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魔王無き世の英雄譚~かつて世界を救った『拳聖』は、今生で『剣聖』を目指します~  作者: 想兼 ヒロ
第一章 この熱は自分のもの

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第7話 知らない背中

「この」

 力任せに振り下ろされる(おの)。何の技量も感じない一撃、それをエリクは体をねじって避けた。(ほお)の近くを凶刃が通過する。空気を裂く音が耳を打つ。その様子を、(みどり)の瞳は(まばた)きすら一つせずに見送った。

 同時にそっと左拳を男の腕の軌道上に置く。


「ごおっ!」

 

 鈍い息が聞こえる。エリクはただそこに拳を固定させただけだ。動かしていない。男は自分の全体重をのせた一撃を止められた。それだけで、彼の手首が音を立てて壊れた。

 骨が砕ける音が、空気を一瞬凍らせる。これでもう武器は握れない。(もん)(ぜつ)して倒れ込む男に(いち)(べつ)だけくれて、エリクは周囲を見渡した。


「な、なんだこいつ」


 残った野党はすでに腰がひけている。無理もない。戦士なら、こうはならないだろうが、結局は人の道を諦めた者達である。

 所詮、楽をするために外道に()ちた連中だ。得体の知れない恐怖に向き合う覚悟はないのだろう。エリクの予想通りだった。


(そうだ。おまえたちが相手をするには面倒な相手だぞ、私は)


 腰を落とす。迎え撃つために、エリクは構え直した。きっ、と力強くにらみつける。鋭い眼光が、突き刺さった。


「ひぃ」


 情けない声を出して、残った者達はちりぢりに逃げ去った。(こん)(とう)する、元仲間を置いて。その様子を見て、戦闘のために凍り付いていたエリクの表情は、ふっと緩む。しかし、すぐに苦々しいものに変わった。

 確かにいたずらに犠牲を増やすのは得策ではない。しかし、仲間を助けようと()()する態度だけは示して欲しかった。


(こいつらも報われないな……いや、殺しちゃいないが)

 足下で壊れた手を持って、(いま)だにうなっている大男を見て、エリクは大きく嘆息した。


 しばらくの沈黙。

「た、助かった」

 静かになった広場に響いた(あん)()の声が引き金となった。


 わぁっ、と歓声が広がる。そして、中央で立ち尽くしていたエリクの元に村人が殺到した。

「エリク、さっきのは何なんだ。いったい、いつ体術なんて覚えたんだ」

「すごいじゃない、坊や。いつも練習してるの見てたけど、そんなに強かったんだ」

「兄ちゃん、兄ちゃん、オレにも教えてくれよ。さっきの!」


 知らない顔が、()()れしい笑顔と暖かさをまとって迫ってくる。エリクとしての記憶が無い彼にとっては、全員が初対面だ。遠慮の無い祝福に戸惑いながらも、かすかな熱を感じる。


(ここまで喜ばれたことは久しくなかったな)


 ロランの記憶がよみがえる。

 アイヴァン達と別行動をしていたとき、村を襲う魔獣の声を聞いて拳を振るったことがある。あのときは、間に合わなかった。食い荒らされた、血の臭いが漂う中でロランは魔獣を討伐した。

 残った村人の、ロランに向ける目は様々だった。純粋に喜ぶものもいた。しかし、耐えられない悲しみから助けの遅れたロランを責める声もあった。そして、異質な力を持つロランに魔獣相手と同じ(おび)えを示す者も。

 

 あの頃は、魔王相手に皆が疲弊していた。喜びや感謝も、明日無き世には無駄に思えたのだ。

 きっと、魔王を討伐した後であれば、祝福はされたかもしれない。道半ばで散ったロランは、その先を知らない。だから、憶測でしかないのだが。


 もみくちゃにされながら、周囲を見渡す。皆が笑顔だ。エリクに集まっている人はもちろん、遠くでこの騒ぎを見ているものも胸をなで下ろしている。

 自分よりも幼い子どもが拳を振るうまねをしていた。先ほどのエリクの戦いに感化されたのか。


 そんな様を、受け止めきれない気持ちがあった。


 得体の知らない戦いを、村の子どもがしたのだ。程度の差はあれど、あの野盗共のように(おび)えるものがいても無理はない。

 不思議に思っている者はいそうだ。それでも、嫌な視線ではない。どうしたんだろうか、という親愛のこもった目だ。


 ああ、そうか。急に納得ができた。


(愛されているのだな、エリクは)

 どこか、遠い出来事のように、彼は周囲の狂騒をしばらく眺めていた。


 視界の隅に、明るい色のスカーフが揺れる。

「あっ」

 ピントの合っていない視界が、急に定まった。


「エリク……」

 マリーがこちらをじっと見ていた。エリクが贈った、彼女の宝物のスカーフ。それを、彼女はぎゅっと握っている。

 視線が合ったことに気づいた彼女は、唇を()んだ。さっと後ろを振り返って、駆け出してしまった。


 そんな彼女を、(いま)だに囲まれているエリクが追うことはできず、ただ伸ばした右手だけが空にとどまっていた。胸の痛みを残して。


(あんなの知らない)


 マリーは出てくる涙を拭うこともせず走る。それを見た大人が声をかけようとしていたが、彼女はそのまま駆け抜けた。


(あんなエリク、あたしは知らないっ!)


 野盗の襲撃。そのとき、懸けだしたエリクのあとを追うことしかできず、彼女が遅れて広場に着いたときには、怖い人たちの前にエリクは立っていた。

 そのあとは、ただ見ているしか無かった。自分と同じ背丈の少年が、武装した男達をたたき伏せる様を。

 歓喜に沸く村人達の中にいて、マリーの心はざわめいた。


(エリクじゃない、エリクじゃないっ。あんなの、エリクじゃないっ!)


 マリーはただ、エリクが記憶を無くしただけだと思っていた。自分との思い出を無くしていたエリクを見て、マリーは悲しかった。それでも、きっと思い出してもらえると。そう、信じていた。

 それなのに、もし、その前提が間違っていたとしたら。一度考えた仮定は、なかなか消えてくれない。マリーの中に真実のように、広がっていく。


 今より、もっと幼い頃から一緒に過ごしてきた。彼が語った夢が、まるで自分のものかのように輝いて見えた。この調子では、大人になっても変わらないのだろう。そんなキラキラした目をした大切な幼なじみ。

 彼女が好きなエリク・ブレイクスは、すでにこの世に存在しないのではないか。


「あっ」

 つまずいた。勢いよく前に転ぶ。それをきっかけに、全てが決壊した。

「う、うわあ……」

 そのまま、立ち上がることができず、それに気づいた人が近寄ってくるまで彼女は泣き続けていた。



「ふぅ」

 父が来たことで、ようやく解放されたエリクは自宅まで帰っていた。彼の心の中には、あの騒ぎで見失ったマリーが占めている。

「泣いていた、な」

 ずきり、と胸が痛む。


 これはおそらくエリクの痛みだ。しかし、ロランの記憶がその痛みの理解を遮る。なぜ、彼女が泣いているのか、彼には見当もつかなかった。

「私は、いったい何なんだ」

 ふわふらと、自室を歩き回る。見慣れない家具、小さめのベッド。他人の家としか思えない。


(裕福な農家だとは思ったが、子どもに一部屋与えてるのか)

 本当に愛されているんだな、とやはり他人事のようにエリクの境遇を思うのであった。

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