SIDE:Hilda Ⅵ
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その日、国王陛下に呼ばれて王宮に向かった。
お父様も一緒なので、レナード様の婚約の事かしら? とその時は暢気に考えていた。それは、お父様もそうだったのだけれど。
「おう、よく来た。待っておったぞ。」
案内された部屋には既に国王陛下だけではなく、側妃のエリザベス様もレナード様もいらした。
慌てて挨拶をしようとすると、「プライベートだ。堅苦しい事は抜きにしよう。」と言われて、カーテシーをするにとどめた。
「婚約の件、王妃がごねておってな。」
まぁ、そうなるだろうな、と勧められて座ったソファで国王陛下の言葉を聞いた。
公爵家には年の合う令嬢が私以外はいなくて、侯爵家は既に婚約者がいる令嬢と例のあのレナード様に付きまとった令嬢。後は若干年が離れてしまう令嬢しかいないのだから。
「なので、早急にまとめてしまおうと思っている。」
この人は、聖女が聖女たる所以を理解しているのだ、と思った。
ここで第一王子であるオースティン様との婚約を結ぼうとした場合、お父様がどう動くのだとか、私がどうなるかだとかを理解している。
「君は聖女だ。レナード以外と結ばれる事を良しとはしないと理解していない馬鹿どもは放置でいい。」
そう付け加えられて事は、私の知らない何かがあるのだろう。
聖女が望まぬ結婚は聖力を失う可能性があるのだ、と言う事を王妃様は理解していないのだろうか。
違うな。
可能性は可能性であって、決定ではないとか言いそうな気がする。本当にそんな人だから。オースティン様もそんな感じだし。
「書類は用意した。確認して欲しい。」
国王陛下はそう言えば、そばに控えていたお付きの人が書類をお父様に手渡した。
その書類を受け取り確認をした後に、ポケットから取り出した万年筆でサインをする。
「ヒルダ、君もサインを。」
とお父様から渡された書類に目を通す。
魔法契約をする為の用紙に形式通りの文章。レナード様の名前と私の名前が書かれていた。それだけで、特に約束事は書かれていない。これは、後から決める為に別紙を参照とは書かれているけれど。
「よろしくお願いいたします。」
サインをして、書類を国王陛下にお渡しする。
この場で国王の認証印を押してくださるとは思わなかったのだけれど、しっかりと印をした後に、書類を手渡してくれたお付きの人に渡した。
「大至急、神殿に届けてくれ。」
陛下はそう言って、書類を持ってきてくれたお付きの人に渡した。
それを受け取ったお付きの人は部屋を出て行ったので、神殿に向かったのだろう。
「本来なら、もっと早くするつもりだったのだが………」
と国王陛下が言葉を濁した。
もしかして、王妃様が反対した事以外にも理由があるのだろうか。
「これはお願いで、王命にはしたくはないのだが、レナード、立太子する気はないか?」
いきなりな言葉に驚いた。
レナード様もエリザベス様も驚いているから、本当にいきなりなんだろうな。
「オースティンの言っている事があまりにも身勝手でな。」
と切り出されたのは、婚約者の打診の件。
私の所にも来ていたのをお父様が断った、までは聞いていた。でも、それだけではなく、セシリア様の所にも行ったらしい。神殿を通して相談されたのだそうだ。
でも、問題行動はそれだけではなくて。
けれど、今一番の問題がオースティン様の婚約者の件なのだろうけれど。
「筆頭聖女なら自分に相応しい、とか言い出してな。」
あぁそうか、と思った。
だからセシリア様は結婚を急いだのだ、と理解してしまった。
年は上になるが、筆頭聖女の価値は高い。伯爵令嬢であっても、国に一人しかいないのだから、それ以上の価値はある。
そして、次代の筆頭聖女は平民出身だ。
絶対に王妃様は選ばないだろうし、オースティン様は毛嫌いしそうだ。
「神殿と相談した結果、明日には筆頭聖女の引退と結婚を発表する事になったのだが、神殿側が決めている次期の筆頭聖女は未だ難しいだろう、と判断した。だから、ヒルダ嬢に筆頭聖女を引き受けて欲しいのだ。」
え? そっちも????
待って?
話が大きすぎて、理解が追いつかない。
「待ってください。それでは、例の話が公になる可能性もありますよ?」
お父様の言う事は尤もだ。
それがあったが故に、筆頭聖女どころか聖女である事も内緒にしていたのに。
「かまわない。それよりも、もっと問題が発覚した。」
はい?
「故意ではないと言い張ってはいたが、側妃エリザベスの為に用意していた壁紙やドレスから毒物が見付かった。」
「もしかして、色はグリーンですか?」
「そうだ。私の瞳の色だな。」
「だから、ですか。」
「だから、だろうな。」
え? お父様、何か知っているの?
緑? 緑だと何か問題があるの?
「知らなかっただとか、私の指示ではないだとか王妃は言っているが、手配をしたのは王妃の実家の侯爵家だ。これで、チェックメイトだな。」
呪詛の件を見逃したのだから、そうなるのかしら。
「そうなってしまいますかねぇ………。」
とお父様は考え出した。
そう言えば、『次は毒になる。』とレナード様は言っていた気がする。それを実行した、でいいのかしら。
「オースティンはそのままで、王妃様だけ離宮に入るのはどうでしょう?」
そう提案したのはレナード様。
でも、それだけじゃなくて。
「その壁紙を使って改装した離宮にしたらどうでしょうかね。」
あ、怒っている。
自分の命が狙われた事よりも、母親のエリザベス様の命が狙われた事を怒っている。
「そうするか。」
と国王陛下は納得しているけど。
でも、毒と知っていて見過ごす事は出来ない。
「ですが!」
と言ってはみたものの、ここに居る方々の表情を見てしまうと続きの言葉が出てこなかった。
「ヒルダ嬢、王妃はな、罪のないものに罪を着せてきているんだ。自分よりも優れているだとか、目障りだ、とかでな。」
え?
そう、なの? とお父様を見てしまった。
「そして、レナード様に呪詛を送ったのは王妃だ。」
え?
えぇぇぇぇえぇぇええぇ????? 嘘、でしょう?
だって、今の今までそれは王妃様の御父上の侯爵様だと言われていたではないですか!
「祓う事を前提にしてはいたが、最悪、呪詛返しも考えていたんだ。だが、本気で人を呪ったというよりは、たまたまそうなってしまった呪詛でもあったから、大事にしたくはなかったのも理由のひとつだ。」
「確かに、誰が広めたのか、あの頃は《おまじない》が貴族の、主に令嬢の間で流行っておりましたね。」
国王陛下の言葉に淡々と返すエリザベス様は知っていたのだろう。
レナード様は知らなかったようだけど。
「その延長線上でしたらしいのだが、髪の毛も入手したし、かなりの人数で………王妃付きの侍女総出でしたらしい。これは、本人からではなく辞めて嫁いだ侍女からの情報だ。」
そうだったのですね。
今思うと、あの感情は妬みだとか僻みだとか、その辺の感情だったのだろうな。純粋な怒りではない事だけは理解できたのだけれど、それ以上は無理だったから。
「その侍女は伯爵家の三女だ。」
納得だ。
同じ伯爵家の令嬢でありながら、片方は側妃で王子を生み、自分は王妃に使える侍女なのだ。恨んでしまう気持ちを持てしまってもおかしくはない。
「魔力を持たない国で流行った《おまじない》と言われるものが、魔力を持つ人間がした場合どうなるかを考えた事があるか?」
「そうですねぇ、確実に《お呪い》は《呪い》になりますね。」
突然の国王陛下の質問に戸惑っていたら、エリザベス様が答えを教えてくれた。
そうか、だから偶発的な物、とした訳ね。でも、絶対に裏もあるんだろうな。流行らせたのが王妃様の実家だったら納得だわ。
そして、エリザベス様の言葉通りなら、国王陛下に情報を漏らした侍女は自分たちが第二王子を呪ってしまった事に気付いてしまったのだろうな。
「………そういう事よ。」
ニッコリとエリザベス様が言う。
そう言う事か。
だから、色々と文句があっても侯爵様は自分の蒔いた種を刈り取る事が出来ずに引退をした、と。
う~ん、難しい。
言葉を選んで、しかも直接的な物言いをしないから理解するのが本当に大変。