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ちょっと不思議な

「あっついね~」

「クゥーン」

 夏真っ盛りのこの時期は、夕方でもなかなか気温が下がらない。道路もフライパンみたいに熱々だ。この時間でこれなんだから、昼間にお散歩なんかしたらおいらの肉球はステーキになっちゃうな。

 この間大金の奥さんとマロンがお散歩してたけど、マロンの奴犬用のバギーに乗せてもらっていた。しかも屋根つき、中には小さな扇風機が完備されていて、涼しい顔で「ご機嫌いかが?」なんて言うんだ。お前も犬の端くれなら、せめて地面を歩けよ。その待遇が許されるのは、五右衛門じいさんみたいに暑い中歩く体力がなくなってきた犬だけだと思うんだ。

「これだけ暑いと、日焼け止めなんか塗ってもすぐ汗で流れちゃって意味ないよねぇ」

 首から下げたタオルで汗を拭くご主人様が、覇気のない声で弱音を吐く。人間は毛が薄いからお肌へのダメージが大きそうで大変だ。

 かく言うおいらも、犬の中では紫外線の影響を受けやすい方だから出かける前に犬用の日焼け止めスプレーをしてもらった。おいらに汗腺があったら、ご主人様と同じく全部流れてしまっていたかもしれない。言っとくけど、汗を掻かないからって暑くないわけじゃないからね。

 こまめに水分を取りながら歩いていると、正面から自転車に乗った男の人がやってきた。

「あれ?」

「やぁ、美奈海ちゃん、とむ君。お散歩かい?暑いのに大変だねぇ」

 おいら達の目の前で止まったこの人は、大金の奥さんとは違った意味で有名なご近所さんだ。

「こんにちは、すーさん。今日も()()()()()ですか?」

「そうそう。今日も町は平和だよ」

 ご主人様の問いかけにニコニコ笑って答えるこの人は、すーさん。いつもパトロールと称して、自転車で町のあちこちを走り回っている。とても顔が広くて、町中の人がすーさんを知っているのに誰もその正体を知らない謎に満ちた人だ。あちこちに現れては、町の人の困りごとを解決してくれる。噂では、町長さんもすーさんには頭が上がらないとか何とか。アレだ、きっとすーさんは秘密結社の一員で、極秘任務でこの町の秘密を探っているんだ。ここにどんな秘密があるのかって?それはアレだよ、極上のおやつが眠ってるとかそんな感じだ。

「今日もすごい格好ですね」

「お、わかるかい?」

 ご主人様に言われて、すーさんはちょっと嬉しそうにしながら腰に巻いていたジャージの上着を見せた。

 すーさんはいつも何て言うか、個性的な格好をしている。上下ともジャージなのはご主人様も着る事はあるけど、すーさんのジャージにはあっちこっちいかつい刺繡がしてあるんだ。ジャージというよりはスカジャンに近い。ちなみに今日は、背中に龍と虎が刺繍されている。確かこの間会った時は、"天下無敵平和上等"、その前は"世慮志駆(よろしく)"だった。

 普通は"夜露死苦"の筈だけど、すーさん曰く"世"の中を"(おも)"うような"志"ある人が"駆"け回る世界になりますようにっていう願いが込められているらしい。一見物騒に見えて穏やかというか、独特のセンスをしてると思う。

「そうそう。とむ君にもあげようか」

 上着を腰に巻き直すと、すーさんは自転車の荷台に乗っていたクーラーボックスからある物を取り出した。

「じゃーん。すーさん特製、お芋クッキーだよ」

「キャンキャン!キャン!キャンキャン!」

「おお、相変わらず食いつきがいいね。あげてもいいかな、美奈海ちゃん?」

「はい、いつもありがとうございます。良かったね、とむ~」

 暑くてバテていた体に力がみなぎるのがわかった。自転車を降りたすーさんが、自分の手に乗せて渡してくれる。おいらはそれに飛びついた。

 すーさんはときどきこうして、手作りのおやつを配って回っている。すーさんの作るおやつはいつもすごく美味しい。まったく、今日はなんて日だ!もちろんいい意味でね!

「いつも思うんですけど、すーさんってホントに何者なんですか?」

「あれ、僕に興味あるのかい?美奈海ちゃんなら大歓迎、いつでもウェルカムだよ」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 ビシッと親指を立ててウインクをするすーさんに、ご主人様は容赦なく手を振って否定する。

「手厳しいなぁ」

「年齢不詳だし、仕事をしているのかもわからないし、かといってお金に困ってる感じにも見えないし…」

「僕は自由と平和を愛するごく普通のおっさんだよ」

「ごく普通のおっさんは、トイレのトラブルを解決したり、トラックを運転してエンストした車を回収したり、ご近所のワンちゃんにおやつを配って回ったりはしないと思います」

 クッキーをもぐもぐしながら、おいらもご主人様の意見に頷く。ご近所さん同士のおしゃべりでも、困った事があった人は必ずすーさんが何とかしてくれたって言うんだ。クラシ〇ンやJ〇Fよりずっと頼もしい。

「ぶっちゃけ、お仕事してるのかどうかだけでも教えてくれません?」

「え~、どうしよっかな~」

「とむ、GO!」

「クゥーン」

 ご主人様の合図で、おいらが必殺上目遣いの術を炸裂させる。自分で言うのも何だけど、この連携は完璧だ。すーさんも、参ったなぁとか言いながらおいらのお願いにデレデレだ。

「うーん…よし!じゃあすーさんが出すクイズに正解したら、一つだけ質問に答えてあげるよ。それでどうだい?」

「クイズですか?」

「そうそう。その方が面白いでしょ?」

 すーさんは本当に遊び心を忘れない人だ。見た目はおじさんだけど、中身はきっと少年のままなんだろうな。

 すーさんの提案に少し考えたご主人様は、手を叩いてわかりました!と頷いた。

「その勝負、受けて立ちます!」

「オッケー、オッケー。では問題です。すーさんは今、楽器を習いたいと思っています。さて、それは何の楽器でしょう?」

「が、楽器ですか?」

 ご主人様が戸惑ったように聞き返す。これは難問だ。すーさんが習おうと思ってる楽器。一体何だろう?

「え、王道で言えばピアノ?それかバイオリンとか?ギターやドラムもすーさんに似合ってるけど、そっち系?いや、いっそマニアックにウクレレ…ううーん、難しい」

 考え込むご主人様に、すーさんは笑って言った。

「そんなに真剣に考えてくれるなんて、すーさん照れちゃうなぁ」

「ヒント!何かヒントください!」

「うーん、そうだなぁ…」

 ご主人様のお願いに、今度はすーさんが腕を組んで考える。

「あえて挙げるとすれば…」

「すれば?」

「手を使う楽器だね」

「大抵の楽器は手を使うと思います」

 珍しくご主人様が鋭くツッコんだ。でも今のはご主人様が正しいとおいらも思う。すーさんが天然で言ってるのか、それとも上手くかわされたのか。それもわからないのがすーさんという人間だ。

「ううーん、わかんない。こうなったら勘で勝負だ!意外性を狙って、フルートで!」

 何をもって意外性としてるのかは謎だけど、おいらもご主人様と同じようにすーさんを見つめて反応を確かめる。

「うんうん、残念ながらハズレだね」

「違ったか…!」

 笑顔で不正解を告げられて、ご主人様はガックリとうなだれる。

「もう質問に答えてくれなくていいので、クイズの正解だけ教えてくれません?むしろそっちの方が気になってきました」

「構わないよ。正解は…」

 ゴクリと唾を飲む音が聞こえる。

「正解は…オカリナでした!」

「特殊!」

 今日はご主人様のツッコミが冴えている。ご主人様はボケる立場でいてくれないと、おいらの出番が少なくなるじゃないか。

「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。パトロールがまだ残ってるからね」

 そう言って、すーさんは夕焼けの向こうへ消えていった。結局、すーさんの事がわかるどころかますます謎が深まるだけだった。


ちょっと不思議なご近所さん。

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