へっぽこ部下の
「いやあ、まさか美奈海ちゃんが怜音の部下だったとはね。じゃあ、この場はコンビネーション抜群の二人に任せちゃおうかな。何かあったらすーさんは本部の一番大きいテントにいるからね」
そう言って、すーさんは立ち去っていった。残されたご主人様と課長は、ただ指定されたテントの内側でパイプ椅子に腰かけたまま沈黙していた。この何とも言えない空気感、おいら何かした方がいいのかな。
会話の糸口になる役目を買って出ようか悩んでいると、課長がため息をついて頭をポリポリ掻いた。
「悪いな。驚いたろ」
「そりゃ驚きますよ!何で言ってくれなかったんですか⁉」
「今どきコネで入社なんて恥ずかしくて言えないだろ。周りに気を遣わせながら働くのも嫌だったしな。就職浪人だった俺を伯父さんが拾ってくれたんだ。会社の連中には言うなよ」
「就職浪人?課長がですか?」
まさかのカミングアウトに、ご主人様はポカンと口を開ける。
「お前はやたら俺の事を高く評価してるみたいだけど、入社当時の俺はお前に負けず劣らずのポンコツだったんだぞ?伯父さんに報いるためにとにかくがむしゃらに頑張ってたら、あれよあれよという間に課長にまでなってたんだ」
「そう、だったんですか…」
「鬼上司の黒歴史を聞いて幻滅したか?」
苦笑する課長に、そんなわけないじゃないですか!と座っていたパイプ椅子から立ち上がる。
「課長はいつもみんなの事考えてくれて、私の事ちゃんと一人前にしようと厳しいながらも愛のある指導をしてくれて、課長が見捨てないでくれたから私は今もあの会社で頑張る事ができてて…だから、だから…えっと…その………すみません、何が言いたかったかわからなくなりました!」
「ブッ…」
ご主人様の正直すぎる一言がツボだったのか、課長は思わず噴き出した。
「ハハハ、ホントお前って奴は…ククッ…」
「す、すみません」
「まあ、バレたのがお前で良かったのかもな。お前はそういうの言いふらすようなタイプじゃないし、うっかり口を滑らせでもしない限り…いや、何か急に不安になってきた」
「言いませんよ!」
ご主人様が力一杯否定するけど、おいらは課長に一票だ。ご主人様自身が誰かを貶めたり陰口を言う事は絶対にないんだけど、誰かが話していた悪口や秘密を話の流れでつい本人に言ってしまって気まずい思いをする典型的なタイプ、それがおいらの知っているご主人様だ。
必死に課長を安心させようとしているご主人様に、課長はわかったわかったって言って笑った。
「その子が噂のとむなのか?」
「え?あ、はい!」
課長の視線がおいらに向く。おいらは首を傾げる。噂のって?
「会社でよく話してるもんな。昼休みに携帯の写真を見せては、自慢しまくってるじゃないか」
「さ、騒がしくしてすみません…」
赤くなった顔で謝るご主人様に対して、おいらは嬉しい気持ちで顔が輝いているのがわかる。そうか、ご主人様ってばそんなにおいらの事自慢して回ってるんだ。おいらいい子で可愛いもんね。
課長はおいらと目を合わせるみたいにしゃがみ込むと、手を出して言った。
「初めまして。和生怜音、君のご主人様の上司だよ。よろしくな」
「わふっ」
おいらが警戒もせずにペロッと課長の手を舐めたのを見て、ご主人様が驚いた顔をする。
「え、珍しい。とむが男の人相手に吠えもしないどころか、素直に手を舐めるなんて」
「そうなのか?」
「はい。基本的に犬でも人間でもオスは敵視してるので」
とんだ言い草だ。ご主人様が好きな人だから、ちょっとでもポイントを稼ごうと協力してあげてるっていうのに。
「人懐っこいのは飼い主譲りなんだな。いい事じゃないか」
さて、と立ち上がって課長が腕時計で時間を確認する。
「そろそろ開場の時間だ。任されたからには、しっかりやり遂げるぞ」
「は、はい!」
ご主人様の返事のすぐ後に、バザーが始まるというアナウンスが公園中に響いた。
*
「すいません、パンフレットにあるこのテントってどの辺にありますか?」
「は、はい!えっと、今いるのがここで…いや、こっち?あ、違う、ええっと、ここをこう行って…」
「お姉さん、これあっちに落ちてたよ」
「あ、ありがとうございます!お手数ですが、ここにお名前とご連絡先と落とされた物の特徴を…あ、違う、これ落とした場合のやつだ!あれ?預かる場合のマニュアルってどこだっけ⁉」
「ねえ、そこのあなた。これとこれとこれ、まとめて買うから少し値下げしてもらえないかしら?」
「あ、いや、それの値下げはちょっと…あれ、いいんだっけ?課長~!」
「───お前な」
「す、すみません…」
呆れた顔の課長にシュンと小さくなりながら謝るご主人様。ああ、なるほど。普段の会社でのご主人様ってこういう感じなんだな。
まだお昼前だっていうのに、ご主人様はすでに十分すぎるほどやらかしていた。おいらからすればわかりきってた事だけど、本部にいる人達はみんな苦笑いだ。課長はおいらと同じでご主人様のポンコツぶりを知っているからひたすらフォローに回ってくれたけど、限度ってあるよね。
「いつも言ってる事だが、お前はまず落ち着いて行動するって事を心がけろ」
「はい…」
「ハァ…少し早いが、先に休憩してこい。午後はしっかり頼むぞ」
「はい…行こっか、とむ」
おいらを連れて、ご主人様はトボトボとスタッフの休憩用テントに向かう。お弁当を貰って席に着いてからも、ずっとどよ~んとした空気を背負っている。
「ああ…ダメだ…ホワイトデーがどうとか、そんな事言ってる場合じゃないよ…絶対見限られた…もうダメだ…」
そんな事を言いながら、ずっと落ち込んでいた。落ち込み過ぎて地面にめり込みそうだ。ここまでくると、おいらもどうしてあげればいいかわからなくて周りを歩き回る事しかできない。
沈んだ顔のままお弁当を完食したご主人様が、課長のところに戻ろうとしていた時だった。
「ママ、どこ?」
「え?」
服の裾を引っ張られたご主人様が振り返ると、小さな女の子が半泣きでご主人様を見上げていた。
「ママ、いない…」
「あ、迷子?えっと、迷子受付って本部でいいんだっけ?」
ご主人様があたふたしている間にも、女の子は不安なのかどんどん目に涙が溜まっていく。
「ママぁ…」
「あああ、泣かないで!」
慌てたご主人様が、女の子の視線に合わせてかがみ込む。
「大丈夫!お姉さんが絶対見つけてあげるからね!」
「ホント?」
「ホント!」
ニコッと笑ったご主人様につられて、女の子の口元にも笑みが浮かぶ。
おいらも元気を出してもらおうと女の子の手を舐める。女の子はちょっとビックリしたみたいだけど、すぐにふにゃっとした笑顔になった。あ、何だかこの顔ご主人様みたいだな。
「ふふ、ワンちゃんふわふわだ」
「そうだよ~。とむっていうの」
「可愛いね!」
「でしょ~!あ、あなたのお名前は?」
「リコ!」
「リコちゃんか。リコちゃんも可愛いお名前だね」
「えへへ~。お姉ちゃんは?」
「私?私はね、美奈海だよ」
「美奈海お姉ちゃん?」
「そうだよ~」
何かこの二人、雰囲気が似てるな。二人並ぶと、背景にお花が見える気がする。
「よし、とりあえず課長のところに戻ろう。またはぐれちゃったら大変だから、手繋ごうね」
「うん!」
「キャン!」
みんなで一緒に元のテントまで戻ると、課長はキョトンとしていたけどすぐに迷子担当の人に連絡を取ってくれた。
へっぽこ部下の奮闘記。




