最悪の六号
「……なるほど。アキコ君が失踪したと」
結局アキコを見失った僕は、超常現象サークルの部室に来た。
真に行くべきは警察だろうが、失踪届を出すほど大袈裟なことでもない気がして、団長の助けを借りることにした。
団長とて何の役に立てるのか分からないが、困った時は大体団長に相談していたから、そういう規則みたいな面もあった。
「どうしよう団長。メッセージ送っても既読つかないんです。連絡手段、なす術無しです」
「うむ。とりあえず、警察に出向いた方が良いじゃないか?」
やっぱり団長も同じ意見だった。それは恥ずかしいから嫌だと、お子ちゃまみたいな反抗をすると、団長はあっさり受け入れた。
「他に何か、アキコ君の手がかりになるものはないのか?」
「ないです、分からないです。ただ、第五号の彼氏が重要だか何だか言ったきりで、それ以上のことは……」
「第五号、すなわち、直近の元カレか……」
団長が思い当たる節を深く考えるような時、決まって顎に手を添える。
今の熟考も同じポーズをしていた。
「団長、もしかして、何か知ってるんですか?」
「……うむ。これはアキコ君から誰にも言うなと口止めされていたことなんだが、当の本人が行方をくらましてしまった以上、隠し通すわけにもいかない。その、第五号の元カレのことだ」
「元カレ? どうして団長がアキコの元カレ情報知ってるんですか」
「女子同士話していれば、自ずと恋バナトークもするもんさ。ともかく、結論から言うと、その彼氏さんは死んだ」
「し、死んだ……」
僕はそのまま口を開けたまま、言葉が出ずに呆然とした。
「アキコ君が高校生の時に付き合っていた人だ。名はタカシ。アキコ君はとても彼の事を愛していたから、その喪失たるや、さぞ惨憺たるものだったろう。ましてや、交通事故で亡くしたのだから」
「こ、交通事故だって!?」
そのワードに、僕は考える間もなく飛びついていた。
そして、立て続けに口走った。
「それって、まさか、飲酒運転の車に撥ねられたとか……」
団長は、奇妙な手品を見たかのように、僕の言葉に目を丸くした。
「なんだ、マサキ君、知っていたのか」
それを聞いた僕は、一気に血の気が引いた。
軽い眩暈を生じて、たまらずその場に崩れ落ちた。
「マサキ君、大丈夫かっ!」
団長の素早い介抱のおかげで、僕は事なきを得た。
部室のソファで少し横になって、落ち着いてから、また話し始めた。
「本当なんですね、団長。その、『タカシ』という彼氏さん。飲酒運転の車にはねられて死んだというのは」
「ああ。だが、私が聞いたのはそこまでだ。アキコ君、入学当初は体調が不安定だったろ。それは彼氏さんのことを時たま思い出してしまうからだった。そこで私がカウンセリング的に聞いていたのが、ただ今の話だ」
改めて聞いて、肝という肝がぶっ潰れた。
これで点と点が線で繋がったんだ。
僕が肝試しの場所に選んだ交差点、それが『タカシ』の撥ねられた事故現場だったんだ。
確証が得られたわけじゃない。検証も全て澄んだわけじゃない。
でも、煙の出す火元を特定したも同然だった。
いつもは気丈夫なアキコが珍しく怯えていたのもうなづける。
元カレが死んだ場所に喜んで連れて行こうとする僕、何て最悪な野郎だ。
「……僕、行かなきゃ」
はやる気持ちを胸に、僕はソファから起き上がった。
眩暈はもう治まっている。
アキコを連れ戻さなきゃ、そして、アキコに「ごめんなさい」って謝らなきゃ。
「行かなきゃって、どこに行くつもりだい?」
「交差点ですよ。昨晩行った交差点。アキコは、必ずそこにいます」
すると、ようやく僕の考えを見抜いた団長もその恐ろしさに震えたようで、一瞬言葉を失った。
「まさか、その交差点が……」
「はい。そのまさかです。アキコは、元カレのところに向かおうとしている」
「……わかった。今すぐ向かおう。車は私が出す。部室の裏手に停めてあるんだ。さあ、早く!」
僕と団長は全力疾走で車まで向かって出発した。
法定速度はギリ超過していた。
日ごろ安全運転を心がけている団長が出せる、最速のスピードだった。
その車の中で、僕の心臓は破れそうになるくらいに速く、大きく動いていた。
アキコ、無事でいてくれ。
そう願う事しかできなかった。