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執事の羊くん  作者: 碧瀬まど
第2章

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お祭り

案内所にいる智秋のもとに顔を出してからお祭りを見に行く朝陽と羊一であったが、羊一の様子に異変があることを朝陽は気づけずにいた。

「仲良しだね」


街に入ってすぐの案内所にいた智秋のところへ顔を出すと、第一声がこれだった。

なにを言われているかわからない朝陽が小首を傾げるも、智秋はただ微笑むだけだった。


(ふふっ……、朝陽は俺と手を繋いでいても、もう恥ずかしがらない)


心の中では盛大ににやけている羊一であるが、外面は涼やかなものだ。


(ここ最近、朝陽が恥ずかしがっていても手を繋ぎ続けてきた甲斐があった)


結局朝陽は羊一に甘いことを、羊一はよく理解している。


「羊一さんもお似合いです」

「ありがとうございます」


羊一が愛想笑いを浮かべると装いも相まってか、案内所中の視線を集めた。

羊一は朝陽に合わせて、上は白・下は黒のシンプルなチャイナ服を身にまとっている。

視線を集めることも、羊一にとってはいつもと変わらずなんでもないことだが、朝陽にとっては違うようだ。一瞬であるが、羊一の手が強く握られた。

おや?と朝陽に視線を向けても普段と変わらない無表情。に周りからは見えるだろうが、機嫌が悪くなったことに羊一が気づかないわけがない。


(これは、間違いなく──)


嫉妬だろう。

そう思うと、羊一は喜びと感動で震えそうになり、朝陽から見えないように口元を手で隠して顔を背けた。


「……なに?」

「いえ、なんでも」


けれど羊一の異変に気づいた朝陽がいつもより厳しい視線を向けてくるから、澄ました笑みを浮かべ、感動は心の宝箱にしまい込んだ。


「智秋君、今日は一日ここにいるの?一緒に回れる時間ある?」


そんなことを言う朝陽を一瞥(いちべつ)してから、羊一はまるでなにかの念を送るように智秋を凝視した。

羊一があまりにわかりやすくて、智秋は思わず笑いそうになった。


(そんなに睨みつけてこなくてもいいのに。こんなに周囲の視線を集めてるのに羊一さんには朝陽しか見えてないんだな)


そんな羊一が、好意を隠さずにいられる羊一を、智秋はうらやましく思う。


「智秋君?」

「ごめんね。今日は案内所終わったら店を覗きに行こうと思ってるから、難しいかな」

「そっか……」


表情は変わらないが、羊一にも智秋にも朝陽がしゅんとしたのがよくわかった。


「来年は一緒に回ろうね」

「……うん!」


優しく智秋がそう言うと、朝陽の少々は回復したようだ。

けれど、隣で羊一がムスッとしている。


(今日の羊一さん、すごくわかりやすい)


我慢しきれず、智秋はくすくすと笑い始めてしまった。


「朝陽、そろそろ」

「うん。じゃあ智秋君、またね」

「うん、楽しんでね」


ひらひらと手を振る智秋に見送られ、羊一に手を引かれるまま朝陽はお祭の中心部へと向かった。

 ゆっくりと、朝陽は周りを見渡しながら歩く。普段の通学路に軽食店からクレープ店、ハンドメイドアクセサリー店やダーツ等ゲームができる店など様々な店が居並ぶ。日頃は敷居が高くて入れない店も、今日は扉を開放して手軽に食べれるものを販売したり、ボランティアが見物客を案内したりと、街を上げて取り組んでいる様子がよくわかる。

来ている人たちも、どの店に行こうか、なにを買おうか、次はどこに行こうかと楽しんでいる様子に、朝陽も心が浮き立っていた。

お祭に来たことも初めてで、様々な出店が立ち並んでいるのも新鮮でしかない。

そんな朝陽の隣で、羊一は不機嫌にしている。

きょろきょろする朝陽が他の人とぶつからないように気をつけながら手を引く羊一は、横断歩道前でメインロードから外れるように角を曲がった。


(……こっちにもなにかあるのかな?)


疑問に思いつつも言われた通りエスコートされるがままの朝陽は、そのまま羊一についていった。

一つ目の角を曲がり、羊一は人気がなくなったところで建物の間に朝陽を連れ込んだ。


「……羊?」


どうしてこんな薄暗いところに連れてこられたのか。

疑問に思っていると、振り返った羊一が距離を詰めてきて、気づけば朝陽は壁と羊一の間に挟まれていた。


(この感じ……前もあった)


講堂の裏であったことを思い出して、朝陽は急速に顔が赤くなってしまった。


「朝陽、どうしました?顔が赤いですよ」

「……っ」


冷たい声でそう言う羊一は、うつむいてこちらを見ようとしない朝陽の頬に手を当て、自分の方を向かせた。

それでも朝陽は目をそらしている。


「朝陽、今日俺は、デートだって言ったんです。デートは、朝陽と俺のふたりでするものです。それなのに、どうして智秋様をお誘いに?」

「……だって」


遠くの方で祭りを楽しむ人たちの笑い声が聞こえる。

そんな中で自分は羊一と二人、薄暗い路地でなにをしているのか。

ちらりと羊一を見上げると、拗ねたり怒っててくれたらまだよかった。でもその顔には冷たい笑みが浮かんでいるだけ。


(いったい、なんて言ったら………)


胸の前で手をもじもじとさせるだけで、朝陽は何も言えない。

朝陽がそんな様子でいると、ため息をついた羊一が朝陽の唇に親指をあて、ゆっくりとなぞった。

そうすると朝陽はびくりと肩を震わせた。潤んだ目で羊一を見上げるも、一向に羊一はやめてくれない。


「言えないんですか?」


羊一がわざとそうしていることくらい、朝陽にもわかった。

やめてと言えば羊一はやめてくれるかもしれない。でも──


「…………だって、羊一とずっと二人だと思ったら、ドキドキして……」


そこまで言うと朝陽は強く目をつぶった、羊一の反応を見るのをこわがるかのように。


(心臓がうるさい……)


心臓がうるさくて、耳までその鼓動が脈打つ。

恥ずかしくて、でも羊一が自分に向けてくれている感情が嬉しくて、それでも胸が苦しい。


「朝陽──」


朝陽が口にした言葉に、羊一は目を大きくした。

朝陽が羊一を意識していると、はっきりと口にしてもらえるとは思ってもいなかったから。

羊一の胸は、だんだんと灯りがともるように、愛しさで満たされていくようだった。

 ふっと気の抜けたような笑みを羊一が浮かべると、そんな羊一に気づいた朝陽が薄く目を開いた。

ゆっくりと朝陽の額に、羊一は己の額をくっつけた。


「朝陽、すみません。俺、意地悪してしまいました。今日は朝陽を独り占めできると思ってたのに、朝陽はそう思ってなかったんだと思って、つい……」


声色からすれば、反省しているのだろう。

でも、さっきよりも至近距離の羊一が、朝陽を困らせる。


「あの、羊一……」

「だから朝陽、俺の機嫌を直すおまじないをかけてくださいね」


それだけ言うと、羊一は朝陽の唇に己の唇を重ねた。


「……っ」


もうあたりの喧騒など、朝陽の耳には入らないくらい羊一にドキドキして仕方がない。


「……っもう終わり」


わずかに離れた瞬間に顔を背けると、羊一が朝陽の後頭部に手を当てた。


「いやです。まだ俺の機嫌は直ってませんから」

「ようい……、っん……」


羊一は再び朝陽に覆いかぶさるように深く口づけた。


(絶対にもう機嫌直ってるのにっ)


朝陽は羊一の胸を強く叩いたが、羊一はびくともしない。

路地の奥にいると言っても、人が来るかもしれないと朝陽は必死に声を抑えようとしている。羊一が誰も来ないように膜を張っているだなんて思ってもいない。


(抵抗してたのに、ちょっとずつ緩んでいくから可愛すぎる)


胸を押していた朝陽の手が、羊一の胸元をぎゅっと握るようになる頃には、羊一も満足してきた。

離したくないけどこれ以上は、と唇を離すと、とろんとした目で朝陽が羊一を見上げている。

羊一からしたら、たまったものではない。


「……かわいい、朝陽」


朝陽の額や頬に軽いキスを繰り返していた羊一は、朝陽の呼吸が整うとまた手を引いて、上機嫌でエスコートを再開した。





(やりすぎたーっ!)


そう思った頃にはもう遅い。

さっきことがあり、すっかり朝陽は委縮してしまった。

もうお祭りなど目に入らない様子で、真っ赤にした顔を下に向けたまま、体を強張らせながら歩くようになってしまった。

羊一が声をかけると大きく震え、泣きそうな顔でこちらを見上げる。

それはそれで可愛くて仕方がないのだが、羊一を意識しすぎてお祭りどころでないのは一目瞭然だ。

今も、煌の店のテラス席でアイスクリームを食べているが、さっきからすでにスプーンを3回落としている。手が震えているようだ。

せめて視界に入らなければ大丈夫かと、向かいから隣に座るようにすれば動かなくなってしまった。

朝陽に楽しんでもらおうと思っていたのに俺のバカバカ!と反省と挽回を試しみていると


「あれ、アイス溶けてんじゃん」


ひょこっと煌が顔を出した。


「煌君……」

「それ、お前よく食べてるやつだろ?味も変わってないはずだけど──」


そこまで言うと、二人の雰囲気からさすがの煌でも勘づいたようだ。

プルプルと震える朝陽も助けを求めるように煌を見上げているし、羊一もいつもと違って余裕なく見える。

ボリボリと頭をかいた煌は、辺りを見回してからため息をついた。


「朝陽、ちょっとそいつ貸してくれ。みんな忙しくて店の前の行列整備できてなくてさ」


煌が指す方を見ると確かに。広場の噴水がよく見える位置に立ててあるこの仮設店舗には、他の店の2倍は人が並んでいる。列も乱れてきているようだ。

ちらりと羊一を見ると、羊一と目が合ってしまい朝陽はすぐに目をそらした。

ショックの大きい羊一だが、なんとか笑顔を取り繕った。


「朝陽、俺しばらく手伝ってきますね。アイスを食べ終えられる頃には戻ります」

「あ……」


立ち上がった羊一は、そのまま店員に声をかけてから店頭に向かった。

朝陽はそんな羊一を目で追うも、止めはしなかった。


(……よかったの、かなぁ。でも羊一がそばにいると困るし)


朝陽がぐるぐると頭を悩ませ、でもほんの少しだけほっとしていると向かいに煌が座った。


「で、どした?あいつ多分、俺が席を立つまで戻って来ねぇよ」


ちらりと煌が横目を向けると、にこやかな羊一が案内をしていた。客はうっとりして羊一を見つめている。

そんな様子も、今の朝陽には見えていない。


(さすがにキスされて困っている、とは言えない……)


そう思いながら無意識に、朝陽が唇を触ってしまっていたからだろう。


「え?もしかしてキスされた?」


びっくりしながら朝陽を見る煌に、勢いよく顔を上げた朝陽はもう隠すことができないほどにうろたえ、恥ずかしさでいっぱいになった。


「あの、その──」

「んで、困ってんのか」


なるほどなぁと言わんばかりの煌の態度に、今度は朝陽がきょとんとした。


「……驚かないの?」

「なにが?」

「その、僕と羊一が……」


その先は恥ずかしくて、朝陽は言えなくなってしまった。


「驚かねぇよ。(ひつじ)の方は明らかだったし、朝陽も見てたらわかるし」

「……そうなの?」

「ま、気づいてるの俺と智秋くらいだろうけど」


うつむいた朝陽は、混乱で溶けかけのアイスクリームを口に入れた。今すぐ顔に籠っている熱を発散したかったのだ。一口食べるも、バニラとチョコが混じり合い、いつもは美味しく食べれるのに、今は全く味もしなければ冷たさも感じない。

そんな朝陽を静かに見守りつつ、煌はメニューを持った客に群がられつつある羊一に目を向けた。


「あいつのこと、好き?」


煌は朝陽に問いかけた。

見る見る赤みを増していく朝陽は答えに窮しながらも、しばらくして小さく頷いた。


(こういうとこが、好きなのかな──)


そんな朝陽の様子にふっと柔らかく笑ってから、煌は朝陽にデコピンをした。


「じゃあ、困った顔ばっかしてないで笑いかけてやれよ」


そんなことを煌が言うから、額に手を当てた朝陽は目を丸くした。


「煌君、あの、」

「あ!煌様!おサボりですか!?」


朝陽が口を開いたところで、ウエイターが近づいてきたと思えば、翔平だった。


「ちげーよ、ちょっと挨拶してただけだよ」

「ちょっと挨拶してるくらいの人は、そんな座り込んだりしません」


うるさいなぁと顔で言いつつ煌は立ち上がった。


「んじゃな、朝陽。祭り楽しめよ」

「うん、ありがとう」


席を立った煌は、そのまま羊一のもとへと向かった。

どうやら煌が任された列の整備を、羊一にさせていたようだ。


(朝陽はもう、落ち着かれただろうか)


いろんな意味でドキドキしながら、羊一は朝陽のもとへと戻るも


「朝陽、その……」


言葉が浮かんでこない。


「……次、どこ行くんだっけ?」


そうすると、朝陽の方から話してくれた。


「遊園地、です……」


席を立った朝陽は、アイスのカップを返却してから、羊一の手を取った。


「……行こ」


そうして顔を赤くした朝陽が小さくはにかむから、羊一はもう一方の手で顔をおさえて天を仰いだ。


(可愛すぎて、どうにかなりそうっ!!)


そう思いながらも、羊一は一瞬で涼やかな笑顔を浮かべた。朝陽の前では、特に今日は格好よくいたいのだ。


「朝陽、一緒にメリーゴーランド乗りましょうね」


朝陽は羊一の優しい笑顔に頷いた。

けれど、朝陽はわかっていなかった。

羊一はそれぞれお馬さんに乗ろうと言っているのでなく、二人で同じお馬さんに乗ろうと言っていることを。

このあと朝陽はまた、羊一を意識しすぎて見れなくなるのだった。

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