かって気ままな
「着いたわ、ここよ」
大金の奥さんの言葉に、おいらとご主人様は車の中から外を見る。
「うわあ、何かすごいですね」
「そうかしら?最近はどこもこんなものよ」
「《そうそう。私はもう何度も来てるのよ》」
大金の奥さんの腕の中からマロンの自慢げな声が聞こえる。相変わらず生意気な奴だ。
さあ降りましょうと促されて、おいらはご主人様に抱っこされて車から出る。すると、後ろからついてきていた車からも大きな犬が一匹、おいらやマロンと同じくらいの犬が二匹飼い主と一緒に出てきた。
大きい方がセントバーナードの五右衛門じいさん、おいら達の町の中では大ベテランの長老みたいな存在で色んな事を知っている。若い頃はとてもやんちゃだったらしく、度々聞く武勇伝は今の様子からはとても想像がつかない。本人曰く、やんちゃだったからこそ悟るものもたくさんあるそうだけど、確かに何事にも動じない五右衛門じいさんを見ていると、今年で十歳になるおいらでもまだまだ若造扱いされる理由がわかる気がする。飼い主の石川さんは新婚ホヤホヤのカップルで、元々は旦那さんの方のおばあさんが飼っていたんだけど、二年前に天国に行っちゃったから旦那さんが引き取った。
そして、茶色いミニチュアダックスフンドのモカと白いポメラニアンのラテ。ちなみにラテの方はオスだ。どっちもすごく元気で、お散歩中にバッタリ会うと必ずと言っていいほど遊んでくれとせがんでくる。マロンよりは可愛げがあるけど、間に立つとものすごくうるさい。年で言うと、五右衛門じいさん、おいら、モカ、マロン、ラテの順なんだけど、こうして並べてみるとやっぱりおいらって年を取ったんだなぁと思うくらいには下三匹がおしゃべりだ。そのモカとラテを飼っているのが、イタリア人のクリスティーナ。大学生になる時に日本に来て、そのまま日本の語学学校の先生をやっている。めちゃくちゃ美人で明るい。それから、ご主人様と同い年とは思えないくらい大人っぽい。
「Oh!とても素敵なところですネ!ワタシこういうの大好きデス!」
「ホントだ。グランピングって初めて来ましたけど、想像してたよりずっと豪華なんですね」
クリスティーナと石川の奥さんが目を輝かせて盛り上がっている。そう、おいら達は今日大金の奥さんのお誘いでセレブ御用達のグランピングに来ている。お代を全部出してくれるって言う大金の奥さんの勢いに負けて、せっかくの休みが犠牲になった事を嘆きながらついてきた。ちょっと便利なキャンプ、ぐらいの認識だったおいらとご主人様は、予想を遥かに超えた外見に圧倒されていた。だって、目の前に見るからに高そうなでっかい銅像が建っている。ここ、まだ敷地の入り口だよ?大金の奥さんパネェ、だよ。
乗ってきた車は、ここで施設のスタッフに預けると駐車場まで持っていってくれるらしい。石川の旦那さんが、すごく恐縮した様子で鍵を渡していた。その横で同じように鍵を預けているのが大金の旦那さんだ。初めて見たけど、何て言うか地味だ。いや、あの人だけを見たら穏やかそうなイケオジって感じなんだけど、奥さんと並ぶと夫婦っていうよりは完全に女王様と僕にしか見えない。
「さ、早くチェックインしてバーベキューでもしましょう?A5ランクの国産和牛と新鮮な海鮮をたくさん用意してもらっているのよ!」
「《私達にはもちろん、最高級のドッグフードがあるわ!犬用ジュースの種類も豊富だから思いっきり楽しみましょう!》」
「《聞いた、ラテ⁉ジュースですって!私初めて飲むわ!》」
「《僕もだよモカ!楽しみだなぁ》」
大金の奥さんに続いてふんぞり返るマロンと、まだ見ぬ未知のご馳走に心躍らせるモカとラテ。
「《今どきのキャンプというのはこんなにも至れり尽くせりなのか。じゃが、肉ばかりでは胃がもたれそうじゃのう》」
「《おいらは泊まりがけであいつらの相手しなくちゃいけないのかと思っただけでげっそりだよ》」
イマイチ乗り気になれないおいらと五右衛門じいさんは、その光景を見ながらこれからの二日間に一抹の不安を抱いていた。
*
「うわ、すご」
「Oh!ゴージャス!」
「これ本当にキャンプの施設ですか?普通に高級ホテルって感じ」
案内されたのは、おいら達だけの棟。男女で別れて入った部屋は、ご主人様達が言う通りビックリするほど豪華だった。テレビなんかで見るキャンプって言ったら、テントを張ってたき火を起こして、川とかで獲った魚や持ってきた野菜やお肉を焼いて食べて…みたいな感じだったけど、まずテントがない。っていうか、これもう部屋じゃん。
広いリビングには生まれて初めて生で見る暖炉がある。奥にあるベッドルームのベッドは、おいらが軽く走り回れるくらいでかい。しかも信じられないくらいふかふかだ。思わず顔を押しつけてグリグリしたくなる。何これ最高。
「あれ?お風呂は別の棟にあるんですか?」
バスルームを探してキョロキョロしているご主人様に、大金の奥さんがまあ!とおかしそうに笑って言った。
「わざわざ移動してお風呂に入るなんて面倒でしょう?お風呂はほら、こっちよ」
壁に備え付けられていたリモコンのスイッチを押すと、突然リビングのカーテンが開いた。その向こうにあったのは…
「ろ、露天風呂⁉」
「ワオ!ブラーボデース!」
泳げちゃうくらい広いお風呂と、視界いっぱいに広がる絶景。何だこのファンタスティックワールド。前言撤回。大金の奥さん、連れてきてくれてありがとう。
「さあさあ、皆さん荷物を置いてテラスに出ましょう!男性陣の部屋との間がバーベキュースペースになっているから、まずは乾杯ね!」
大金の奥さんに言われて、ご主人様達はそれぞれ荷物を置く。
「《私、すごくテンションが上がってきちゃった!お庭を走り回りたいわ!》」
「《でしょ⁉ひとしきり遊んだ後のご飯がまた格別なのよ!とむももちろん遊ぶでしょう?》」
「《ま、まあこんなに広い所で遊べるなんてなかなかないからな。今日くらいは付き合ってやってもいいよ》」
「あ、そうだとむ。こっちおいで」
マロンに言われてまんざらでもないおいらをご主人様が呼ぶ。
「そうそう!忘れない内にですネ!モカ、クィ!ラテにも後で着けてあげないと」
揃って呼ばれた事に首を傾げながらも、おいらとモカはそれぞれのご主人様の元へ向かう。マロンは慣れているのか、自分から大金の奥さんのところへ歩いていった。
「はーい、ちょっとジッとしててね~」
そう言うと、ご主人様は後ろから何か紙でできた服みたいなものをおいらに着せた。何だこの服?お尻の辺りだけ隠していて、たまに着せられる服とはちょっと違う。あと、トイレシートみたいな匂いがする。
モカも不思議そうにしながら、自分のお尻を追いかけてクルクル回っている。
「《何かしらこれ?変わったお洋服だわ》」
「《これはマナーおむつよ!》」
同じくお尻を隠されたマロンが、自慢げに説明する。
「《マナーおむつ?》」
「《そう!こういう所に来た時は、私達が粗相をして汚してしまわないようにこんな風にお尻を隠すの!トイレがしたくなったら、このまま用を足してもいいのよ!》」
「《へぇ、そんな物があるのね!確かに、お部屋にはトイレがなかったからどうすればいいんだろうって思ってたのよ》」
「《そうでしょ?これがセレブのマナーなのよ!》」
エッヘンと胸を張る姿からは経験者の余裕が滲み出てるけど、そのマナーおむつってやつのせいで絶妙にマヌケに見えるんだよなぁ。っていうか、おいらトイレはちゃんとしてるつもりなんだけど、セレブってやっぱり面倒くさいな。
その後、バーベキュースペースで合流した五右衛門じいさんとラテも同じようにマナーおむつをされていて、細かい事は気にしないラテとは違って五右衛門じいさんの何とも言えない表情に何だか物悲しくなったのはおいら達だけの秘密だ。
かって気ままなゴージャスキャンプ。