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2.嘘つきシンデレラは我慢ならない

 あのさあ、私が言うのもなんだけど、ルーズルース子爵家、ガタガタすぎん?

 子爵位を継いだ長男は戦死、その直後に長女が失踪、最後の頼みのイーヴァ叔母様が婿を取って継いだけど、その旦那も浮気して雲隠れとかさあ。え、呪われてます?

 ……呪いというならまあ、ファンデレの悲劇のヒロイン設定を盛り上げるための要素というか、言ってしまえばドロシーちゃんのせいというか、やめようかこの話。

 

 ちなみに、前子爵夫妻つまり私の祖父母は頼れないのかといえば、元気に存命なのはいいんだけど、あの人たち当てになんないんだよなあ。

 決して悪い人たちじゃないんだけど、祖父母は二人とものんびりした性格で、いや、のんびりしすぎてるっていうか、今から二十年前に跡継ぎの長男が成人したらば即隠居、それから後は何とかなるでしょって感じで二人揃って療養地に籠ってしまってるらしい。

 さすがに長男が亡くなった時はご葬儀に出てきたみたいだけど、立派にお国のために務めを果たしたねえとかなんとかほのぼの言って、末娘のイーヴァ叔母様に後はよろしくねって一言、のほほんと帰って行ったとか。


 かつて成人したてで子爵となった長男さん、つまり私の実母とイーヴァ叔母様の兄様は、初代様と同じく優秀で素晴らしい人だったらしい。

 そんな彼が亡くなったのが私が生まれるより前の十六年前、先の対戦に出兵した際に負った傷が原因だとか。


 そんな折にさあ、次に年長だったのに突然姿を消した我が母って、何? 一年後にひょっこり現れて、どこの誰と()()()()かも分からん赤ん坊置いてった我が母、マジで何? 鬼かな??


 それからというもの、イーヴァ叔母様は、それはもう私の母である姉を憎んだ。っていうか、現在進行形で憎みまくってる。憎しみがほとばしってる。

 もとより頼りにならなかった長女が、家の存亡がかかった大事なときに赤ん坊放ってどっか行くとかさすがにヤバすぎ。

 そんなこんなで、イーヴァ叔母様の悩みの種だった自覚の私は、叔母様から多少強く当たられたところで、そらそうよねえって感じである。もはや共感の域っていうか。

 

 家に残ったイーヴァ叔母様は適当なお家からお婿さんをとって子爵家を継いでもらい、三年後には双子ちゃんを産んだ。

 そうしてひとまず子爵家は安泰ってなったからこそ、血筋的に微妙な立ち位置にいる私ことドロシーちゃんには、変に今後の跡継ぎ問題に絡まないでよねって感じで今の召使いみたいな扱いに落ち着いてるわけだ。


『お茶を入れて、あれをやって、これをやって』

『どんくさい子ですこと、こんなこともできないの、拾われっ子のくせに』


 イーヴァ叔母様と双子からの扱いは、血の繋がりのある家族の一員としてのものじゃなく、いつだって一線を引いて、あなたの立場はここよって示すみたいに冷たいものだ。

 舞台上のドロシーは、話の節々で涙を拭い、顔を上げてこう言った。


『幸せになれないのは、幸せになる前に前を向くのをやめちゃったからっ』


 ドロシーはそうやって、不遇の生い立ちである我が身を呪わず、明るく真っ直ぐ前を向いて困難に立ち向かっていったの。

 十五歳のドロシーがそんな風に強く生きる姿は、前世の私の心にドスッとぶっ刺さった。


 それに何より、ドロシー可愛いしな。

 うん、ドロシー、めっちゃ可愛い。


 たぶん、必要以上にイーヴァ叔母様が私を貶めて扱うのは、ドロシーちゃんのビジュアルのせいもあると思う。

 前世の私が惚れこんでいた部長の挿絵でも、ドロシーはとびきり可愛く描かれていた。

 あの部長がキラキラのエフェクトを入念に書き込むくらいの美少女。それがそのまま現実の肉体を得たようなドロシーちゃんは可愛いすぎて、イーヴァ叔母様からしたら何かの拍子に双子ちゃんたちの障害になりかねないって思われてるんだと思う。だから身の程を知れって言い聞かせてる感じかな?


 そんなこと言ってもね、双子ちゃんのロッティとユーリャだって、悪役とはいえ名前付きの主要登場人物。前世でも演技派の三年生の先輩が演じてくださっていたし、神の手を持つ部長作画の美少女に変わりないんだけどね!

 なんならイーヴァ叔母様だって、今年三十二歳とは思えない美女っぷりだしさあ!


 そう! イーヴァ叔母様、美女なのよ!

 これ、声を大にして言わせて!!

 っていうかさ、ここから大事なとこだから、本当、大事なとこだから!! 聞いて!!


 あのさ実際、現実のドロシーちゃんとして生きてきた私は、思うわけ。

 この境遇でさ、一番可哀想で、シンデレラストーリーを生きるべきなのって、私じゃなくない? って。

 本当に報われるべきなの、イーヴァ叔母様じゃね? ってさ。


 だってさ、だってさ、考えてもみてほしい。

 もう、一度は語った内容かもしれないけどさ、視点を変えて、()()()()させてほしい。

 イーヴァ叔母様は、子爵家の次女として生まれて、兄と姉がいる中で育ったんだよ。


 それが、自分を可愛がってくれてた頼もしいお兄ちゃんが戦死しちゃったと思ったら、その後に爵位を継ぐ夫を迎えなきゃいけない立場のはずの姉が、どっかの誰かと子ども作ってきました~って言って赤ん坊置いて消えて、頼みの綱の両親は引退したからって遠い地でぼんやりしてるって……。


 イーヴァ叔母様のお兄ちゃんだった前子爵様は本当に優秀な人だったそうで、そんなお兄ちゃんに可愛がられてたイーヴァ叔母様は、なんとしてもお兄ちゃんの死のせいで御家断絶なんていうのは避けたかったんだろうね。

 漏れ聞く話によるとさ、当時、イーヴァ叔母様はもうお嫁に行っていたんだって。


 イーヴァ叔母様のお相手はご近所の領地の、昔から付き合いのある男爵家の長男さんで、イーヴァ叔母様とは当時新婚さんだったとか。

 恋愛結婚だったかまでは知らないけど、小さな田舎領地を持つだけの子爵家と男爵家との間の結婚だから政略なんて関係なかっただろうし、シンプルに良い縁だったんだと想像できる。

 だけど、家がそんな状況になっちゃって、まだ子どものいなかったイーヴァ叔母様は子爵家継続のために離婚して家に戻って来たんだって。とんでもない話じゃない?


 そんで、戻ってすぐに婿をとって子爵に据えて、自分はいきなり子爵夫人だ。

 それが今から十五年前のこと。


 このとき、イーヴァ叔母様、まだ十七歳だからね……っ!

 十七歳……!

 それに気付いた時、つい前世の口調で「マジかよ」って出ちゃったからね……っ!?


 前世の私は十七歳にして事故で死んだか知らんが、イーヴァ叔母様は十七歳からこちら、地獄みたいな日々じゃないですかね?

 死んじゃうのとどっちが辛いことかは分かんないけどさ、少なくとも私は違いないくらいには悲劇的な境遇だって思うよ。


 当時十七歳のイーヴァ叔母様は、チャランポランでアンポンタンな姉が消えたせいで、うまくいってた新婚の旦那さんと離婚して、とにかく爵位を繋がなきゃって婿を取って最短距離(ちょっぱや)で子爵夫人になった。

 そんで、ちゃんとお役目を全うして双子ちゃんも産んで、それどころか姉が捨ててった私までもをここまで大きくなるまで捨て置かないでいてくれた。

 控えめに言って、女神かな?

 美と優しさとか(つかさど)ってらっしゃいますか??


 そんで苦労して育てた双子ちゃんも十歳になってさあ、やっと落ち着いてきたわーって思ったら今度は旦那が何もかもを放り出して若いメイドと夜逃げってね。

 もうね、これ、やってらんないでしょ。

 私だったら、ぜーんぶ嫌になって、投げ出しちゃってると思う。


『幸せになれないのは、幸せになる前に前を向くのをやめちゃったからっ』


 この台詞が今一番ぴったりなのは、ドロシーじゃないよ、イーヴァ叔母様だよ。

 それくらい、辛く厳しい中で、ちゃんと前を向いて、投げ出さずに生きてる人だ。一日一日を、一歩一歩を積み重ねて生きてる人だ。


 一番に幸せになるべきなのってイーヴァ叔母様だ。

 私はそう思う、間違いなく。


 でも現実見て? 見てみて??

 イーヴァ叔母様の、憎んでも仕方のないドロシーちゃんへの仕打ち? マジかなこれ?

 ちょっとした意地悪。ううん、意地悪にもなってないよイーヴァ叔母様。そもそも言い方とかは意地悪のつもりかもしれないけどさあ……って、まあこれは今はいいや長くなるから後にしよ。


 ていうか、もう、ドロシーちゃん十五歳だよ?

 いつだって出てけって言っていいのにね。どっかの色ボケな富豪に嫁げって言われたって、これまでの迷惑と育ててもらった恩を思えば全力で嫁いで恩返しさせてもらう所存だよ、こちとら。

 むしろ二年前に子爵(仮)が浮気逃避行して消えた時点でもドロシーちゃんもう十三歳だったかんね? その時点でどっか身売りに出したって誰も文句言わなかったって。


 まあ、仮に放逐されたとして前世演じたドロシーだったら悲劇のヒロイン度を増し増しにしてたかもしれんけどさあ、前世女子高生だったドロシーちゃん的にはひたすらイーヴァ叔母様に同情的になっちゃうからさあ。

 偉い、偉いよ()()イーヴァ叔母様。


 ────何を隠そう私は、転生に気付いた十歳のときからずっと、イーヴァ叔母様大好きっ子なのである。

 なんだこいつって叔母様に思われたら立ち直れないから、ずっとドロシー・ルーズルースらしく振る舞ってるけど。(全身鏡の日は除く)(黒歴史)


 イーヴァ叔母様は先にも言った通りの苦労人で、幸せにしてあげたくなるくらい可哀想な境遇だし、それに先にも言ったとおり、憧れの部長が描いた私大歓喜なビジュアルは日々が目の保養でしかない。

 冒頭のダイニングでのやり取りを思い出してほしい。あれだって、ただ私が食事を召し上がるイーヴァ叔母様をガン見して普通に叱られただけだから。普通に何見てんのっていう正論パンチ。だってさあ、スープを掬う叔母様の所作が美しすぎたからあ。うっかり見惚れてました、ドロシーちゃん反省。(てへぺろ)


 そんなわけで、叔母様のいつもわざと顰めたようなお顔をいつか幸せいっぱいの笑顔にしたいなっていうのが、今の私の人生の目標だったりする。

 私にとってイーヴァ叔母様は、拾って育ててもらった恩ある義母おかあさんであって、家族であって、そして前世の価値観で言うところの『推し』でもあるのかもしれない。


 今までは、そんなイーヴァ叔母様の気持ちが少しでも慰められればと思って、私ドロシーちゃんは召使い業務を精一杯にこなしつつ、どんな意地悪にも耐える所存でいたわけであります。

 それしか今の私にできることは無いって思ってたしね。


 来年十六歳になって結婚できる歳になったら、イーヴァ叔母様が選んだ嫁ぎ先へ嫁いで、その後は自慢のプリティフェイスを駆使してルーズルース家のために暗躍するぜって意気込んでた。

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