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52話 第三部 第二章 終話 駆け抜ける日々。

 





「ようこそ月の大陸ルナのアルカナ帝国へ。皆様にはこれより『シノノメ』性を名乗ってもらいたいのですが、問題ないでしょうか?」


 ミラン家族の引越しから二日後。

 引越しが落ち着いたタイミングで聖奈と再び訪れたところだ。


「『シノノメ』?変わった響きだが、構わないぞ」

「セーナちゃん。そんなに畏まらないでね。貴女も王妃なのでしょう?」

「ミランちゃんのご両親は、私にとっても親同然ですから。

 お父様。シノノメはセイくんの本当の性になります。こちらの世界では聞かない性なので馴染みないと思いますが、よろしくお願いします」


 バーンさん達も貴族になるわけで、何かしらの家名が必要になった。

 なんでも良かったが、俺達に名付けのセンスはないので、有るものから付けたわけだ。


「皇帝陛下の名前をもらってもいいのか?」

「やめて下さい。俺達は家族なのですから」


 後、慣れないし。


「それはそうと…ミランの出産はここで?」

「お母様。出産はバーランド城で行います。その時が来たら、セイくんが皆様をお送りしますのでご安心下さい」

「何から何までありがとうね」


 この世界では、遠くに嫁いだ娘の出産に立ち会う機会は少ない。

 しかし平民は基本的に近くへ嫁ぐことが多いわけで、立ち会うどころか孫を取り上げることも多々あるらしい。


 冠婚葬祭に続き、出産も親族の一大イベントってわけだな。


 問題ないことを確認した後、紋章官を紹介してその場を後にした。










「暇していないか?」


 ここは帝都中心部、帝城予定地にあるファフニールとコンの寝床だ。

 そこで惰眠を貪る二匹に声を掛けた。


『暇なものかっ!なんじゃ…あの騒々しい生き物達はっ!!?』

「なんの話だ?」


 コンとファフニールには国民の守護を頼んでいた。

 守護と言っても、ここを襲いそうな魔物達は駆逐しているので、聖奈曰く『人が悪さしないようにする為の脅しも兼ねてるよ!』だそうだ。


 つまり、暇なはずだ。


『あの童共じゃ!!見てみろ!今も物陰からこっちを窺っておるじゃろう!?』

「ああ。あの子達か。別に良いだろ?」

『妾の美しい毛並みが乱れるのじゃ!!』


 ああ…子供達の玩具にされてるって話か。

 一応ここは帝城内。今は城などなく名前だけだが、大人達は恐れて近寄らない。


 つまり、侵入してコン達を構ったところで叱る大人がいないから好きなようにされている、と。


「それだけコンの毛並みが美しいってことだと思うぞ?」

『そ、そうかえ?それなら…』


 チョロい…別にお前がチョロくても俺以外に得をする人はいないんだぞ?


「ファフニールはどうだ?変わった事はないか?」

『…余に近寄る者などいない』

「そ、そうか…」


 カッコいいのにな……まぁ恐いよな。家より大きな竜なんて。

 大人でも恐い。それが身体の小さな子供だと尚更。


 ファフニールは寂しそうに告げると、その大きな頭を再び地に馳せた。


「おーい!お前達!こっちに来い!」

『何故じゃっ!?』


 俺が隠れている子供達へと呼びかけると、コンは驚愕の眼差しを向けてきた。


 大人達に近づくなと教えられているのだろう。悪い事をしている自覚のある子供達は中々姿を現さない。


「叱りたいわけじゃない。親にも言わない。さっ。こっちに来なさい」


 子供が出来たからといって、いきなり子供の扱いが得意になるはずもなく、なるべく怖がらせない口調で、隠れている子供達へと投げかけた。


『おいどうする?』『もうバレてるから出よ?』


 そんな子供達の内緒話もちゃんと聞こえていたりする。


 漸く建物の陰から姿を見せた子供達は、恐る恐るこちらへと近寄って来る。


「お前達はこれで全員か?」

「う、うん。お兄さんはこの子の飼い主さん?」


 お兄さん、ね。

 こちらの世界の人達の顔の造形は比較的彫りが深く、純日本人の俺は若く見られがちだ。

 国のトップなのだが、威厳もないしな。


「馬鹿っ!お偉いさんだったらどうすんだよっ!?」


 俺の言葉に答えたのは子供達の中でも一番幼く見える女の子だった。

 ここがお偉いさんの家だと親から聞いていたのだろうか。


 少し柄の大きな男の子が女の子を叱る。


「お偉いさんに違いないが、気にするな。先ずは自己紹介をしよう」


 子供達は全員で五人。

 男の子四人に女の子一人だ。


「この白い狼はコンという。それでこっちの大きな竜がファフニールだ」

「コンちゃん!」「わ、わかった」


 女の子はコンの名を呼ぶと飛びつき、男の子は遠慮がちに応えた。

 俺がこの子達に期待するのは、コンとファフニールの名前を民へと広げるというもの。


 名前を知ったからには、このくらいの年齢の子供だと黙っていられない。


 いずれ親に教え、何故知っているのか問いただされれば、約束を違えた事もバレるだろう。


「約束通り怒らないし、親にも言わない。だが、約束してくれ」

「なぁに?」「な、なに?」

「この場所で近々工事が始まる。危ないからこれからは近寄らないようにな?」


 今は広い空き地の中央にログハウスがポツンと建っていて、他の建物は倉庫が数棟あるだけだ。

 城予定地は申し訳程度に柵で囲まれているが、子供でも簡単に忍び込める程度でしかない。


「わかったよ!」「うん」「お父さんには黙ってて下さい…」

「よし。良い子だ。約束を守れる子には特別にお菓子をやろう」

「えっ!?」「やったー!」「クッキーだ!!」「俺、これ食べたことあるぜっ!」


 俺が魔法の鞄から取り出したのは、王都の商店でも売っているクッキーの包み。

 経営者なだけはあり、相当数のクッキーが鞄には入っていた。


 それを子供達に配ると、おやつを手にした者から順に、元気よく駆け出していった。


『これで妾の毛並みが守られるのじゃ…』


 コンの情けない呟きが、俺の脳内で響き渡っていく。











「迎えに来ました」


 さらに月日は流れ、俺はミランの実家へと訪れていた。


「遂に始まったのね」

「か、母さん!早く行こう!」「お姉ちゃん、大丈夫かな?」「姉さんならきっと大丈夫さ」


 ミラン母は3回もの出産を経験している。故に落ち着き払っているが、そばで見ていたはずのバーンさんはテンパっていた。

 夫の俺よりも……


「はい。漸く陣痛が始まったところなので、早くても数時間は先になります。ご存知の通り、遅ければ翌日なんてことも。

 ……ですから!バーンさんっ!腕を引っ張らないで下さいって!」

「ミランはっ!?ミランは無事なんだな!?」

「…貴方?」


 普段は虫も殺せないようなほんわかした雰囲気のあるミラン母。

 そのミラン母から聞いたことのない…というか、そんなに低い声が出せたんだ?


「ひぃっ!?」


 バーンさんは…バーンさんだった。







「お母さん。来てくれたんだ」


 バーランド城へ転移すると、愛する二人目の妻の姿があった。

 安楽椅子に腰掛けたミランは優雅に読書をしている。


 陣痛が始まっているはずなのに…よく読めるな?


「勿論よ。貴女が産まれた時には、亡くなったお婆さんが貴女を取り上げたのよ?

 次は私の番だもの」

「それで張り切ってたんだね。あれ?お父さんは?」

「…バーンさんは遅れて来るから気にするな」


 母子の会話が終わると、ミランは家族の顔ぶれを確認し、必ず来るであろう人が来ていないことに気がつく。


 ミラン母は怒っているのか、答えなかったので、俺が代わりに答えておいた。


 バーンさんは出産間近まで待ち、そのタイミングで迎えに行くことを決めた。

 勿論、ミラン母が……


『貴方がいると、ミランが落ち着いて出産に臨めないから、ギリギリまで来てはダメですよ』


 この言葉を聞いたバーンさんは、この世の終わりみたいな大袈裟な表情(かお)をしていた。


 まぁ、出産は命懸けだから大袈裟ではないのだが……


 高価な魔法薬も沢山あるから、万が一も取りこぼさない準備がしてある。


 魔法薬は所謂ポーションのようなモノから、顆粒状のモノまで数種類持っている。


 持っているが、俺には効果がないものばかりだ。


 魔法薬というくらいだから魔力が大きく関わっていて、魔力が大きすぎる俺に効く魔法薬は今のところないそうだ。


 聖奈やミランに効くことは既に試してある。


 魔法薬の効果は様々で、切り傷程度なら一瞬で治すモノや、体力を瞬時に回復させるモノ、眠気を覚ますモノ、病気などを含めた状態異常を緩和させるモノなどがある。


 ただ、造血剤などはないので、地球でミランの血を保存してあるから、万が一出血が酷くとも、輸血でそこはカバーする予定だ。


 もちろん予定は未定の方が有難いが。








 先程までの賑やかさは何だったのか。

 夜の帳が下りる頃、ベッドで横になっているミランの髪を撫でる。


 金糸の様な美しい髪だ。

 一本一本が個々を主張している様。

 月明かりに照らされた美しい髪の持ち主は、大仕事を終えて安らかに眠っている。


「目元がセイくんにそっくりだね」

「金髪だから似ているかわからんな」


 純日本人顔は明るい髪色が似合わないと言われている。

 この子が大きくなった時に、アンバランスじゃないといいが。


「ミランは目覚めないんだよな?」

「うん」


 つい先程まで、産声や周りの人達の声がこの部屋を包んでいた。

 今は三人と赤子だけ。


 静まり返った部屋で寄り添う聖奈の肩を抱き、ミランの頭を気が済むまで撫でるのであった。

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