ゆらゆら弾ける
「はーい、じゃあ帯で締め上げるから動かないでよ?」
「ワードチョイスが物騒過ぎませんか」
「いいから、ジッとしてろ」
「はい、すみません」
冷房が効いてる部屋の中で変な汗を掻くご主人様のお腹に、先輩が帯をグルグル巻いていく。
今日は花火をしようって事で集まっている。どうせなら浴衣を着たいっていうご主人様のリクエストに応えて、先輩が着付けを買って出てくれた。先輩はこう見えて伝統的な日本文化に詳しい。大学では、日本文学を専門に勉強していたらしい。着物や浴衣の着付けは、その頃に大学の友達と教室に通って覚えたそうだ。
午前中から集合して駅前のショッピングモールに浴衣を買いに行ったご主人様達は、先輩に見立ててもらった浴衣をこうして着せてもらってるんだけど、やっぱり先輩ってすごい。
「うん、さすが私。黙ってれば大和撫子に見えなくもない事もない」
「それってどっちなんですか」
「さて、どっちだろうね」
薄青色の生地に白い花柄の浴衣は、確かにご主人様に似合っている。紺色の帯のお陰で、いつもよりちょっと大人っぽい。
そして、一人でテキパキと着付けをしている先輩の浴衣は薄いグレー。一見地味だけど、先輩が着るとめちゃくちゃ合ってる。オレンジのようなピンクのような帯がきれいな差し色になってる。
それはいいんだけどさ、おいら一つ物申したいんだ。
「とむも可愛いね!似合ってるよ!」
最近は犬用の浴衣まで売ってるらしく、ペットショップを通りがかったご主人様が即決で買ってくれた。ご主人様の気持ちは嬉しいけど、これだけ尋ねたい。何でおいらピンクなの。
*
「あ、いたいた!和生課長~、こっちで~す!」
薄暗くなった近くの公園。先輩がブンブン手を振る先には、ご主人様達と同じ浴衣姿の課長。隣には、初めて見る男の人もいる。
「悪いな。道が混んでて着くのに時間がかかった」
「全く問題なしです。むしろ買い出しありがとうございました。堅刀もサンキュー」
「ん」
先輩にお礼を言われて小さく頷くこの人は、先輩の彼氏堅刀さんだ。会うのは初めてだけど、いつも話は聞いてるからあんまり新鮮味はない。
「課長の浴衣やばい…鼻血出る…堅刀さんナイス…」
「だそうですよ、課長」
先輩の陰に隠れて鼻を押さえるご主人様の言葉を先輩がニヤニヤしながら課長に伝える。課長は「ああ」って何でもないように言ってるけど、ご主人様にちょっと引いている。
先輩と堅刀さんは大学時代の同級生。同じく日本文化に興味があって、着付け教室にも一緒に行ったのが付き合うきっかけになったらしい。課長の着付けは堅刀さんがしてくれたんだけど、深緑色の無地の浴衣ってこんなに色気出るのか。フリフリのピンクの浴衣を着せられたおいらとは雲泥の差だよ。また一つよくわからない敗北感を感じたよ。
堅刀さんは濃いめのグレーの浴衣。先輩と示し合わせたんだな。二人並ぶと風情があって、これぞ日本のカップルって感じだ。付き合ってもう十年近く経つらしいけど、二人は結婚しないのかな?先輩がそういうのこだわらないタイプだからかな。
「んじゃ、早速…乾杯からいきましょっか!」
堅刀さんが持っていた小さめのクーラーボックスから缶ビールを取り出すと、先輩はみんなに手渡してウキウキとカンパ~イ!と缶を持ってる手を上に上げた。
「浴衣、似合ってるじゃないか」
「ほ、ホントですか⁉先輩に選んでもらったんですけど、ちょっと背伸びし過ぎましたかね?」
課長に褒められて、ご主人様がソワソワと簪に手を添える。
「いいんじゃないか?黙ってれば大和撫子に見えなくもない事もないと思うぞ」
「先輩と全く同じ事言わないでくださいよ。結局どっちなんですか、それ」
ジトッと睨まれて、課長がハハッとおかしそうに笑う。何か面白くないんだよなぁ。おいらの事忘れてない?
おいらは二人の間に入って、課長の足にグリグリ顔をこすりつけて存在をアピールする。
「何だ、とむ?」
「構ってもらえなくて拗ねてるのかもしれません」
「わふっ」
わかってるんじゃないか。後ろ足だけで立って、前足でご主人様の膝にもたれる。ビールの缶を持ってるご主人様は、空いてる方の手で頭を撫でてくれた。
「とむのその浴衣、選んだのお前だろ」
「何でわかったんですか?」
「北山だったら、もっとマシなのを選ぶだろ」
「え~、可愛くないですか?」
「メスだったらな。他人の趣味に口を出すつもりはないけど、オスのシニア犬にピンクのフリルはどうかと思うぞ。とむももっとカッコいいやつの方が良かったんじゃないか?」
「キャン!」
課長の方がおいらの事をよくわかってるじゃないか。でもいいんだ。それだけおいらが可愛すぎるって事だよね。
「お二人さ~ん。花火始めますよ~」
先輩に呼ばれて、いよいよ花火をする事になった。側にあったベンチの足にリードを引っかけられたおいらは、袋から花火を出している先輩達をおすわりで見守る。
実はおいら、打ち上げ花火しか見た事ないんだよな。まだ子犬だった頃におじいさんが河川敷でやってる花火大会に連れていってくれた事があって、その時のおいらは初めて見る花火にビックリした。大きな音にビビっておじいさんに飛びついて、パニックになったおいらをおじいさんは笑って見ていた。
抱っこしてもらって、落ち着いて見た花火はすごくきれいだった。色んな色の花が空に咲いてるみたいで、おいらは夢中になって眺めていた。
ちょっと感傷に浸っていると、堅刀さんがご主人様と先輩が持ってる花火に火をつけた。しばらく煙だけを出していたお箸より細いそれは、突然シューッて音を出しながら火を噴いた。赤や緑や黄色や色んな色の火が勢いよく噴き出していて、おいらはまたビックリした。
「ほら、とむ。花火だよ~。きれいでしょ?」
ご主人様がこっちに近寄って見せようとしてくれるけど、おいらは静かに後ずさる。
「とむ~?どうしたの?怖い?」
こ、怖いわけじゃないけどさ。花火はやっぱり遠くから見てなんぼだと思うんだ。あんまり近いと煙で目と鼻が痛くなっちゃうし、おいらはここで見てるからもっとそっちの方で楽しんでほしいな。
「ダメかぁ。花火ととむのセットで写真撮りたかったなぁ」
「きれいだって言っても、所詮は火だからな。本能的に怖がるのは当然だろ」
「そっかぁ、そうですね」
課長が助け舟を出してくれたお陰で、ご主人様はそれ以上こっちに来る事はなかった。
「いえ~い、両手持ち~」
「ちょ、先輩!向ける先に気をつけてくださいよ⁉」
ご主人様と先輩は、楽しそうにキャアキャア言いながら花火を楽しんでいる。課長と堅刀さんも、時々何か話しながらビールを飲んだり花火に参加したりしていた。
そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
「うわあ、もう終わりかぁ」
「最後はみんなで線香花火だね」
名残惜しそうにするご主人様に、先輩が今までのよりずっと細くてヒラヒラした花火を渡す。
「課長は願い事何にします?」
「何がだ?」
「あれ、知りません?みんなで一斉に線香花火に火をつけて、最後まで火がついてたらその人の願い事が叶うんです」
「へぇ、初めて知ったなそれは」
おいらも初耳だ。ご主人様は何をお願いするんだろう。多分お酒がいっぱい飲みたいとか、毎日ダラダラ過ごしたいとか、そういう煩悩に満ちた事をお願いするんだろうな。
「よーし、みんな準備はいい?火、つけますよ~」
先輩がみんなの花火に火をつけていく。控えめな火花がパチパチと光る。
怖くなさそうだから近寄っていくと、ご主人様が気づいて笑顔を向けてくれた。
「楽しかった、とむ?」
「わふっ」
一体誰の花火が最後まで残るのか。おいらは静かに金色に光る火花を見つめていた。
ゆらゆら弾ける夏の花。




