↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王無き世の英雄譚~かつて世界を救った『拳聖』は、今生で『剣聖』を目指します~  作者: 想兼 ヒロ
第二章 その迷いは未来を紡ぐ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/17

第13話 我が道をゆく

 ライナスが目の前でニコニコと笑顔でエリクの凄(すご)さを語っている。

 こんなことで時間を使っているわけにはいかないという思いがエリクにはある。しかし、ライナスの軽妙な語り口は心地よさを覚えるほどで、悪くない気分でいた。


 そんなライナスが、話すのを止めて少しだけ考える仕草を見せた。

「そういえばさ」

「ん?」

 ライナスの問いかけに、エリクは首を傾(かし)げた。


「あんたは市場で何をしてたんだ?」


 その言葉で忘れかけていた焦りがエリクに戻ってくる。

 早く馬車を見つけないと、日をまたぐ可能性があった。余裕は持たせてあるが、試験日に間に合わないとなってはこれまでの努力が水の泡だ。


 さて、どうするか。


 そこで、ちらりとライナスの方を見る。

「なんか探してたんなら力になるぞ」

 人なつっこい微(ほほ)笑(え)みに、頼もしさが加わる。どうも、彼は地元民のようだ。ここまでのやりとりで、ある程度信頼できる人柄なのも知った。

 ここは素直に聞いてみるのが得策だろう。


「実は馬車を探していてな」

「馬車?」

「ああ、恥ずかしいことに迷ってしまった」


 恥ずかしい、と言う割りにあまり恥の色が見えない表情のエリク。

 こういうところが求道者っぽいんだよな、とライナスは思う。最初の印象通り、どこかの道場の跡継ぎといったところか。武者修行の最中なのかもしれない。

 だとしたら、向かう先は帝国だろうか。あそこは闘技場があった名(な)残(ごり)から、武器武術も徒手空拳も、やたら多数の流派がひしめき合っている。


 ここからなら数日はかかるか。大変な旅だなと、ライナスは勝手に相手の行く末を案じて心配になっていた。


「俺も向かっているところだったから一緒に行くか?」

「……すまない、そうさせてもらえると助かる」

 エリクは少しだけ目を丸くしたあとに、コクンと小さく頷(うなず)いた。


 広場から街道につながる道に出たところに乗合馬車が待機している土地がある。彼が市場で迷っていたのなら、そこに向かうところだったのだろう。

 ライナスは「じゃあ、行くか」とエリクを先導して歩き出した。


「ところで、どこに向かうんだ?」

 勝手に想像して聞いていなかった。ライナスは振り返って、エリクに問う。


「モーングローブに」

(おっと)


 予想外の単語にライナスは驚いた。その表情の変化にエリクはいぶかしげに眉根を寄せる。すぐに笑顔を取り戻したライナスはエリクに笑いかけた。


「奇遇だな、俺も同じだ」

「……おまえも?」

 この時期にモーングローブに向かう者など、目的は一つしか無い。


「そう、あんたと同じ受験生」

 ライナスは胸を張った。

「あんたも戦士科か? あの動きなら実技は問題なさそうだ」

 ライナスはエリクがスリに対して盗品だけを狙い放った拳を思い出していた。


 羨(うらや)ましい、と苦笑いをライナスは浮かべている。『あんたも』と言っていたからには彼も同じく戦士科を受験するのだろう。

 ライナスに他意が無いことは理解しているが、その賞賛をエリクは素直に受け取ることはできない。視線を下に向けて、渋い顔で言い放った。


「とっさに手が出てしまっては、受かるものも受からないだろうよ」


 勇者一行の英雄、『拳聖』ロランの自我と記憶が蘇(よみがえ)ってからのこの三年。必死に木剣を振り続けていたが、どうしてもエリクには克服できないことがあった。

 やはり、ロランの数十年間の積み重ねは思っているよりもエリクの体に影響を与えている。今日の泥棒騒ぎのように助けてくれることもあるが、こと剣に限って言えば足を引っ張っているように思える。

 父から贈られた剣術書を読み込み、型を作ろうと鍛錬している最中に囁(ささや)いてくるのだ。「殴ったほうが話が早い」と、心の奥底にいる自分が。


 その声を振り払おうとがむしゃらに剣を振ってきたが、今も状況は変わらない。


「え、もしかして、剣士として受けるのか?」


 ライナスは驚きを隠すことなく口にしてしまった。

 そこで初めて、エリクが腰に差している鋼の剣、そして背中に背負う木剣を認識する。思い込みをなくしてしまえば、エリクの格好は剣士のそれだ。

 なぜ見えていなかったのか。それは、初対面の印象が強すぎたからだ。自分が必死に追いかけることしかできなかった相手を、拳一つで解決してしまったエリク。

 その姿を、心の底から「かっこいい」と思った。その感情がライナスの目を曇らせていた。


「……そのつもりだが」

 ライナスの言葉にエリクは明らかに不機嫌になる。自分も今、このままでは難しいかもしれないと考えていたところにライナスが追い打ちをかけた。


「すまん、すまん。俺が軽(けい)率(そつ)だっただけ」

 慌てたのはライナスだ。

「俺が勝手に、あんたは素手の武術を極めたいんだろうなぁと思ってただけ」


 ライナスは自分の思い込みを反省しているだけだ。しかし、エリクにはこう聞こえてしまった。


――けっきょく、ロランが生きた道をたどった方がいいのではないか。


「たしかに、ただ強くなることを目的とするのなら、それもいいのかもしれない」

 エリクはまっすぐにライナスを見つめる。その視線の強さに、ライナスは気(け)圧(お)された。


 ロランとして生きる。それはこの三年、時々浮かんできた思いだ。ロランの自我は何のためにあるのか。『拳聖』の力が必要とされていて、それで自分の中に宿っているのではないか。

 しかし、そんな迷いは、いつも胸の奥に宿る熱が消してくれていた。自分を助けてくれた背中への憧れ。それは薄まらず、さらに強くなって今のエリクを形作っている。


「だが、それは私の『やりたいこと』ではない」

 自分は『剣聖』になる。幼い頃に宿った、その熱は今もエリクの心を焦がしていた。


「やりたい、こと?」

 初めて聞いた言葉のように、ライナスは復唱した。


 やりたいこと。自分にはそんなものあっただろうか。こうしてモーングローブ学院に向かっているのも、自分の意思と言えるのだろうか。

(俺は、ただ父さんと兄さんに言われるがままで……)


 懐に忍ばせた短剣に、ライナスはそっと触れた。


――おまえは僕と違って、丈夫な体を持っているから羨(うらや)ましい。


 そんな兄の言葉が蘇(よみがえ)る。ずっと敵(かな)わなかった兄が初めて言った自分への羨(せん)望(ぼう)。

(俺は、兄さんから逃げただけなんじゃ?)

 得意分野で敵(かな)わなかった。そんな自分に父が示した戦士への道。それに自分は、しがみついただけなのでは無いだろうか。


「どうした、ライナス?」

 エリクのまっすぐな目を見れなくなっている。ライナスは力なく笑った。

「いや、なんでもない」


 やりたいことがある。その言葉は自分には言えない。

 そう言い切れるエリクがまぶしく思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。