ぬくぬくぽかぽか
「あ~。やっぱり冬はこれだよねぇ」
「日本人で良かったと思う瞬間ベスト5には入りますよね」
「いいや、私はベスト3に入るね」
「何の対抗心なんですか、それ」
おっさんじみた二つの声が、おっさんじみた会話をしている。
今日は先輩がお泊まりに来ていた。熱燗をテーブルに置いて二人が包まっているのは、寒い冬にもってこいのコタツだ。
お気に入りのスルメを齧りながら、先輩はおいらを見て言った。
「前から思ってたんだけどさ」
「はい?」
「とむって、犬っていうより猫みたいよね」
「へ?」
ご主人様が気の抜けるような声を出す。おいらも顔を上げる。突然何を言い出すんだ。おいらはれっきとした犬だぞ。
「何でそう思うんですか?」
「いやさ、童謡にもあるじゃん?犬は喜び庭駆け回り、猫はコタツで丸くなるって。まあ、とむの場合はちゃんと外に出たがるけどさ。見てよ、この姿」
先輩に言われて、ご主人様がおいらのいる方を覗き込む。
「…確かに」
ご主人様まで何なんだ。おいらはそっぽを向いて反抗する。
「あんまり気にした事なかったですけど、言われてみればこれって猫でよく見る光景ですよね」
ご主人様が言っているのは、おいらがコタツに入って首だけを外に出している姿の事だろう。人間のご主人様達だって同じような格好で暖まっているんだから、おいらだって入ったっていいじゃないか。犬だって寒いもんは寒いんだ。
「あとさ、とむってしょっちゅう伸びをしてるじゃん?あれも猫っぽくない?」
「あ、そうそう。とむってば、私の足に前足をかけて甘えてると見せかけてストレッチするんですよ」
「顔洗うような仕草をするのもさ、犬もやるのはやるらしいけどイメージは猫の方が強いし」
「うんうん」
「飼い主に対してドライっていうか、自分の気分次第で甘えてきたり全然近づかなかったり…気まぐれなとことか猫っぽさありまくりなのよね」
「マイペースですからねぇ、とむは」
好き勝手言ってくれてるじゃないか。おいらが本当に猫だったら、ご主人様は毎朝遅刻してるところだぞ。あいつらは自分が一番、ご主人様のために何かする事なんてないんだからな。偏見だって?そんな事はない。
「でも、先輩って元々はどっちかっていうと猫派ですよね」
「まあね。程よい距離感を保ってくれるって意味では、犬より猫の方が性に合ってるかな」
何だって?そんなの初耳だぞ。いつもあんなに構ってくれるじゃないか。おいらの事は遊びだったの?
思わずコタツから出て先輩に近づくと、先輩はフッと笑って撫でてくれた。気持ちいいけど、だからってさっきの言葉が帳消しになるわけじゃないからね。
「そういえば、課長って実家で犬飼ってたらしいよ」
「ホントですか⁉どこ情報ですか、それ⁉」
「落ち着け。営業部の同期が話の流れで聞いたんだってさ」
「前にもありましたけど、先輩の同期ってめちゃくちゃ課長と仲いいですよね!私なんか、そんなプライベートな話聞いた事もないのに…!」
「あんたの場合は、仕事の話だけで就業時間が終わるからでしょうが。聞いたら意外とすんなりしゃべってくれるみたいよ?」
「何で私は仕事ができないんでしょうか…!」
「それはこっちが聞きたい」
バッサリとご主人様の嘆きを一蹴して、先輩がお猪口をグイッと空にする。相変わらずお酒が強いなぁ。
「ってかさ、とむのそういう行動ってどんな意味があるんだろうね」
「確かにそうですね」
「ちょっと検索してみよっか」
先輩がいそいそとスマホを手に取る。
「えーっと、とりあえず【犬 仕草】でいいかな…あ、あったあった。へー、そうなんだ」
「な、何がですか?」
「えっとねー、まず伸びをする理由だけど、やっぱりストレッチの目的があるんだってさ。後は甘えたい時にも同じような姿勢をする、と」
「って事は、私の考えはあながち間違いではなかったという事ですね」
何とも言えない顔でこっちを見るご主人様に、おいらは大きく尻尾を振ってみる。ち、違うよ?ちゃんと甘えてるんだよ?
「あ、その尻尾を振ってるのは様子を窺ってる時の仕草みたいよ」
「とむ~?」
くっ、これだからネットってやつは厄介なんだ。おいらの隠された本音が次々と暴かれていくじゃないか。おいらはあくびをしてこの場をごまかそうと試みる。
「ほーう、あくびって眠いんじゃなくて強いストレスがかかった時に自分自身を落ち着けるためにするらしいよ」
「ずっと騙されてたのね!ひどいわ、とむ!」
「修羅場のカップルか」
先輩の言葉をちゃんと聞いてよ。おいらは今、強いストレスを感じてるんだよ?おいらが騙してたんじゃなくて、ご主人様が勝手に都合良く解釈してたんじゃないか。おいらは悪くないぞ。それを指摘しようとしなかったのは確信犯じゃないかって?だって、おいらしゃべれないも~ん。
「あ、でも首を傾げたりお腹を見せるのはちゃんと話を聞こうとしてたり信頼の表れだと。お腹はよく聞くけど、首を傾げるのって人間とは違う感情なのね」
「お腹!見せてくれますよ!おやつ欲しい時とか、すっごい笑顔で見せてくるんです!」
「それは信頼っていうか、おやつを手に入れるための手段としてのビジネス腹チラなんじゃないの?」
「え、そうなんですか⁉」
もうやめてよ。どんどんおいらが打算的で、ご主人様を手玉に取る悪い男みたいになってるじゃないか。ちゃんとご主人様の事大好きなのに、ひどいよ。
居たたまれなくなったおいらが前足の肉球を舐めて顔を掻いていると、先輩がこっちを見て言った。
「あ、今不満が溜まってるっぽいよ」
「え、これがですか?」
「猫と同じで、雨が降りそうな時に顔を洗う仕草をする事もあるみたいだけど、今は多分違うね。全然構ってもらえないと、こんな風に不満を伝えるんだってさ」
「とむううう!ごめんねぇ!大好きだよおおお!」
先輩の解説を聞いたご主人様にガバッと抱きつかれる。ふんだ、そんな事でおいらの機嫌が直ると思ったら大間違いだからね。でも、抱っこは嬉しいからこれはこれでそのままにしておこう。
「ペットは飼い主に似るって言うけど、あんたの場合逆よね」
「何がですか?」
「あんたが犬に似てるって事。いや、高校の時からすでに犬っぽかったか」
「え、ひどくないですか?」
先輩の発言にショックを受けてるけど、犬っぽいっていうのはおいらも同意だ。ご主人様向いてるよ、犬に。
「義理堅いっていうか、受けた恩は絶対忘れないところとか、一度懐いた人間には全力で仕えるところとかもう完全に犬じゃん」
「え、これ褒められてるんですか?」
「褒めてるかどうかはわかんない」
「ええぇ」
マイペースにお猪口にお酒を注ぐ先輩は、絶対猫だなぁ。
「高校時代もさ、私や他の先輩見つけると必ずと言っていいほど駆け寄ってきてたじゃん。あんたが走ってくるの見ては、でっかい尻尾ブンブン振ってんなって笑ってたの知らないでしょ」
「初耳ですよ!私尻尾ないですからね!」
「それぐらい犬感が強かったって事」
「それは喜んでいいんでしょうか?」
「まあいいんじゃない?愛しの課長も犬派なんだし、従順なのはあんたの数少ない美点だよ」
「数少ないっていうのが地味に気になるんですけど、でもそうですよね!課長も犬好きなら、今度とむの話をしてみようかな」
「話せる時間があればね」
「もー、先輩!」
その後もコロコロ話題が変わっては盛り上がる二人は、お酒を飲むスピードが上がって最終的にコタツで爆睡する事になるのだった。
ぬくぬくぽかぽか、コタツで談義。




