やきもちよりも
お散歩コースの桜並木がきれいな緑色になった五月の下旬。今日はおいら達にとって一年に一度の大切な日だ。
「とむ、おはよう!」
珍しくアラーム一回で目を覚ましたご主人様が、起き上がってすぐにギューッてしてくれる。おいらもご主人様のほっぺを舐めて尻尾を振る。
ご主人様が着替えて化粧をするのを見守りながら、おいらはソワソワと部屋の中を歩き回る。そんなおいらを見たご主人様が、おかしそうに笑った。
「とむも楽しみなんだね。もうちょっと待っててね」
当然でしょ?今日は特別な日。何の日かって?え~、どうしよっかなぁ。教えてあげようかなぁ。え?ニヤけた顔がご主人様みたいだって?嬉しいような、そうでもないような…いや、やっぱり嬉しくないな。
そうこうしてる間に、ご主人様の準備が整った。ちょっと大人っぽい薄紫色のワンピース。ヒラヒラした裾と小さな花柄が、童顔のご主人様によく似合っている。長い髪をクルクル巻いただけなのは、今日がとてもいいお天気だから麦わら帽子を被るためみたいだ。
「とむも被ろ!」
ご主人様はウキウキしながらおいらの頭にも小さな麦わら帽子を被せた。正直邪魔なんだけど、お揃いだね!ってニコニコ笑うご主人様に免じて今日は大人しく被っておいてあげる事にした。
準備万端整ったおいら達は、家を出発する。ルンルンで歩くご主人様を見てると、おいらもだんだん楽しくなってきて足取りがどんどん軽くなる。少し歩いた先、大通りに出る一本手前にある駐車場に着くと、ご主人様はパァッと顔を輝かせた。
「課長!お待たせしました!」
「いや、大丈夫。今来たところだ」
待ち合わせのカップルのベタ過ぎるようなかけ合い。停めていた車に寄りかかっていた課長に笑いかけられて、ご主人様の顔が一気にデレッと緩む。それを見たおいらは、何となく面白くなくてフンッと鼻を鳴らした。
*
「本当にここで良かったのか?とむも一緒に楽しめる場所なら、もっと他にも…」
「ここが良かったんです!素敵な思い出がある所ですから!」
車を走らせて数十分。目の前に広がる緑の芝生が、お日様の光を浴びて眩しい。このドッグランは、ご主人様にとって課長と想いを通わせたとても大事な場所だ。ご主人様の言葉を聞いた課長も、優しい笑顔を浮かべている。
何だかいい雰囲気の二人に挟まれたおいらは、キャンと鳴いて注意を引く。イチャイチャするのもいいけど、おいらの事も忘れないでよね。
「ごめんごめん、リード外してあげるね」
自由の身になったおいらは、二人の周りをクルクル回って尻尾を振る。
「キャンキャン!」
「よし、遊ぶか」
課長が率先して芝生まで続く坂を下りていく。手に持っているのは、ご主人様が持ってきていた小さなボール。もはや懐かしさを覚えるあの福引き事件で買ったやつだ。
課長はおいらにボールを見せて、興味を引こうとする。ふん、おいらもういい大人だよ。今さらそんなおもちゃに夢中になるわけ…
「ほら!」
「キャンキャン!」
課長が投げたボールを真っすぐに追いかけてくわえる。ハッ、おいらとした事が。ご先祖様から受け継いだ狩猟本能に逆らえなかった。課長め、やるな。
「頑張れー、とむ!」
ご主人様は一人、レジャーシートを敷いてのんびりと応援している。ご主人様の前で課長にばかりいい格好をさせるわけにはいかない。これはご主人様の愛を賭けた勝負だ。
爽やかなオーラ全開の課長に対抗心をメラメラ燃やして、おいらは久しぶりに全力で走り回った。
「───大丈夫、とむ?」
「クゥーン」
心配そうなご主人様の問いかけに力なく答える。首には保冷剤入りの犬用クールバンド。もう説明はいらないと思うけど、これももちろん福引きの副産物だ。ご主人様がこっちに向けてくれてるウォーターボトルも同じく。おいらはご主人様の日傘で作った陰に入って横たわっている。そしてどうしてそんな事をしてるかというと、簡単に言えばバテた。
課長に負けたくなくて、投げられたボールを追いかけてはそれをくわえて課長のところまで持ってくるという遊びをくり返す事約一時間。お日様がガンガン照りつける屋外でそれだけ運動すれば、人間だってぶっ倒れる。ましてや、おいらは小型犬だ。完全にキャパオーバーして動けなくなった。くそう、さすがにおいらも歳か。
「悪いな。実家の犬は大型犬だから、ついその感覚で遊ばせすぎた」
「いえ、飼い主は私ですから。様子がおかしい事にもっと早く気づくべきでした」
元気がないおいらの上では、ご主人様と課長がお互いの過失について話し合っている。反省してるのはいいけど、距離が近い気がするのはおいらだけかな。座ってるレジャーシートがそんなに広くないから、大の大人二人が座ったらこれくらいは普通なのかな。そういう事にしておこう。そうじゃなきゃ、何だか腹が立つ。
大体、何で今日は課長が一緒なんだ。毎年この日は、ご主人様とおいらだけで過ごすのがお決まりだったのに。今日が一体何の日なんだって?それは…
「こんなにバテちゃってたら、ご飯食べられないかなぁ。せっかく誕生日プレゼントにちょっといいササミを用意したのに」
「キャン!」
一気に力がみなぎる。ササミだって?そんなの、食べなきゃ逆に元気がなくなっちゃうよ。ブンブン尻尾を振っているおいらを見て驚いていた課長は、すぐに吹き出しておかしそうに笑った。
「ハハハ!食への情熱が燃えまくりなのは飼い主そっくりだな」
「どういう意味ですか⁉」
「そういう意味でしかないだろ」
涙が出るほど笑う課長に、ご主人様が顔を赤くして抗議する。
「それにしても、誕生日が同じ日だなんて本当にお前達は仲がいいな」
そう、今日はおいらとご主人様の誕生日。何の偶然か、おいら達は同じ日に生まれた。それを知ったおいらは、これが運命の出会いなのかなってちょっとロマンチックな事を考えたものだ。
だから、毎年この日は二人っきりでお祝いをするのが恒例だった。今年もそんな一日になる事を去年の誕生日から期待して待ってたっていうのに、ご主人様は課長にデートに誘われてあっさりOKを出した。おいらショックだったんだからな。課長の方が気を遣っておいらも一緒に出かけようって言ってくれたんだけど、それはそれで何か負けた感じがした。
「とむはともかく、お前へのプレゼントも食べ物にするべきだったかな」
「それも十分素敵なプレゼントですけど、嬉しいだけの感情で受け取れる気がしません」
「冗談だよ。もう少し後に渡そうと思ったけど、ほら。誕生日おめでとう。気に入ってもらえるといいんだが」
そう言って、課長はリボンのついた細長い箱をご主人様に渡した。
「あ、ありがとうございます。開けてもいいですか?」
「ああ」
丁寧にリボンを解いて、箱を開ける。
「わあ」
銀色に細長い文字盤がついた腕時計。落ち着いたデザインだけど、針や文字盤の数字が可愛い。そして、ご主人様が一番感動したのは文字盤にある犬をモチーフにした飾りだ。
「そんなに高いものじゃなくて悪いが、その飾りがとむに似てる気がしてな。それを着けていれば、もっと時間に敏感になってくれるだろうと思ったんだ」
「時計自体はすっごく気に入りましたけど、選んだ理由が微妙です」
何とも言えない顔のご主人様にまた笑って、課長は今度は平べったい缶を取り出した。
「ほら、これはとむにだ」
何だって?思ってもみない言葉に、おいらは耳をピンと立てる。
「え、何かすみません。いいんですか?」
「お前にだけプレゼントするのもあれだろ。芋が好きだって言うから、燻製のサツマイモのおやつにしてみたんだが…」
「キャンキャン!」
もうバテてた事なんか忘れちゃったよ。課長ってば、センス抜群だな。
膝に飛び乗ってお日様に負けないくらいの輝いた笑顔を見せると、課長はまたおかしそうに笑って頭を撫でてくれた。
やきもちよりもやきいもだよね。




