53話 最終章 其々の選択編 時間経過?そんなもん飛ばす!!
「それだけ聞くと、まるで死んでいるみたいですね」
翌朝。普通に目覚めたミランは、意識のない間の話を聞くなり、そう感想を漏らした。
「バーンさんが取り乱して大変だったぞ?『娘を返せぇっ!』って、俺の襟を掴んで叫んでいたからな……」
「…お父さんのバカ…」
久しぶりに顔を赤くしたミランは、俯いたまま声を漏らした。
「魔法薬の副作用だって、あれだけお母様が説明してたのにね…」
「…すみません…」
俯いたミランに聖奈が追い討ちをかけると、ミランは小さな背中を丸めて更に小さくなった。
「魔法薬を併用した時は眠くなるモノなんだな」
傷を治すにしろ、状態異常を治すにしろ、いずれも体力を消耗する。
薬の効果で回復を早めているわけだ。尚更体力は削られて眠くなるみたいだな。
勿論、体力回復薬も併用して飲ませていたが、眠くなるのはどうしようもないみたいだ。
「お父様、あの調子だとお母様にこっ酷く叱られるとみたね!」
「嬉しそうだな?」
「だって、お父様ってそういうキャラでしょ?」
いや、ゲームちゃうから。
何懐かしい設定出してんだよ。
「父のことはどうでもいいですが…あの子の母乳は…」
「ごめん。泣いてたから、あげちゃったよ」
「いえ。ありがとうございます」
ミランが視線を向けた先にはベビーベッドが置いてあり、そこでは可愛い我が子がスヤスヤと眠っていた。
ベビーベッドはバーンさんの力作だ。
地球の感覚だと、我が子への授乳は母の仕事。
それも初の授乳だ。普通なら叩き起こせと怒るところかもしれないが、副作用での睡眠は叩いたくらいじゃ起きないらしい。
それにソニーの価値観はまた少し違う。
貴族階級では、実母が母乳をあげることの方が少ないらしい。
平民でも、母乳が出る人があげるというのが普通らしく、栄養状態の悪さから母乳が出ない母親もよくいるみたいだ。
予め決めていたことでも、聖奈は負い目を感じている。
そこを感じ取ったミランは、満面の笑みで感謝を伝えた。
『元気でいてさえくれたなら、他は望まない』
人の親となった二人。眠る赤子を見て、視線でそう伝えているように思えた。
俺?
我が子でも、悪ガキはちょっと……
「完成したね!」
聖奈が胸を張って宣言した。
目の前には巨大な城。
見た目こそ煌びやかで白亜の美しい城だが、中身が要塞であることは既に確認している。
そう。月の大陸ルナにある帝都に、新しい城が完成したのだ。
新しい…新築のバーランド城にはほんの数年しか住んでいないが、『もう』新しい城だ。
「ほら。ルシファー。お前の城だぞ」
抱っこしている男の子は、ミランとの子だ。
何故かミランが魔王から名前を取って付けた男児で、後継者候補筆頭だったりもする。
『強い名の方が、強い子に育つかもしれません』
名付けがテキトーだと定評がある東雲ファミリーの一員だ。
「おちろ?」
「そうだ。今はパパとママ達の城だが、いずれルシファーへと渡すことになるだろう。
頑張って大きくなれよ?」
「うん!」
子供の成長は早い。
何だか最近産まれた気もするが……気のせいだろう。
俺も30代だ。物忘れが始まったのかもしれないな。
「さっ。中に入ろっか!」
「そうですね」
「酒にしよう。今日は昼から飲みたい気分だ」
いつもだよ…
そんな聖奈の独り言は無視して、子供達を抱き抱えながら城へと近づくのであった。
この数年で色々とあった。
先ずは増えた家族を紹介しよう。
ルシファー・シノノメ・アルカナは先程紹介したソニーでの長男だ。
そしてもう一人。
ルナエルは黒髪の女の子で、ルシファーとは一歳違いの年子になる。
名前の由来は『ルナ』様と天使の名前に多い末尾『エル』を足した単純なモノだ。
俺は遂に30歳を越え、ナイスミドル(死語)一直線…だったはずだが、何故か見た目が20前半から変わっていない。
ミランも聖奈も美しく歳を重ねていっているが、頭脳だけではなく、そこでも置いて行かれてしまっていた。
これについては度々二人から羨ましがられるが、見た目に頓着がないので至極どうでも良い。
つまり、調べてもいないし、ルナ様へも聞いていない。
家族については以上だ。
次はこの大陸について。
なのだが……実はあまり進展していない。
人の輸送は終わり、建物の建築建設もひと段落を迎えたが、終わったのはその程度で、他の進展はなかった。
なかったというか、そこまでに時間がかかったんだ。
地球の知識と技術、それにソニーの魔法を駆使しても、建設には多大な時間を要した。
最後にバーランドについてだが、それは人材が育った段階で引き継ぎはしっかりと終えた。
地球?
色々したさ。
聖奈がなっ!!
「じゃあ、次はこっちだね!」
我が家にて、暴君である聖奈が意気揚々と告げる。
異世界で出来ることはした。
それは勿論家族や仲間が安全に住める場所を見つけ、更にはそこでの生活基盤の構築までのことだ。
「今更だが…大分無茶をしてきたけど…まだ?」
「当たり前じゃない!むしろ本番はここからって感じだよ!」
「そ、そうか…」
頑張って。
その言葉は何とか飲み込んだ。
「権力者って意味では、私達に逆らう人達は居なくなったと思うの」
「そうだろうな。あれだけ脅し…いや、中には実際痛い目を見た奴も多くいるんだし」
「あの時は大活躍だったね!」
今更だが、子育てが落ち着くまでの間、妻達はそれぞれの世界を中心に活動することになっている。
勿論全く来ないとかではなく、頻度が減るといった程度だ。
故に、ここには現在俺と聖奈と子供達しかいない。
別の階には親や兄弟はいるが。
「G7だったか?まさかいきなり俺が現れて出席者の一人が連れ去られるとは、誰も想像すらしなかっただろうな」
「脅しの決定打は、その人の寝室に送ったことだもんね!」
いきなり現れて誘拐され、知らない場所で拷も…取り調べされた上に、いきなり自宅の寝室へ送られては、逆らう気も失せるよな。
「それで?次は何をするんだ?」
俺に不可能はない。
とまでは言えないが、殆ど出来ないことがない。
これまでも聖奈から難題を突きつけられてきたが、俺の能力を持ってすれば問題はなかった。
恐らくこれからも。
つーか、出来なさそうなことは頼まれないし。
「次は…こっちにも国を作るよ!」
「…元気だね」
「?」
最早何も言うまい。
あれだけ仕事も私生活も忙しそうにしていて、漸く異世界をミランへと任せられるようになった途端これだ。
聖奈の無尽蔵なやる気を前にして、何もしていない筈の俺は胸焼けがしてきたのだった。
「現地は確認できたかな?」
あれから数日後。
俺の仕事は視察だった。
正確には、すぐに移動出来るように転移ポイントを増やすというものだが。
「確認出来たぞ。問題も見つけたしな」
「…問題?何処かの国の軍隊にでも占拠されてたとか?」
「いいや。そんな事をする奴はもういないだろう?」
聖奈は島を買った。
島といっても四国や九州程度には大きいが。
俺達が買った島に対して、そんな事をする根性がある奴は地球にはいない。
もし居たとしたら、そいつらは取るに足らない後進国か、何かしらの団体程度だろう。
「えっと…わかんないから、教えて?」
上目遣いでこちらへと訴えかける、いつまで経っても可愛い妻だ。
というか、これも聖奈の頼み事の一つだったりもする。
俺が知り得た情報はすぐに開示しない。
俺というチートから齎された情報には喜びを感じないんだとか。
どんな性癖だよ……
「魔力歪みだ」
「そっちかぁ…失念してたよ」
もう少し考えたらわかったと、残念そうに呟く。
うん。楽しそうでなによりだよ。
「遂に地球にも魔力歪みが出来ちゃったんだね」
「俺が見つけられなかっただけで、最初の方からあったのかもしれんがな」
「そうだね。転移は問題なさそう?」
「大丈夫だ。異世界の歪みと違って、大分薄い感じだしな」
最悪地球を反対周りに旅をすれば、すぐに転移ポイントは繋がるだろうし。
「問題はそれだけ?」
「実は…もう一つあってだな…どちらかというと、そっちが問題かもしれない」
「えっ?なに?」
魔力歪みは随分前から想定してきたことだから、特に驚きもなかったが……こっちは……
「近くの島に、魔力の濃いポイントがあった」
魔力視と魔力波では、数キロの範囲しか補足出来ない。
その島は明らかに10キロは離れていたのに、遠くからでも魔力を見ることが出来たのだ。
異世界でも見なかった現象を前にして、聖奈の顔色が曇る。




