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ほっと一息

「───それでね、リコはケンちゃんが好きなんだけど、ケンちゃんはアユミちゃんが好きなの。アユミちゃんはお友達だから、ライバルにはなりたくなくって、ユウキ君がリコの事好きって言ってるから、ケンちゃんじゃなくてユウキ君に乗り換えた方がみんな幸せになれるかなって思ってるの。女は結局愛された方が幸せだって先生達が話してたの聞いたんだ」

「昨今の幼稚園児って怖い…!っていうか、先生達職場で何ちゅー話をしてんの」

 迷子になった女の子、リコちゃんを連れて戻ってきたご主人様から話を聞いた課長は、すぐに迷子受付に連絡をしてくれた。本当ならそこで専用のテントにリコちゃんを預ける筈だったのが、ご主人様と一緒がいいと駄々をこねたリコちゃんの意思を尊重してお迎えが来るまでご主人様のいるテントで預かる事になった。

 すっかりご機嫌になったリコちゃんは、さっきからずっとおしゃべりが止まらない。そして、かなりのおませさんだ。今年でついに二十代最後の年を迎えるご主人様は、リコちゃんを取り巻く恋愛事情に圧倒されっぱなしでいる。リコちゃんが早熟なのか、ご主人様がお子ちゃま過ぎるのかはちょっとおいらには判断できない。

 でも、問題が一つある。リコちゃんのおしゃべりが止まらないから、ご主人様は自分のお仕事ができない。そもそも、何もなくてもご主人様はお仕事ができてなかったじゃないかって?そこは一旦置いといてほしい。リコちゃんの相手で手一杯のご主人様を見て、課長は仕方ないからお迎えが来るまではこのままでいいと言ってくれた。ご主人様はお仕事を投げ出すわけにはいかないと言ったけど、課長に自分一人の方がやりやすいと言われて何も言い返せなかった。ああ、どんどんご主人様のダメージが蓄積されていく。

「美奈海お姉ちゃんは好きな人いないの?」

「すっ…え、っと…そ、そうだね~。どうかな~」

「いないなら、そこのおじさんとかどう?イケメンだし、お仕事できそうだし、リコが見る限りお姉ちゃんとお似合いだと思うな」

「りりりりりリコちゃん⁉ちょっと話題変えようか⁉」

 子供って怖い。空気が読めるようで読めないから、とんでもないところでえげつない爆弾を投げてくる。リコちゃんを黙らせようとしてるご主人様は気づいてないみたいだけど、おいらは必死に聞こえない振りをしてる課長をバッチリ見てしまった。

 っていうか、リコちゃんから見てご主人様は"お姉ちゃん"で課長は"おじさん"なのか。社交辞令を知らない子供って残酷だよね。おいら犬で良かった。

「リコ!」

 大きな声でリコちゃんを呼ぶ声がした。前からリコちゃんによく似た女の人がこっちに走ってくる。そのすぐ後ろにはすーさんの姿もあった。

「ママ!」

 リコちゃんがイスから下りてテントを出ていく。リコちゃんのママは、リコちゃんをギュッと抱きしめた。

「もうダメでしょ、勝手にどっか行っちゃ!」

「ごめんなさい!」

 感動の再会を果たしたリコちゃんのところにご主人様が歩み寄る。

「良かったね、リコちゃん」

「すみません、ウチの子がご迷惑おかけしました」

「いえ、とんでもないです!」

「あのね!美奈海お姉ちゃんが絶対ママを見つけてくれるって言ったんだよ!ずっとリコとお話ししてくれたの!」

「いやいや、私も楽しかったですし!」

「本当にありがとうございました」

 リコちゃんママがご主人様にお礼を言ってる側を通り過ぎて、すーさんがこっちに歩いてくる。

「伯父さんが見つけてくれたのか」

「いやあ、たまたま迷子受付に寄ったらお母さんがいたんでね。こっちの様子を見がてら、案内したんだよ。もっと泣いてるかと思ったけど、美奈海ちゃんがいてくれて良かった良かった」

「ああ、まあ子供受けするタイプだからな矢尾は」

「いい子だよねぇ。怜音も付き合うなら…」

 何か言いかけたすーさんが、課長をまじまじと見つめる。

「?何だよ?」

「…課長?」

 指を指してくるすーさんを呆れた目で見ながら、課長は言った。

「今さら何言ってるんだ。出世祝いもくれたっていうのに」

「いやあ、別に。そうかそうか、なるほど。そういう事だったのか。いいねぇ、若いっていうのは」

 何か言いながら、すーさんは一人で納得したようにうんうんと頷く。相変わらず謎が多い人だ。

「ほらリコ、行くわよ」

 頭を深々と下げてリコちゃんの手を引っ張っていくリコちゃんママ。それについていきながら、リコちゃんはご主人様に向かって手を振った。

「バイバイ、美奈海お姉ちゃん!おじさんと上手くいくといいね!」

「そうだね!一緒にお仕事頑張るね⁉」

 最後までおませな子だったな。言い逃げされる形になったご主人様のHPはもう残り少なそうだ。

「随分と懐かれたな、美奈海お姉ちゃん」

「やめてくださいよ、課長まで!」

 いつの間にか隣に立っていた課長の一言に、ご主人様が顔を赤くする。

「子供に好かれるのはいい事じゃないか、美奈海お姉ちゃん」

「もしかして自分はおじさん扱いされたの根に持ってます⁉」

 なるほど。課長は意外と気にするタイプだったか。



「終わったぁ!」

 夕焼けが辺りを真っ赤に染めた頃。バザーは無事大成功を収めて片付けに入った。何とか最後まで乗り切ったご主人様は、売り上げのお金が入った箱と売り上げ記録を書いた紙の束をまとめて机に突っ伏した。

「美奈海ちゃん、お疲れ様」

「すーさん!お疲れ様です!」

 持っていたコーヒーの缶をご主人様に渡して、すーさんはニコニコ笑いながらおいらの頭を撫でた。

「とむ君もありがとう。招き犬の役目、バッチリだったよ」

「キャン!」

「さて、美奈海ちゃんにもう一つだけお願いがあるんだ」

「何ですか?」

「公園の中央にある時計台にすーさんの特製スペシャルおやつが入ったクーラーボックスがあるから、取ってきてくれるかな?」

「お任せください!行くよ、とむ!」

「キャンキャン!」

 おいらとご主人様は、一目散に言われた場所までダッシュした。すーさんの言う通り、時計台の下のベンチにクーラーボックスが置いてあった。

「これかぁ。どんなおやつか楽しみだね、とむ」

「キャン!」

「矢尾」

 名前を呼ばれて振り返ったご主人様は、ビックリした顔で声の主を見た。

「課長!どうしてここに?」

「いや、伯父さんからお前がここにいるって聞いて…」

 そう言う課長は、何だかソワソワしている。

「私に用ですか?あ!売り上げの記録、間違ってました⁉」

「いや、それは大丈夫。そうじゃなくて…」

 これ、と言って課長が渡してきたのは小さな紙袋。

「何です、これ?」

 首を傾げるご主人様から視線を外して、課長は歯切れ悪く答える。

「その………だ」

「はい?」

「だから、その…お返しだ。バレンタインの」

「へ?」

 ご主人様の口から()頓狂(とんきょう)な声が出る。

「お返しって…今さらですか?」

「仕方ないだろ!他の奴らの目があるのに、一人だけ違うお返しを渡したら目立つだろうが!」

「一人だけ、って…」

 ご主人様の顔が赤い気がするのは、夕陽のせいだけじゃない。

「お前が悪いんだぞ。俺にだけ別のチョコを渡されたら、他の奴と同じもので返すわけにはいかないだろ。一人でいる時に渡そうとしても、お前が仕事でそれどころじゃなかったし。ずっと機会は(うかが)ってたんだぞ?」

「えっと、それはすみません…」

 まさかの逆転ホームランだ。別に告白されたわけじゃないし、律儀な人だからわざわざご主人様用のお返しを用意したってだけなんだろうけど。

 とりあえずご主人様が嬉しそうだからまあいっかっていうのと、恐らくこの場をお膳立(ぜんだ)てしてくれたすーさんへの感謝と、ご主人様は渡さないぞっていう対抗心でおいらの心はいっぱいになった。

 余談だけど、すーさんのスペシャルおやつはほっぺたが落ちるくらい美味しかった。


ほっと一息、油断大敵。

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