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執事の羊くん  作者: 碧瀬まど
第1章
7/38

眩い人

(変だな、とは思っていたけど…)


どうやら先ほどのうさぎは、絢斗の仕業だったようだ。

朝、なにかがいるのは羊一の様子で朝陽もわかったいた。だからじいに使いを送って対処していただろうことも。

当の絢斗は、部屋の奥の暖炉を背にした一人掛け用のソファにゆったりと座り、しなやかに腕を振っている。その動きに合わせて、床に落ちたカラトリーが宙に浮かび、キッチンへと流れていく。

朝陽が絢斗をちらりと覗くと、それに気づいた絢斗が軽く微笑みを向けてきたが、朝陽は目をそらしてしまった。


「あさ──」

「絢斗様、お行儀が悪いです。きちんとお座りください」


ゆったりついでにソファに長い足を立てていた絢斗を、羊一が注意した。


「敬語じゃなくていいよ、久々の再会だろ?気を使われるのも、肩凝ることも本家(いえ)だけで十分。楽に話したまえよ」


そう言いながら絢斗は、後ろに手を回して自分の長い髪を肩より前に持ってきた。足を下ろすつもりはないらしい。


「今日は僕、『東雲家の長男』お休みなんだ。単なる朝陽の兄として、やって来たんだから」


絢斗は自分の髪を編みながら、なー朝陽、と絢斗から斜めの位置にある長椅子型のソファに座る朝陽に微笑んだ。


「それで朝陽、こちらでの生活はどうだ?」

「だいぶ慣れてきました」

「そうか。学校はどうだ?」

「はい、学業も問題ありませんし、友人もできました」

「そうか、それはなによりだ」


(本当に今日は、本家の人間として来たわけじゃないんだろうな)


羊一の目からは、『東雲』の人間としてではなく、『兄』として絢斗が安心したように見えた。

一族の人間が集まった場でも、家族で顔を合わせる場でも『東雲』として在らねばならぬときは、決して見せない絢斗の表情(かお)。朝陽を本家に戻す話をされるかも、と警戒していた羊一は少しだけ、肩の力が抜けた。

しばしの間、思いにふけるような絢斗であったが、さっと身をひるがえすと朝陽の隣に座った。


「朝陽が元気そうで、僕は安心したよ~」


ウリウリと絢斗は自分の頬を朝陽の頬に引っ付け、朝陽を撫でまわした。


「に、兄さま…」

「ほらー、お前がこっちに来た時ちゃんと見送れなかったし、しばらく帰ってこないから兄さんは心配で心配で」


あまりに引っ付いてくるので少し離れてほしいと朝陽は思いつつも、自分を心配してくれる絢斗がありがたくて、申し訳なくて──朝陽は絢斗の愛情を鷹揚に受け取ることも、遠慮することもできなかった。

一方の絢斗はぎゅーっと力強く朝陽をハグしたままでいたが、朝陽の後ろに立ったまま控えている羊一の微妙な表情に気づいた。すると絢斗は意地悪そうに羊一に笑いかけ、声を出さずともはっきりとわかるように口を動かした。


う・ら・や・ま・し・い・だ・ろ、と。


鉄壁の笑みを浮かべつつも、羊一は絢斗にカチンとしてきた。


(だから嫌だったんだ、この方が来るのは‼)


ふふっと小さく笑った絢斗は、また朝陽にかまいつつ、羊一をちらりと見る。


(わかってやってるから、質が悪い)


一通り朝陽に愛情を注ぎ、羊一をからかってから、絢斗は朝陽を離した。

絢斗から解放され、ふぅっと一息ついた朝陽が羊一を見上げると、羊一はむぅっとしていた。


(どうしたんだろう…まるで、拗ねているみたい)


いつもは見ない、羊一。絢斗がいるときには表れる、素直な羊一。

見てはいけないものを見たかのように、朝陽は羊一から目をそらした。


(絢斗兄さまがいると、羊一も感情を出せるんだね。やっぱり、僕がいると気を張ってないといけないから…)


朝陽の兄、東雲絢斗。学業においても魔の力においても優れた実績を持ち、若くしてすでに東雲の事業の一部を担っている。『東雲家』を背負う人間として周りからの期待も、重圧も、大きい。それを全部背負いながらも常に明るく、時に独善的に我が道を進む兄である絢斗は、朝陽からは眩しいばかりであった。自分のような何の実力も持たない弟に対しても、兄として最大限の愛を持ち、時に優しく、時に厳しく接する絢斗に対し、朝陽はどうしても引け目を感じていた。

すべてを持った兄と、なにも持たない弟──。大好きだけど、うらやましくて、そばにいるだけで自分が劣った存在であると否が応でも思い知らされる。


(僕も、会いたくて、会いたくなかったかも…でも、今日は言わないといけないから)


朝陽はテーブルのティーカップを手に取った。けれど飲むこともなく、そのまま手に持ったままでいる。


(朝陽──?)


その様子を見た羊一は、後ろから朝陽の額に手を当てた。


「な、なに?」


少し驚きながらも朝陽が後ろを振り向くと、自分の肩の位置に羊一の顔があった。


「いえ、熱はないようですね」


そのまま羊一はこつんと、朝陽の額に自分の額を当てた。


「……僕、体調悪くないよ」

「えぇ、そうですね」


どういうことだろうと朝陽がもう一度口を開こうとしたが、先に開いたのは絢斗だった。


「そうだ羊一。僕はお前に聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「だから敬語じゃなくていいって言ってるだろう」


ほら普通にしゃべってみろと、絢斗はソファのひじ掛けを爪でトントンと叩く。

じいの目もあるし、どうしようかと羊一は頭をかいたが、絢斗の折れる様子のなさに諦めた。


「わかりました。で、なに?聞きたいことって」


羊一が砕けた話し方になると、機嫌がよくなった絢斗は立ち上がって入口近くまで行くと、こっちへ来いと羊一を呼んだ。羊一が近づくと、こそこそ話をするかのように絢斗は口の横に手を当てた。


「…?なに、全然聞こえない」


もう少し耳を近づけようと羊一が絢斗に顔を近づけたが


「…あやひょ、なんれすか?」


絢斗は羊一の両頬を引っ張った。

そこにさっきまでの穏やかな絢斗の顔はなく、清々しいほどの笑みはあったが、目は笑ってなかった。


(相変わらず、この方は…)


羊一は蛇に睨まれた蛙状態となった。

本家にいたころからそうだった。一族の人間に対して、使用人に対して、ご学友に対して、社交界の貴人に対して、絢斗は顔を使い分け、作り上げた『東雲絢斗』に注目を、羨望を集めていった。まさに彼こそが紛うことなく東雲家の跡取りとしてふさわしいと、誰もが納得する絢斗を、絢斗自身が作り上げていった。多少の破天荒さも持ち合わせているが、その振る舞いの一つ一つに憧れを、絢斗の視線を、笑みを得たいと思うように絢斗自身がその偶像を作り上げたように羊一には見えていた。そしてもちろん、反対の顔も持ち合わせている。


「お前さ、何?さっきの」


冷ややかに、絢斗は羊一に問うた。

そういう絢斗の一面をわかっている(・・・・・・)からといって、どうにもなるものではない。

『東雲家の人間だから』ではなく、絢斗のその顔の使い分けは例外なく、羊一にも効果があった。


「さっひの?」


さてなんのお叱りを受けているのだろうと、羊一は必死に考えつつも尋ねた。


「さっき、僕の弟を抱きしめて、思いっきり顔近づけてたやつ。あれ、何?」


(やばい、見られていたのか…)


羊一は背筋がサーっと冷たくなっていくのを感じた。

絢斗のことだから何かしかけてくるであろうことは最初から想定していた。けれどうさぎとの視覚共有は、想定不足だった。

さっきよりも近くに、絢斗は羊一の耳を自分の口元に近づけた。


「お前さ、朝陽に手、出してないよな?」


羊一の首に回した左手を、羊一の顔に添えながら、耳から凍ってしまうんじゃないかと思えるくらいの声色で、絢斗は羊一にささやいた。


「…はい」

「全く?」

「はい、全く手は出しておりません。……まだ」

「まだってなんだよ、まだって‼」


耳元で叫ばれた羊一は、耳がキーンとした。

二人のこそこそと話す声は全く朝陽の耳には入って来なかったが、なにやら自分が聞いてはいけない話をしているだろうことを察し、朝陽はソーサーに乗っていたクッキーをかじっていた。

けれど入り口近くで叫ぶ絢斗の声に、朝陽は目を丸くした。


「どうしたの?」

「あぁ、なんでもないよ。朝陽は気にしなくても大丈夫」


ノープロブレムと言わんばかりの笑みを浮かべた絢斗の即答に、朝陽は口をつぐんだ。けれど絢斗の奥で、しょげている羊一を見て、朝陽は絢斗に近づいた。


「兄さま、羊一をいじめないで。羊は、僕の面倒をよくみてくれているよ」


朝陽は絢斗の隣に立ち、もう怒らないであげてとお願いした。


(朝陽が、俺をかばってくれている)


羊一が感動していると、それを上回る感動を受けていたようだ。


「朝陽、すっかり成長して―‼」


絢斗ががっちりと朝陽に抱きついて、弟の成長をほめたたえた。

兄弟仲睦ましい様子を蚊帳の外から見守っていた羊一であったが、リビングに戻って来たじいに着替えて来いと言われ、いったん自室に向かった。じいもしばらくはお二人にしておこうと、羊一に続いてそっとリビングを出た。


「そうか。わかった、僕は……朝陽、それ、どうしたのだ?」


朝陽から離れた絢斗が、朝陽の手を握った瞬間だった。ブレスレットが目に入った。


「これ?」

「そう。自分で作ったのか?なかなかなものだな」


絢斗が朝陽のブレスレットを指で持ち上げた。


「ちがう」

「じゃあ、……誰かからの贈り物か?」

「そう」


非常に聞きにくそうにしていた絢斗に、朝陽は簡潔に答えた。なぜ絢斗が聞きにくそうなのか、朝陽にはわからなかったから。


「…誰に?」

「羊一」


その答えに、頭を押さえながら百面相した絢斗であったが、もう一度口を開いた。


「えっと~、朝陽。これ意味わかってつけているのか?」


(意味……?)


これに意味なんてあるのか。逃げないように首輪をつけられているようなものだろう。


「いや、朝陽が納得してつけているのであれば、いいんだ。兄さんは何も言うまい。それ、最近都でも流行っているのさ。あのな、朝陽、これはな──」


ゴクリと唾を飲みこみ、話そうとした絢斗の後ろで、じいがコホンと小さく咳をした。


「絢斗様、朝陽様。そろそろソファにお座りになってはいかがでしょうか?」


絢斗と朝陽は、すっかり床に座り込んでしまっていた。絢斗がいくら『東雲家長男』お休みと言っても、羊一には容認されても、じいの前ではそうはいかない。

立ち上がった二人は、ソファにゆったりと座りなおした。


「えーっと、…そうだ。茶菓子はどうした?」


コホンと改まるように咳払いをした絢斗は、じいに尋ねた。


(今わざと、話題を変えた…?じいに聞かれたら、まずいのかな)


ちらりと朝陽がじいを見ると、そういえばそうですね、とじいは階段へと向かった。




(はぁ~、久々だと迫力あったわ…気を付けなければ)


着替えを終えた羊一が気を引き締め直し、階段を下りていくと、


「羊一、茶菓子はどうした?」


ちょうど階段をじいが上がろうとしているところだった。


(…あ、あのとき…)


朝陽を落ち着かせようと抱きしめた時、雪が降り積もっているところがあったので羊一はそこにケーキを置き、そのままに忘れてきてしまったのであった。


「ごめんじいちゃん、取ってくるわ」


慌てた羊一がケーキを取りに戻るのを見送ってから、じいは絢斗のもとへ戻った。


「申し訳ございません。しばらく、お待ちいただけますでしょうか」

「あぁ、むしろ都合がよい」


そこにはもう『朝陽の兄』としての絢斗はおらず、『東雲家の長男』である絢斗がいた。


「ではわたくしも、しばらく自室に控えております。なにかございましたら、ベルでお呼びくださいませ」

「すまないな、じい。羊一(あれ)はなかなか、朝陽から離れてくれないからな。今のうちに話しておきたいのだ」


一礼して、自室に戻ったじいのドアを閉める音が聞こえてから、絢斗は朝陽に目をやった。


「さて、ブレスレットの件はまた後で話すとして。お前の話を聞こうじゃないか、朝陽?」

「──あのね、」


朝陽は、絢斗に聞いてほしいことがあった。

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