移動遊園地
朝陽と移動遊園地に来た羊一。ちゃんとエスコートできるのか──!?
「……」
「……」
眼前の景色に朝陽も羊一もポカンとしている。
街を抜け、広場を過ぎ、『静寂の森』と呼ばれる市民の憩いの場所を抜けた先、港へと続く橋を渡る前にある人工の河川敷にそれはあった。
ジェットコースター、ゴーカート、メリーゴーランドに観覧車などのアトラクションだけでなく、射的や輪投げ、屋台にバーなど賑やかさの中にもノスタルジックな雰囲気が漂っている。
ただ、入口ゲートに立ったばかりの二人には、まだその全容が見えていない。
二人はゲート前を通り過ぎて行く巨大な機械仕掛けの象を見上げている。背中に乗せた大きな家に客を乗せ、ゆっくりゆっくりと歩む象は本物の象よりも大きい。
乗客から降られた手にぼんやりと手を振り返し、象が通り過ぎて行くと二人は小さく口を開いたまま顔を見合わせた。
「……遊園地って、すごいね。他もこんな感じなの?」
もちろん初めての遊園地に朝陽はぽやんとしている。
「そう、ですね。アトラクションなど主要なものは同じかもしれませんが、それぞれで特色があると言いましょうか……」
連れてきた羊一も、どことなくぼんやり眺めている。
それもそうだろう。200,000平方メートルほどに広がるこの大きな遊園地は、毎年春光祭の時期にこの河川敷にやってくる。
とてもじゃないが、全容を見渡そうとしてもとても入口ゲートからは見えない。
こんなにも広いとは、羊一も思ってもいなかった。
ぽよんと立ち尽くしたまま中を眺めていると、ホップステップジャンプとピエロが二人に近づいてきた。
先日のことがあったから近づいてきたピエロに朝陽がびくりとすると、羊一が朝陽の前に立ちふさがった。
少し緊迫感の漂う羊一の前まで陽気に飛んできたピエロは大きく腰から右に傾げ、左に傾げてから、手に持っていた風船を羊一に勢いよく差し出した。
「え、あ、ちょっ……!」
押し付けられるように受け取った風船を持つ羊一からホップステップと離れたピエロは、大きく手を振りそのまままホップステップと近くにいた子どもたちに近づき風船を配った。
ぷかぷかと頭上に浮かぶ風船を羊一はじっと見つめた。
(ただの風船、に見えるが──)
風船の奥の奥まで確認してから、ちらりと首だけ朝陽に向けるとじっと風船を見上げていた。
まるで小さな子どものようで、思わず羊一はくすりと笑ってしまった。
(さっきまで赤くなってたのに、今は目を輝かせて、今日の朝陽は表情がコロコロと変わる)
朝陽の目の高さまでしゃがんだ羊一は、風船を差し出した。
「はい朝陽、どうぞ」
「……」
「大丈夫です、ただの風船ですから」
微かに不安の色が見えたが、羊一がそう言うと朝陽はためらいつつも手を伸ばした。
「……ありがと」
「いーえ」
本当は欲しかったのだろう、手にした風船を見上げる朝陽からはどことなく陽気なオーラが漂っている。
(えー、かわい。来年も絶対来よ)
あまりにも羊一が温かな目で朝陽を見つめるから、その視線に気づいた朝陽が羊一と目を合わせ、パッと目をそらした。
一瞬ショックを受けた羊一であったが、今日の朝陽はヘアバンドをしているから、赤くなっている耳がよく見える。
(どうしよう、可愛すぎるんですけど!)
羊一は悶えすぎて空いていた方の手で自分の顔をぎゅうっと抑えつけた。
「朝陽、どこからまわりましょうか。」
しばらくして衝動を落ち着かせた羊一がキラキラ笑顔で朝陽に聞いた。
「……あれ」
朝陽が指差したのは、目の前に見えるフリーフォールタワーだった。さきほどから乗客の叫び声がかすかに聞こえてはいた。
羊一は笑顔を貼り付けたまましばらく黙り込んだ。
「あちらはどうですか?」
さっと羊一が進めたのは、コーヒーカップだ。
家族連れがくるくると楽しそうにカップに乗って回っている。
その様子をじっと見ていた朝陽は、ちらりとフリーフォールタワーを見上げ、どうにも心残りがある様子で小さく「うん……」とつぶやいた。
(そんなふうにされたら、行かないわけにはいかないっ!)
ぐっと歯を食いしばった羊一は、
「朝陽、やはり、あれに乗りましょう……」
「いいの?」
パッと顔を上げた朝陽の、うれしそうなこと。
「えぇ、もちろんです」
どことなくゲッソリしている羊一と、ウキウキオーラ漂う朝陽が乗り場まで行くと、ちょうど客が少なくなったところですぐに案内された。
搭乗前、羊一は深刻な表情でタワーを見上げた。
「どうしたの?」
「……なんでもありません」
先に座っていた朝陽の安全確認をしてから、羊一も席に着いた。
(……覚悟を決めるんだ、俺!)
羊一が自分自身を鼓舞していると、ゆっくりとゆっくりと、座席が上がっていく。
「景色が一望できるね」
「そうですね……」
目の前の景色を楽しむ朝陽に、青い顔をした羊一はそう言うだけでも精一杯だ。
頂上までたどり着くと、ガタッと音を立てて止まった。
(えっ、止まったんですけど!?なにこれ、すぐ落ちないの!?)
羊一がセーフティバーを握りしめた瞬間だった。
「わっ、」
ふわりと、でも急降下を始めて朝陽が小さく声を上げた横で
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
恐怖で泣きそうな羊一が大きく叫んでいた。
「羊一、大丈夫?」
ベンチで肩を落として座り込んでいる羊一に、朝陽は買ってきた水を渡した。
「申し訳ありません、朝陽」
手渡されたペットボトルをごくごくと飲むと、羊一はふーっと息をついた。
「ごめんね、苦手だったんだね」
「いえ、俺も初めてでよくわかってなかったと言いますか……。自分で飛ぶのは大丈夫ですが、飛ばされるのは苦手なようです」
「そう……」
自力で飛んだことのない朝陽は羊一が言う違いがよくわからないなと思いながら、羊一の隣にちょこんと座った。
「さて、次はどこに行きましょうか」
羊一はもう一口飲んでから、遊園地のMAPを取り出した。
顔色はよくなったものの、まだ朝陽は心配だ。
「もう少し休んでた方がよくない?」
「ありがとうございます。もう全然大丈夫です!」
力強く拳を握りしめてスクッと立ち上がった羊一は、ベンチに座ったままの朝陽に手を伸ばした。
「さ、行きましょう」
伸ばされた手に、ドキドキとワクワクを胸に抱きながら、朝陽は手を重ねた。
「どれが気になりますか?」
「さっき僕の選んだのにしたから、次は羊一選んで?」
「朝陽が行きたいところに行きたいです」
そう言って微笑んだ羊一は、3秒後後悔することになる。
「えっとね、……これ」
足元があるから大丈夫だと思った朝陽がバイキングを指したので、羊一は顔を強張らせた。
もちろん心躍らせている朝陽にノーと言う羊一ではなく、内心冷や冷やしながら乗り場へと向かうのであった。
それからバイキング(羊一もギリギリ無事だった)に乗った後、ゴーカートをした。スムーズに運転で来た羊一と違い、朝陽は羊一のカートや壁にぶつかりながらも、うまく運転できないのも含めて楽しんでいた。
そんな朝陽が見れて羊一はうれしくて、でもどこかほっとした気持ちもあった。
アトラクション以外もと、羊一が射的をするとお菓子に変な顔のストラップと、デビルのカチューシャが当たった。
早速羊一が朝陽につけようとすると、ヘアバンドをしてるからと朝陽にカチューシャ取り上げられた。
「しゃがんで」
反対に、羊一の頭につけられてしまった。
(……似合ってる)
付けたのは朝陽なのだが、朝陽は困ってしまった。
羊一はどうしてなんでも似合ってしまうのだろう。格好も相まってか、妖艶さが漂っている。
ちらちらと羊一に目を向けた人達はかっこいいだのなんだの騒ぎながら去っていく人もいれば、じっと羊一を見つめ、いや、あわよくば話しかけようとしている人もいる。
「どうですか?」
羊一がカチューシャをおさえながら恥ずかしげに尋ねると、
「外して」
不機嫌満載の朝陽に言われてしまった。
「……はい」
あまりのことに羊一も心の中で(なぜ……)と嘆きながらもカチューシャを外した。
外したカチューシャを羊一から取り上げた朝陽は、持っていたポーチにカチューシャを入れ、風船を反対の手に持ち替えてから羊一の手をつかんで早足でその場を後にした。
「朝陽?」
そんな朝陽に戸惑っていた羊一であったが、先ほどの一連の流れと周囲の様子を0.1秒で俯瞰して
(……これは、まさか……!!)
気づかない羊一ではない。
「なに?」
ぎろりと振り返った朝陽に、羊一は口元をにやつかせながら「いいえ」と言った。
(きゃー!やきもち、かわいすぎる)
ぽっと頬を染める羊一をしっかりと見てしまったものだから、朝陽はむくれてどこに向かうでもなくさらにズカズカと歩いて行く。
「あ、朝陽待ってください。早いですよー」
浮かれ調子が隠しきれない羊一に後ろからそう言われるも、朝陽は自分でもどうしたらいいかわからなくなっている。
(羊一が目立つからいけないのに……!)
もう!とぶつけ先もない気持ちでいっぱいになりながら歩いていると、アトラクションのエリアまで戻ってきていた。
「あ、朝陽、待って待って」
「……っ!?」
急に羊一がブレーキをかけるから、ズイズイと歩いていた朝陽は引っ張られて羊一によろめきかかった。
「俺、あれ乗りたい!です!」
見上げた先の羊一が指差したのは、メリーゴーランドだった。
(……そういえば来る前に乗りたいって言ってたような)
視線の先のメリーゴーランドでは、お馬さんに乗った子どもが楽しげに外で待つ両親に手を振っていて、微笑ましい。
朝陽は、お馬さんに乗る羊一が外で待つ朝陽に手を振る姿を想像した。
羊一は本当に乗りたいんだろうかと疑問に思ったが、ゆっくりしたアトラクションに乗りたいということなのかもしれない、やりたいのであればいいだろうと朝陽は頷いた。
パァッと顔を明るくした羊一は
「では行きましょう!」
羊一は乗り場までも朝陽を引っ張り、朝陽も風船を預ける頃には自分も乗るんだと認識した。
先を歩く羊一に続き、朝陽はキョロキョロとあたりを見回した。馬に馬車、キリンにライオン、豚にイルカと色々いる中で
「朝陽、これにしましょう!」
羊一が選んだのは凛々しいユニコーンだった。
「うん」
朝陽はどうぞ楽しんでの気持ちで頷いた。
じゃあ自分は近くの蛙に乗ろうかな、でもその前に羊一が白馬の王子様になってる姿を見ようとした。
けれど、朝陽が振り返ろうとしたところで後ろから抱き上げられ、気づけばユニコーンの上だった。
「……」
「うん、やっぱりいいですね」
納得したように頷く羊一に口をぽかりと開いていると、朝陽の後ろによいしょと羊一が座り、ユニコーンの首元から伸びるポールを持った。
「え?」
「どうしました?」
朝陽が後ろを向くと、密接しすぎていてすぐ近くに羊一の顔があった。
(……近いっ!!)
勢いよく顔を遠ざけた朝陽にきょとんとした羊一だったが、朝陽が危うくポールに頭を打ちそうになり、さっと羊一は朝陽の後頭部に手を当てた。
それもよくなかった。
「朝陽?」
「……っ」
見る見る真っ赤になる朝陽に、つられるように羊一も赤くなった。
(え〜、もうこれどうしたらいいの……)
明らかに自分を意識している朝陽が可愛くて、ドキドキするけど心地よくて、
「あさ……」
『それでは発車します。安全のため、ポールから手を離さないようにお気を付けください』
メリーゴーランドがゆっくりと動き出し、羊一は朝陽の手を取り、ポールを持たせた。
「ほら朝陽、ちゃんと持ってくださいね」
「う、うん……」
前を向き直った朝陽は、ぎゅっとポールを握る自分の手に羊一の手が重なっているのも、背中から羊一の体温が伝わるのも緊張して、でもこのゆったりと和やかなアトラクションにしばらく乗っていたいと思っていた。
(羊一とくっついていられるの、うれしい……)
周りの様子を楽しむことも、前を走る馬車やイルカを眺めることもなく、朝陽は自分の手に重なる羊一の手を見つめていた。
すると、すっと羊一が手を離し、朝陽の耳元で羊一がささやいた。
「朝陽、ちゃんと持っててくださいね?」
その手が腕を伝ってどこに行くのかと思っていると、朝陽の腰に羊一の腕がまわり、朝陽の首元に顔がうずめられた。
「あ、あの、羊一……」
「メリーゴーランドの間だけですから」
そうして羊一が甘えて来るから、朝陽はもうカチンコチンになってしまった。
たまに首元に顔をすりつけるようにされると、もう心臓が痛いほどで、反動でポールを握る手に力が入った。
(羊一が、かわいい)
首元にすりすりしてくる羊一に朝陽も顔を寄せたかったが、そんな余裕はなく、朝陽はただただユニコーンの角を見つめていた。
長いような気もしたが、終わってみれば一瞬だ。
『ありがとうございました。またのご乗車お待ちしています』
メリーゴーランドが止まり、乗客が降りて行く中、朝陽と羊一はまだユニコーンに乗ったままだった。
羊一から離れるのが少し寂しくもあったが、終わってしまったのだから仕方がない。
「あ、あの羊一、終わったよ……?」
朝陽がそう言うと、少し不機嫌そうに顔を上げた羊一は
「もう一回だけ、乗ってたらダメですか?」
朝陽は羊一がきゅっと腰にまわした手に力を入れたのを感じた。
そんな甘えるような、うかがうような羊一に、朝陽はゆっくりと小さく頷いた。
もう少しこのままでいたいと、朝陽も思っていたから。けれどそんなこと、言えるわけもなかった。
朝陽が黙ったままでいると、くすっと笑った羊一の息が首にかかった。
「なに?」
不思議に思った朝陽が羊一に尋ねると、羊一が優しさの奥に意地の悪さを隠した笑みを浮かべた。
「いえ、今日の朝陽はりんごみたいだなと」
「……?」
どういうことかと疑問に思っていると耳元で羊一がこそっと
「俺の一挙一動で赤くなるのがかわいいってことです」
「……なっ!?」
「ほら、馬が走り出しましたよ。しっかり持ってないと」
ささやかれた方の耳を手で覆っていた朝陽だが、メリーゴーランドが動き出すとすぐに両手でポールを握った。
そんな朝陽の首元に羊一はまた顔をうずめてすりすりしてくる。
(絶対に、絶対にからかわれてる……!)
2回目のメリーゴーランドは、甘えて来る羊一が可愛くも愛しくありつつも憎さ余って苦行だった。
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