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執事の羊くん  作者: 碧瀬まど
第1章
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早起きの理由

「そういえば朝陽、今日早いね」


家から学校まで距離のある(こう)智秋(ちあき)は、いつも早めに学校に着くようにしている(煌は智秋の言う通りにしているだけ)。そのためいつも朝陽より、早く学校に着く。


「うん、今日早起きしてみたんだ」




朝陽は今日、いつもより早起きであった。

少し早く起きたわけではない。いつも羊一やじいが起きるだろう時間よりも早い時間に起きた。

きっかけは昨晩のこと。


「……ということで、明日は使いの方は夕方前に来られる予定だ」

「わかった。それまでに朝陽と帰ってくる」


喉の渇きで目を覚ました朝陽は、水でも飲もうかと階段を降りキッチンに向かっていたところ、リビングから羊一とじいの話し声が聞こえてきた。


(少し、甘い匂いがする)


リビングでは暖炉に火を()べ、二人で紅茶と、ティータイムに余ったクッキーをつまんでいるようだった。


(僕がいたら、気を使うよね)


二人に気づかれないように、そっと自室に戻ろうとしたところだった。


「本当に、お前はよく朝陽様に尽くしているよ、羊一」

「なんだよじいちゃん、いきなり」


さっきまでの声色と変わり、しみじみと言ったじいに、クッキーを頬張りながら羊一は返しているようだ。


「はじめこそ反対が大きかったものの、朝陽様の状態も回復し、旦那様方も大層安心されているご様子」

「だろ?俺の言った通り」


得意げそうな声に、朝陽は羊一の表情が目に浮かぶようだった。


「それでもよかったのか?」

「なにが?」

「お前としては、あのまま学校に残っていたほうが魔の能力をもっと伸ばせたろうに。これは柊としては、諦めきれんものだ」


未練たらたらしく、じいは羊一に語りかける。


「旦那様方も、お前のことを考えてくださっておる。せめて高等部を卒業するまでは、お前は魔の能力を鍛えつつ絢斗様にお仕えし、朝陽様に凪を仕えさせてもよいと。その後のことは…折を見て話し合えばよい。もともと絢斗様には本来、お前が仕えるはずだった。それを前提に柊としてはお前を育てておる。それは今も変わらん。凪にもその教育を受けさせることができたのは、むしろ柊にとってプラスになったくらいだ。凪自身もお前よりは少ないが、朝陽様に渡す魔力くらいある。今からでも少し、考えみんか?将来的にも、より東雲家を守る力を備えておける方が、お前のためにもなる」


鼓動が早くなっていくのを、朝陽は感じていた。

こんな話が出ていたのは、朝陽にとって寝耳に水だった。


(羊一が、僕から離れる…?)


誰もなにも言わない静かな時間が流れた。ほんの数秒のことではあったが、朝陽にしてみればいつまでこの時間が続くのかと不安に襲われるほどであった。


「じいちゃん、もう何度も言ってるだろ?」


沈黙を破ったのは、羊一だった。


「俺は朝陽以外の人間に仕える気はないよ。そりゃ東雲家になにかあれば馳せ参じるけどさ、優先順位一番は朝陽。これは絶対。俺もできる限り、魔の力も鍛えていくから、な?」


諦めてよと言わんばかりの羊一の話し声に、朝陽は安堵した。


(よかった。羊一は僕のそばにいたいと思ってるんだ──)


自分の安堵した理由に、若干の疑問を朝陽は抱いた。

羊一が自分のそばからいなくなる。親よりも、兄弟よりも、朝陽のことをわかっている羊一。おそらく、朝陽自身よりも。

朝陽の生活は、そして朝陽が生きていくうえでは、羊一はいつもそばにいる。それは当たり前のことだった。

けれどあくまで、朝陽から見れば、であった。

羊一に大きな期待がかけられていることも知っている。東雲家に仕えるものとしても、歴代でも類を見ない魔の使い手としても、『柊家の羊一』として。

もし、もし羊一が自分に仕えていなかったら──。

自分は羊一自身の可能性を潰しているだけではないのだろうか。

幼い頃から、羊一はずっと朝陽のそばにいた。そうしないと、魔の力が足りない朝陽が虚弱で生きていけないから。兄の絢斗が、羊一の弟の凪が遊びに行っているときも、家から出れない朝陽のそばにいた。少しずつ状態が良くなってからも、羊一が朝陽の『お世話』をすることは今でも続いている。それが『普通』だと、いや、それが『普通ではない』と考えたこともなかった。

でも違うのではないか。朝陽が羊一を見えない鎖で縛り付けているだけではないのだろうか。

そんなことない。羊一自身が、今まさに言ったところだ。

けれど打ち消そうと思っても、一度浮かんだ不安の種は、朝陽の中でゆっくりと育っていった。



そうは言ってもなぁ、と惜しい気持ちを隠せないじいは、まだ粘るようだ。


「歴代でもお前ほどの力を持つものはおらん。凪もよくやっている。じゃがお前こそが絢斗様にお仕えし、お側で支えることこそ東雲家も柊家にとっても、最良だと思わんか?幼い頃は朝陽様にお前を付けなければならなかった。だが今は違う。旦那様も強くは仰らない。けれど我らがそれを推し測り、申し出ることこそ必要なことであるとわしは考える。お前の朝陽様を一番にする気持ちもわかる。朝陽様はまぁ……手のかかるお人じゃ、色んな意味で。だが東雲家を守り立てていくのも我らの大事なお役目。お前ももう一度、考えてみなさい」


立ち上がるような音が聞こえ、朝陽は静かに自室に戻り、ベットに入った。


(どうしよう、どうしたら──)


羊一には、じいから選択肢が与えられた。


(僕が邪魔しちゃダメだ)


気づかなかった、いや気づこうとしなかった。自分は用意された温かな世界で、優しさにばかり触れていたから。

でも違った、その世界の外では。自分の存在が羊一の、柊家の、そして東雲家の妨げになっていることに。自分の存在は足手まといでしかない。

わかっていた。知っていた。小さい頃からそうだった。でも、目をそらしていた。


(だったら、誰の邪魔にもならないように、するしなかない)


朝陽が出した結論は、羊一がいなくても、朝陽一人でも大丈夫と羊一が思えるようにすればいいというものだった。

そうすれば羊一も自分で自分の未来を選べる、朝陽に引っ張られることなく──。


心細さが手足を冷たくし、なかなか寝付けなかった。

そして自分の支度くらい自分でしないとと早起きしたものの、それも叶わなかった。


(そういえば、どうして羊は僕が早起きするって知ってたんだろう)


朝の様子を見るに、朝陽に合わせて羊一もいつもより早くに起きているように見えた。

けれど早起きするだなんて、朝陽は告げていなかった。




「朝陽、食堂行こーぜ〜」

「うん、」


(二人は、どうして僕と仲良くしてくれているんだろうか。”東雲”、だからだろうか)


朝陽の中の不安の種はその成長を留めず、ゆっくりと少しずつ()を見つけていく。

校舎一階まで降り中庭を歩いていたところ、木陰の先に女生徒たちが固まっていた。


「若竹の君よ、久々にお見かけいたしましたわ」

「麗しい方」

「小鳥がおそばに…、あぁ、あの小鳥になりたい」


だいたいの予想がついて、見たくないものから目を伏せるかのような朝陽をからかったのは煌だ。


「麗しの(ひつじ)がそこにいるぞ~」


意地悪な顔して、朝陽の肩に腕をまわし、わざと黄色い声を上げる生徒たちへと近づいた。

視界を遮っていた木々を抜けると、数メートル先にいたのは、右手に小鳥を宿した羊一だった。


「美しいわぁ…」


そこかしこの視線を集める羊一の、指先にとまる小鳥を朝陽はじっと見つめた。

他の一般生徒には小鳥に見えているが、朝陽の目には簡易に鳥の形に作られた紙に見えた。おそらく、なにかの使いで羊一が作ったのだろう。それが用事を終えて帰ってきたところのようだ。

しかしさすがにこの人数で見ていたのがよくなかった。羊一が自分を見ている集団に涼やかに目をやった。


「朝陽」


朝陽を見つけた羊一は他の生徒には目もくれず、一直線に朝陽の元へと歩んできた。他の生徒の目も引き連れて。


「これは煌様、智秋様。ご機嫌いかがですか?」


羊一は朝陽のご友人に失礼があってはならないと、よく出来る執事の仮面を被って胸に手を当て一礼した。


「まぁまぁだね」

「こら、煌。言い方。こんにちは、羊一さん。相変わらずの人気ぶりですね。朝陽がやきもきしてましたよ」


いい加減に返した煌に対し、柔らかにさらっと言ってのけた智秋の一言で、羊一は内心気が気じゃなかった。


(朝陽が、俺のことを気にしている…?)


思わず顔がにやけそうになったが、朝陽をお守りする人間として常に冷静であるように。

顔に力を入れて、必死に外面の無表情を保ったが、やはり気になってしまい羊一は朝陽から目が離せなかった。朝陽の後ろでは、煌が変顔をしたりわらわらと変な動きをし、智秋に後ろ首掴まれそうになっている。けれどそれも、今の羊一の目には映っていない。


じぃっと見てくる羊一がどういう思いで自分を見ているのかわかりかねた朝陽は、気まずさからすっ、と足元へと目線をやった。


(なになに今の、照れてるの!?)


少しドキッとしてしたが、どうやらそうではないようだ。

羊一は、うつむき加減の朝陽の顔を覗いた。


「朝陽、どうしましたか?」


そう言いながら羊一は、くしゃくしゃと柔らかく朝陽の前髪を撫でた。


(今日の来客に気が重くなっているのだろうか)


覗き込んだ朝陽の顔は、他の者からすればいつもと変わらないように見えただろう。けれど羊一には、そこはかとなく不安げに見えた。

そっと、羊一は目にかかりそうな朝陽の前髪を指でさらった。


「……なんでもないよ」


軽く頭を振りながらそう返事をしたものの、なんでもわけではなかった。けれど、朝陽にもよくわからなかった。


(これは、僕にしか見えてない)


目線の先にある自分を見上げる羊一の表情は、いつもの、外では見せない朝陽がよく見る優しい羊一の顔だった。朝陽を心配するような、あやすような羊一。

すると朝陽の中から、(もや)のようなものが晴れていった。


ふと、羊一の袖先から腕に包帯が巻かれているのが見えた。


「怪我したの?」

「え?」

「包帯…」

「あぁ、大したことありません。大げさに巻かれただけです。朝陽の顔が見れたので、もう治りましたよ」

「……僕なんて見ても」

「いーえ、わたしにとっては大事なことです」


そう言って、羊一は朝陽の手を取り、自分の頬に当てた。


「朝陽がいることが、わたしの元気の源ですから」


そうしている羊一は、なんでもないような、嬉しそうなような──そんな羊一に見つめられ、朝陽はまるで息をするのも忘れるほどに羊一から目が離せなかった。


「あーさひー、そろそろ食堂行こーぜ〜」


お腹を空かせた煌の声で我に返った朝陽に、羊一はではまた後でと告げ、高等部へと帰っていった。

その背中を見つめる朝陽だったが、行くぞ〜と煌に背中を押され、食堂へと向かった。



「俺が遮らなかったら危なかったぞ、朝陽」

「なにが?」


煌の言ってることがよくわからず、コーンスープの入ったスプーンを口に運ぶ前に問うた。


「お前全然気づいてなかったけど、(ひつじ)に食われるところだったぞ」

「……何言ってるかわからない」


率直に返した朝陽に、煌は大きなため息をついた。


「お前なぁ」

「煌、さっさと食べな。朝陽、煌は心配してるだけだから」


智秋の言うこともよくわからず、朝陽は首を傾げた。


「こいつわかってねぇぞ」

「でも本人が決めることだからさ。朝陽、まぁいろんな気持ちで見てる人いるから、とりあえずは気を付けてってことだよ」

「うん」


それなら朝陽にもわかる。

今もさっきの光景を見た生徒たちが、ひそひそと羊一のことを話す声が聞こえ、そして朝陽にも良くも悪くも関心が集まっている。

転入してきた頃は静かなものだったが、家名で偉そぶるわけでもなく、それどころか内向的で目立つことを嫌う朝陽を見て、好き勝手言う者もいるくらいだ。自分があれこれ言われるのは構わない。だけど──


(智秋くんの言う通り、中等部(こっち)に来ないように言おうかな…)


ふぅ、と軽くため息まじりの朝陽を見て、やれやれと煌と智秋は目を合わせた。

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