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執事の羊くん  作者: 碧瀬まど
第1章
3/38

学校

中等部へと向かう朝陽を、中等部の校門前まで羊一は見送る。


「…一人で帰れるよ」

「いえ、それはおやめください」


羊一は事務的に言っただけだ。しかし、朝陽はぴしゃりと言われたように感じた。


(こんなとでさえ、僕は羊一に面倒をかけるのか)


言われたことが悲しかったんじゃない。自分が羊一のお荷物でしかないように思えて、それが朝陽を悲しくさせた。

さっきまで雪で装飾された街を眺め、二人で和やかな時間を過ごせたことも色褪せてしまうほどに──。


「わたしがクラスまでお迎えに上がりますので、それまでお待ち下さい」

「……うん、わかった」


朝陽は右手で左手首を強く握った。


(さっきのやつと朝陽が接触しないように、俺が守る)


羊一がそう思っていることは、朝陽には露ほど伝わっていない。


「では朝陽、昨日もお伝えした通り、今日は本家から使いの方が来られます。必ず、お会いになってください」

「…わかった」


念を押すように羊一が再度伝えると、朝陽は消極的に返事をした。

前回、本家から使いがやってきたときは、用件を先に聞いていたこともあり、朝陽は自室に閉じこもり、羊一とじいに対応させた。今回は逃れられないと言いたいのだろう。


「あと朝陽、これをお持ちください」

「なに?」


受け取ったのは、細やかな銀細工のチェーンの先に小さな水晶がつけられたものだった。


「きれい…」


光にかざすと、鮮やかな青色をしているように見える。

朝陽のお気に召したようで、羊一は心のなかで大きくガッツポーズを取った。


「私がつくりました。お守り、みたいなものです」


朝陽に水晶に見えているものは、羊一が自身の魔力から生み出したものである。一種の魔除けでもあるが、持ち手の居場所が作り手に特定できる代物でもあった。

そして、それがわからないほど、朝陽の魔力に関する知識量は少ないものではなかった。


(逃げるかも、と思われてるのかな…。今日は、違うんだけどな)


ちらりと羊一を見ると、無表情の『外』での顔で、朝陽には真意がわかりかねた。羊一は家で、特に朝陽と二人でいるときは優しい顔をしている。しかし仕事に入るとその表情は一変する。真剣に取り組んでいるのはわかっている。けれどいつもより言い方や態度が冷たくなると、少し落ち込む。例え羊一にそんなつもりはないんだろうと、頭ではわかっていても。


「わかった。鞄につける」

「いえ、朝陽自身につけていただきたいので…少しよろしいでしょうか」

「うん」


羊一に返すと、そっと羊一は朝陽の手を取り、その手首に銀細工のチェーンを巻いた。


「うん、ピッタリ」


どうやら、ブレスレットだったらしい。長さもピッタリで、朝陽の白い肌にもよく馴染んでいる。

少しだけ、いつもの羊一が顔を見せた。


「あの、羊……」

「なんですか?」


しかし一瞬で、また冷たい表情に戻っていた。


「ううん、なんでもない」


小さく、朝陽は頭を振った。


「それでは朝陽、行ってらっしゃいませ」


羊一は軽く握っていた朝陽の手の甲に、口づけをした。

毎朝のことではあるが、見逃すまいと痛いほど刺さる視線が気になる朝陽であった。例え見られているのが、自分ではなくとも。



旧家名家の御子息御令嬢が通うこの中高一貫校へは、ボディガードをつけて登校する生徒も少なくはない。けれど、明らかに朝陽たちは目立っていた。


「いやー、相変わらずだなお前の(ひつじ)


校舎に入り、クラスに向かう階段を登ろうとしたところで背後から話しかけられた。


「おはよう(こう)くん。あとひつじ、じゃなくて、執事ね」


振り向く間もなく隣に並んだ煌は、いーじゃん別にと言いながら、朝陽の肩に腕を回した。


「あれ見たさにわざわざ、お前が来る時間に登校してくるやつ何人もいるぜ?(ひつじ)のくせに罪作りだな。飼い主も落ち着かんだろ?」


からかうように、煌は朝陽の耳元でささやいた。


「別に、東雲に仕えてるってだけで僕のじゃないし…」

「そんなこと言っちゃっていいのかよ、朝陽」

「……」

「こら、朝から意地悪しないの」


黙り込んだ朝陽を助けるように、煌を軽く(いさ)める人がきた。


智秋(ちあき)くん、おはよう」


おはようと返しながら、智秋は朝陽から煌を引き剥がした。

ちぇーと言いながら、煌は先に階段を登っていった。まだ数ヶ月の関係だが、煌は智秋には逆らわないようだ。


「あんまり羊一さんで目立つの嫌だったらさ、校門まで見送りに来てもらわないのも一つの手だよ。最近、"若竹の君の会"とかってファンクラブもできたみたいだし」


若竹の君、と羊一が呼ばれているのを朝陽が聞いたのは、最近のことではない。朝の見送りに羊一が来るたびに突き刺さるような視線を浴びるのも、この学校に来てからのことでもなかった。

それこそほんの小さな頃、まだ羊一と手を繋いで幼稚園に通っていた頃から、羊一は人目を惹いていた。幼い頃から大人も惚れ惚れとしてしまうほどの、際立つ美貌を備えていた。漆黒の髪に、端正な顔立ち、どことなく憂いを帯びたような目、長い手足。いつもそばにいる朝陽でさえも、たまに羊一の(なま)めかしい表情にドキッとしてしまう。

羊一自身は何食わぬ顔でいるが、隣に立つ朝陽のほうが浴びる視線の量に、おののいてしまうほどだった。しかしあまりにも羊一のその視線を意に介さない様子や、朝陽が気を悪くしていないかを心配する羊一を見ていて、朝陽は気にしていないフリをするようになった。


「ちょっと、考えてみる。ありがと」


おはよーっと大きな声で入っていく煌に、和やかに挨拶する智秋、その後ろに続いて静かに朝陽もクラスに入った。




秋の気配を感じる中、この地域に越してきた。

もともとは都の中心街の外れにある東雲の邸宅から通える、都随一、いやこの国随一とも名高い学舎(まなびや)に朝陽も羊一も通っていた。そこは勉学はもちろん、魔に対する授業も講師も超一流のものが揃っていた。初等部から高等部まで、東雲家も柊家も代々そこに通うのが当たり前で、必要なことでもあった。学業が一義ではあったが、将来国を動かす人材が多く育つ環境で、早くから繋がりを持つためでもあった。

それは朝陽も羊一も理解していたことではあった。

しかしそこを辞めてこの秋に、この地に引っ越してきた。

今は柊家の別宅に朝陽、羊一、じいの三人で暮らしている。

そして、魔に対して特段実践的な授業もない、基礎知識しか学ぶことのないこの学校へと転入してきたのであった。


「ぅ朝陽‼昨日の課題やってきたかよ?」

「え、うん」

「お願いだから見せてください〜」


煌は顔の前に手を合わせ、すがるように朝陽を見てくる。

いつも強気で元気な煌は、都会からやってきた朝陽に興味津々で転入してすぐに話しかけてきた。


「朝陽、見せちゃダメだよ。自分でやらせないと。まだ時間あるんだからできるでしょ?」


冷ややかな目で煌を見つめる智秋は、煌とは幼馴染(おさななじみ)。両家で協力しながら事業を行っているらしく、学校でも家でもいつも智秋がいると、たまに煌がぶつくさ言っている。


「そんな怖い顔で見んなよ。わかったよぉ」


親に怒られても学校の先生に叱られても屁でもないという煌だが、智秋だけは違うらしい。朝陽が転校してくる前、別のクラスの生徒と煌が乱闘騒ぎを起こし、何人もの先生で煌を止めに入っても暴れてどうしようもなかったが、智秋が煌に声をかけた途端、大人しくなったと噂されているのを朝陽は聞いた。

現に今も、智秋が一言言っただけで大人しく煌は席に戻り、渋々ながら課題に取り組み始めた。


「全く、すぐ人に甘えようとするんだから。朝陽も自分でやらないと意味がないって言っていいからね」

「…うん」


『東雲』の名が付いて回る朝陽に対し、この二人だけは家名を気にせず、ただのクラスメイトとして接しられていると朝陽は感じていた。それは朝陽にとって、心落ち着くことであった。


「そういえば朝陽、今日早いね」

「うん、今日早起きしてみたんだ」


(あの子、確か智秋と言っただろうか。朝陽になに話してるんだろう)


二人が話している様子を、高等部の屋根の上から羊一は見ていた。

さっきまで騒がしそうな煌がいたが、今は穏やかそうに朝陽は智秋と二人で話している。ときおりはにかんだ笑顔を朝陽は見せているくらいだ。

その様子を見て、羊一は自分でも気づいていないだろうが優しい笑みを浮かべていた。


(よかった。やはり、こちらに越してきて正解だったな)


羊一の脳裏には、少し前の、あの暗い部屋で過ごしていた頃の朝陽が()ぎった。

もう少し様子を見ておきたいところではあったが、チャイムが鳴ってしまったため、羊一は地上に降り立った。


(俺もそろそろ、行かねば)


羊一はこの高等部に籍だけ置いている。朝陽には隠しているが、高等部の授業は学習済みで、すでに卒業認定も受けている。まれにクラスに行くこともあるが、ほとんどの時間は別の場所で過ごしている。

高等部の地下五階、一般生徒が入ることのできない領域。光さえもない最奥の扉まで、羊一は自分の掌に起こした炎を頼りに進む。

首にかけた鍵を取り出し、その鍵穴の影に向かい、右に一回、左に三回、最後に上に一回回すと足元の扉が開く。

扉の向こうへ、羊一は足を踏み入れた。


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