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【その後】EP.1

 






 光が差す。

 それは様々な意味を持つ言葉。


 物理的に光を発する何かが何かを照らすことを意味する場合もある。


 更には暗い現実に光明が現れた時を指す言葉でもある。


 そして、ここでは後者を意味した。




「に、逃げ…ろ…」


 身の丈3mもある巨人。それはこの森で最も出会してはならない魔物。

 この三人もそこには重々気を付けていたが、生理現象を我慢する事はできず、その臭いからこの化け物に見つかってしまった。


 全滅。

 その二文字が脳裏を過ぎる。


 ここで将来を誓い合った恋人をみすみす殺されても良いのか?

 答えは否。


 アレンと呼ばれる男は、その身を挺し、仲間が逃げ切れるだけの時間を稼ぐことを選択した。


「アレン!ダメェッ!!」

「アイナ!アレンの想いを無駄にする気か!」

「嫌っ!いやぁっ!?!」


 アレンを見捨てられないアイナ。

 仲間の別の男性に担がれ、無理矢理離脱させられる。

 大声を伴った抵抗は虚しくも力及ばず…そして、二人が去ろうとした瞬間……


「よく吠えた」


 二人は幻聴が聞こえたと勘違いする。

 何故ならば、ここは人里から遠く離れた魔境。

 その声の直後、一陣の風が二人の横を駆け抜けた。


 風かと思ったがよく見るとそれは影であり、その影は信じられない速さで巨人の魔物へと向かっていく。


「ガハッ」


 巨人に背中を踏みつけられ虫の息のアレン。

 そのアレンは突如背中の重みが消えたことに違和感を覚えた。

『ああ…これが生からの解放()というものか』と。


 痛みや辛さがなくなるなら、死ぬことも捨てたものではないな。

 そんな風に地に顔を伏せながら回想しているが、おかしな事に気付く。


「死…んだのなら…何故、痛みが?」


 まだあるのか?

 その問いにはこれまた期待をしていなかった解答を得られた。


「生きているからだ。なんだ?死にたかったのか?それは悪いことをしたな」

「だ…れ、だ?」


 普段重みを感じることのない頭。

 今ではそれを動かすことすら困難であり億劫でもある。

 しかし、それでも確認しなくては。

 自分が感じていることが現実なのか、夢なのか。


 アレンはゆっくりと声のする方へ顔を向けた。


「助かると思うが、あまりにも辛いなら介錯する。どうする?」

「い、生きたい…」

「わかった」


 アレンの前に現れたのは茶髪の貴公子。

 その右手には漆黒の剣が握られており、鞘から刀身まで真っ黒なその剣に暫し吸い寄せられるように注視してしまう。


「アレンッ!」「無事かっ!?」


 状況を完全には把握できていないものの一先ずの安全は確保されたらしいと、アレンの仲間が駆け寄り、その身を心配する。


「ここから東へ半刻ほど歩けば昔使われていた街道へと出る。

 そこを左へ進めば二刻程で小さな町へ辿り着くことが出来るだろう。そこで傷を見てもらうといい」

「あ、ありがとうございますっ!」


 貴公子の言葉にはアイナが応えるも、その視線が傷だらけのアレンから外れることはなかった。

 その行動に貴公子は笑みを浮かべる。


「助かった。名前を聞かせてもらえないか?」


 貴公子へ尋ねるのはもう一人の仲間。

 身の丈は180を優に越え、貴公子よりやや高い視線を決して見下す意図はなく、しかし力強く向ける。


「グレナウ…グレンだ」

「グレン…わかった。この恩には必ず報う。しかし、今は手持ちがこれっぽっちしかない。とりあえず、受け取って欲しい」

「結構」


 グレンと名乗った貴公子は丁重に断る。

 そこに侮蔑の感情は一切なく、またそれを相手も汲み取ってしまったばかりに押し問答へと発展してしまう。


「そうはいってもだな…何もしないわけには…」

「国母セーナ様の教えを守ることは立派だが、何分困っていないのだ。

 もし、気が済まないなら…」

「済まないなら?」


 ここアルカナ帝国は国祖ミラン皇帝とセーナ皇太后の二人の力によって興されたと知られている。

 突如としていなくなったミラン皇帝と違い、セーナ皇太后は現在皇帝位を退位したものの、未だその辣腕を奮っている。


「私と同じ様に、困っている人々を助けてあげて欲しい。その助け合いの連鎖が、最大の恩返しとなる」

「…わかった。グレンが本物の貴公子だということはな。本当に助かった。ありがとう。

 その言葉を生涯忘れることはないだろう」


 男の返答にグレンはまたも口角を上げる。

 そのニヒルな笑みもまた、皆に貴公子だと思わせるものだった。


「では、私は先を行く。皆も気を付けて」

「はい。この度は本当にありがとうございました。アレンの怪我が治り次第、必ずや恩に報いることをルナ様へ誓います」

「グレンが如何に強かろうと、ここは魔境。達者でな」


 アレンは安心からか、男に背負われると意識を失くした。

 他の二人は離れていくグレンに深々と頭を下げ、礼を言い終わるとその背が消えるまで静かに見送るのであった。





「セーナ母上から頼まれた仕事のついでとはいえ、人助けはやはりいいものだな」


 グレンはグレナウッドだった。

 そう。

 ここアルカナ帝国第二皇子だったグレナウッド・シノノメ・アルカナその人。

 何故、ミドルネームがシノノメなのか?

 今となっては誰にもわからない謎である。

 グレンの母であるセーナですらわからない。


「さて。この場所にお目当ての物があるのか、ないのか。出来れば見つけたい。

 セーナ母上…怖いからな…」


 グレンとセーナに血の繋がりはない。

 実の母はとても厳しい人で兄弟は皆怒られて育った。セーナはそんな時いつもフォローしてくれていた。


 だが、怒らせて本当に怖いのはセーナの方。

 これはアルカナ皇室三兄弟揃っての意見である。












「ルシファー。頼んでいた物は出来ているかな?」


 アルカナ帝国帝城内にて、セーナ皇太后は現皇帝であるルシファー・シノノメ・アルカナへと声をかけた。


 線は細いものの立派な大人へと成長した姿で、そっぽを向いて答える。


「セーナ母上…何のことでしょう?」


 歳をとっても苦手なものは苦手らしい。


「ルシファー()()()?」


 ギクリッ…

 そんな音が聞こえてきそうなほど、ルシファーは動揺を隠せていなかった。


 ルシファー達兄弟の肩書はセーナ皇太后が皇帝位から退位してから其々『王』であるが、帝国民から選ばれたルシファーが現『皇帝』を名乗っている。


「…グレンへ頼んだのでしょう?もう暫くお待ち下さい。私を急かしても、コトは上手く運びません」

「言うようになったわね?良いのかしら?あんな事やこんな事。うっかり口を滑らしちゃうかも?」

「……大人を子供の時のネタで脅すのはやめて下さい…。はい。急がせますので」


 セーナの見た目は変わっていない。

 あの時のまま。

 それがより恐ろしさを増す。


「じゃあ、私は行くわ。ミシェル姫へよろしく」

「ミシェルはもう姫ではありませんよ?」


 ミシェルとはルシファーの妻の名だ。

 皇帝の妻。つまりは皇后と呼ぶのが相応しく、姫は無礼に当たる。

 が、ここにセーナを非難できる人は存在しない。


「私からすれば、姫はずっと姫よ」

「母上は以前から…その…ミシェルのことを可愛がっていましたね…」


 可愛がる。

 響きは良いが、その実それはとても怖い行い。

 特にミランなら理解出来ただろう。


 セーナの可愛がりはとても怖いのだ。

 特に、異世界美少女に対してのものは。


 バタンッ


 扉は閉まり、執務室にはルシファー一人きりとなる。


「行ったか…しかし、どうしたものか…」


 独り言。

 それは感情の現れであったり、思考を纏める為の行い。

 今回はどうなのか。


「母上の頼み。それは、記憶を呼び戻す秘薬作り」


 セーナの頼み。それは失われているであろう自分の記憶を取り戻すこと。

 その為に世界中から集めた様々な書物が眠っている城の書庫を漁り、見つけた方法は秘薬だった。だからこうしてルシファーへ材料を集めさせているのだ。


「記憶を戻してもただ辛いだけなのに、良いのだろうか?」


 人は忘れる生き物である。

 その忘れ物の多くは、どうでもいいことだが。

 それとは別に、人は嫌な思い出を忘れる生き物でもある。

 そうでないと、生きていけないのだから。


 つまり、記憶が戻っても良いことなど少ないのだ。


「父上…」


 独り言よりも更に小さく、ボソッと呟いた。


「誰も覚えていない、父上。何故…私だけ……」


 ルシファーは皇帝である。

 その悩みの殆どは国のこと、民のこと、家族のこと。

 自らの悩みなど持てる余裕がない。

 それなのに、こうして悩んでしまう。


 たった一人、父のことを覚えているあまりに。


「聖 東雲。こちらではセイ。何故、いなくなることを選んだのか……皆が愛してやまなかったのに」


 大国の主であるルシファーの悩みは、今日も今日とて尽きないのであった。

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