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執事の羊くん  作者: 碧瀬まど
第2章

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前夜祭

朝陽と羊一の夜のお話。眠れぬ朝陽の部屋に来た羊一が忘れ物があるというので部屋に入れるも

「朝陽、おやすみなさい」

「おやすみ羊一」


朝陽をベットに寝かせ、羊一は明かりを消して部屋を出た。

傾いていた月が真上に来る頃まで目を閉じていたが、寝つきの悪い朝陽は今日も眠れない。ベットから起き上がり、サイドテーブルのランプを付けて図書館から借りた本を手に取った。

はじめはパラパラとめくっていたが、いつの間にか読みふけっていた。ハッと気づいた朝陽は半分以上読んだ本を閉じた。


(続きが気になる……けど、もう寝ないと)


鞄に本をしまい、ベットに戻ろうとしたところで小さくノックされた。

朝陽は躊躇した。けれど、迷いに迷って返事をした。そうしないとずっと部屋の前にいるだろうから。


「失礼いたします」


予想通り、ドアを開けたのは羊一だった。寝間着姿なのは予想外であるが。


「羊、どうしたの?」


就寝前の挨拶は、もう終えた。

なぜ来たんだろうと訝しみつつ、これ以上羊一が部屋に入って来ないように朝陽はそっと羊一の前に立った。

そんな朝陽に羊一は申し訳なさそうな顔をした。


「忘れ物がありまして。起こしてしまいましたか?」


ふるふると首を振った朝陽は、後ろを向いた。部屋を見渡すも、羊一の忘れ物はわからない。


「僕が、取るから──」

「いえ、俺がしますので」


羊一は断固たる言いようだ。

朝陽はもう一度自分が取ると言おうとしたが、羊一は”そうじゃないですよね?”と言わんばかりの笑みを浮かべた。


(折れてくれない……)


羊一の様子に、取らせた方が早いかと諦めた朝陽は


「……すぐ終わる?」

「そうですね」


念のため確認し、そう言うのであればまぁいいだろうと羊一を部屋に入れた。

まっすぐ部屋の奥に向かった羊一は、よいしょと朝陽のベットの上であぐらをかき、腕を開いた。


「はい朝陽。どうぞ」


羊一の意図がわからず、どういうことかと朝陽は首を傾げた。


「……忘れ物は?」

「朝陽を寝かしつけるのを忘れてました」


はいどうぞ、と羊一は自分の足を叩いた。

朝陽に乗れと言っている。


「な、なんで?」

「だって眠れないのでしょう?」


同じように羊一も首を傾けた。


(絶対にわざとやってる……)


くるりんとした角に無垢な目をした羊一に見上げられるも、朝陽はもう何度も引っかかったからわかる。

こういう時の羊一は手ごわい。なにをされるのかと怪しんでしまう。


「大丈夫だから」


もうすでに今日はキャパオーバーなのだ。

 帰りも、迎えに来た羊一はいつも通りだったのに、警戒して一歩間を空けて歩いていた。羊一が距離を詰めてくるとまた一歩離れてとしていると、羊一が手をつないできた。


「見られてるから、やめて……」


羊一はもっと自分が人の目を惹くことを自覚するべきだと思う朝陽が、目立たないように道の端の方へと身を寄せていく一方で、耳を赤くしてうつむく朝陽が可愛くて仕方なくて、羊一は朝陽の耳元に顔を寄せた。


「じゃあ、人目につかなかったらいいんですね?」


ささやく羊一を見上げると、意地悪な笑みを浮かべていた。

そうではない、そういうことではないのだと言いたかったが、朝陽の語彙力ではどうにもできず、口をパクパクさせるだけだった。

結局柊の別邸に続く丘を上り始めると、羊一は朝陽に身を寄せて、手をつないできた。

やめてと言うと「いつもしてるじゃないですか」ときょとんとされた。そうされるともう何も言えない。

おかげで朝陽は帰り着くまで大変だった。優しく触れる羊一の手も、見上げるたびにこちらの視線に気づくのも、嬉しそうに微笑まれるのも、嬉しいのに、恥ずかしい。


「朝陽は全然眠くないでしょう?」


ベットに近づこうとしない朝陽を前に、羊一は片足を軽く下ろした。

暗い部屋で、ランプに照らされる羊一を美しいと思ってしまうのが、朝陽は少々悔しい。

あと、言われていることも当たっている。頭はぼーっとして眠たいのに、目は冴えている。


「俺と一緒に眠るときはどうですか?」

「それは──」


羊一と一緒だとすぐ眠れるし、眠りも深い。それは幼少期からの習慣もある。

眠れない夜を羊一と過ごしていたから、朝陽は羊一がそばにいるとすぐに眠れるようになってしまっている。それに加え、いつも減っていく一方の朝陽の魔力量が羊一がそばにいること、つまり一定量を供給され続けることで安定し、それが身体へも影響を与えている。


「大丈夫だから、もう休んで」

「……仕方ないですね」


ふぅ、と諦めたような息を吐いた羊一は


「────えっ」


朝陽の腕をグッと引いて、己の膝の上に乗せた。


「はい、確保」


朝陽が逃げないように、にっこり笑った羊一は朝陽の腰に腕を回した。


「……ちゃんと生活できるくらいの魔力ももらったから、大丈夫。いつもごめんね」

「朝陽、いいんですよ」


心配いらないと膝から降りようと朝陽が羊一の肩を押すも、びくともしない。

そんな朝陽の横顔に羊一は手を当てた。


「眠れないときは俺を呼んでください。ずっとそばにいますから」

「寝れないくらい、いつものことだもん」

「でもよく眠れた方が、健やかに過ごせるでしょう?」

「……」


朝陽は言い返すことができない。確かに、その自覚があった。

羊一から魔力をより多くもらえるようになってから、前よりネガティブなことを考えなくなった。外に向かっての興味も持つようになった。でもそれは、魔力をもらっているだけでなく、羊一が態度でも言葉でも朝陽をいかに大事に思っているかを伝えてくれることが増えたこともあって──それを考えていると、体温が上がり、顔まで赤くなってきてしまった。


(子ども扱いになってしまっただろうか)


羊一は朝陽が恥ずかしくて顔を赤らめているのかと思った。


「朝陽、俺が朝陽にぐっすり眠って欲しいだけなので、朝陽は構わず寝かされてください」


こつりと朝陽の額に己の額をくっつけた羊一は、じっと朝陽を見つめる。


(そんなこと、無理……)


ぎゅっと目を閉じた朝陽が羊一から逃れようとじたばたするも、羊一からしたら痛くも痒くも、むしろ甘くしかない。

けれど抵抗されると、もっと離したくなくなる。


「なんでそんなに嫌なんですか」


羊一が朝陽の肩へも手をやってもっと引き寄せると、反射でだろう。朝陽は首を伸ばして、羊一から顔を遠のけた。


「ね、なんで?」


そうすると、朝陽の首に羊一がぐりぐりと頭をこすりつけて来て、朝陽はもう跳ねる心臓が苦しいのにふわふわした気持ちでいっぱいで、でも逃れたくて、耐えきれず言ってしまった。


「……近いから、だめ」

「近いのなんて、いつものことでしょう」

「……最近、もっとだめなの」


弱々しい朝陽の声が震えていて、見上げた朝陽は今にも泣きだしそうで、羊一はようやく朝陽が自分が思っているのとは違う種類の恥ずかしさを抱いているのだと気づいた。


「──朝陽」


羊一はぎゅっと優しく、でも少しだけ強く朝陽を抱きしめた。


「かわいい、照れてる」


頬をつんつんしてきたと思えば、羊一は朝陽の頬にかぷりと嚙みついた。


「うぅ……」

「ん?」


頬をくっつけっこしているから、羊一の目と目がくっつきそうだ。今も、羊一の長いまつ毛が朝陽のまつ毛にあたってる気がする。


「……恥ずかしい」

「誰も見てない、見てるの俺だけだから大丈夫」


ささやく羊一の声に、朝陽はぎゅっと目をつぶった。


(それが一番恥ずかしいのに……)


そっと目を開けると、羊一は朝陽の顔を包んだ。

淡い緑の瞳がキラキラと輝いている。優しく、でもその熱のこもった瞳に、愛おし気にこちらを見つめる羊一に、朝陽は目が離せなくて、目を離したい。

でも不意にゆっくりと、羊一が目を閉じた。


「そろそろ、寝ましょうか」

「……え?」


この甘いムードもなかったかのように、羊一は朝陽を横たえてから、朝陽の隣に寝そべった。


(……寝れない)


熱を持った体が、眠りにつかせてくれない。羊一が隣に寝ているかと思うとドキドキしてどうにもならない。

そっと羊一の方を向くと、羊一は眠りにつこうと規則正しい呼吸をしている。もう寝てしまっているのかもしれない。

自分を寝れないようにしたのに、羊一は健やな寝顔で──朝陽は羊一の肩を揺らした。


「羊一」

「ん?どうしました、朝陽」


すぐに目を開けた羊一は、顔を横にして朝陽を見た。


「休むなら、自分の部屋で」

「いやです。ここにいます」

「ぼ、僕の言うことが聞けないの?」

「今はプライベートな時間なんで」

「…………ちゃんと寝るから」


もぞもぞと布団の中に朝陽が潜りこもうとすると


「いいんです、ここにいたいからいるので」


羊一は朝陽を引き寄せてから、目を閉じてしまった。


(こんなことされたら、もっと眠れない)


ずっと、この腕の中は安心できる場所だった。

でも今は違う。

安心してるところもある、けどそれよりも胸が締め付けられて苦しいのに嬉しくて、ずっとこのままでいたいのにこのままだと心臓がうるさくて仕方がない。

朝陽はもう一度、羊一の肩を揺らした。


「どうしました?」

「寝れないの」

「眠れるまでトントンしましょうか?」


背中をさする羊一は形ばかりの笑みを浮かべている。

これは意地悪しているときの羊一だ。


「いじわるしないで……」

「俺はいつだって、朝陽に優しくしたいんですよ」


そんなこと言われても、この状況は全くもって朝陽に優しくない。


「ねぇ、どうしたいの?どうしたらいいの?」

「そうですね……」


考えつつも、羊一はじっと朝陽を見つめる。

腕の中の朝陽は潤んだ瞳で、その赤らめた顔はなにをされるのかとおどおどしているが、わずかに不服の色が見える。

殻の中に閉じこもっていた頃の朝陽には見れなかった顔。最近、こういう朝陽を見れるようになって嬉しい羊一は、朝陽にあたう限り優しくしたいけど、でもそれだけではいつまでたっても自分はただの『執事』でしかないだろう。


(どこまでなら、許されるだろうか──)


ただ、これ以上引き延ばすのはよくない。ちゃんと朝陽に睡眠を取ってもらいたい。


「なんでもいいですか?」

「……なんでもは、だめ」


羊一はぶぅっと頬を膨らませた。

けれど、もうタイムアウトだった。


「わかりました」


起き上がった羊一はベット脇に座った。


「『良い執事』に戻ります。眠れるまでここにいますから、おやすみください」


言った通り、カチリとスイッチが入ったように仕事モードになった羊一に


「部屋に戻って欲しい」

「朝陽が眠ったら戻ります」


朝陽は即座にそう言ったが、却下された。

しばらく警戒して落ち着かない様子で寝返りをうっていた朝陽だったが、羊一がなにもしてこないとわかるとすぐに眠りについた。


(安心して眠られるのは、複雑だな)


すやすやと眠る朝陽に顔を近づけた羊一は、その頬にキスをした。


「おやすみなさい、朝陽」


起こさないようにそっと立ち上がった羊一は、ランプの明かりを消し、部屋を後にした。






昨日まで一歩離れてた朝陽が、五歩離れるようになった。


「あの、朝陽?」

「……」


ひょいと羊一が一歩近づくと、そっと朝陽は一歩離れる。


(昨日は我慢したのに……)


羊一はぶぅっと頬を膨らませそうになる。

朝食の際もうつむいたままで、今日はまだ朝陽と目も合ってもいない。


「朝陽」


ずっとうつむいたままの朝陽を覗くと、驚いた様子の朝陽の顔が真っ赤になっていた。


(そんなに、至近距離にいたわけでもないのに……)


羊一も驚いて目を丸くしていると、ふいっと顔を背けられ、朝陽は足早に先に行ってしまった。


「あ、朝陽」


走ってすぐに追いついた羊一は、譲歩の譲歩で二歩だけ離れて、朝陽の隣を歩いた。


(──もう、心臓が出てきそうだ)


それくらい、なんだったら手が震えるくらいの緊張の中、朝陽に問いかけた。


「……俺のこと、意識してます?」


ビクリと肩を震わせた朝陽は立ち止まった。

しばらく固まったままの朝陽をじっと待っていると、小さく、本当に小さくだが、朝陽が頷いた。


(──今の、本当に、朝陽が……)


見間違いかと思った。自分のいいようにとらえているだけかもしれないと。

でも、朝陽はずっとうつむいたままで、顔だけじゃなく、首も、耳までも赤くしている。


「はぁ~っ」


羊一は膝から崩れ落ち、しゃがみこんでしまった。

急にしゃがんだ羊一に、朝陽はどうしたらいいか戸惑うばかりで動けない。


(頷かない方が、よかったのかな……)


羊一の反応を見るのがこわい。

もういっそのこと先に行ってしまおうかと一歩踏み出すかどうか揺らめいていると、


「朝陽」


ようやく立ち上がった羊一が、朝陽の手に触れた。


「嬉しいです」


そう言って泣き出しそうに笑う羊一は、ただただ美しかった。





(もうどうしようっ!?言ってしまってもいいものだろうか。でも、今じゃない、せめて帰ってから……)


大きな感動の中にある羊一は、さっきからたびたび両目を手で覆いつつも学校に向かっている。

朝陽はそんな羊一をなにしてるんだろうと思いつつも、羊一がよくわからない行動をすることはよくあることで、朝陽自身も羊一のそばにいるだけで、そわそわして仕方なかったからそのままにしていた。

二人してぎこちないまま歩いていると


「ん?」


ちょうど両目から手を離すと、ショーウィンドウに『春光祭』のポスターが貼ってあった。


(──これだっ!!)


目に入った瞬間にすべての情報を把握した羊一の頭の中をピカリと駆け巡るものがあった。


「朝陽、これ、一緒に行きましょう!」


急に大声を出した羊一に驚きながらも、羊一が示すポスターに朝陽も目をやった。


(これ、智秋君が言ってたお祭り)


ポスターから羊一へと視線を移すと、珍しく年相応に見える。普段の余裕が全く感じられず、緊張しているようだ。


(羊も、こんな顔するんだ)


まじまじと朝陽が見ていると、羊一が耐えかねたように朝陽の袖をつまんだ。駄々こねるように小さく朝陽の袖を揺らす。


「……僕も、羊一と行きたいと、思ってた」


羊一の気持ちがまっすぐに伝わってきて、自然とそう口にすることができた。


「朝陽……」


朝陽は楽しみだね、と心からの笑みを浮かべた。

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