59話 終身雇用の誘い。
意識が一瞬飛んだ後、すぐに現実世界へと戻って来た。
何をされたのか、それはわからないが、断りもなくナニカをしてきたのは間違いなく、俺は距離を取り、警戒心を隠すことをやめた。
「何をした?」
「怖がらないで。大丈夫。私はただ、寂しかったの」
「…何をした?」
また会話にならないモードか?
「色々としてくれたヒジリに、贈り物がしたかっただけなの」
「贈り物…?一体、何をしたんだ?」
「力を与えたの」
ふーん。どゆこと?
「具体的に教えてくれ。一体何を渡したんだ?」
「生命力。人はすぐに死んじゃうから、そうならない様に」
「生命力?よくわからんのだが…」
すぐ死なないって、首が切断されても『十秒以内ならセーフだっ!』ってことぉ!?
もしそうなら、有難いがキモいのだけれども……
「うーん。簡単に言うと、寿命かな。このままだと後二百年くらいで死ぬから、二十倍くらいになったよ」
「200掛ける20ってことは…4,000!?つーか、残りの寿命が200年って、どういうことだよ!?」
俺は既に三十路だぞ?いくら医療が発達しているとはいえ、残りの寿命が100年もあるはずがない。
なのに、それなのに、後200年……
子供どころか、孫やひ孫すら看取らないとならないのか……
いや、現実逃避はやめよう。
現実は200年どころか、4000年なんだ。
「その与えた力を取り消してくれ」
嫌だ。
聖奈やミランが死んだ後、さらに何千年も生きるなんて嫌だ。
子供達を看取るのも嫌だ。
「えっ…と。無理、だね」
再び掴んだ手を離して、申し訳なさそうにアルテミスが告げた。
うん。半ば分かってはいた。
力を吸い取れるなら、態々信仰心を集める必要なんてないもんな。
『神は力を与えられるが、奪うことは出来ない』
昔していた聖奈の予想が当たっていたか。
『なんでそう思った?』
『だって、それが出来るなら信仰心を熱心に集めている他の神様がしないわけないもん』
『奪えるけど、自分の力には微々たる程度にしかならんのかもよ?』
『それこそあり得ないよ。信仰心っていう現代科学ですら知覚出来ない力を神力に変えられるんだよ?明らかなエネルギーを非効率にする意味がないよね?』
こんな会話だったか?
何せ数年前の話だから…正確には覚えていない。
確か…あの時飲んでいたのはエ◯スビールだったな。
酒の銘柄だけ忘れないのは何故だ?
しまった。また現実逃避してしまったな……
「…他は?何かデメリットはあるのか?」
「寿命が延びたのは良いことでしょ?」
メリットはどうでもいい。
何せ、元々チート野郎だからな!
「デメリットねぇ…うーん。丈夫になったくらいだよ?あっ!!」
「どうした!?やっぱり何かあるのか!?」
「えっと…」
なぜ口籠る?
めちゃくちゃ怖いんだが?
「生命力が上がったって言ったでしょ?」
「ああ。お陰で寿命じゃ死ねなくなったな」
嫌味っぽくなったが、本心だ。
「…生命力ってことは、生きる力ってことでしょ?」
「…回りくどいな。はっきり言ってくれ」
なんなんだよ……俺は化け物にでもなるのか?
「精力が上がるの」
「は?」
「だ・か・ら!夜の衝動が増すのっ!」
………なにそれ?
「つまり…色魔になるってことか?」
「それは人次第。私の眷属の種族特性らしいよ」
「眷属?」
眷属って……
「ヒジリは、半分悪魔になったんだよ」
「………」
つまり…インキュバス?
元々人間辞めてた感はあったが、本格的にやめてしまったか……
「他は?何か人とは違うのか?」
「うーーん…ない、かな?私の知り合いってヒジリしかいないよね?だから死んでほしくなくて……それで力を与えただけなの。
勝手なことをして、ごめん……」
俺の知る神は、皆ぼっちだ。
その中で期間最少のぼっち歴数日と思われるアルテミスだが……
まあ…こういうのって期間の長さじゃないもんな……
「…済んだことは仕方ない。次からは勝手な行動はやめてくれ」
「許してくれるの?」
絵面は酷い。
三十のおっさんがjcを涙目にさせているのだ。
間違いなく逮捕案件だろう。
「気にするな…とは、言えない。だけど、誰だって間違いは犯すさ。
それが許されることとそうじゃない事があるだけでな。
アルテミスの気持ちはわかったから、今回は許すよ」
本当は駄々捏ねたい。
そもそも寿命が後200年の時点で暴れ回りたい。
だけど、それをしても何も変わらんからなぁ……
アルテミスに怒りをぶつけるのも、見た目とまだ生まれて間もないことを考えると、俺には出来そうもないし。
どうすっかなぁ……
二人になんて言おう……
『俺長生きみたいだから、子供や孫達は任せてくれ!』
も、なんか違うよな……
そもそも俺なんかに任せられないか……
「ねえ…ごめんって。何でか分かんないけど、ヒジリは長生きしたくないんだよね?」
俺があからさまに気落ちしていることがわかったからか、アルテミスに慰められた。
原因はお前なんだが?
「長生き…は、したい。でも、それは周りの人達も健康でって意味だ。後、人間の許容範囲内でな」
「そう…ごめんね?どうしてもヒジリにマーキングしたくて…」
「犬かよ…」
マーキングねぇ……
ルナ様は勿論のこと、匂いと言っていたことからも、魔神ディーテも俺に似たような証をつけていたんだろうな。
他の神もしているなら私も、って生まれたてのアルテミスは思ったのだろう。
他に頼れる人がいない上に、この機会を逃せば次はいつ巡り合わせが来るのか分からないから。
匂いは別に構わない。どうせ人の鼻では嗅ぎ取れないものなのだろうからな。
ただ…何故…生命力……
うん。理由は分かったのだが、それでもやはり受け入れ難くある。
想像するだけで怖い……
死ぬよりも怖いかもしれない。
この酔っ払いに、家族なんて望外な望みが叶ったばかりに、高確率で耐えがたい辛い未来が訪れてしまう。
この後もアルテミスは謝ってきたが、現実を受け入れられない俺はうわの空だった。
「じゃあ、ここはダンジョンじゃないんだな?」
未だ受け入れられない気持ちのまま、その他の現状を理解する為に話は続いていた。
ダンジョンだと思ったここは、ダンジョンではなく別世界を切り取って移植したような場所らしい。
アルテミスも知識として理解しているだけで、全てが初めてのことなので説明は辿々しく、話は難航していた。
「うん…多分、ね?あの黒いモノ達が住んでる場所と、ここが繋がってるの。私はこの地球と呼ばれる世界と、繋がっている黒いモノ達の世界の神らしいよ」
「そうか…その繋がりは断てないのか?」
「無理だよ。私が繋げたわけじゃなくて、勝手に繋がって、私が生まれたんだから」
正気に戻った聖奈と話さないと理解が及ばないな……
俺の想像では、地球に新しく発生した魔力という名のエネルギーが関係しているのではないかと思うのだが……
想像の域を出ない。
「もう一個いいか?」
「なぁに?」
「アルテミスはここを出られないのか?それと、あの黒いモノ達を外に出さないように出来るか?」
原因はわからんが、想定出来る被害は食い止めたい。
一番気になるのは後者。
アイツらは人類にとっての脅威たり得る。この感じだと、ほぼ無限に湧き出そうだしな。
ゲームじゃないから際限はあるのだろうが、試す時間もないし。
「出られない。黒い悪魔達も出られない。だからヒジリ…ずっとここにいて?」
庇護欲を誘う見た目と表情で誘惑されてもな……
恐らく俺以外の普通の人であれば、聖奈の様に魅了されるのだろう。
「だが、断るっ!!」
俺には帰りを待つ家族がいるんだ!!
多分……




