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えくぼが似合う子

《さあ始まりました【萌えたいワタシ】、まずは今週のゲストをご紹介します!》

「あ、始まった?待って待って、これだけ洗っちゃいたい!」

 テレビから聞こえた声に反応したご主人様が、食器洗いのラストスパートに入る。おいらは一足先に特等席で画面を見つめる。

 いつも思うんだけど、"燃えたい私"なんて物騒な番組名だな。そのくせ、内容はおいらにはよくわからない人間の恋愛にまつわる話しかしない。この番組のプロデューサーは、一体何を燃やしたいんだろう。

《では早速今週のテーマです!モニターにご注目!》

 司会者の声に合わせて、おっきなモニターにドンとテーマが映る。

「【えくぼが可愛い子】かぁ】」

 お皿を洗い終えたご主人様が隣に座る。おいらは、言葉は結構知ってる方だと思う。実は文字も読めたりしちゃうんだ。えらいでしょ。えくぼっていうのは、人間が笑った時に口の横にできるくぼみの事だ。毛が薄い人間だからこそ見えるポイントだね。

 発表されたテーマを見たスタジオのタレント達が、思い思いの反応をしている。

《まあまあ、それぞれ言いたい事はあると思いますが、まずはVTRを見てみましょう》

 司会者がそう言った後、画面は街頭インタビューに変わった。

《えくぼがある子ってどう思います?》

《好きですね》

《僕も好きです》

《何か幼いイメージあるかも?》

《えー、それが可愛くない?》

 インタビューを受ける男達が色んな意見を言っている。

「へー、えくぼある子って結構人気あるんだ」

 ご主人様がマグカップに口をつけて独り言を言う。

 画面はスタジオに戻って、司会者がゲストに話を振る。

高木(たかぎ)君とかどう?えくぼがある子見ると可愛いなぁとか思う?》

《思いますね。僕こう見えて長男なんで、そういう子見てると妹みたいな感覚というか、何か構いたくなります》

「うわー、高木君て年下が好きなのか。でも妹感覚って事は、恋愛感情とは別?いやいやでもなー」

 今しゃべっているのはご主人様が推してるアイドル、Emperor(エンペラー)Knight(ナイト)通称エンナイの高木陸人(りくと)だ。メンバーの中では弟みたいな立ち位置で、のんびりしてるけどダンスが上手いところがいいらしい。おいらから言わせれば類は友を呼ぶというか、まあご主人様が男だったらあんな感じになるんじゃないかと思っている。まあ、ご主人様はダンスなんてできないんだけどね。

 そんな彼の意見に何だか残念そうなご主人様だけど、別に高木君と恋人になるわけじゃないんだから一喜一憂する必要はないと思うのはおいらだけかな。だって、ご主人様の好きな人は課長なんだし。

筑士(つくし)君は?》

《さっきインタビューで幼いイメージあるって言ってる方いたじゃないですか。僕は年上の女性で、ギャップというか、普段笑わない人がふとした瞬間に笑った時にえくぼができてるの見るとキュンとしちゃいますね》

《あー、わかる!何か一気に親近感湧きますよね》

「なるほど、ギャップかぁ。確かにえくぼって聞くとちょっと年齢層低い子想像しちゃうかも」

 筑士紅汰(こうた)。この人もご主人様が好きな俳優だ。爽やかな感じがちょっと課長に似てるってこないだ電話で友達と話してた。

《女性陣はどうなの?同性でもえくぼが可愛いなーって思う事ある?》

《ありますけど、えくぼに関してはちょっと残酷な現実が付きまとってると言いますか…》

《え、何、どういう事?》

 司会者に聞かれて、歯に衣着せない発言が有名な女芸人が何か深刻そうに腕を組む。

《先程から皆さん、えくぼがある子って若い人を連想してらっしゃるじゃないですか》

《あー、まあそうね》

《何でそうなるかって言うと、若い内はえくぼってちゃんと独立して口の横に存在するんですけど、年を取るとどんどんほうれい線に吸収されていくんですよ》

《そうなの⁉》

「そうなの⁉」

 司会者とご主人様の声が重なる。

《それだけじゃなくて、えくぼがある人の中にも格差があるんです》

《えくぼの格差って何⁉》

《えくぼって別に口の横に左右対称にちょこんとあるやつだけじゃなくて、くぼみができていればえくぼなんです。つまり、左右非対称でも筋みたいなくぼみでもえくぼはえくぼ!でもそのえくぼはえくぼとして市民権を得づらい!これが俗に言うえくぼ格差なんです!》

《どんな格差だよ!初めて聞いたわ!》

 司会者と女芸人とのやりとりに、スタジオで笑いが起きる。この人の言う事は何となく理解できる。犬にもチャームポイントを巡るマウントの取り合いはあるからだ。ちなみにおいらは、ふわふわの毛並みと女の子みたいなくりくりした目が自慢でお散歩中に声をかけてもらう事も多い。

「えー、そうなんだ。ほうれい線に、マジか~」

 女芸人の言う事を真に受けたのか、ご主人様は自分で自分のほっぺを触っている。

 関係ないけど、ご主人様は独り言が多い。一人暮らしが長いからなのか、それともおいらに相槌を打ってほしいのかは謎だ。気が向いたら鳴いてあげる事にしている。

 それより、おいらはさっきからご主人様がブツブツ言っている事に対して思うところがある。

「でもそっかぁ…うーん、えくぼってそんなに…そっかぁ、いいなぁ…」

 ほっぺを引っ張ったりつついてみたり、どうやら推しがえくぼ好きと知って羨ましがっているみたいだ。おいらはそれが不思議でしょうがない。どうしてかって?それは…

「にこーっ…違うな、もっとこう、にーって感じ?いや、いっそいーっとか?」

 テーブルに置いてある鏡を見ながら、一生懸命笑顔を作るご主人様。だんだん変顔大会みたいになっていってるけど、その口元にはちょこんとしたくぼみ。

 そう、ご主人様にはちゃんとえくぼがある。それも、あの女芸人が言うところの市民権を得ているきれいなえくぼだ。ご主人様が笑うと、そこがぽこんとへこむ。おいらはそんなご主人様の顔が好きだ。だから、別に羨ましがる必要はないのになぁ。まあ、そういうところがご主人様っぽいんだよなぁと微笑ましく見つめていたら、突然ご主人様のスマホが鳴った。

「え、小林さん?」

 どうやら会社の先輩からのようだ。

 …何だろう、嫌な予感がする。

「はい、お疲れ様です。はい、はい、はい…えぇ⁉え、あれって来週の筈じゃ…ああっ、そうだ、リスケしたの報告するの忘れてました!すみません、明日朝イチで書類揃えます!すみません、すみません!」

 ご主人様が慌てた様子で謝っている。また何かやらかしたのか。せっかく可愛かった笑顔が台無しになったのを見て、残念というよりは呆れの方が勝った。

「うああああ、やらかしたー!明日絶対課長に怒られるううう!」

 頭を抱えて悶えるご主人様。ちょっと見てられなくてその光景からそっと視線を外すと、テレビの向こうであの女芸人がまた持論を展開していた。

《まあでも、えくぼが似合う子って総じて無邪気な印象はありますけどね。中にはただのバカと紙一重な人間もいますけど》

《暴論にも程があるだろ!要するにえくぼに対するコンプレックスじゃねぇか!》

 司会者が全力でツッコんでまた笑いが起きているけど、おいらは女芸人の意見に同意だ。少なくとも一人、おいらの目の前にその無邪気でおバカな人間がいるんだから。

 やれやれ、仕方ないな。今夜はご主人様を励ますために、いっぱいもふもふさせてあげるとしよう。こんなにご主人様想いの犬なんてなかなかいないんだからな、と伸びをしながらため息をついた。


えくぼが似合う子、おバカな子。

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