「何か」を探しに
僕たちはテレビゲームをしていた。
あちらこちらで続発する不審火の原因を二人協力して突き止めるゲーム。
購入前はあまり気乗りしなかったが、彼女の勧めでやってみたら案外楽しい。意外と不審火の原因まで辿りつかないからだ。
今回も時間切れで失敗に終わり、僕たちはコントローラーから手を離した。この隙に、僕は兼ねてから考えていた計画を彼女に話すことにした。
「肝試しぃ? 嫌だよ、一人で行けばいいじゃん」
アキコ、僕の彼女は身を引きながら嫌悪を見せた。
だがその口角は上がっており、満更でもない様子が伺える。
「一人で行くなら黙って行くよ。アキコと行きたいから誘ってるんだ」
「はあ、そうですか。わかりました。行けばいいんでしょ?」
僕の無茶振りは大抵、こうやって上から目線で承諾される。
「それで、どこに行くつもり? 夜の廃校? それとも閉鎖された病院?」
「交差点だよ。ここから車で40分のところ」
その心霊スポットを特集した個人ブログを携帯で検索して、アキコに見せる。
流し読みしたアキコは、満更でなかった口角を唇の中に巻き込んで、ひどく不愉快な顔をした。
「事故現場じゃん。嫌だよ、こういうところ。死んだ人が可哀想じゃん、肝試しみたいな冷やかし気分で行ったら」
「さっきは肝試しって言ったけど、正確に言うと『検証』だ。この国にはいくつもの交差点がある。そして、毎年30万くらいある交通事故のうち、約50%が交差点で起きている。これらの情報を合わせれば、合理的に説明できない『何か』が何万もの交差点で報告されてもおかしくないのに、そういう例は一握りだ。そしてこの交差点も漏れなく『一握り』に分類される。何を言いたいかっていうと、とてつもなくおかしいってことだ。この交差点だけに『何か』が集中するのは。だから僕は、その『何か』をこの目で確かめてみたい」
ネットで拾ったデータまで引っ張って僕のやる気を身振り手振り白熱させながら示したのだが、彼女の嫌な顔は良くならなかった。
「そもそも『何か』なんてないんだよ。変に期待してるだけ。報告例が無いのは、みんなそんなのに興味無いってこと。その交差点の『何か』って、なんなのさ」
「ここは飲酒運転による事故死が発生した場所だ。その運転手が事故現場に供物を持ってきたら、翌日に不審死を遂げたらしいんだ。こんなの、おかしいに決まってる」
「具体的にはどんな風に死んだの」
「具体なんてないよ。不審死なんだから」
「ふうん……」
全く信用されていない。
目に見えてわかる。
主張する僕でさえ、今の力押しは不味かったかなと思う。
「それだけじゃない。他にも非合理的な『何か』がたくさんある。電柱の影に誰か立ってる、呻き声が聞こえる、車に撥ねられる前の断末魔が聞こえる、急に寒くなる、眩暈がする、お腹痛くなる、月が雲に隠れ始める、やたら蛾が飛んでる……」
「もういい、わかりました」
僕の主張を補足するために、数の暴力で攻めようとしたら、アキコはより語気を強めて遮断した。
「マサキは『事実は小説より奇なり』って言葉知ってる? マサキが言い並べたのは不気味っちゃ不気味だけど、所詮作り話のクオリティーだよ。全部、怖そうに見せるためのでっちあげ。最後の方とか何。蛾とか関係ないじゃん」
「確かに蛾は冷やかしだろうけど、僕が強調したいのは、こうした報告例のある交差点が、他にいくつあるのかって事。ないでしょ。死亡事故かはともかく、交通事故が起きた交差点はたくさんあるはずなのに、噂の沙汰は何も無い。言葉を返すようだけど、『火のないところに煙は立たない』とも言うじゃないか。僕はその『火』をこの目で確かめてみたいんだ」
熱の入った僕は、いつのまにか前のめりになって彼女に迫っていた。
「はあ。うん、わかったよ。こうなったらマサキって聞き分けなくなるから、一緒について行ってあげる。本当に、今回だけは出血大サービスだからね」
アキコは間近に迫る僕から目を逸らしながら、面倒くさそうに応えた。
煙たがられているのは百も承知だったが、僕は自分の要望が通った喜びに頭が一杯で、彼女の顔色なんて一顧だにしなかった。
「ありがたい! 絶対この目で見てやるよ。『火』の正体を!」
込み上げる感謝を伝えたくて、僕はアキコの手を握った。
目があっちへ行ってたアキコも、僕の手の温もりを感じて、ようやく僕の方を見つめてくれた。
テレビからは、スタート画面で止まったゲームの、レトロチックなサウンドが延々と流れていた。
そのサウンドは、やけに僕の耳に残り続けた。