58話 夜の女神。
新たな神と邂逅した。
その神は自らを悪魔の神だと名乗る。
これまでに遭った神々と同じくその威光は感じられるも、これまでのどの神よりも幼さを感じた。
そして・・・聖奈が壊れた・・・
「可愛い…可愛い…可愛い…」
お前が魅了されとるやないかいっ!!
「な、なんだ、此奴はっ!?ひぃっ!?我に近寄るでないっ!」
「信仰するから!ねっ!?その羽を触らせてっ!」
「ひぃっ!?た、助けるのだ!!そ、そこの!そこの使徒よ!!」
何だこれは……
色々と気になることしかないが、先ずは助けてやるか……
真っ白な空間。
まるで精◯と時◯部屋のようなそこでは、神と妻の追いかけっこが始まっていた。
本気で逃げれば逃げられるっぽいのに……
「聖奈。そこまでだ」
がしっ。
「は、離してっ!?」
神を追いかける聖奈を追いかけた俺は、捕まえると肩に担いでその奇行を止めた。
「どういうことだ?」
「離してっ!触らなきゃ…あんなに可愛いんだもん…」
「・・・・・・・・・我が聞きたい…」
聖奈を担いだ俺は、漸く追いかけ回されるのが終わった神へと会話を試みた。
先程までは会話にならなかったが、今はちゃんと話を聞いてくれるみたいだ。
聞いてくれたが、知らないなら意味はないけど。
「聖奈…この女性は、元々可愛いモノ好きだったが、流石に神相手にはちゃんと対応していた。これまではな。
何か理由があるはずだ」
「・・・・本当に知らぬのだ。我は先日世の理の外から誕生したばかりなのだ」
「そうか……知識はどこまであるんだ?」
これは予想の一つが的中したみたいだな。
このJC神は、最近生まれたばかりの神様。
使徒もいなけりゃ、何も知らないわけだ。
「・・・力の使い方…と、〓■▲の集め方…と、神の存在理由…」
「…なるほど。存在理由と力の使い方で、使徒という存在と、俺が使徒であることがわかったんだな」
「教えて。我は…誰も傷つけたくない」
ん?
傷つけない方法を?
「傷つけたくないなら、この神域を解けば良いんじゃないか?」
「それはダメ。〓■▲を集められなくなる。我は我が消えることが恐ろしい」
誰だって消えるのは怖いさ。
いや…もしかしたらこの神って、めっちゃ怖がりなんじゃ?
自分が怖いから、他人を傷つける痛みにも敏感だったりして……
だから、聖奈を力で排除しなかった…のか?
「一先ず、聖奈を隔離したい。必ず戻ってくるから、ここから出られる設定にして欲しい」
「…嫌だ。戻ってくるという保証がない」
「………」
コンでも権限が与えられていれば神域の設定を弄れることは既に分かっている。
ここを作った神ならば、俺と聖奈を閉じ込めた設定を解除出来るはずだ。
そう考えて提案したのだが…信じて貰えなかったか。
「どうすれば信じてくれる?」
「嫌だ」
「このままだと、話も碌に出来ないぞ?」
何せ、肩に担いだ聖奈が喚き散らしているからな。
もってくれよ…俺の鼓膜よ……
「・・・・・・・」
「どうしてもダメか?」
こうなったら泣き落とし作戦だっ!
良い歳したおっさんのウルウルなんて…ダメだろうな。
「・・・お前の神に…誓うの、なら」
「俺の?俺の神は月の神ルナ様だ。誓おう。ルナ様の名の下に、俺は必ず戻ってくると」
「・・・すぐ。すぐだ」
・・・・・
「…すぐ、戻る」
「ならば、行くが良い」
言葉と見た目が合ってないんだよな。
態度も、姿勢も、全部チグハグ。
神様って、みんなこうなのか?
疑念はあるものの、すぐに転移魔法を発動させた。
「という訳で、少し錯乱しているが時間が経てば元に戻るから。それまで見ていてやってくれ」
転移した先はもちろん家だ。
そして聖奈を頼んでいる相手は、俺の事をア◯ンジャーズだと思っている姉貴。
「ちょっ、ちょっと!?何よこれ!?」
「敵対組織に薬を盛られたんだ。命に別状はないはずだから、見張っててくれ」
「戻してぇっ!あの人の所へと戻してっ!!」
五月蝿えな……
ホントに戻るよね?
嫌だよ?元々ぶっ飛んだ嫁だったけど、このままは。
「じゃあ、そういうことで!くれぐれも他の人達に見せないようになっ!」
「ま、待ちなさいっ!」
どう見ても頭がおかしくなっちゃった人だ。
他の人に見られて変な噂が出ても面白くない。
聖奈が恥ずかしいくらいは別にどうでもいいが。
俺の袖を掴もうとする姉より速く動き、立ち入り禁止の転移室へと飛び込むのであった。
「本当に、戻って来た…」
神との約束を違える訳ないだろ?こっちは弱っちい人間なんだぞ!
それに、ルナ様の名前まで出したしな。
「約束だからな。だが、遊ぶ為に戻って来た訳じゃない。しっかり話し合おう」
子守は実子だけで十分だ。
特に、俺より遥かに強い奴の子守りなんて御免被る。
時限爆弾じゃん。何が切欠で機嫌を損ねるのかわかんないなんてな。
「話し合う。我の使徒となれ」
「…それは話し合いとは言わん。それにダメだ。俺は月の神の使徒だからな」
「他の神の匂いもするぞ。何故、我だけダメなのだ!」
何だよ…匂いって。
知らない女の匂いがしているなんて、間違ってもミランの前で言うなよ!?
ぶっ殺されんぞ!
俺が……
「それは知り合いの神だ。別にその神の使徒ではないぞ」
「では、どうする?使徒がいないと〓■▲を集めるのは難しいと、知識としてあるのだ」
いや、知らねーよ……
つーか、自分の事ばかりじゃねーか。
神ってこんなもんか?
生まれたてだから仕方ないのか?
「消えたくないんだろ?」
「そうだ」
「別に必要以上にその力を求めている訳じゃない、と?」
「そうだ。我は・・・消えたくないのだ」
神の本能?
うーん。生まれたてだから、本能に忠実なのか?
それともそれがこの神の資質?
…どーでもいいか。
「とりあえず、自己紹介をしよう。呼び名もわからなければ、話し難いからな。俺の名は東雲聖。そっちは?」
「ヒジリ…我の名は……無い」
うん。コミュ障もここまで来ると凄いねっ!
って、違うか……
ガチで名前がないんだな。
「無いのか。じゃあ先ずは名付けからだろうな。信仰心を集めるにしても、崇める対象の名前すら分からなければそれも難しいからな」
「う、うむ。ヒジリに任せよう」
「それはやめておけ。俺は自他共に認める、名付けのセンスが無いで有名だからな!」
俺の数少ない欠点がこれだ。
後は…酒…を飲むことは悪いことじゃないし……
顔…も、親から貰った大切なものだから否定しないし……
馬鹿…は、エリーがいるからセーフだし……
うん。俺って案外完璧じゃん?
「・・・・我にその様な知識はない。故に任せよう」
「うーん。そうは言ってもなぁ…とりあえず、検索してみますか」
「なんだ?それは」
俺がぽちぽちとスマホを弄っていると、興味深そうに悪魔の神が覗き込んで来た。
「これはスマホって言ってな。人間が作った便利な物だ。今はスマホを使って、歴史上の名前を調べている所だな」
「ほほう……そんな物があるのだな。ふむふむ…」
何が楽しいのか、嬉しいのか、尻尾がゆらゆらと動いている。
検索は指一つで出来るので、この隙間時間に疑問をぶつけてみることにした。
「なあ」
「なんだ?良い名が決まったか?」
「ああ、違う。それは調べている最中だ。それより疑問がある。その喋り方以外は出来ないのか?」
そう。
あまりにも、見た目と態度と口調が違い過ぎるのだ。
例えて言うなら、有名アニメの声優さんが変わった時のようなチグハグ感というか……
兎に角、合っていないんだ。
「この口調は、知識を総動員した結果、一番信仰される喋り方だとわかったからだ。
良い口振りだろう?」
「いや?ぜんっぜんっ似合ってないぞ?」
「馬鹿な……」
違和感しかない。
なのじゃ口調のコンの10億倍は似合っていない。
「とりあえず、その口調はやめろ。普通に喋ったらいい。その方が親近感が湧いて、使徒や信者も増えると思うぞ?」
威厳は似合ってこそだ。
この神にはギャル口調の方がまだ似合う。
『おっさん!口臭ぇーんだよ!』
なんて言われたら、見た目も相まって死ねるが……
「うっ…わかった…」
分かりやすく尻尾が萎びている。
「おっ!コレなんてどうだ?」
「なに?良い名前があったの?」
サキュバス神が覗き込むスマホの画面には……
「『アルテミス』?」
「そうだ。夜の神、又は…月の神として言い伝えられている神話の名だ。
その見た目は夜をイメージするから、いいと思うが?」
「ヒジリの信仰する月の神に怒られない?」
そんな所を気にするとは、やはりこの神は悪い奴じゃなさそうだ。
「ルナ様は狭量ではないぞ。それに、あくまでも人間が勝手に作った想像上の神の名だ。問題ない」
「そ…じゃあ、それにする」
良いのかよ……この後、何百年、何万年と変わらない名前なんだぞ?
「じゃあ…アルテミス。よろしくな」
俺は右手を差し出しながら告げる。
「ん。ヒジリも」
悪魔の神アルテミスはそんな俺の右手を左手で掴んだ。
…ん?
「握手は同じ手でするも・・・」
なんだ?
力が……
俺の右手を左手で握ったアルテミス。俺が戸惑っていると、空いている左手を右手で握ってきた。
すると意識が白濁し、身体に変化が訪れるのであった。




