第17話 異質な輝き
適性検査に向かう列はまだ長い。それでも着実に建物に近づいてきている。意外と流れはスムーズでエリク達の足が止まることはない。
そんな列の先頭を眺め、エリクは小さく息を吐く。一列に並んでいるため先行しているライナスに、彼は声をかけた。
「それで」
「うん?」
黙り込んでしまったエリクにつられて、無言で列に並んでいたライナスは振り返る。ライナスの目に映るのは、出会った時と変わらぬ、あまり動かない表情だ。対照的にライナスはにこやかである。
一連の出来事で、かなり心は軽くなった。本番はやるだけやってやろうと、ライナスは静かに闘志を燃やしていた。
「適性検査とは、なにをするんだ?」
「う~ん、去年と同じだったら……そんな変わったことはしないはずだぞ」
昨年のことは正直あまり覚えていない。しかし、エリクに頼られたのであれば応えてあげたい。
当時、真っ白になってしまった頭に残っている記憶をライナスは何とか引っ張り出す。
「申請に不備がないかとか、いくつか聞かれて。そんで、水晶に触れるんだよ、確か」
「水晶?」
「うん。装置に備え付けてあるやつ。なんか、結構偉い魔術師が作ったものらしくて。触れた相手の簡易的な審査ができるんだってさ。基礎的な能力が視覚化されるし、よっぽどの悪人はそれで弾かれるんだとさ」
噂も混じっているが、ライナスの語っていることは概ね真実である。昨年の準備不足を恥じて、この一年でかき集めた情報の一つだ。その正確性は確かである。
「へぇ」
エリクは目を丸くした。素直な感嘆の声が出る。そんな便利なものが存在するのか。百年前はなかったな、とロランの記憶に思いを巡らせた。
「ん?」
エリクの反応に若干の違和感を抱くライナス。ライナスの言葉を聞いているようで、エリクの集中は散漫だ。子どもみたいな声を出したかと思えば、ライナスから視線を外し前の方を見てから、またライナスに向き直る。
「ああ、なるほど」
ある結論に至って、ライナスは思わず吹き出した。
「なんだよ、エリク。そんなに緊張しなくても大丈夫だって」
「緊張?」
ライナスに言われて、エリクは初めて肩に力が入っていたことに気づいた。不自然に、拳も握りしめている。指先も冷たい。握っては広げ、手に血を送る。
息もうまく吸えていなかったのかもしれない。意識的に大きく空気を吸い込む。
(そうか、これが緊張か)
久しい感覚だ。魔王と対峙したときですら、ロランの心は静かだった。あの頃の老兵の記憶があろうとも、十五歳の少年の心は確かに揺れ動いていた。
これは父の『落ちたら強制的に跡継ぎ』という言葉がかなり効いているのかもしれない。ふっ、と口端を歪めると先ほどまで入っていた余計な力が抜けた。
「確かに私は緊張していた。悪いか?」
少しふてくされた様子で、エリクは未だににやついているライナスを前に胸を張った。
「悪くない悪くない」
手をひらひらと振って、ライナスはそれでも笑っていた。
そう、悪くない。
初めて会ったときから、どこか達観していて自分とは違うのではと思わされてきたエリクのこんな顔が見えたのだ。悪くないどころか、良いものを見れたとすらライナスは思っている。
対するエリクも悪い気分ではない。かつては『拳聖』と呼ばれ、常人とは扱われなかったロランの魂を持ちながらも、こんな人間らしい反応が自分にはできるのだ、と。自分がちゃんとこの地に足がついている感覚を覚えて、エリクは嬉しささえ感じていた。
そう、ライナスと笑い合っていたのが数刻前。
列は建物の中に入り、ライナスとは別の列に誘導され、呼ばれたら一人ずつ入るように言われていた部屋に足を踏み入れたエリク。一気に緊張が戻ってきた。いつもの硬い表情が、さらに固まってしまっている。
「じゃあ、名前と希望学科を教えてください」
エリクの前に立つのは、思っていたよりも若い人間だ。少年、と呼んでもいいだろう。おそらく、エリクとそんなに年齢は変わらない。
おそらく、この適性検査のためにかり出された学生だ。
「ブレイクス家のエリク。戦士科を受験したい」
エリクの言葉に、とくに反応も示さず手元の資料を眺めている。その表情は気だるげだ。適当に相づちをうって、次の質問をしてくる。
その受け答えでエリクは悟った。彼はきっと、早く終わらせたいのだろう。言葉の端々にやる気のなさを感じる。最初はこんな相手に人生握られるのかと憤りに近いものを感じたが、徐々にエリクも力が抜けてきた。
ライナスが特に今日は気にする必要はない、本番は明日と語っていたことに合点した。きっと、どの受験者も似たような質問と確認作業で合否に直結するようなことはないのだろう。責任感を持て、と言っても難しいことが理解できた。
だったら、こっちもさっさと終わらせたい。淡々と、エリクが答えていると初めて相手が反応らしい反応を示す。
資料とエリクの顔を交互に見て、何度も頷いている。この検査、彼の役割として、ここが大切な箇所なのだ。彼の確認を待っている間、なぜか上から目線で「そうそう、ちゃんとやりたまえ」などという心境にエリクはなっている。
「はい。では、これが最後です。そちらの水晶に触れてください」
(おお、これが)
かの水晶か。先ほどから視界に入ってはいたものの、近寄ってみると不思議な力を感じてエリクは目を瞬かせた。
促されるままに触れてみる。ひんやりと、冷たい。水晶は特に何の変化もない。担当者の少年が、水晶につながっている装置を覗き込んでいる。
基礎的な能力の可視化、とやらが行われているのだろう。エリクは静かに次の指示を待つ。しかし、いつまで経っても指示がこない。
「……はい?」
代わりに聞こえたのは、形式的ではない彼の素の声。その顔に見える色は、焦りだ。指示書、と思われるエリクの資料ではないものを広げて装置とそれの間を視線がせわしく動いている。
少し固まった後、彼はまっすぐにエリクを見る。
「少々お待ちください! そこで、待機。分かった!?」
「お、おお」
叫ぶようにエリクに言い放つと、彼は部屋を飛びだしていってしまった。
「……私はいつまで触れていればいいんだ?」
離して良いのか分からず、エリクはそのままの姿勢で立ち尽くしていた。エリクのせいで、順番待ちをしていた他の受験生の苛立ちが最高潮に達したのは、また別の話である。
その後、明らかに大人な人物を連れて担当者は戻ってきた。
「ごめんね、待たせて。ちょっと確認したいことがあって」
なにか不備があっただろうか。身構えたエリクに、物腰穏やかな男性は思いのほか低姿勢でエリクの前に座った。
「君の受験先なんだけど……戦士科で間違いないね」
(おや?)
先ほどまでの穏やかさはどこへやら、最後の一言にかなりの圧を感じたエリクは眉根を寄せた。
自分に間違いはないか。少し怯えたエリクだったが、戦士科への受験、その点だったら正しい。いや、それしかないのだ。
自分は『剣聖』になるのだから。その道の途中として、この学院の戦士科に入ることを選んだのだから。
「はい、間違いありません」
エリクはまっすぐに、男性を見据えて力強く答えた。
そんなエリクにしばらく考えた様子だったが、一つ二つ頷いた後、諦めたかのように彼は言った。
「……そうか。それなら、質問は終わりです。ご苦労様」
待たされた割にはあっけなく解放されたエリクは、宿舎への案内をされる。事前に聞いていたとおり、今日は学院の敷地内で宿泊することになっている。
持ち込みは禁止だが、出入りは自由。なるほど、検査が終わったはずのガリウスが外にいたのはこれが理由かとエリクは納得した。
しかし、エリクに外に出る余裕はない。ライナスと接触できれば、まだ聞きたいことはあるが、ここは彼の言うとおり、諦めずに明日の筆記の復習をすることにしよう。
そんな風に決意新たに部屋を出るエリクを見送った後、彼を担当した二人は顔を見合わせていた。
「本人が戦士科だというのなら、間違いは無いだろう。そのまま受験させるしかないよ」
まだそわそわとしている少年に、この学院の教師である男はそう言って彼の方を叩いた。
「いや、でも。こんな結果見たことないですよ」
水晶につながった装置。そこにはまだ、エリクの結果が残っている。
この学院を受ける優秀な受験生の中で、エリクの結果は凡庸だ。そんな中、一際目立つ異常な輝き。
「なんだよ、この『魔術適性』の高さ」
彼は、その輝きに恐ろしさすら覚えていたのだった。




