【その後】EP.2
「いつまでそうしている気だ?」
金髪の貴公子に対して、茶髪の貴公子が告げる。
「なんだ?まだいたのか…」
「碌に話し相手のいない可哀想な兄の為、こうして可愛い弟がいてやっているのだ。その言い草はないだろう?」
「…可哀想でもない。話し相手なら妻がいる」
目的の品を手に入れ、グレンは戻ってきてしまった。
そう。ルシファーは願っていたのだ。
何も成果が得られないことを。
その期待は裏切られ、こうしてボーッとしていたところを弟に咎められてしまう。
「独り身にはキツい言葉だ」
「冗談いえ。お前は選り好みし過ぎなだけだ。聞いたぞ?この前セーナ母上がセッティングした見合いも断ったらしいな。
後は知らんぞ?」
「母上は怖いが、自分の妻は自分で探す。逆に姉を縛るのはやめて欲しいが…」
兄弟にとって、セーナは恐ろしい人。色んな意味で。
「ルナエルか…アレには可哀想な想いをさせている」
「姉上ももう22。普通に考えると行き遅れだが、母上の感覚ではもう暫くらしい…」
「セーナ母上の感覚は狂っているからアテにならん」
酷い言いようだが、間違っていないことが恐ろしい。
コンコンッ
「ミシェルです。陛下、お茶をお持ちしました」
扉がノックされる。
皇帝の執務室をノック出来る人は限られており、その数少ない相手が妻のミシェルである。
「義姉上がお越しのようだ。邪魔者は退散するとしよう」
「何が義姉上だ…そう呼んだことはないだろう?」
「仕方あるまい?歳が離れているから中々面と向かっては呼びづらいのだ」
ガチャ
返事を待つことなく、ミシェルは扉を開いた。
「まあっ!グレナウッド様!ご無事の帰還、お喜び申し上げますわ!」
「ミ、ミシェル嬢…わ、私はこれで…」
「あら…残念ですわ。ご機嫌よう」
入ってきたのは美しい金の髪を綺麗に結い上げた少女。
それは紛れもなくお姫様であり、セーナの趣味が窺えた。
「…私、何かお気に障ることをしましたでしょうか?」
愛する妻が淹れたお茶により口が潤うと、ルシファーは饒舌に語り始めた。
「気にするな。グレンは苦手なのだ。母や姉と似た、所謂美少女というものがな。
それもまた、其方が紛れもなく美しいことの証左だ」
「まあ!陛下ったら!」
逆にルシファーは美少女が好きだった。
理由は見慣れているから。
そこに安心や家族を求めているのかもしれない。
「それよりも、もう直ぐ16の誕生日だな。今年のプレゼントは何が欲しい?遠慮なく言ってみろ」
好きと言っても、女性として好ましいというわけではない。
立場上実妹には出来なかったので妹のように可愛がり、もう会うことの出来ない母の代わりにしてやれることをしたい。
そうした気持ちが強い。
事実上の妻であるミシェルに対しても、この様に接する始末。
過保護も度が過ぎれば毒となる。
何かにつけて『欲しいものはないか?』『困っていることはないか?』『言いづらいことがあれば手紙でも構わん。ああそうだ。異性である私に言いづらいこともあるだろう。同性の相談役を付けよう』
全て毎日のように伝えられる言葉。
最初は我慢していたものの、ミシェルの我慢も限界が近い。
「陛下」
「なんだ?……なん、だ?」
ルシファーは執務机に視線を落としながら返事をし、直後これは拙いとミシェルへ顔を向けると、その顔は見たこともないほどの無表情であった。
「確かに私は頼りなく、歳も八つほど離れております。まだ15ですので、事実子供です」
「い、いや…其方は…美しく…」
「見た目ではありません」
どうすればいい?
ルシファーの脳はフル回転する。
この表情は見たことがある。
アレだ…ミラン母上の怒った時のものだ……
同じ美少女という意味で似ているだけに、末恐ろしさを感じる。
「私はそれ以前に貴方様の何なのでしょう?」
ここは茶化して誤魔化すことは不可能。
賢いルシファーは答えを出すと、真剣な顔付きに変え、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ミシェル妃は私の愛する妻だ。それ以上でもそれ以下でもない。
申せ。私に落ち度があるのだろう?」
「…落ち度ではありませんが……少し、…いえ、過保護が過ぎます。
ええ。陛下から大切にされていることは自負しておりますが、それは親が子へ向ける感情です。
私は貴方様の子ではなく、妻になりたいのです。
法的な意味ではなく、心の中で、です」
「…わかった。少し考える」
そういうと、ルシファーは目を瞑り思案する。
『妻とは何か?』
『夫婦とは何か?』
『愛するとは何か?』
そして、ゆっくりと目を開け、さらにゆっくりと口を開いた。
「初めに伝えておくが、私にミシェルを蔑ろにする気はなかったのだ」
「わかっております」
「その上で謝らせてくれ。確かに、子供扱いをしていた。そして、それが良いことだと勘違いしていた。
済まない」
本題はここから。
気持ちを新たにする為、一度深呼吸をする。
それだけの覚悟がいるのだ。
人が変わるというものは。
「其方へ秘密を明かそうと思う。これは誰にも告げていないこと。
それを信用…いや、信頼の証とし、其方へ甘え寄り掛かることを許して欲しい」
「それが私の願いです」
夫婦とは支え合うもの。
そう答えを出したルシファーは、一人で抱えていた悩みを打ち明けることに決めた。
「実はな…」
ゴク……
ルシファーのこんな情けない表情をミシェルは見たことがなかった。
息を飲み、続く言葉を待つ。
それはこの国を揺るがす秘密だった。
それを聞き、ミシェルは涙を流す。
それは父親の記憶をルシファーだけが持っていることに対してではない。
それら全てを一人で抱え込んできたことに対して。
この秘密を明かせば家族が悲しむ。
故に相談出来る相手がいなかった。
それを理解してしまうと、涙は止まらなかった。
それを理解してしまうと、自分の不甲斐なさに腹が立った。
「何故、其方が泣く?確かに、父は始皇帝であり、其方達も恩に感じるところがあるとは思うが……」
「違います。失礼ながら、セイ様はどうでも良いのです。
私が泣いているのは全て……陛下の…ルシファー様のせいです」
「っ!?す、済まないっ!」
理由が定かではないもののルシファーは慌て、急ぎ立ち上がり妻を抱きしめる。
しかし、胸の中から聞こえるのは泣き声ではなく笑い声だった。
「ふふふっ。今のは私が意地悪でしたね。こんな悪い女性を妻に持つなんて、陛下は可哀想です」
「ほっ…何を申すか。其方以上の女子、世界の何処を探しても見つからないぞ」
ルシファーは心の底から安堵した。
本当に『ほっ』と息をするのだな。と、場違いな感想を抱くくらいには。
「それよりも…どうされるのですか?セーナ義母様は止まりません」
「わかっている。しかし、妙案が思い浮かばないのだ。
薬が効かないことを祈るより他ないだろうな」
セーナはやると決めればしてきた実績がある。
そんなセーナを止められる人をルシファーは一人しか知らないが、その人物こそ自分以外誰も覚えていないあの人である。
「ミシェルから諦めるよう頼んでみてくれないか?」
「…ルシファー様からの初めてのお願いですので、快くお引き受けしたいのですが……」
「そうだな…意味のない頼み事をした。忘れてくれ」
言いくるめられるのが関の山。
逆に、こちらが意固地になれば何をするのかわかったものではない。
ルシファーはそう考え、祟りを触らないことに決めた。
「記憶が戻れば…皇太后様は酷く傷付きますよね?」
「それだけでは済まないだろう。原因を究明し、元凶を打破するために全てを賭けるやもしれない」
原因は、信仰している神。
元凶は自然の摂理。
誰も知らないこれらの事象は、神ですら防ぎようがない。
それでも。
それでも聖奈は再び動くだろう。
叶わぬ願いと知りつつも、その人生を賭けて。
神々がそれを望まないから、だから記憶を…東雲聖の存在を二つの世界から消したのだ。
「セーナ母上だけではない。もう一人の母も、必ず傷付けてしまうだろう」
「ミラン様ですね……」
一方通行だが、ミシェルも映像のミランと会っている。
黒髪のルナエルより、この子の方がミランっぽいな……
ルシファーよ。女の好みだけ遺伝しなくても良いのに……
何故……
神になっても、わからないことはわからないままなのであった。
ストーリーテラーは聖でしたが、二話の最後までその理性は持ちませんでした。
それが聖クオリティー。




