78話 惜別の想い、それは桔梗。
「えっ!?聖奈は住まないの!?」
引越しも落ち着き、今日は親族勢揃いで引越し祝いのBBQをしている。
そこで聖奈が改めて皆に説明をした。
もちろん重要なところは濁して。
「ごめんね、お姉ちゃん。代わりと言ったら失礼だけど、ミランちゃんが住むから。私の代わりに可愛がってあげてね?」
「そう…聖が何かしたのね?」
待て。俺は無罪だ。
「違うよぉ。仕事関係で、ね?ごめんね、守秘義務があるの」
出た!守秘義務!進◯ゼミでやったところだ!…なにが?
「わかったわ。寂しいけど、ミラン。沢山遊びましょうね?」
「は、はいっ!」
ミランはこれから辛い思いをする。
我が姉は暴君だが、その嵐の様なエネルギーでミランから辛い思いを忘れさせてくれることを期待しよう。
たとえそれが一時のことだとしても。
「散々人形にしてたから怯えているぞ」
「バカ言わないで。大丈夫よね?ね?ミラン?」
「は、はいっ!」
軍隊かな?
「皆様、そういうことですので、聖さんの第二婦人として、不束者ではございますが、改めましてご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします」
うん。だから、硬いって……
「父ちゃん。ごべんたつってなに?」
「そんな難しい言葉を父ちゃんが知るわけないだろう?ママ達に後で聞こうな?」
おい。知らなくても仕方ないだろう!?
そんな白い目を父親に向けるな!
そんなことが有りながら、新たな門出を祝ったのだった。
「良いか?」
場所はルナ教の神殿。皆が寝静まった時間に、俺達は転移魔法でここを訪れていた。
「うん。ミランちゃん、良いかな?」
「はい。問題ありません」
ミランは変わりなく見えるが、そっと手を握ると、その細い指を震わせていた。
「済まない」
「謝らないで下さい。子供達とは別れを済ませました。これは寂しくてではありません。
ルナ様に申し訳なく…それで…」
神々の都合で家族と引き離される。
それなのに、ミランは自分を責める。
「ルナ様はミランの決断を尊重するはずだ。それに、言っちゃなんだがこうなる事をルナ様も望んでいるはずだ」
「だと良いのですが…」
神の考えなどわかるはずもない。
しかし、聖奈達の言う通りなら、これをルナ様は望んでいる。
何故、ミランなのか…二人に教えられ、その理屈はわかっても、到底納得出来るモノではない。
「もし、俺達の勘違いならやめれば良いだけの話だ。俺はむしろそれを望んでいる。アルテミスのことは何とかしてやりたいが、大切な人を犠牲にしてまでの感情でもないしな」
ルナ様が『違う違う!誰か適当なヒトを探して来てって意味よ』と、言ってくれることを今も期待している。
「さっ。祈ろう?」
「はい」「…そうだな」
これ以上の問答はミランを苦しめるだけだ。
日本とは違い、ここには人工の光が少なく、夜空には満天の星々が煌いている。
そこで一番大きく輝いている星。
満月へと向けて、俺は口を開いた。
「ルナ様。聞こえるか?」
『聞こえているわ。随分と前から』
ここ数年、返ってこなかった返事。それが意図も容易く聞けた。
随分とは、一体いつのことだろう?
五分前?それとも数ヶ月前?
まぁそれはどうでもいいか。
「アルテミスの件だが、知っているんだろう?ミランに決まったよ」
不敬だが、不承不承どころか嫌味を込めて伝える。
『そう。ミランとだけ話すわ。聖奈と聖の時間を停めるわね』
やめろと言ったところで、それは叶わない。
俺は唇を噛み締め、仕方なく全てを受け入れることとした。
〜少し前〜
sideミラン
「皆、よく来ました。先ずは座りなさい」
帝城にある後宮。
そこのサロンへと、子供達を集めた。
臣下達へは先に伝えてある。
「貴方達に、重要なお話があります。一度しか言わないので、しかと聞き遂げるようお願いします」
普段から厳しく接した。
その私が、いつにも増して張り詰めた空気を醸し出したことにより、子供達の背筋に力が入る。
「先ずは…グレナウッド。いえ、グレン」
「は、はいっ!」「!?」「!!」
グレンの声が詰まる。
私から初めて愛称で呼ばれたからでしょう。
ずっと呼びたかった呼び名……
セイさんが羨ましかった。自分で決めたことなのに。
上の二人も驚きで口が開いています。端ないですが、それも可愛いので許します。
…いつも、許してあげたかった・・・
「貴方は私の末子です。生まれた時は上の二人より大きかったのに、よく体調を崩していました。
母はそれがいつも心配でした」
「は、はぁ」
張り詰めた空気。
何を言われるのかと思えば、そんなこと。
如何に帝王学を学ばせていてもまだ子供。
緊張の糸が切れるとこんなものでしょう。
「いつも優秀な兄と比べられ、やるせない想いもしたことでしょう。ですが、生まれは何人も選べません。それは皇族とて同じ。
生まれた環境で生きていかねばならぬのです。
生まれを悔いることなく、国を想い、また民を想い、そして…自分の幸せを掴み取ってください。
必ず…」
「えっ…は、はいっ!」
危ない……
声が詰まってしまいました。
私はまだ皇后。
強くあらねばなりません。
それが…この子達に出来る…さいご、の……
ふぅ……
「は、母上?もしや、体調が優れないのでは?」
会話の途中だというのに、後ろを向いて肩を振るわせていた私を不審に思い、ルシファーが気を利かせてきます。
とても優しい子。
「問題ありません。ありがとう。優しい子に育ってくれて、母は至上の喜びを感じます」
もう…目も合わせられません……
私より頭一つ小さな子供達。
少しでも下を向くと、涙を零してしまいます。
「次。私の長女、ルナエル」
「はい、お母様」
私の変わりように狼狽える男兄弟とは違い、微笑みを携えた綺麗な顔で見事なカーテシーをルナエルは見せつけてきた。
『乙女は常に微笑みを忘れなく。綺麗な姿勢と丁寧な所作は、それだけで気品と威厳を醸し出してくれます。
しかし、威厳ばかりでは周りの息が詰まります。貴女は非常に愛らしい顔つきをしています。
それを十全に発揮すれば、この大陸一の女性になれるでしょう』
しっかりと覚えていてくれたのですね。
「貴女はいずれ、誰かの元へと嫁ぐことでしょう。この国に政略結婚は意味を為さないので、素敵なお相手をよく選び、しっかりと射止めなさい。
私は陛下を射止めましたが、それは酷く泥臭いものでした。
結果よければと言いますが、過程も大切です。
立派な淑女になれるよう、これからも精進して下さい」
「はい。お母様」
この子の心配はありません。
セイさんが過保護をするので…むしろ、セイさんに釘を刺さなくては……
それに幼なくとも女同士。
きっと心の中では分かり合えていると信じています。
今はわからなくとも…この子が大人になれば…私の選択を……
いえ。この子に嫌われても、私は私の信じる道を行くのみ。
そして…最後の一人。
その者は嫌な気配を悟ったのか、顔を青くして、身体を小刻みに震わせています。
「貴方が生まれた日。初めて母乳を与えてくれたのは誰だか知っていますか?」
「え……母上では?もしくは乳母がいたのですか?」
この子は誰に似たのか非常に聡い子です。ですが、流石に生まれた時の記憶は残っていないようですね。
「ルシファー。私の可愛い子。陛下によく似ています…」
ルシファーを見ると、知らないはずのセイさんの幼い日が……
「貴方はすでに薄々勘付いていることでしょう。そんな貴方に言えることは一つ。
全てを背負わせてしまった母を恨みなさい。
しかし、他を恨むことは許しません。
強く……生きて……」
違う違うっ!
この子に掛けたい言葉は全く違うっ!!
本当は……
逃げてもいい。
捨ててもいい。
でも…絶対、幸せになって。
皇族。ゆくゆくは皇太子になるルシファー。
そのルシファーに、口が裂けても言えない想いが溢れてしまいそうです。
涙は……
もうわかりません。
自分が泣いているのか、笑っているのか。
はたまた悲しいのか、幼いながらに皆立派に育って誇らしいのか。
「母…上。まさ、か?」
ルシファーが気付きました。
「はい。私はいなくなります。二度と会うことは叶わないでしょう。ですがご安心なさい。病などではなく、会えない場所に行くだけですから」
「母様!」「お母様!」「ば、バカな…」
厳しく…いえ。厳しすぎる母でした。
この子達は未だ泥だらけで遊ぶことが許される年頃のはず。
生まれてから一度もそのような事をさせてあげられませんでした。
そんな…厳しいだけの母。
そんな私がいなくなると聞いて、取り乱してくれました。
不安。
そう。
不安だったのです。
この子達に私が消えていなくなると伝えた時、どんな反応が返ってくるのか。
私は幸せです。
これで心置きなく前を向くことが出来ます。
ありがとう。
情けない母の背中を押してくれて。
「誰ぞっ!」
「ルシファー?」
私がルナ様と周りの人達に感謝していると、戸惑いから立ち直ったルシファーが声を荒げます。
「はっ!」
ルシファーの声に扉が開き、従者が入室後、跪きました。
「剣を持て!近衛兵を集めるのだ!」
「はっ!」
「待ちなさい」
「はっ…」
何を……まさか……
「ルシファー。まさか?」
「陛下を…いえ、セイを討ちます!」
パァァンッ
乾いた音が、サロン内に響き渡りました。
「ぐっ!止めないでください!」
「いいえ、止めます。何を勘違いしたのかわかりましたから」
「勘違い?ち、父上が原因でしょう!?」
やはり。
この子は聡いくせに、何を見てきたのやら。
恋愛というものを微塵も理解していませんね。
「陛下に原因はありません。貴方、もう結構、下がりなさい」
「…はっ!」
ここからは誰にも聞かせられない話。
そもそもルシファーにだけ、こっそり伝えようと思っていたのが間違いでした。
皆可愛い我が子。
ここで特別扱いはきっと後悔になります。
「貴方達に伝えていない帝国の秘密があります。母が失踪しなくてはならない理由もそこにあるので、誰にも漏らさないことを条件に伝えようと思います」
この子達はルナ様のことしか知らない。
いいえ。皆が知っているルナ教のことしか。
全員が口を閉じ、しっかりと頷いたのを確認して、私は人間界のお話を聞かせました。
「父上が…異世界人…」
理解したルシファーは、それでも納得いかないのか、上の空になりました。
「貴方にも半分その血が流れています」
「…ですね」
帝王学の賜物か、ルシファーは取り乱すことなく受け入れました。
他の二人には少々難しい話だったのでしょう。
よくわかっていなさそうな顔をしています。
ええ。大変愛らしく思います。
「そういった事情から、人間界へと旅立つことになりました。
こちらへは二度と戻れませんが、私に後悔はありません。
貴方達が立派に育ってくれたので」
「我々は未だ未熟ですっ!情けない話、私は母上が恋しくて堪りません!」
ルシファー・・・
いつも強気で…それに見合うだけの知性を発揮していた子が……
くっ……
抱きしめたい……
もう何年も抱いていません……
でも……抱けば未練になる……
お互いに。
「母はもう一人います」
「セーナ妃は実母ではありませんっ!」
まさか、ルシファーが一番私を必要としてくれるなんて……
ごめんなさい……
「貴方が生まれた日。初めて母乳を与えたのが誰か。話しましたね?」
「そんな話…今は母上のっ!」
「セーナ妃です。母は情けないことに、陛下とセーナ妃に甘えて寝入っていました。
そんな時、貴方の泣き声に応えてくれたのは、セーナ妃なのです」
ごめんなさい、セーナさん。
貴女はいつも私の言い訳になっています。
「セーナ妃…」
「これからはセーナ妃のことを母と呼ぶように。三人共です。いいですね?」
実は…私は地球に憧れていました。
セイさんから初めて聞かされた時から、今の今まで。
だから。
今回のことは、セーナさんだけが得をする話ではないのです。
セーナさんはこちらの世界を求め、私は責任からこちらの世界にいましたが、憧れを求められるように。
ごめんなさい、セーナさん。
私はズルい女でした。
セイさんへの告白の時、貴女へ伝えた言葉がそっくり返ってきます。
これからは私も憧れを隠しません。
貴女にはとっくにバレているでしょうが。
「か、母様…」「お母様はお母様です」
二人が泣きそうになりながらも伝えてくれます。
「はい。私はどこに居ようが、何者になろうが、貴方達の母です。
…と、言いたいのですが、それは虫が良過ぎるというものでしょう。
確かに複雑な事情はありますが、遅かれ早かれ私はこの選択に近いものを選んだはずです。
子から…自らの足で離れるのです。
そんな親…いません」
早く話を切り上げないと……
話せば話すほど…惜別の想いが募るばかり……
そして。罪悪感から、言い訳の言葉ばかりが浮かんできてしまいます……
「か…係ない…」
「えっ?」
「そんなこと、関係ありませんっ!」
ルシファーの慟哭のような声が、四人には広過ぎる部屋へ響き渡ります。
「母上は!母は貴女一人です!いえ!別に母が何人いてもいいのですっ!ただ…あなたが…母である限り…」
部屋へ響いた声は尻すぼみましたが、私の心へと確かに響き渡りました。
「ありがとう…ありがとうルシファー…」
「母様は母様です!どこにいっても!」
「はい!会えなくても、いつも心の中にお母様はいます!」
兄弟の模範となる長子ルシファーが叫んだことにより、私が躾けた鎖を解き放ち、下の二人も叫びました。
「ありがとう……ありがとう。私を母で居させてくれて…」
もう…我慢出来ません……
皇后失格です。
ですが、最後に母としての正解は……
聖と聖奈は書いていて楽なのに…ミランは真面目だから……
(時々不真面目ですが…)




