りがいの一致
落ち葉が地面にじゅうたんみたいに広がる季節になった。年を取ると月日が経つのがどんどん早く感じるものだって五右衛門じいさんが言っていたけど、本当にそう思う。
さて、今日のおいらはいつものおいらとは一味も二味も違う。おいらにしかできない超超超極秘ミッションがあるんだ。まずは安定のマヌケ顔で夢の中にいるご主人様を起こさないと。
「ぐふっ、何、お休みなんだからもうちょっと寝かせ…あだぁ⁉ちょ、とむ、何か今日はいつも以上に力入ってない⁉」
当然でしょ?超超超極秘ミッションを達成するためだもん。おいらは心を鬼にしてご主人様を踏み倒すよ。
「わ、わかった!起きます!起きるからその親の仇を取るかのようなオーラしまって!」
悲鳴を上げながら起き上がったご主人様に体を抱き上げられる。枕元にある時計は現在十時半。よし、まだ大丈夫だ。
おいらは玄関からリードをくわえて戻ってくる。
「お散歩したいの?」
「キャン!」
「ハァ…わかったよ。着替えるからちょっと待って」
のそのそとベッドから出てヨレヨレのトレーナーに着替えようとするご主人様に、慌てて前へ回り込んで前足を膝にもたれかける。
「キャン!キャン!」
「え、何、どしたの?」
おいらはクローゼットの扉を引っ掻く。寝起きのボケッとした顔のご主人様は、「ここ開けるの?」と言って扉を開いてくれる。
中に引っかけられている服をキョロキョロ見回して、ご主人様にアピールする。
「キャン!」
「え、もしかしてちゃんとした服着ろって言ってる?」
「わふっ」
「ええぇ、面倒くさ…わ、わかった、着るからそんな目で見ないで」
渋々お出かけ用のセーターとスカートを選んで着替えるご主人様。それを確認すると、今度はテレビの横の棚に置いてあるお化粧箱に向かって吠える。
「キャン!キャン!」
「いやいや、たかがお散歩に化粧は…はい、わかりました」
今のおいらにご主人様は逆らえない。それだけの殺気をまとっている自信がある。アレだ、今なら何か禁じられた古の必殺技が出せるかもしれない。
ブツブツ独り言を言いながら、ご主人様はお化粧をしていく。時計は十一時を回ったところ。このペースなら間に合う筈だ。
準備ができたご主人様は、おいらにリードをつけて家を出発する。超超超極秘ミッションを成功させるには、ここからが肝心だ。おいらは足取りも軽やかに道を歩き、途中の交差点をいつもと逆方向に曲がった。
「とむ?そっちじゃないよ。こっちこっち」
ご主人様がリードを引っ張るけど、おいらは踏ん張ってこっちに行きたいんだとアピールする。そんなおいらにご主人様の頭にははてなマークがブンブン飛んでいる。
「よくわかんないけど、何か企んでない?」
ご主人様にしては鋭い指摘にドキッとする。ち、違うよ?今日は別の道を行きたい気分なんだ。だから黙っておいらについてきて?
しばらく疑うような目で見ていたご主人様だけど、おいらの純真な目にまあいっかと従ってくれた。ふぅ、危ない危ない。
トコトコ歩き続けて、おいら達は目的地に到着した。
「キャン!」
「来たか」
「え、課長⁉」
五丁目の市立公園の入り口。バザーをした後工事に入ったここは、年明けにリニューアルオープンする。そして、ご主人様と課長の距離がグッと縮まった思い出深い場所だ。
課長はおいらが近づくとご苦労様と言ってお芋のおやつをくれた。これで任務達成、超超超極秘ミッション大成功だ。
「課長がとむに頼んだんですか?」
「ああ。ちゃんと連れてこられるか心配だったけどな。待ち合わせ時間ピッタリなんて、お前よりサラリーマンに向いてるんじゃないか?」
「のっけから何でディスられているんですか私」
ふふん、おいらにかかればこれくらいちょちょいのちょいだよ。おやつを報酬にされたら頑張るしかないよね。課長の言う通り、会社に出勤できるんじゃないかな。おいらのキラキラスマイルがあれば取引相手はメロメロ、契約だってバンバン取れちゃうと思うんだ。
「それで、どうして課長がここに?」
「まあ、とりあえず少し歩こう」
話の核心には触れずに、お散歩デートが始まる。道中、ご主人様と課長は何でもないような会話を続けている。途中でテイクアウトのお昼ご飯を買って、ベンチでランチを楽しんだ。おいらもちょっと分けてもらって、顔の毛にパンくずがついたのを見てご主人様が笑いながら取ってくれた。
そうして歩いては休憩して、また歩いてをくり返して辿り着いたのは…
「ここって…」
「覚えてるか?」
あるビルの前まで来たところで、課長はご主人様を振り返る。
「もちろんです。私が初めて契約を取った会社、ですよね?」
「そうだ。契約書を交わして、ビルから出た途端泣き崩れたある意味お前が一人前になった場所だな」
「そっ、それは忘れててほしかったです」
「ハハッ」
なるほど。ここはご主人様の大事な思い出の場所だったのか。こんな近くにそんな所があったなんて知らなかったな。
課長はそのままビルを通り過ぎて歩いていく。
「あの時は大変だったな。まるで俺が泣かせたみたいで、道行く人の視線が痛かったよ。そんな状態で電車に乗るわけにもいかなくて、ここに来たんだよな」
「あ、あの時は本当にご迷惑おかけしました」
小さな公園の前に立って、課長がご主人様をからかう。
「でもあの契約が取れた事で、お前もどこか吹っ切れた顔をしてたぞ。やらかす事はまだまだ多かったけどな」
「う…」
「何度も確認したのに二つの取引先相手に契約書を入れ替えて渡しそうになった時はさすがに肝が冷えたな。発注書の個数のゼロが一つ多いなんて事もあったか。お前が奇跡的なミスをしてくれたお陰で、俺達は部署の垣根を越えて結束が高まっていった気がするよ」
課長が言葉を重ねる度に、ご主人様が小さくなっていってる気がするのは気のせいかな。ご主人様、本当に色んな人にお世話になってるんだなぁ。
「きっとお前は、これからも色んな奇跡を起こしてくれるんだろうな」
「ほ、ホントにすみませ…」
「だから…」
そう言って、課長は胸ポケットから四角い箱を取り出した。パカッと開けると、そこにはキラキラ光る石がついた指輪。
「…へ?」
「言っただろう?お前は必ず、俺がフォローしてやるって。これからも、お前と色んな奇跡を見てみたい。だから、俺と結婚してください」
「え、えっ?」
状況が飲み込めてないんだろう。慌てふためくご主人様に、課長がプッと吹き出す。
「そんなに動揺しなくてもいいだろう」
「いや、だって、え?」
「一人前になる教え、第一条!」
「ほっ、ほうれんそうは迅速に!」
突然の課長の一言に反射的に背筋を伸ばし、ご主人様が大きな声で答える。
「そうだ。それで?俺はいつまで報告を待てばいい?」
優しい笑顔でご主人様に問いかける課長。それを見たご主人様の目から、見る見る内に涙が溢れてくる。ポロポロ流れるそれを拭いながら、ご主人様は大きく頷いた。
「はい…はい!私なんかで良ければ、ぜひ!」
恋人になった時と同じく、子供みたいにわんわん泣くご主人様を課長がそっと抱きしめる。ご主人様には見えない背中越しに、課長とおいらの目が合う。
『あ り が と な』
声は出さず、口パクでお礼を言ってきた課長においらも静かに尻尾を振って応える。ご主人様がおいらだけのご主人様じゃなくなるのはちょっと寂しいけど、課長にならご主人様を任せてやってもいい。
でも、もしご主人様を不幸にしたら許さないからな。
りがいの一致、全てはご主人様の幸せのために。




