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最終話 前編 ぼっちの月の神様。

ここに来ての前後編…

 






「いいなぁ…」


 いつものように晩酌をしていると、聖奈の羨ましがる声が横から聞こえた。


「何が、だ?」


 何を言われるのか恐ろしいが、聞かない方が拙いことくらいはわかる。


「ビデオメッセージだよ」

「ん?ああ…ミランが子供達に送っているアレ、か」

「うん。私も実子達に送ろうかなぁ」


 子供達に会うことが出来ないミランを気遣い、聖奈が考案した方法が動画だ。


 俺も普段の映像をちょくちょく撮影させられているから、凡そは把握している。

 だが……


「聖奈は会っているだろう?そんなモノが送られても、子供達は戸惑うだけだぞ?」


 何か面白いアニメでも見れるのかと思えば、画面に映し出されるよく知る顔。

 恥ずかしいを通り越して、意味がわからないという感想しか出てこないだろう。


 それを喜ぶのは姉貴くらいのものだ。


「そうだけどっ!あんなに喜ぶ姿を見れば、聖くんもしたいって思うはずだよ!」

「うん…だから、『離れ離れ』ならな?」


 ダメだ、こいつ……

 また何かの影響を受けて、オタク根性が……


 ここは話を変えよう。


「ところで。最近またルナ様の声を聞かないんだけれど、聖奈は最近話しをしたか?」

「えっと…偶に、ね?」


 何で疑問系なんだよ……

 隠さなくても、俺は別に嫉妬とかしていないぞ?


 あの寂しがり屋の神様が、一人ぼっちじゃないのならいいんだ。


「そうか」


 本当に嫉妬はないが、どうしたことだろう?
















 あの日、月の神から力を授かり10年以上の時が流れた。


 最初の数年間は、時折声が聞ける程度の邂逅。

 そこから時が経ち、神は力を取り戻し、依代とはいえ会うことも出来た。


 最近は過剰なまでの信仰心が集まり、話すことくらいわけないはずなのだが、直接的な連絡は未だ途絶えたまま。


「鈍感な俺でも、流石に気付くさ」


 聖奈とは時々話をしているようだが、一柱と信徒の関係性に変化は見られない。


 そして、聖奈が俺に嘘を吐いているようにも見えない。


 つまり、ルナ様は何かしらの事情を一人きりで抱えているということ。


「聖奈も何かしら異変は感じていると思うが、こと神については慎重だし、憶測の話は極力しない。更に言えば、詮索もしないだろう。

 何せ、相手は神であり、敬う対象なのだから」


 ミランと聖奈はルナ様を過剰なまでに持ち上げるからな。

 だが……


「俺は違うぜ?」


 見上げた三日月が、震えたかのように幻視した。











『拙いわ…あの鈍感な聖に勘付かれている…』


 何もない世界。

 そこにはただ一つの存在があるのみ。

 その存在も、何者でもない。

 本人すらわかっていないのだ。


 ただ。その莫大な知識が己は神だと告げている。


 だから、神なのだ。


 それを否定すれば、自身の全てを否定してしまう。


 何もない世界。


 そこで月の神は、人知れず酷く辛そうな気配を漂わせていた。















「え?予定があるの?」


 夕方、家のバルコニーで準備をしている聖奈が驚いている。

 隣にいるミランも黙ったまま驚く。実に器用である。


「ああ。悪いが、今日は子供達をよろしくな」

「それは良いけど…どうしたの?まさか、応えてくれないからいじけちゃった、とか?」

「それこそ子供じゃないか。俺にも偶には予定ってもんがあるってことだ。深読みするな」


 聖奈達が準備しているのは、祈る為の椅子と、お供物を飾る為の祭壇。


 そう。本日は、東雲家恒例の満月を祈る会の日だ。


「そう…何か分からないけど、気をつけてね?」

「…嫌な予感がします。聖さん。別の日に、その予定をずらせませんか?」


 聖奈は一瞬だけ不安そうな表情をするがすぐに気を取り直し、ミランは…まさか……


「女じゃないからな?心配するな」

「いえ!そのような心配はしていません!ただ…ただ、聖さんが満月の日に別行動した記憶がないので、不安で…」


 違ったか……


「そうか。でも、ごめんな。外せない用事なんだ」


 初めて嘘をついてしまった。


 俺が会うのは女だ。


 女という概念があるのかは知らんが。












 ミランと聖奈を家に置き、俺は一人あの(・・)時の草原に立っている。


 初めて世界間転移を体験したあの場所。


 時差があるからこちらは既に真っ暗闇。

 今の家がある所よりも数時間の時差があるってことだ。


 誰もいない、ただ満月が煌々と照らしている夜空へ向けて、口を開いた。


「あの二人には聞かせられないのだろう?」


 そして、俺にも言いたくはない。


 理由は何となくわかる。

 だけど、それならそれで、ハッキリと伝えてほしい。


『そうよ』


 何の雑音も感じられない声色。その言葉とほぼ同時に、風に揺られたままで草木が固まる。


「俺にまで聞かせたくないってことは、それ自体に関わらせなくないってことだ。違うか?」

『…そうよ』


 話したくない理由が情けない内容だけなら、使徒(おれ)には聞かせられる。

 だが、そんな使徒すらも除外した。


 何年も。


 俺に…もう待つ気はない。


 勿論、どちらの世界でもする事が無くなったというのも大きな理由の一つだが、この神様は放って置けないんだ。


 聖奈も

 ミランも

 両世界の家族も

 魔法界の仲間達も

 地球の知り合いも


 全員、俺が居なくなっても

『どうにかなる』


 けれど……


 この

 人見知りで

 内弁慶で

 面倒くさいけど

 誰にでも慈悲を向けられるヒトには……


 俺しかいないんだ。


 甘えた言葉も、情けない姿も、俺にしか見せられない。


 この誰よりも慈悲深く、人付き合いの苦手なぼっちの神様には、俺しかいない。


 他の誰にでも存在しうる『寄り添えるナニカ』

 もしくは『乗っかれるナニカ』が。


「いいぞ」

『…何が、よ?』

「何でも」


 そう。

 この神は大手を振って甘えられない。


 いや、そもそも人と神なのだ。

 命令すれば済む話。


 命令が嫌なら、神として使命なりお願いという形を取る事だって出来たはずだ。


 だから、この情けなくも放って置けないヒトに、俺は告白をする。


「何でも言ってくれ。俺は比喩ではなく、アナタに全てを捧げよう」


 妻が二人もいるに関わらず、俺はこのヒトの使徒(モノ)

 最初から、全てを捧げる対象は決まっていた。

 やっと、その覚悟が出来ただけ。


『…やめて』


 姿は見えない。

 だが、雑音のなかったその声に、震えが混ざり始めた事だけは分かった。


 やはり。


 助けを求めている。


 それがなんであれ、俺の全てが消えるとして。


 それでも。


 それでも、このヒトを見捨てることは出来ない。


「アナタの為、俺に何が出来るのか、それは分からない。

 でも、一つだけ確かな事。

 見捨てるなんて、出来ないからな?」


 わからないことはわからないが、やれと言われたことには挑戦出来る。

 成功するかなんてわからないが、出来ない(やらない)ことよりはずっと良い。


 俺に全てを……生きる意味を与えてくれた存在。


 ただの呑んだくれだった俺を、最初に認めてくれた存在。


 全てを捧げよう。


「ルナ様。待つのは苦手だ。教えてくれ」


 覚悟なんて大層なモノではないのかもしれない。

 ただ、出来ないことをやらされるのが嫌なだけなのかもしれない。


 でも、どっちだって良いんだ。




 暫く無言の時が流れるが、実際の時は止まったまま。


『…〓■▲を貯めたの。許される事じゃないのに。でも…希望を捨てきれなかった』


 相変わらず聞き取れないが、恐らく信仰心(ちから)のことだろう。

 話の内容も掴めないが、内容(そんなこと)はどうでもいい。


『ごめんなさい…聖…ごめんなさいっ!!』


 神の慟哭は、世界を震わせた気がした。



 さて。

 俺に何が出来るのか。


 今日は満月だが、祈る対象が相手だからな。


 祈りや願いは届かないが、これまで歩んできた道のりは確実に俺の血肉となっているはず。


 どんな苦難も乗り越えてみせよう。


 ルナ様の次の言葉を待つ間に、俺の決意は固まる一方だった。

次が最後です。

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