ、ありがたいです、すごく。すみませんがよろしくお願いします」


 副室長は決して善人ではないが、割と善意寄りの人だ。利害は提示してくれるしお酒も奢ってくれる。弱みとなる部分を助けてもらえるのは、素直にありがたいとエドムントは思った。

 腹を括れたお陰で大事な使命も思い出せた。兄はマルケータの幸せを盤石なものとしなければならない。


「ついでにもう一件、商会のほうから正式に打診しますんで後で条件詰めさせてもらいたいんですけど、用途を絞った結界の術式を載せた道具の共同開発って可能ですか」

「いや、全然できるしむしろこっちからお願いしたいぐらいのことではあるけど、いきなり何?」

「屋内の暖房効率を上げましょう」

「――うん?」

「ウチを改装します」


 ジョッキを持った副室長がむせた。


「妹が結婚して家を出たとしても、夫婦で心置きなく我が家に遊びに来られるように、天井高くしたり間口広げたり、なんなら増築するんでもいいですけど、そのためには暖房効率を上げる必要があるんです! 防音結界みたいに熱の漏れだけを最小限にして空気は通す結界作って道具にできれば、どんな広々空間でも冬場快適に過ごせると思うんです! 後付けできるようにすれば既存の建物にも適用可能! 野営の際のテントや山小屋なんかでも使えそうですよね! 開発できれば妹は気軽に里帰りができる! 是非ご協力をお願いしたいです!」


 鼻息荒く言い切ったエドムントの目の前で、副室長は腹を抱えながら沈没した。





 エドムントが提案した魔術道具の共同開発は、酔っ払いの戯言とはされずにきちんとプロジェクトとして走ることになった。実用化できればかなり有用とされたのだ。

 自分が言い出したことであり、契約の関係もあって、研究室で行われた打ち合わせには初回から呼ばれている。プレゼンで使った高断熱・高気密という表現に、王女殿下が「北海道の家だ……」と呟いたのを聞いてしまい、彼女が前世のご同郷であることが判明したりもした。

 同席していた副室長は、事情を知っているか察しているかしているらしい。大変いい笑顔でこちらを見ていたが、あれは絶対に自分に対する威圧だったとエドムントは思っている。


 家の改築はマルケータに止められた。戸口や部屋が狭いのは、リヒャルト君にとってはよくあることで、本人が気にしていないのだから無駄なことは止めろと言うのだ。

 しかも、先方がお祝いに家を一軒くださるのだそうだ。

 王城の城下にはリヒャルト君のご実家が所有している物件がいくつもあって、その中の商人街に近い小さな邸宅が、妹たちの新居としてプレゼントされるという。小さいと言っても大貴族基準なので、実際に見たマルケータ曰く「それなりにお屋敷」らしい。彼女たちが正式に結婚するまでは以前からの管理人が常駐したままになるが、今も好きに滞在していいとも言われているそうだ。至れり尽くせりである。

 先方のご両親は末っ子のリヒャルト君をかわいがっており、マルケータも気に入ってくれたらしい。大変ありがたいのだが、大盤振る舞いすぎて小市民気質なエドムントは気後れしてしまう。そのうえ展開が早すぎて、お兄ちゃんはちょっと付いていけていない。

 領地持ちの貴族の皆さんは、冬の間は領地に戻る。先方もご多分に漏れないので、正式なご挨拶は春を予定している。エドムントも一緒に伺うことになっているので、それに備えて礼儀作法の勉強もやらなければならない。妹の前の婚約のお相手よりさらに高位の方々なので、きっちりやろうとすると求められる水準が違うんである。最近はもっと高位の方としばしば顔をあわせてもいるが、研究室では過度な儀礼は実務の邪魔として禁止されているうえ、いちばん高貴なご本人がフランクな態度で魔術オタクトークしているのが常態なため、まったく参考にならない。

 というか、その前に王族含む研究室の面々を本店にお招きし、併せて妹の婚約の挨拶を家族として受けねばならないのだった。全体のスケジュール設定や移動に関する手配や下見は王城側でやってくれるが、実際の引率は立場的にもエドムントがやることになるので、これも準備が進むにつれて逐一情報を貰っている。


 気が付けば結構な過密スケジュールになっており、家を出る準備を進めるマルケータを見て寂しがる暇はすっかりなくなっていた。


 エドムントが慌ただしく過ごしている間にも、マルケータは彼と仲良くやっているようだ。

 家にはリヒャルト君が足繁く通って来て、体を縮めながらもくつろいだ様子で妹と談笑している。わざわざ狭い我が家で会っているのは、兄妹の時間をなるべく長く取れるよう、気遣ってくれているのだと思われる。彼と他愛のない話をしているマルケータはとてもうれしそうだし、その様子が見られてエドムントもうれしい。

 ただ、庶民仕様の天井の低い家の中にいるリヒャルト君の姿を見慣れたせいか、このでかい筋肉ムキムキの青年が小さく収まる様子がかわいいと思えるようになってきてしまった。そこまで行くとたぶん錯覚だから、もうちょっと落ち着いたほうがいいとは思う。彼はでっかい成人男性だ。


 二人の仲の良さを見ていると、やはり家の暖房効率は上げたい。気の早い話だが、寒い時期でも子供連れで気軽に遊びに来て欲しいではないか。


 そして、妹たちを見ているうちに自分に結婚願望が湧いてきたことに驚いた。変な愛憎劇の起こる隙間がないような、平穏で幸せな関係は素直に羨ましい。

 この後の春の忙しさを乗り切ったら、本格的にお嫁さんを探すぞ、とエドムントは心に決めた。







 研究室の皆さんの視察旅行に何故か王弟殿下も加わることになっていたり、王族の護衛の皆さんと鉱山上がりの従業員が意気投合して一緒にトレーニングをはじめてしまったり、王都に戻ってみればお見合いの釣り書きが大量に届いていて対処に追われたりと、平穏さとはしばらく縁遠くなってしまうことを、この時のエドムントはまだ知らなかったのであった。


 彼が幸せな結婚生活を手に入れるのは、いろいろあった末の四年後のことである。




ご覧頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
後日談もお兄ちゃんの家族愛が詰まった素敵なお話でした♪読み応えたっぷりでホッコリあたたかな気持ちですが、笑いのツボが浅い?副室長の腹筋が心配です(笑) 四年後のお兄ちゃん自身の幸せ話もお待ちしています…
幸せになって~お兄ちゃ~~~んw オモシロかった! 堪能しました。ありがとうございます。
おお! 続編来た!! お兄ちゃんの幸せは四年後ですか~ 結婚は四年後としても、早いうちに婚約者を決めて紹介して欲しいです!!! 今回も楽しめました!!!!
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