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3.意地悪な姉妹(なお可愛い模様)


 そんな私の輝かしい将来設計に影が差し始めたのは、つい最近のことだ。

 

「ばあか、ばあか」

「ドロシー姉様が私たちより先にお嫁に行くなんて、変だもんねー」


 双子ちゃん、コラ。

 コラ、双子ちゃん。


 やんちゃ盛りになった双子ちゃん、ロッティとユーリャが、何を思ったか、拾われっ子ドロシーちゃんへの意地悪の方向性を拡大解釈し始めちゃってるんだなあ、これが。

 イーヴァ叔母様はこれまで、私の存在によって双子ちゃんが危ぶませられることのないようにだろう、お前(ドロシー)はこの家の主役じゃないぞって、立場を分からせてやるって感じの接し方や意地悪をしてきてた。

 それを見ながら十二歳まですくすく育った双子ちゃんは、そこからさらに一歩踏み込んで、私を自分たちの玩具にしていいって勘違いしちゃったみたいだった。最近はそのリミッターが外れ気味だったんだよね。


 私を召使いとしてあれこれ使うだけならともかく、最近では嫌がらせのためだけに私の持ち物を壊してみたり、奪い取ってみたり、それに飽き足らずに今日はついに直接私に危害を加えようとしてきちゃった。あーあーあー。

 今この場には、座り込んだ私と、私の髪をわしっと掴み上げて立っているロッティ、それから私の正面には裁ちばさみを手にこちらを見下ろすユーリャの三人きりだ。


 コラ双子ちゃん、やんちゃにしたって、シャレにならんやろがい。

 何のために叔母様がこれまで私に風呂に入る許可を出してくれていたり、貴族の特権である長い髪の維持を許してくれていたと思ってるんだ。

 こ・の・ドロシーちゃんの愛らしい見た目を! いずれ家のために最大限活用するためでしょうがバカチンがあ!!(長く美しい髪を勢いよく耳にかける仕草)


 双子ちゃんの言いぶりからして、美しい髪をばっさり切っちゃったら貴族らしい嫁ぎ先を見つけることはできないってことは、双子ちゃんも一応理解してるみたいだ。

 だからって、意地悪でその髪を切っちゃったら、私より何より双子ちゃんのお母さんであるイーヴァ叔母様が困っちゃうって、分かんないかなあ!?

 私はプリティフェイスにぴくぴくと青筋が浮かぶのを堪えながら、表情筋に力を込めて双子ちゃんを大げさに睨みつけた。


「こんなことして、どうなるか分かってるの?」

「なによドロシーのくせに、なまいきよっ」

「生意気なドロシー姉様なんか、お嫁に行けなくしちゃうんだからっ」

 

 舌足らずで子どもっぽい喋り方のロッティに続いて、おませなところのある普段しっかり者のユーリャも言葉を重ねてくる。

 ロッティはいたずらが過ぎることもよくあるんだけど、比較的しっかりしてるユーリャがこれまでロッティのストッパー役をしてくれていたから甘えて油断してた。

 本当の妹のように思っていた二人からまさかここまでの敵意を向けられるとは思わなくて、流石のドロシーちゃんも面食らってしまった。

 精神的ダメージと髪を掴みあげられた頭皮ダメージで涙目になりそうだけど、だけどここは威厳のためにぐっと耐える。

 目に込める力を強めて二人を見据え、諌めようと試みた。


「そんなことして、困るのは義母様よ」

「うそだっ」

「そ、そうよ嘘よ! そんなこと言っても、やめてあげないんだからっ」


 私はため息を一つ。

 義理でも私たちは姉妹。立場は義妹たちのほうが上かもしれないし、これまで意地悪な扱いをされてきたかもしれないけど、それでも私はこの子たちを可愛い家族で妹だと思って接してきた。

 ロッティとユーリャも、部長作画の美少女ってのもある。双子だけど垂れ目と釣り目の、対のお人形みたいに可愛い双子には多少甘くなっちゃうってもんだ。

 そもそも姉が妹に甘くなっちゃうのは仕方ないよね。

 うんうん、そうだよ。可愛い妹に、ダメなことをダメって伝えなきゃ。

 それが、悲劇のヒロインじゃない私ドロシーちゃんの、妹たちへの愛情の示し方なんだから。


 私は召使いのヒロイン、ドロシー・ルーズルースの仮面を一旦取り去ると、ただの一人の姉として双子ちゃんと向き合った。

 私の頭上で髪を掴んでいるロッティへ、それから正面のユーリャへと順に視線を送れば、目と目の芯が二人と合ったと感じる。


「絶対に私を傷つけてはダメ。もちろん、あなたたち自身も、他の誰であっても、傷つけてはダメ」

「なんでっ、やだっ」

「い、嫌よっ」


 こ~の~、駄々っ子ちゃんズめ。

 まずは危なっかしいからその裁ちばさみを下ろしなさいよね。さてはまた私の私物を物色して持ってきたわね。


「嫌じゃないの。誰かを傷つけて困るのはあなたたちで、そして責任を負うのは義母様よ。だってあなたたち、責任取れないじゃない」

「せきにん?」

「責任って……」

「責任よ、責任。私の髪を勝手に切っちゃって、ああ、私の髪がやっぱり必要でしたってなったとき、あなたたちじゃ責任も取れないし、何もできないでしょう?」

「「……」」


 黙り込む二人に、私は二人がいつも眠る前に本を読んであげる時の声色で話を続けた。


「私はあなたちに使われる立場の人間かもしれないわ。だけど、私が傷一つなくここにいるのには、理由があるの。私の髪が長いのにも、ちゃんと理由があるの。どんな理由か、分かるかしら」

「……」

「……お嫁に、行くから?」

「そうよユーリャ。私の身も、心も、義母様にとってちゃんと価値があるから、義母様は私の身だしなみを整えさせてくれる。傷つけたりしない。私が五体満足、えっと、健康な体で、傷無く美しい髪を持つことが、子爵家のための縁談に繋がるんだから。だからお金がかかる湯あみだって、義母様は私にまで許してくれるでしょう? 私を傷つけることは、そんな義母様が私に費やしてくれたお金や手間を無駄にするってことなのよ」

「……だってぇ」

「だってじゃないわ、ロッティ。分かるでしょう?」


 召使いじゃない姉としてのお説教モードに、ロッティもユーリャもすっかりしょんとしてしまってる。

 ぎゅっと私の髪を握り込んでいたロッティの手に触れ、髪を離させると、掴み上げられてぐしゃぐしゃになっていたドロシーちゃん自慢の美髪が絡んでしまわないように手で梳き直した。


 我らがイーヴァ叔母様が私に与えてくれていると言っても過言ではないこの美しい髪を傷つけることは、可愛い義妹たちであっても許さないわ。

 それに、可愛い義妹たちには、ちゃんとイーヴァ叔母様にとって自慢の素敵なレディに育ってほしい。だから私は、双子ちゃんを怖がらせすぎないよう、一度意識的に優しい姉の仮面を被り直してから口を開いた。


「それにね」


 私が言葉を続けるのに、ロッティとユーリャはまだ何か言われるのかと体を一瞬強張らせる。

 でも、私が伝えたいのはそういうことじゃないんだ。二人の手を片手ずつそっと取って握る。

 私の本心を、幼い二人に伝えるための演技に乗せて、続けた。


「それだけじゃないのよ。私にとって、私自身も、髪も、大切なものだから、傷つけないでほしいの。ロッティやユーリャももちろん、お互いや自分自身を傷つけちゃダメよ。そんなモノ(はさみ)を人に向けちゃダメ。みんな誰でも、大切な自分や誰かにとって大切な誰かを、傷つける権利も、それを償う術だって持ってなんていないのよ」

「「……」」

「分かったらお返事をしましょう」

「はあい」

「……」


 私の投げかけに、しょんとしたロッティはお返事をしてくれたけど、ユーリャからの返答は無かった。

 困った私は、下を向いてしまっているユーリャを下から覗き込む。


「ユーリャは、お返事しないのかな? ユーリャも、義母様が悲しんだらイヤイヤでしょ?」

「……だって……」


 わざと双子ちゃんがまだ小さい時に言い聞かせていたときみたいに言って、ユーリャに微笑みかけてみる。

 下を向いたまま口を尖らせていたユーリャは、口の中で何か言葉をもごつかせるみたいに探したみたいだった。

 こういう時のユーリャは、ちゃんと言葉になるまで待ってあげるのがいい。

 じゃないと、背伸びをしてしっかり者になろうとするユーリャは、必要以上に自分一人で解決しようとして、そのうち爆発しちゃうから。


「だって……」

「うん」

「だって、ドロシー姉様……、お嫁に行ったらいなくなっちゃうのでしょう……?」

「!」


 うりゅっと、目に涙を浮かべたユーリャを見た瞬間、私の被った仮面は呆気なく吹き飛ばされた。

 な、なんと健気で愛らしいこと!

 お口を尖らせて強がっていたけど、まさかこの意地悪の動機がそんなところにあるなんて! 一体誰が想像したでしょう!

 横からひょっこり顔を出したロッティも、「そうだそうだっ」って、腕をえいえいおーしてユーリャに同意している。それは一体何の活動家だ。可愛い活動推進中かな??


 義妹たちへの愛おしさが天元突破してしまった私は、腕を目一杯広げてユーリャとロッティをまとめて抱きしめ、ようとして、一旦ユーリャが両手で握りしめたままだったはさみを取って安全な場所に置いた。あぶねえ。

 改めて、二人まとめて胸に抱き込む。むぎゅっと、二人分の柔らかな温もりと熱っぽい体温が私にも伝わった。


 さっき取り上げた大人用の裁ちばさみはズシっと手に重く、この子たちが一線を越えてしまう前に思いとどまってくれて良かったって、心底ほっとする。

 ドロシーちゃん必殺の絶妙力加減ハグによって、双子ちゃんはおやすみ三秒。

 ほわっと微笑み顔で安らかな夢の世界へと旅立ってからも、私はしばらく二人を抱っこしたままゆりかごのように揺れてやっていたのだった。

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