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扶養資格適正審査プログラム

作者: 一錠

「はじめまして。今日からよろしくお願いします。お父さん、お母さん。」


昨今では子供を持つのに資格がいる。

子供望む家族に政府から審査が入る「扶養資格適正審査プログラム」なるものがある。このプログラムのはじめは少子化対策をうたって提案された法律だったが本当のところの1番の理由は虐待防止の為に組まれたプログラムだった。

このプログラムが出来る前、世界的に子供への虐待が問題になっており、日本も例外ではなく政府が悩んだすえに「これから子供を望む家族に2週間の試用期間で親として子供を育てられるかどうか審査をしよう」となんともぶっとんだ提案をした政治家がいたそうだ。初めは反対意見が圧倒的に多かったがそのプログラムはあっさり可決されてしまった。

それから長い時間が経ったが未だにその「扶養資格適正審査プログラム」は継続されている。


ピンポーン


チャイムを鳴らすと玄関ドアの奥からパタパタとこちらに向かってくる足音がする。


ガチャ


勢い良く玄関ドアが開く。

「はじめまして。今日からよろしくお願いします。お父さん、お母さん」

僕は不自然にならない様に笑顔を浮かべて今日から2週間の期間限定のお父さんとお母さんに挨拶をした。


「なんて呼んだらいい、かな?」

今回のお父さんが照れながら僕に質問をしてくる。

「好きな名前で呼んで大丈夫だよ。お父さん」

家族になったら名前は自由に付けられる。

だからこの家で僕が一番最初に貰う愛情が名前だ。

そう僕から聞くとお父さんもお母さんももう既に名前を決めていたようで2人は照れながら「ゆうと」と呼んでくれた。

「ゆうと、ゆうと…」僕は口出して反芻する。

何だか嬉しくなって2人に抱きついた。

「お父さん お母さん ありがとう!」

僕が抱きつくと2人は優しく抱きしめ返してくれた。

"温かい…" 確かにそう思った。


親になれない人間というのは必ずどこかに欠陥があって、それはその人たちの人間性を現していると思う。

普段は優しくてもなにか不都合な事があったり、予想外の事がおきたりするとどこかが狂ってしまう。暴力を振るう人間がその例に1番の近いと僕は思う。

今日、この家に家族として迎えて貰って一日が終わろうとしている。

「1日目、特に異常なし」

僕は所持品の1つの端末でそう記録を残してお父さんが川の字で寝たいと言ったためお父さんとお母さんに挟まれながら眠りについた。


2日目

お父さんとお母さんに遊園地に連れてって貰った。

遊園地は初めてでコーヒーカップに乗ったりメリーゴーランドに乗ったり絶叫マシーンに乗ったり(お父さんは苦手だったみたい)どれもすごく楽しくて一日があっという間に過ぎていった。2人と手を繋いで写真スポットの前で撮った家族写真をお父さんとお母さんはとても嬉しがっていた。

お父さんが運転する車でお母さんは僕の隣で寝てしまい僕もうとうとしながら今日の記録を付けた。

「2日目、特に異常なし」

少し寝ている間に家に着いたみたいでお父さんに抱き抱えられて家に入った。その時の温かいにおいはとても優しかった。


3日目

少しお父さんとお母さんの様子がおかしい。

お母さんの右頬が少し赤く腫れている。

お父さんは起きてきた僕に優しく微笑んで「おはよう、ゆうと」と言ってくれた。お母さんも一瞬肩を揺らしたが僕を見ると安心した様に「おはよう、ゆうと。ご飯できてるよ」と優しく声をかけてくれた。

朝ごはんを食べた後お父さんとゲームをした。

最新のゲーム機で話題のバトルゲームでお父さんと対戦しながら盛り上がった。

結果は4勝1敗で僕が勝った。

「ゆうとは強いなぁ〜」とお父さんが嬉しそうに言った。

「お父さんは弱いね」と僕は笑ってみせた。

「お父さん、ゆうととこうしてゲームをするのが夢だったんだ」

とお父さんははにかみながら呟いた。

僕は嬉しかったけど、その「ゆうと」はきっと僕ではないので笑って誤魔化した。

僕とお父さんがゲームをしてる間お母さんは別の部屋から出てこなかった。

その夜、記録を付けずに僕は早々に寝てしまった。

少し寝た後に慌てて目を覚まして記録を付けようと起き上がると一緒に寝ていたはずのお父さんとお母さんがいなかった。

かわりに微かに言い合いをする声が聞こえる。

何かが割れる音と乾いた音がした。

「3日目、若干の問題行動あり。プログラムは続行。」


4日目

お父さんはいつも通りだった。

お母さんの身体には傷が増えていた。痣も。

僕は気付かぬふりをして、2人に笑って朝の挨拶をした。

朝ごはんを食べた後お父さんとお母さんに呼び止められた。てっきり今日は何をしたいか聞かれるのかと思った。

「ゆうと、この試用期間が終わったらおまえはどうするんだ…?」

お父さんが俯きながら聞いてくる。お母さんはその隣で、心配そうに僕を見つめている。

「…この2週間が終わったら、僕は政府に帰るよ。そういう契約だから」

僕はなるべくトゲがないように言葉をかける。

「…そうか…な、なぁ…ゆうと」

お父さんは言い出しにくそうに言葉を探してる。

「なに?お父さん」

僕は優しく笑う。

「ゆ、ゆうとさえ良ければこの2週間が終わった後、うちの子にならないか」

その提案は幾度となく聞いてきた問いかけだった。

この問いかけはよくある事だった。僕は審査員であって本当の2人の子供ではない。審査が通れば2人は"本当の子供"をもてる。僕はその期待には答えられない。僕は何度目か忘れた同じ回答を2人にした。

「お父さん、お母さん、ごめんなさい」


2人の瞳から光が消えていった。


7日目

あれからどれくらい時間が経っただろう。

記憶が朧げでよく思い出せない。周りは暗い。多分押し入れかどこかだろうか。食事や水も取れていないから頭が上手く働かない。ぼーっとする。少し身体を動かすと全身が鈍い痛みをあげた。

僕はあの後2人に事実を告げ謝った。その後、お父さん、元い審査対象者から暴行を受けた後に現在のこの薄暗い場所に閉じ込められている。

「記憶が朧気だけど、今日で3日目か…?」

最後の記憶を辿り思い出す限り、最後に政府に記録を残してから3日目のはずだ。

「あと少し、耐えよう…」


この「扶養資格適正審査プログラム」には細かな条件がある。

審査が通るための条件を簡単にまとめると3つだ。


①審査対象者の経歴等に問題がない場合

②審査対象者に扶養資格がある場合

③政府所属の審査員が2週間のプログラムを通過した場合


この3つの過程を通過すれば晴れて子供をもてるのが現代のルールだ。

上記の3つのうち、1つ目と2つ目は大概審査が通る。だけど、所詮は書類審査だ。その人の内面や内情までは分からない。そこで3つ目の審査条件、政府所属の審査員、つまり僕が2週間 審査対象者の仮家族になって問題がないか審査をする事になっている。

そして全体の6割が試用期間中に何らかの問題を起こして審査を断念する事になるのが現実だった。

問題理由は様々だが、8割近くが子供(審査員)への虐待だった。その為、審査員は身の安全の報告も兼ねて一日の終わりに政府へ仮家族の記録報告をする事になっている。そして何らかの理由によりそこ報告が途切れた3日目に政府からコンタクトがある。数え間違いでなければ今日がその3日目だ。


部屋の中は静かだ。微かに人の気配がするので審査対象者は家のどこかにいるのだろう。

僕は薄暗い場所でこの家に迎え入れて貰ってからの数日を思い出し、考えた。いろんな事をしてとても楽しかった。その感情は消しようがない事実だ。だけど、どこか問題がある人間は些細なきっかけで感情の糸が切れてしまう。その感情の行き先がもし子供であった場合、ほとんどは最悪の自体になってしまう。そう考えるとこのプログラムは存在して正解なのかもしれない。


ピンポーン、ピンポーン


僕がこの家に来た時と同じくチャイムが鳴る。


ザワザワとどこからが2人の声がする。

少し躊躇っているのがわかる。

だけど、どちらかが玄関のドアを開けた。


少し遠い所で言い合う声が聞こえる。審査対象者と誰かの声が聞こえる落ち着いていて丁寧な口調でこのプログラムの説明をしてる話し声が聞こえる。続いて審査対象者の2人の声が聞こえる。"ゆうとは渡さない" "連れてかないでくれ" "チャンスをくれ" などと懇願している声が聞こえる。

これも何度目だろう。自分たちで問題を起こした癖にバレては「次」を期待してくる。一度問題を起こした家族には「次」は訪れにくい。


足音が近づき 少し襖が開いて、光が差し込む。

「審査員さまご無事でしょうか」

丁寧な口調で声をかけられて僕の安否を確認する。

「…大丈夫です。助けていただいてありがとうございます。」

僕はお礼を言ってその薄暗い場所から出た。


ここでの僕の役目は終えた為帰ろうと玄関の方へ進むと頼りない声で呼び止められた。

「ゆっゆうと…!頼む、行かないでくれ…!」

「ゆうと…っ!」

"お父さん" と "お母さん" が付けた僕であって僕じゃない名前を呼ぶ。

「…"ゆうと" ってどんな漢字を書くの?」

何となく聞いてみた。

「えっ…」

"お父さん" が一瞬何を聞いているのか分からないという顔で僕を見た。

「 "優しい人"… 優しい人って書いて"ゆうと" って言うのよ」

"お母さん" が泣きながら僕を見て答えた。

「"優しい人"…とてもいい名前だね」

僕はにっこり笑って言った。

「あっあぁ!!ゆうとは優しい子だからお父さんたちのそばに居てくれるよなっ!!」

"お父さん" が焦りと悲しみが滲む表情で懇願してくる。

"お母さん" はもうわかっているのかずっと泣いている。


僕は最低だと思う。

ただ2人は家族が欲しいだけなのに、僕はそれを否定しなくてはいけない。


「"お父さん"、"お母さん"。今までありがとう。さような、元気でね」

最後にたくさんの皮肉を込めて。

「いつか、本物の "優人くん" に会えるといいね」

僕はもう一度2人に さようならと言って、"お父さん" と "お母さん" に別れを告げた。



「審査対象者 1・ ×××区在住 会社員 橋田 貴之 32歳」

「審査対象者 2・ ×××区在住 専業主婦 橋田 愛美 29歳」


上記2名の対象者の審査を不可とする。

今回の対象者は今後一定期間審査対象から除外される。

詳しい詳細は別途データを添付。



2×××年 6月4日 扶養資格適正審査員 No.159967


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