表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王無き世の英雄譚~かつて世界を救った『拳聖』は、今生で『剣聖』を目指します~  作者: 想兼 ヒロ
第一章 この熱は自分のもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/15

第10話 未来の剣聖

 エリクが記憶を失い、野盗が村を襲った。そんな激動の日が過ぎ去って、翌朝。

 鳥の声が上から降りてくる道を、マリーは一人で歩いていた。冷たい風が(ほお)()でる。朝日が昇ったから大人達はすでに働き始めているが、子どもはまだ寝ていていい時間だ。


「なんで、あたし、今日も来てるんだろう」


 ふと、足を止めて、マリーは首を(かし)げた。


 昨日まで、この道を歩くのが楽しみだった。夢を追う、あの瞳を見るのが楽しかった。

 しかし、今日はいないだろう。そんな予感がする。それなのに、マリーの足は希望にすがって、いつもの場所に向かおうとしている。


 しかも、朝食を忘れて没頭する彼のための食事も持参して、だ。習慣のようになってしまったから、色々と考えながらも体が動いてしまっていた。

(これ、一人で食べきれるかな?)

 ずっしりと重く感じられるかごを見て、マリーは大きく息を吐いた。


 そんな時だ。

 マリーの耳に、風を切る剣の音が聞こえたのは。


「えっ」


 うつむいていたマリーは顔をあげた。その視界に、いつもの光景が映る。今日は見れないだろう、そう思っていた景色だった。

 赤髪の少年が、剣を振るっている。同じ動作を、何度も、何度も繰り返して。


 その様子をぼんやりと見ていると、彼は首を(かし)げて立ち止まった。

「こう、じゃないな」

 傍らに置いた本を読むために、彼はしゃがみ込む。それを見て、止まっていたマリーの足は、ゆっくりと進み出した。



「意外と難しいもんだ」


 エリクは本に書かれた記述通りに木剣を握り直してみた。ロランの戦いの知識から、体の使い方はいくつか応用できる。

 ただ、基礎が足りない。剣を振ってみると、剣に振られてしまう。下半身の強化が必須かもしれない、とエリクは思った。


「崩すにしても、固めてからだな」


 おそらく、ロランの記憶が(よみがえ)る前のエリクはただがむしゃらに剣を振るっていたのだろう。子どもの割に体が仕上がっているのは感心する。努力のたまものだ。野盗を討伐できたのも、未熟ではあるものの、ある程度の力を発揮できる体があったからだ。

 しかし、そこまでだ。理想はいい指針だが、それだけでは前に進めない。拳闘も型を作ってから。剣術もそれは同じだろう。

 

――俺は、相棒と一心同体だからな。


 かつて、魔王がいた時代、剣術の()えを賞賛されたアイヴァンは、そうロランの前で自分を誇った。自分の剣を唯一無二の友として、ロランに自慢したこともある。


(相棒具合は、私も負けていないさ)


 エリクはにやりと笑った。木剣を握りしめる。さぁ、もうひと踏ん張りだ。木剣から、そんな感情が伝わってくる気がする。

 問題は、この剣との別れが来たときだな、とエリクは思う。明らかに子ども向けのそれは、長い付き合いには向かないだろう。


 それでも、夢を追う手助けはしてくれる。使わなくなっても、使った記憶がなくなるわけではない。


「それに、どの剣を使っても動けるようにはならないとな」


 エリクは本を閉じた。その本は、父がエリクのために買い与えた剣術の指南書だ。農家にとっては安くない本を、都帰りの父は何冊も背負って帰ってきた。特注の本棚も村の職人に依頼してこしらえてくれた。

 愛されているな、とエリクは思う。父は、息子の(たわ)(ごと)を、本気で応援してくれている。それが(うれ)しかった。


「それを()かすも殺すも、私次第」

 エリクは立ち上がる。そして、大きく伸びをした。


「おや?」


 そこで初めて、こちらを見て(ぼう)(ぜん)としている明るい髪色の少女に気づいた。エリクが贈ったというスカーフを、今日も巻いている。

(剣をもらったことは思い出したのに、あれを贈ったことは忘れているんだよな。残念だ)

 エリクは、申し訳なさを覚えながら、彼女に声をかけた。


「マリー、おはよう」

 マリーは、びくっと体を震わせた。

「お、おはようございます」


 なぜかマリーは敬語で返してきた。エリクは思わず吹き出した。


「な、何してるの?」


 どことなく緊張した面持ちで、マリーは尋ねてきた。一瞬、どう答えようか迷った。マリーがここに来ることを体が覚えていたように、エリクも体が動いただけだ。

 色々あって疲れが出たエリクは、早めに就寝した。そして、目が覚めたエリクを、「急いで向かわねば」と心が()かした。準備は自分の意思でしたが、何かに背中を押されていたような気がする。


 そのうえで、何をしているか、と問われれば。


「いつもの日課、だな」

 その言葉に、マリーのオレンジ色をした瞳が大きくなる。

「……思い出したの?」


 エリクは空いた左手で、ほんの少し、というジェスチャーをした。実際、マリーと過ごした日々を全て思い出したわけではないから、期待させるのはよくないとの判断だった。

 それでも、昨日のエリクとは違う。この場所をマリーが「いつもの場所」と言っていたことが、今なら分かる。それだけで、足下がしっかりする気がした。

 だから、「私は誰だ」と問えば、今のエリクにならはっきりと答えられる。自分はブレイクス家のエリクだと。百年前の英雄の自我と記憶を受け継いでいる、というおまけ付きだが。


「今日は、来ないと思ってた」

 マリーは、近くの岩に腰掛けた。足をぶらぶらとさせている。まだ、表情は暗い。


 エリクはそんなマリーを見て、小さく息を吐いた。


 マリーの言い分も分かる。なにせ、昨日大けがをして、記憶喪失になって、野盗相手に格闘したのだ。今日くらい休んでも、という意見は()(ごく)真っ当である。

 ただ、それでもエリクの心はこう言い放つ。


「何言っているんだ。休むわけにはいかないだろう?」

 マリーはまっすぐにエリクを見た。彼の(みどり)の瞳は、マリーのよく知る輝きを放っている。


「なにせ、私は未来の『剣聖』なんだから」


 力強い宣言に、マリーの目にも輝きが戻る。

「そっか。さすが、未来の『剣聖』様だ」

 彼女は、今にも泣き出しそうな顔で、しかし、太陽のように明るい笑顔でエリクを()(たた)えた。

 ああ、この表情こそ自分が知るエリクだ。失ったと思ったエリクとの思い出が、まだここにあることが(うれ)しかった。


 エリクは(しゆ)(ぎよう)を再開する。

 剣を振るたびに、空気を裂く音が静かな丘に響く。その音は、確実に未来に進むための道をつくる。


 目標とするモーングローブ学院に入れるのは十五歳になってから。あと、わずか三年。それほど時間は残されていない。実技試験用の剣技だけではない。知識試験を突破するための座学も足りていない。

 しかし、焦りはない。胸に宿った、確かな熱がエリクの背中を押してくれる。


 ロランとしての自分は確かにここにいる。その意味を知る未来もあるだろう。しかし、今のエリクには、そんなものは()(さい)なことに思えた。

「私は、剣聖になる」

 その(つぶや)きは、魔王がいた時代の暗い空とは違う、未来を照らす明るい青空へと溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ